ジキルとハイド (テレビドラマ)
あらすじ
慈木留︵ジキル︶総合病院の副院長で医学博士の慈木留公彦は患者が調合した幻覚作用のある薬の改良に没頭していた。しかし自らが実験台としてその薬を飲んだ瞬間、彼は背奴︵ハイド︶という別人格の人間となってしまう。別人格である背奴は実に凶暴な性質で背奴となった慈木留博士は暴漢となり殺人・強姦を繰り返すようになるが元の人格に戻ると背奴の時の記憶が残っていない。やがて、慈木留博士の妻・美奈と頻発している殺人・強姦事件の捜査をする毛利刑事は慈木留博士の異変に気づくが……。
スタッフ
キャスト
サブタイトル・ゲスト出演者
- けものの薬(1973年1月9日)
- 黒い花輪(1973年1月16日)
- 殺意の群れ(1973年1月23日)
- 記憶の恐怖(1973年1月30日)
- 石上ユリの場合……(1973年2月6日)
- ある少年の……(1973年2月20日)
- 雨の慟哭(1973年2月27日)
- ある目覚め(1973年3月6日)
- 天使の仮面(1973年3月13日)
- 二つの母の顔(1973年4月3日)
- 愛は罪深くとも……(1973年4月10日)
- 偽りの園(1973年4月17日)
- 永遠の標(1973年4月24日)
3年間店晒しになっていた理由
当該番組は1969年からゴールデンタイムでの放送、1970年4月番組改変時の放送開始を目指して製作を開始。1970年の3月までには全13話完成していたが上記の通り1973年1月9日に当時ノンスポンサー枠である午後11時台で放送開始されるまで3年間店晒しとなっていた。当時としては珍しい外国小説の翻案なのになぜこうなってしまったか…。それは製作当時を含めてもテレビドラマ放送の限界を超えたことが原因である。
製作が完成しながらゴールデンタイムでの放送が実現しなかった理由は表向きは﹁ホラー番組が飽きられた﹂、真相は﹁広告代理店から敬遠された︵※ 事実試写の後広告代理店の若手担当者から﹁わかりにくい﹂と敬遠されたほど︶﹂だが、当該番組は暴力とセックスを執拗なまでに描写していた。五社は映画監督専業になってから暴力とセックスを描写させたら右に出るものなしと称されていて当該番組でもいかんなく発揮。原作は人間の二面性の描写に重点を置いていたが当該作品では二重人格者による犯罪、それも毎週のごとく殺人と強姦を繰り返すという筋立てに仕上げた。しかも強姦シーンでは篠山紀信撮影のヌード︵※ ヘアヌード写真ではない︶をちりばめるという斬新なアイディアが施されていたが五社得意の暴力とセックス描写が売りの当該作品はホームドラマ全盛期である製作当時にあってあまりにも受け入れがたいものであったのは想像がつく。
また、文芸・トレンディドラマの全盛期でも広告代理店から逃げられるのは必至であるから結局テレビドラマの限界を超えてしまった所に悲劇があったといえよう。
また、同じ時期に広告代理店がつかない事を理由に当該作品と同じ憂き目を見たドラマが存在し、それが恐怖劇場アンバランスである。