2018年10月16日(辞書の日)、『三省堂現代新国語辞典』の第6版が発売されました。
﹁唯一の高校教科書密着型辞書﹂を自称しており、最新の教科書や入試問題を調査した上で、他の辞書には載っていない語句や意味を載せていることを売りにしています。高校生の自習にこれ以上ふさわしい辞書はないでしょう。
類義語の比較や用法にも詳しいので作文にも用いることができますし、人名や作品名といった百科的な項目の説明は要点をおさえていてわかりやすくなっています。
このあたりのおりこうな宣伝は公式ページを読んでいただけばよろしい。
﹃三省堂現代新国語辞典﹄の実力はこんなものではないのです。まあ見てください。
ぬま︻沼︼︿名﹀
①くぼ地に自然に水が たまってできた、どろの深い所。﹁五色―︵=湖沼名︶﹂﹇類﹈池・湖・湖沼
②趣味などに、引きずりこまれるほど のめり込んでいる状態のたとえ。﹁﹇カメラで﹈レンズ︵の︶―に はまる﹂
レンズ沼!!!!!!
マウント﹇mount﹈
﹇一﹈︿名﹀①写真や絵をはる台紙。②カメラの交換レンズの台座。③﹇格闘技で﹈馬乗りの体勢。﹁―︵ポジション︶をとる﹂
﹇二﹈︿名・他動サ変﹀﹇コンピューターで﹈OS︵基本ソフト︶にストレージなどを認識させること。
﹇三﹈︿名・自動サ変﹀﹇﹇一﹈③から、俗に﹈人を屈服させること。人に対して、自分のほうが知識や格が上だという言動をとること。マウンティング。
マウンティング!!!!!!!
これらはごく新しい用法で、新語の立項に積極的な﹃三省堂国語辞典﹄や、定期的な更新を行っているデジタル版の﹃大辞泉﹄や﹃大辞林﹄にも採用されていない語義です︵2018年10月18日現在︶。
しかも、俗語的な言い回しであり、教科書などから採集したとは考えにくそうです。
こんなものも新しく立項されました。
くさ︻草︼
﹇一﹈︿名﹀④﹇ツイッターなどで﹈笑う︵・あざける︶こと。笑えること。﹇warai の頭文字を並べた www が、草が生えているように見えることから﹈
ギガ
﹇三﹈︿名﹀﹇俗に、スマートフォンなどの、利用可能な﹈データ通信量。﹁―が減る・―を増やす﹂
ぽち・る︻ポチる︼
︿他動五段﹀ネット通販で、注文ボタンを押す。﹇くだけた言い方﹈
﹁草﹂﹁ギガ﹂のこの意味を載せた国語辞書もこれまでにありませんでした。﹁ポチる﹂はすでに﹃大辞泉﹄第2版︵2012年︶が立項していますが、この規模の国語辞書では初めてです。
他に気づいたところでは、俗語では﹁イキる﹂﹁ググる﹂﹁スクショ﹂﹁チャラ男﹂﹁バズる﹂﹁ワンオペ﹂、新しい事物としては﹁アウティング﹂﹁インフルエンサー﹂﹁キュレーション﹂﹁クラウドファンディング﹂﹁フェイクニュース﹂などが新たに立項されていました。いずれもこの規模の国語辞書には初めて仲間入りする語です。
﹁教科書密着型﹂どころか、﹁日常密着型﹂とでも言うべき、おそろしい目の配りようだといっていいでしょう。
﹁やばい﹂の補説には、目からうろこの落ちるこんな記述が追加されました。
やば・い︿形﹀﹇﹁ヤバい﹂とも書く﹈
①都合がわるい。まずい。﹁見つかると―﹂
②あぶない。危険である。﹁―仕事﹂
▼﹇隠語的な言い方﹈
③自分でもどうしていいか わからないほど好ましい。﹁このスイーツ、―﹂﹇①を転用した、若い世代の言い方。たんに﹁あっ﹂や﹁おっ﹂の代用をする感動詞のようにも用いられる﹈
ヤバい。
﹁誤用﹂の扱いはどうなった
﹁妙齢﹂の新しい意味を採用したのも、国語辞書では初めてです。
みょうれい︻妙齢︼︿名﹀
①若くて美しい年ごろ。﹁―の美人﹂﹇類﹈芳紀
②年齢相応の魅力をたたえていること。﹁五十歳ぐらいの―の女性が私を出迎えた﹂
▼﹇用法﹈女性について言う。②は、近年の用法。
﹁妙﹂は﹁若い﹂という意味だとされ︵﹃明鏡国語辞典﹄など︶、ともすれば②の意味は﹁誤用﹂だと扱われかねないのですが、あくまで﹁近年の用法﹂であると述べるにとどまっていることも客観的で好感がもてます。
旧版にあった﹁誤って﹂という注記がなくなった項目もちらほらあるようです。
やくぶそく︻役不足︼︿名・形動﹀
