﹁土佐日記﹂以来の日記文学や,日本文学独自の様式と言われる私小説の伝統が日本にはある。日本人には日記を書くような感覚でブログを書いている人が諸外国に比べて多いのではないだろうか。日記形式であれば,特定のテーマ設定や批評,分析といった小難しい作業も必要なく,手軽に記述できる。タレントの中川翔子さんの﹁しょこたん☆ぶろぐ﹂のように,自分の日常を短い文章で大量に投稿している人もいる。 また,日本ではブログという言葉や﹁Movable Type﹂などのブログ・ソフトが紹介される以前から,﹁ハイパー日記システム﹂などのWeb日記システムがあったし,Web日記の更新を通知するアンテナ・サービスが人気を集めていた。2002年後半頃の国内における“ブログ登場”の以前からブログ的なものが日本のネット世界にはあった。 ︵2︶世界最高水準の顔文字,アスキー・アート文化
単なるネット用語だけであれば英語圏や中国語圏にもたくさんある︵参考‥中国のネット用語︶。例えば英語なら﹁LOL﹂︵=laughing out loud,﹁爆笑﹂を意味する︶,中国語なら﹁MM﹂︵=美眉,﹁若い美女﹂を意味する︶,﹁ww﹂︵=弯弯,﹁台湾﹂を意味する︶などだ。 しかし,顔文字やアスキー・アートを加えると,日本のネット世界が圧倒的だ。﹁2ちゃんねる﹂などのユーザーが過去数年かけて生み出した顔文字とアスキー・アートは,数と質の両面で世界最高水準に達している。顔文字やアスキー・アートは英語圏にも多数あるが,基本的にはアスキー文字しか使わない限界から,面白さの面では劣ると言わざる得ない。 しょこたん☆ぶろぐでも多用されているが,日本のネット世界が持つ豊富な顔文字やアスキー・アートを使えばブログがより楽しいものになる。それが日本人のブログ更新意欲を刺激しているのではないだろうか。 ︵3︶中産階級の厚い層
ブログを書くためにはパソコンなどの情報端末が必須で,ネットワークも常時接続が望ましい。また,ブログを書き続けるには,ある程度の生活的余裕が必要だろう。格差社会と言われているが,まだまだ分厚い中産階級を保持し,ブロードバンドのインフラが整っている日本は,ブログを書きやすい社会環境と言える。 ︵4︶﹁出る杭は打たれる﹂社会
﹁和を以って貴しとなす﹂﹁出る杭は打たれる﹂が日本社会の特徴であることは否定できないだろう。また先日,筆者の知り合いのあるカナダ人が,日本社会を﹁disciplined﹂︵統制のとれた︶という言葉で表現していた。日本人は礼儀正しく,地下鉄などはきれい過ぎるというのだ。 目立つことが必ずしも評価されない統制のとれた社会の中では,インターネットの匿名性の中で本音を吐き出したい。このような欲求が日本人の中には強いのではないだろうか。匿名でいろいろな意見を書けるブログはまさにうってつけの存在だ。ブログであれば﹁マイミク﹂︵*︶を増やし過ぎた結果,当たり障りのないことしか書けなくなってストレスがたまる﹁ミクシィ疲れ﹂も起こらない。 ︵*︶日本最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス﹁ミクシィ﹂内の友人または友人リンク機能のこと。マイミクシィの略。 現在,YouTubeなどの動画投稿サイトでは﹁ビデオブログ﹂︵vlog︶が流行している。しかし,YouTubeにはあれだけ多くの日本人ユーザーがいるにもかかわらず,日本人のビデオブログは筆者の知る限りではかなり少ない。日本語が流暢な外国人のビデオブログの方が多いのではないか,と思わせるほどだ︵参考リンク1,参考リンク2︶。やはり匿名性が確保できないビデオブログよりも,通常の文字のブログが日本人に向いているのだろう。 ︵5︶携帯電話からの投稿が簡単
世界的に第3世代携帯電話︵3G︶サービスであるW-CDMAが拡大しているとはいえ,日本は3Gサービスが最も発達している国の座を保っている。また,日本の携帯電話事業者は良くも悪くも垂直統合的なビジネスモデルを採用している。そのおかげで,携帯電話からのインターネット利用が非常に簡単だ。つまり,日本では電車の中からでもベットに寝転がりながらでも,簡単にブログを更新できる。このブログ投稿の敷居の低さは投稿数を増やしているだろう。 ※ ※ ※ インターネットが普及し始めた1990年代後半,﹁これからはインターネットの時代だから英語がますます重要になる﹂といった意見をよく耳にした。確かに英語の重要性は増していると思うが,かといってインターネットの登場が日本語の存在感を低下させることはなかった︵むしろアニメやJ-POPなどの文化がインターネットによって世界へ伝播したことで,日本語の存在感は拡大していると思う︶。日本のネット世界では,ブログに批判的な書き込みが集中する﹁炎上﹂が発生しやすいといった問題が指摘されてはいるものの,﹁日本語ブログが投稿数1位﹂は素直にうれしくなる事実だ。 この記事の目次へ戻る