江戸しぐさ信奉者が広める「朝鮮式お辞儀」というデマについて
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![小学女礼2](https://rensai.jp/wp-content/uploads/2015/01/199621dbbfc2829b6f37cb98829a31f2.jpg)
お辞儀は明治時代に創作された新しい礼儀作法だった!手を組むお辞儀は東京府の制定お辞儀だった?!
まず、お辞儀の歴史から振り返ってみよう。実を言うと立礼のお辞儀は明治時代に創作されたもので、そもそも小笠原流にはなかったもののようだ。 例えば明治26年出版の本﹁日本礼式小笠原流﹂には立礼の項目そのものがない。 明治25年の岡野英太郎 編﹁日本諸礼独稽古﹂︵にほんしょれいひとりげいこ︶には一応書いてあるが、﹁立礼︵注‥お辞儀︶は明治維新以後に服装の洋装化に伴い出来たものだ。ただ太古には日本でも立礼をしていたようだ。立礼は最敬礼と敬礼が有り、敬礼はただうつむき、手は自然に垂らす﹂というずいぶん簡略なものである。 ﹁日本諸礼独稽古﹂にあるように、明治維新後に立ってするお辞儀は創作されたものなので、いろいろな流派が存在した。 例えば明治15年の東京府︵現在の東京都︶制定の礼を解説した高橋文次郎﹁小学女礼式訓解﹂︵平城閣︶の図﹁椅子に倚たる人を拝する図﹂は﹁両手の指先をお臍あたり﹂に持ってきているようにしか見えない。手を組んではいないが恐らくこの辺りが﹁女性が手をおへそあたりに持ってくる﹂礼法の起源であろうか。東京府が定めて教育現場で使われていたのがこのお辞儀である。︵下図参照︶![小学女礼](https://rensai.jp/wp-content/uploads/2015/01/67ae200c276087bed3112b73cf611ee5.jpg)
![小学女礼2](https://rensai.jp/wp-content/uploads/2015/01/199621dbbfc2829b6f37cb98829a31f2.jpg)
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