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{{出典の明記|date=2021年12月}}
{{Otheruses|仏塔|幸田露伴の小説|五重塔 (小説)}}
'''五重塔'''︵ごじゅうのとう︶は、[[仏塔]]の形式の一つ。[[仏塔# {{右|
[[ファイル:Horyu-ji06s3200.jpg|thumb|none|180px|法隆寺塔<!--(国宝)-->:
[[ファイル:Toji-temple-kyoto.jpg|thumb|none|180px|東寺塔<!--(国宝)-->:日本最大の五重塔、江戸時代]]
[[ファイル:Murou-ji 4.jpg|thumb|none|180px|室生寺塔<!--(国宝)-->:奈良時代末期から平安時代初期の小規模な塔]]
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[[ファイル:Kofukuji08s3200.jpg|thumb|180px|none|興福寺塔<!--︵国宝︶-->:日本第2の高塔。室町時代]] [[ファイル:Five tier pagoda at Mt. Haguro 2006-10-29.jpg|thumb|none|180px|羽黒山五重塔<!--(国宝)--> 東北地方最古の五重塔]]
[[ファイル:
}}
== 概要 ==
仏塔は、古代[[インド]]において[[仏舎利]](釈迦の遺骨)を祀るために紀元前3世紀頃から造られ始めた[[ストゥーパ]]に起源をも
日本では各地の仏教寺院や神社などに木造の五重塔や三重塔があり、地区の[[ランドマーク]]となっているものも多い。木造塔のほか石・瓦・鉄製の塔もあり、近代以降は鉄筋コンクリート造の塔もある。多層塔としては他に[[七重塔]]、九重塔、十三重塔などがあるが︵層の数は奇数にほぼ限定されている︶近世以前の木造七重塔・木造九重塔の現存するものはない。奈良県の[[談山神社]]には木造十三重塔があるが、これは楼閣形の層塔ではなく、二重から十三重までの屋根は密に重なっていて、屋根と屋根の間にはほとんど空間がない簷塔︵えんとう︶である。<!--地・水・火・風・空の[[五大]]にかたどったものとされているが、[[三重塔]]︵奈良の薬師寺︶や九重塔、十一重塔、十三重塔など多層塔︵層の数は奇数と決まっている。︶の一種である。同じ仏塔の形式の一種であり同じ概念であるものに[[五輪塔]]がある。--><!--屋根の上にあるアンテナのような部分は[[相輪]]という。--> 22 ⟶ 24行目:
* [[東寺]](教王護国寺) ([[京都府]][[京都市]][[南区 (京都市)|南区]]) - [[江戸時代]]([[1644年]](正保元年)入仏)、54.8m(近世以前では日本一の高さ)
* [[醍醐寺]] (京都府京都市) - [[平安時代]]([[951年]](天暦5年)竣工)、38.2m 京都府下最古の木造建築
* [[海住山寺]] (京都府[[木津川市]]) - [[鎌倉時代]]([[1214年]](建保2年)仏舎利納入)、[[17.7m]]
* [[法隆寺]] ([[奈良県]][[生駒郡]][[斑鳩町]]) - [[奈良時代]](7世紀末~8世紀初)、31.5m 法隆寺として[[世界遺産]] 世界最古の木造五重塔
* [[興福寺]] ([[奈良県]][[奈良市]]) - [[室町時代]]([[1426年]](応永33年)上棟)、50.8m 5回の焼失・再建
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* [[元興寺]] (奈良県奈良市) - 五重小塔、高さ5.5メートル、当初より屋内設置(建造物として国宝指定)
* [[海龍王寺]] (奈良県奈良市) - 五重小塔、4メートル、当初より屋内設置(建造物として国宝指定)
===重要文化財===
* [[最勝院]] ([[青森県]][[弘前市]]) - 江戸時代([[1667年]](寛文7年)相輪鋳造)
