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| debut_works = マダム・マルタンの涙
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'''丸岡 明'''(まるおか あきら、[[1907年]][[6月29日]] - [[1968年]][[8月24日]])は、日本の[[小説家]]。
== 略歴 ==
[[東京市]][[麹町]]にて、[[落合直文]]門下の歌人で[[能楽書林]]を設立した[[丸岡桂]]の長男として生まれる。
祖父は沖縄・高知の県知事を務めた[[丸岡莞爾]]<ref>[http://nohgakushorin.co.jp/info/ 能楽書林]</ref>。
[[暁星中学校]]から慶應義塾予科を経て、[[慶應義塾大学]]仏文科卒。
在学中、[[水上滝太郎]]の知遇を得て1930年に『[[三田文学]]』に「マダム・マルタンの涙」を発表してデビューした。
のち[[堀辰雄]]に師事し、1935年「生きものの記録」を『三田文学』に発表する。
1966年﹁静かな影絵﹂﹁街の灯﹂で[[芸術選奨]]文部大臣賞を受賞。﹃堀辰雄全集﹄編纂委員を務めた。
[[能楽|能]]の解説、編集も多く、[[原民喜]]をモデルとした﹃贋きりすと﹄などを書いた 弟は能楽書林社長となった[[丸岡大二]]。
妻は旧姓・山川美耶子で、ドイツ文学者・[[山川幸雄]]と歌人・[[山川柳子]]の娘。夭折の女学生の遺稿集「[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1719773 薔薇は生きてる]」で話題になった[[山川弥千枝]]は妻の妹<ref>[https://kotobank.jp/word/%E5%B1%B1%E5%B7%9D%20%E5%BC%A5%E5%8D%83%E6%9E%9D-1657403 山川 弥千枝(読み)ヤマカワ ヤチエ]コトバンク</ref>。▼
妻は旧姓・山川美耶子で、ドイツ文学者・[[山川幸雄]]と歌人・[[山川柳子]]の娘。
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== 著書 ==
*『生きものの記録』
*『柘榴の芽』
*『悲劇喜劇 新選純文学叢書』
*『或る生涯 短篇傑作集』
*『風に騒ぐ葦の如く』
*『心の旅』
*『妖精供養』
*『やくざな犬の物語』
*『コンスタンチア物語』
*『[[堀辰雄]] 人と作品』
*『現代の能』
*『幼年時代』
*『贋きりすと』
*『日本の能』
*『堀辰雄研究』(編
*『能談義』
*『青春の歌』
*『能楽鑑賞事典』
*『静かな影絵』
*『能・狂言物語』(編著
*『ひともと[[公孫樹]]』
*『港の風景』
*『赤いベレー帽
*『丸岡明小説全集』
*『
*『丸岡明 高知県昭和期小説名作集 第8巻』([[高知新聞社]]) 1995年
== 観世流謡本 ==
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*1951年
**巻絹・放下僧・野宮・弱法師・玄象
*『現代謡曲全集』 全50巻別巻
== 翻訳 ==
*『[[家なき子]]』
== 脚注 ==
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{{DEFAULTSORT:まるおか あきら}}
[[Category:20世紀日本の小説家]]
[[Category:慶應義塾大学出身の人物]]
[[Category:暁星中学校・高等学校出身の人物]]
[[Category:東京都出身の人物]]
[[Category:1907年生]]
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