論文を Word で書く情報系の学生たち
修士の学生の論文提出・発表が先週ようやく終わった.指導していて何に一番労力を割かれたかというと,一部 Word で書かれた修士論文の体裁をチェックしなければいけなかったこと.情報系の学生が,修士論文を書く段になって Word を使うというのは,要するに,学生の間に TeX を使って論文やレポートを書く機会がほとんどなかった,と告白しているようなものである︵だから TeX より手軽に取りかかれる Word を使おうとする*1︶.Word 指定でやむを得ない場合や,Word で人並みの体裁を備えた論文が書ける︵技能がある︶のなら,もちろん Word でも構わないけれど*2,今回のケースはそうではなかった.
だいたい,自分の経験から言えば,論文の体裁とその内容は比例関係にあって,特段理由もなく Word を使って体裁も整っていないような論文は,悪いけど︵失礼だけど︶,まあ,内容の仕上りもそんなもんだよね,と思わざるを得ない.査読経験のある情報系の教員ならそう感じる人は多いと思う.この辺りの意識は,専門分野外の論文を査読する - ny23の日記でも書いた.論文の体裁が整っていないということは,議論の進め方や数式の書き方など,良い論文に共通する書き方の作法,さらには研究を進める上での作法全般︵後述︶が身についていないことを暗に示唆する.
今年は卒業・就職する人ばかりなので,修士論文のためだけ*3に TeX を強制するのも可哀想︵理不尽で納得できない︶かなと思って,敢えて TeX で書き直しをさせるようなことはしなかったが*4,これは失敗だったかも知れない.結局,実用的なレベルで Word を使える学生はおらず,いつまでたっても論文の体裁が整わないので,建設的なコメントをする時間が取れなかった.図表の配置やマージン,参考文献の書き方や参照ラベル,脚注,目次など,しょうもない修正で時間を浪費するなど,書く方もチェックする方も非生産的な事この上ない.そして,そういう論文を編集して構成される全国大会の原稿でも,また同じ無駄な作業を繰り返されるのである.情報系にいて,論文を書く際に︵しょうもないけど大切な︶体裁をよきにはからってくれる TeX を利用しないのは勿体無いを通り越して︵以下略︶
一般論として,どうでもいいところで時間を空費しないためには︵長いものには巻かれろというか,郷に入っては郷に従えというか︶敢えて拘る必要がないところは︵騙されたと思って︶大勢に合わせておくのが賢いやり方である.年をとるにつれ,自分の馴染みがある既存のやり方に不要なこだわりを持ち,適所でないところにまでそのやり方を貫こうとするものだけど,この辺りは柔軟であり続けたいと思う.目先の手軽さに目を奪われれば,多くの先人の判断︵知恵︶を無視することになり,結局どうでもいいところで苦労することになる.そして,誰も幸せにならない.あなたも,わたしも.
この手の話の応用として,研究を進める上でも,手法の新規で重要な部分以外は,既存手法に倣って変えないことが大切だ.従来のやり方を変える︵そしてそれを弁証する︶というのは大変なことなのだから,変えるべきところを大胆かつ明確に変え,そこに議論を集中させるのが良い.
ところで Mac ユーザになってからしばらく, Keynote でスライドを作っていたが,環境的に完全に PowerPoint に囲い込まれており,日常的に PowerPoint 形式でスライドを要求される機会が多いため,再び PowerPoint に戻ってしまった.久しぶりに使った PowerPoint は以前より使いやすくなっていたが︵オブジェクトの位置調整など︶,デフォルトの設定は行間が詰まり過ぎでイマイチ︵仮想環境上の Windows から Office を使っているせいで, Mac の日本語フォントが使えていないのも残念*5︶.こちらの方は世の中の方が変わってくれることを望む︵ということをただ書きたいだけで書き始めた記事でした︶.
*1:しかし,大学院で取り組んだ研究を論文としてまとめる段になって,少しでも良いものを書こうという気持ちよりも,授業のレポートのようにただ楽に済ませよう,という気持ちの方が強いのだとしたら,︵いくら理系は学部の延長で修士に来ている人が多いとは言え︶それは残念な2年間でしたね,と言いたくなるが.
*2:Word マスターと呼べるほど Word を使いこなせる人も確かに存在するが,個人的には TeX の方が納得の行く組版を得られるレベルにまで早く到達できるように感じる.Word は難しい.
*3:追記: これは誤解のある書き方だった.今まで TeX を使ったことがないのに,ということではなく,今まで TeX の修練を十分積んでいなくて,もうほとんど修士論文しか TeX を使う機会もないのに,というぐらいの意図︵実際には全国大会もあったが︶.学科としては TeX でも Word でも可ということになっていて,自分はその方針に対して特に意見を言える立場にはない.
*4:現状,自分の分野で論文を書くのに TeX 以外に薦められる選択肢は︵知ら︶ないのだが,TeX を経験し︵薦められてき︶ながらも敢えて Word を選び,将来的に学術論文を書く機会がなさそうな人に強制する気にはなれなかった.TeX は取っつきにくい.
*5:まあ,︵Mac の MS Office を使っていたとしても︶あとで Windows な人のスライドと合わせるときに手間が増えるだけなので,ヒラギノは使わないとは思うが.