* [[日光東照宮]] ([[栃木県]][[日光市]]) - 江戸時代([[1818年]](文政元年)上棟)、心柱懸垂式の構造
* [[法華経寺]] ([[千葉県]][[市川市]]) - 江戸時代([[1622年]](元和8年)相輪鋳造)、心柱懸垂式の構造、約30m(98尺)
* 旧[[寛永寺]] ([[東京都]][[台東区]]、旧上野東照宮) - 江戸時代([[1639年]](寛永16年)相輪鋳造)、36.4m [[上野動物園]]の構内
* [[池上本門寺]] (東京都[[大田区]][[池上 (大田区)|池上]]) - 江戸時代([[1607年]](慶長12年)相輪鋳造)、31.8m
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* [[大石寺]] ([[静岡県]][[富士宮市]]) - 江戸時代([[1749年]](寛延2年))、34m - [[五重塔 (大石寺)]]参照
* [[法観寺]] (京都府京都市) - 室町時代([[1440年]](永享12年)建立供養)、38.8m 通称「八坂の塔」
* [[仁和寺]] (京都府京都市) - 江戸時代([[1644年]](正保元年)屋根土居葺)、
* [[厳島神社]] (広島県[[廿日市市]]) - 室町時代([[1407年]](応永14年))
* [[備中国分寺]] ([[岡山県]][[総社市]]) - 江戸時代([[1835年]](天保6年)上棟入仏)、34.3m
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* [[善宝寺]] ([[山形県]][[鶴岡市]]) - [[1883年]](明治16年)、38m、木造。2015年(平成27年)に[[登録有形文化財]]に登録された<ref>[http://www.zenpouji.jp/wp/sanpai 善宝寺ホームページ(文化財)]</ref>。
* [[善通寺]] ︵[[香川県]][[善通寺市]]、[[重要文化財]]︶ - [[1884年]]︵明治17年︶、45m、木造としては屈指の高塔。明治以降の五重塔では初めて重要文化財に指定された。 * [[龍口寺]] ([[神奈川県]][[藤沢市]]、市指定有形文化財<ref>[https://www.townnews.co.jp/0601/2021/10/01/593947.html タウンニュース(2021年10月1日号)]</ref>) - [[1910年]](明治43年)、木造、竹中工務店。
* [[本山寺 (三豊市)|本山寺]] ([[香川県]][[三豊市]]) - 1910年(明治43年)、木造
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* [[久遠寺]] ([[山梨県]][[身延町]]) - [[2008年]](平成20年)、39m、木造、初代([[1619年]]建立)から数えて3代目の塔。
* [[円福寺 (銚子市)|円福寺]] ([[千葉県]][[銚子市]])- [[2009年]](平成21年)、木造、33.55m
* [[東長寺]](福岡県[[福岡市]]) - [[2011年]](平成23年)、
* [[法然寺]](香川県[[高松市]]) - [[2011年]](平成23年)、25.04m、木造、構想は江戸時代からあり
* [[願昭寺]](大阪府[[富田林市]]) - [[2011年]](平成23年)、37m、木造
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* [[新倉山浅間公園]]([[山梨県]][[富士吉田市]]) - [[1962年]](昭和37年)、19.5m、鉄筋コンクリート、仏塔ではなく[[忠霊塔]]
* [[浅草寺]] ︵東京都[[台東区]]︶ - [[1973年]]︵昭和48年︶、53.3m、塔院造り、鉄筋コンクリート、江戸時代建立の五重塔は[[浮世絵]]にも描かれ﹁[[江戸四塔]]﹂の一つとして親しまれたが、1945年の東京大空襲により焼失した。 * [[金剛寺 (日野市)|金剛寺]](高幡不動尊)(東京都[[日野市]]) - [[1980年]](昭和55年)、45m、鉄筋コンクリート
