過激化し、犯罪に走る非モテ「インセル」がアメリカで問題になっているが、かの国には、よりダークな非モテ「ミグタウ」と呼ばれる人々もいる。女性への怨念をじくじくと培養し、社会とも関わらず、まるで既存の社会構造に対して静かにテロを仕掛けているようだ。「セラピーで顔は治らない」と絶望的な台詞を漏らす彼らの精神構造に迫った。「草食系男子」など日本文化からの影響も興味深い。
反フェミニズムの王国「マノスフィア」へようこそ
近年のアメリカでは、#MeToo運動が代表するようなフェミニズムの勃興がまずあり、それへのカウンターとして反フェミニズムの動きも活発化している。
フェミニズムの反対なので、メニズム︵menism︶という言い方もあるのだが、筆者の観測範囲では、メンズ・ライツ︵男性の権利︶運動、あるいはメンズ・ライツ・アクティヴィズムの略でMRAと呼ばれることが多いようだ。
議論は主にインターネット上のブログや掲示板、SNS、あるいはYouTubeの動画等で行われており、そういった言論空間というか緩いコミュニティのようなものを総称して、マノスフィア︵manosphere︶と呼んでいる。
ブロガー界のことをブロゴスフィアと言うのと同じで、マノスフィアは男性界という程度の意味なのだが、独特のニュアンスがあって、日本語にするのが難しい。訳語にいつも悩んでいたのだが、ある方が﹁オトコ村﹂と訳していて、秀逸な意訳だと思った。閉鎖的、自己完結的で、外部に敵対的、そして内部の人にのみ通じるジャーゴン︵隠語︶を次々と生み出すあたり、確かにムラ社会という感じなのである。
「ブルーピル」と「レッドピル」
さて、ひとくちにマノスフィアの住人といっても、問題意識や活動手法の違いで様々な流派がある。前回の記事で紹介したインセルやピックアップ・アーティストもその一つなのだが、そういった各グループ間ではそれなりに共通した前提があるように思う。それを表す概念としてよく言及されるのが、ブルーピル(青い錠剤)とレッドピル(赤い錠剤)だ。
マノスフィアは大体において昔のディストピアSFに影響されているのだが、このなんとかピルというのもご多分に漏れず、かつて大ヒットしたSF映画「マトリックス」に登場した小道具である。映画での役割と同じで、ブルーピルを飲んでいる間は目覚めず、レッドピルを飲むと目覚める。
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では何に目覚めるのかというと、﹁男性優位社会だと思い込まされているが、実はこの世界は女性中心︵gynocentric︶社会であり、差別・迫害されているのは男性のほうだ﹂という現実認識である。にもかかわらず、女性ばかりが優遇され、﹁当然﹂あるはずの男性の権利が不当に剥奪されている、というのがマノスフィアの出発点なのだ。
この前提を踏まえ、女性を心理的に操り支配することで対抗しようとするのが、ナンパ師である﹁ピックアップ・アーティスト﹂であり、女性中心社会をひっくり返すべくテロに走るのがインセル、ということになる。
面白いことに、こうした文脈でレッドピルという言葉を2007年に初めて使ったのは、メンシウス・モールドバグ︵本名カーティス・ヤーヴィン︶というブロガーなのだという。
この人は初期のトランプ政権を牛耳ったスティーブ・バノンに影響を与えた、いわゆる﹁オルタナ右翼﹂︵alt-right︶の理論家の一人で、自由民主主義や人権を否定し、王を戴くような伝統的な社会への回帰を主張する﹁新反動主義﹂︵neoreactionary︶を唱えたことで知られている。マノスフィアを追いかけると、妙なところでオルタナ右翼との接点に出くわすのだが、これもその一つだ。
昔の階級社会や家父長制のほうが、少なくとも男にとっては生きやすいとする点で、マノスフィアと最近の極右は共通するところが多いのである。