「無断引用」という表現
﹁国立研究所長が﹁無断引用﹂、海外の社会福祉論文﹂︵読売新聞︶などで報じられている問題について、末廣恒夫氏が﹁﹁無断引用﹂はやめて﹁盗用﹂か﹁剽窃﹂にしよう。﹂というエントリで﹁無断引用﹂という言葉を使わないよう呼びかけている。これについて、はてブで
著作権法で認められる引用は﹁公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの﹂だから、著作権法が認めない引用もあるというのが私の理解。
とコメントしたところ、id:heatwave_p2p さんから
剽窃、盗用といわれるべき文脈ですら、﹁無断引用﹂なる言葉が用いられているのが現状。法的な問題であるのなら、著作権法上認められているものを﹁引用﹂とし、それ以外を盗用とするのではダメなんでしょか?
というコメントが返されたので、はてダ記念︵←意味不明︶としてエントリを書いてみる。
実のところ﹁無断引用言うな﹂的論調には少々嫌気がさしている︵無断リンク禁止言うな、もそうなのだけど︶。ここで、著作権法の引用についての規定を引用する。
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
ここには﹁その引用は……正当な範囲内で行われるものでなければならない﹂と書いてあるだけで、﹁引用とは……正当な範囲内で行われるものである︵それ以外は引用ではない︶﹂とは書いてない。つまり、引用という言葉が定義されているわけではない。はてブでコメントした通り、著作権法が認める引用と認めない引用があるのであって、末廣氏が言うところの、
﹁無断引用﹂は合法な行為であって、非難されるべき行為では全くない。
が常に正しいわけではない︵理屈の上では︶。
さて、冒頭の読売新聞の記事を読み直してみると、﹁……出典を明示しないまま、他人の論文を無断で引き写した部分があったこと……﹂と書いてある。これは本当に“盗用”とか“剽窃”と呼ばれるような行為だったのだろうか。3段落目を読むと、引用元となった報告書はかつて部外秘であり、その当時は出典を明示せずに上司の承諾を得た上で引用した、と書かれている。その上司が承諾を与える立場にあったという前提であるなら、これを盗用や剽窃と呼ぶわけにはいかないだろうと思う。
続く段落では﹁この論文を著作集に収録した際﹂とあるから、今回の話題についても新たに論文が書かれたわけではなさようだ。ただ、出典となる報告書が非公開でなくなったから、ちゃんと出典を示すべきだったがそうしなかったというに過ぎない。そこに盗用とか剽窃といった意図的な悪用を示す表現を形式的に当てはめることが正しいことだとは私には思えない。この記事から読み取れる事実は、京極高宣所長の引用は無断で行うには不適切なものだった、という程度の話ではないだろうか。*1
先に示した通り、正当な範囲内で行われるものであれば著作物を無断で引用できる。しかし、引用は無断で行わなければならないものでもないので、たとえば許諾を得られるなら、正当な範囲を超える合法な引用もありうる。形式にこだわって﹁無断引用﹂という表現を叩くことは、かえって引用する側に火の粉が降りかかる気がするのだけれど、どうだろうか。
※追記。
朝日新聞の記事の見出しには盗用と書いてあり、本文からも﹁過失﹂を超えた意図的な利用が推察される︵承諾した上司の話がないけれど︶。どうも上記の推測は、あまり当たっていなかったようだ。︵が、﹁無断引用﹂叩きに疑問を感じていることに変わりはないので、このエントリはこのまま公開しておく︶
※2010/1/10追記。
すみません。末廣恒夫氏のエントリにリンクし損ねていたので、追加しました。はてブへのリンクも修正しました。