①﹇当人が不満に思うほど﹈その人の実力・地位にくらべて、与えられた役目が かるすぎること。
②力量がなくて、与えられた役目が手にあまること。力不足。﹁―ですが、本日の司会を務めさせていただきます﹈
﹇由来﹈①が本来の意味で、﹁人と比べて役が不足﹂という意味合いだったが、﹁人が役に不足﹂という理解をされて②の用法が生まれた。
第5版では②に﹇誤って﹈という補注があり、詳しい﹇由来﹈の欄もありませんでした。他に、﹁なしくずし﹂の新しい意味からも﹇誤って﹈が取り払われています。
既存の項目の語釈にも、書き換えられたところがあります。
旧版の第5版ではこのようになっていたところが……
こい︻恋︼︿名﹀
﹇男女の間で﹈相手が好きで、いつも会いたい、いっしょにいたいと思う気持ち︵をもつこと︶。﹁―におちる﹂﹇類﹈恋愛
れんあい︻恋愛︼︿名・自動サ変﹀
一組みの男女がおたがいに 恋いしたうこと。恋。﹁―結婚﹂
せい︻性︼
﹇二﹈︿名﹀③異性に関心を持ち、肉体的に結びつきたいと望む本能。﹁―に めざめる﹂
第6版では男女のしばりがなくなった上、文面も練られています。
こい︻恋︼︿名﹀
相手のことが好ましく、とても気になって、いつも会いたい、いっしょにいたいと思う気持ち︵をもつこと︶。﹁―に落ちる﹂﹇類﹈恋愛 →恋する
れんあい︻恋愛︼
︿名・自動サ変﹀二人が恋をしたり、愛し合ったりすること。﹁―感情・―結婚﹂
せい︻性︼
﹇二﹈︿名﹀③恋をして、相手と肉体的に結びつきたいと望む本能。﹁―に めざめる・―行為﹂
恋愛関係を男女間に限定しない語釈の辞書は少しずつ増えてきており、﹃三省堂現代新国語辞典﹄もその潮流に乗ったものと位置づけることはできますが、大切な修正です。巻末の﹁ABC略語集﹂には、﹁LGBT﹂はもちろん、﹁SOGI﹂も新たに加わりました。
SOGI どの性を好きになるかを表す﹁性的指向︵sexual orientation︶﹂と、自分の性別をどう考えるかを表す﹁性自認︵gender identity︶﹂。性をめぐるさまざまな生き方を認め合う考え。﹇﹁LGBT﹂に当てはまらない性的少数者もいることからできた略語﹈
新語であるとはいえ、非常に重要な概念であるにもかかわらず、デジタル版の﹃大辞泉﹄﹃大辞林﹄にもいまだ立項されていない語です。
﹁散りばめる﹂が辞書に載る大事件
ついに﹁散りばめる﹂が辞書に載ったというのも衝撃的でした。
ちりば・める〖散りばめる・▲鏤める〗
なんのこっちゃ、という方も多いでしょうか。実は、﹁ちりばめる﹂は、他の辞書では﹁鏤める﹂の用字しか認められていないのです。ところが、実例は非常に多く、語源的に﹁散りばめる﹂の表記がそぐわないということもないようです︵たとえば﹃新明解国語辞典﹄は﹁散り嵌める意﹂としています︶。﹃三省堂現代新国語辞典﹄の見識としては、﹁散りばめる﹂でもオッケーだということです。
もともと、﹃三省堂現代新国語辞典﹄では、実例に即した表記がいくつか認められていました。﹁うず高い﹂︵他の多くの辞書は﹁堆い﹂︶や﹁巣食う﹂︵他の多くの辞書は﹁巣くう﹂︶などがそうです。今回追加された﹁散りばめる﹂も、これらと軌を一にするものであろうと思います。
今回の改訂では、﹁かたどる﹂の用字に﹁形取る﹂も加わっています。旧版では﹁象る﹂のみだったのですが、﹁模る﹂とともに追加されました。これも、他の辞書では﹁象る﹂のみか、﹁象る・模る﹂とするものが多い中、実例に即した判断を下したものと思われます︵ちなみに、同じ三省堂の﹃例解新国語辞典﹄は、﹁象る﹂の他に﹁形取る﹂と﹁型取る﹂も挙げており、こっちも凄い︶。
買って引こう
購入してからわずか1日でこれだけの発見があった辞書です。まだまだ面白いポイントがいくらでもあるはずです。
高校生向けだからといって甘く見ず、日常的に引きまくり、﹃三省堂現代新国語辞典﹄の魅力を骨の髄まで味わい尽くしたい! お前もそう思うだろ!
税抜き2800円? 安い! 千疋屋のゼリーより安い! 本当にいい辞書です。ぜひ一冊、読書・作文の友にどうぞ。