* [[平間寺]] (川崎大師)([[神奈川県]][[川崎市]])[[1984年]](昭和59年)の吉例大開帳・弘法大師1150年御遠忌を記念し落慶。八角五重塔、高さ31.5m。
* [[香林寺 (川崎市)|香林寺]] ([[神奈川県]][[川崎市]]) - [[1987年]](昭和62年)、躯体は鉄骨鉄筋コンクリート造りで周囲を総檜造り
* [[清大寺]] ([[福井県]][[勝山市]]) - 1987年(昭和62年)、75m、鉄筋コンクリート、エレベータ付き
* [[本土寺]] ([[千葉県]][[松戸市]]) - [[1991年]](平成3年)、GRC(耐アルカリガラス繊維強化セメント)工法、約18m
* [[長楽寺 (兵庫県香美町)|長楽寺]] (兵庫県[[香美町]]) - [[1992年]](平成4年)、70m、鉄筋コンクリート
* [[圓満寺]] (兵庫県[[播磨町]]) - [[1993年]](平成5年)、42m、鉄筋コンクリート
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==五重塔の耐震性について==
五重塔の耐震構造である﹁[[柔構造]]﹂は近年、日本はもちろん世界の超高層建築に採用されている。しかし、日本古来の五重塔が耐震性が高いとする根拠は歴史上地震により倒壊した例がこれまでなかったためで、現状では結果論の域を出ておらず、建設時に意図的に柔構造に設計されたかも定かではない。むしろ、仏舎利塔という五重塔の役割を考えればその構造は宗教的な意味合いが第一に意図され柔構造は副次的な産物である可能性が高いと思われる。実際、法隆寺等の古い五重塔では腐食が確実であるにも 五重塔の耐震性においてキーワードとなっているのが﹁心柱﹂であるが、五重塔は建築構造としては心柱に全く依存していない。また、内部空間の利用が考慮されていないため、構造材の密度が高く一般的な建築と比べて強固な建築となっている。実際、現在の法隆寺五重塔は心柱が腐食して地面に接していないことからもわかるように、建築構造としては心柱が存在しなくても問題なく成立する。なお、耐震性が高い理由は以下のような説がある。 131 ⟶ 135行目:
::心柱が扉を固定する﹁閂﹂のように揺れを拘束する役割を持つという説。この場合、心柱が周囲の部材と接触し逆に部材を破壊する要素ともなり得るため、制震方向のみに作用させるには極めて高度な設計が必要であり、どちらに作用するかは実際には運次第である。 耐震性に関しては、未だ解明されていない部分が多いが、近年には工学的に解明するため、建築構造研究者のグループ﹁五重塔を揺らす会﹂を中心にして5分の1模型による振動実験が行われ、2006年には心柱の有無による比較実験が行われた。その結果、[[阪神・淡路大震災]]クラスの揺れでは心柱は塔の変形や揺れを抑制する効果が見られるものの、閂効果は現れず、心柱の有無に なお、[[東京スカイツリー]]を設計した[[日建設計]]はこの制震システムの形や構成が﹁五重塔心柱﹂に似ているので五重塔に'''なぞらえて'''、﹁心柱制振﹂と呼んだが、マスコミにより五重塔の技術が応用されたかのように報道された。しかし、上述の通り、五重塔の耐震性は未解明の部分が多く、技術的に利用することはできず、実際には﹁質量付加機構﹂という現代の制振技術を応用したものである。 145 ⟶ 149行目:
==その他==
* 明治の作家[[幸田露伴]]の代表作として、五重塔建立に一身を捧げる大工十兵衛の姿を描いた小説﹃[[五重塔 (小説)|五重塔]]﹄がある。舞台は谷中天王寺の五重塔︵通称、谷中の五重塔︶をモデルとしている。この五重塔は関東大震災や東京空襲にも無事だったが、昭和32年7月に[[谷中五重塔放火心中事件|放火心中]]によって焼失した。 * [[ブルース・リー]]主演の[[死亡遊戯]]は五重塔に各階に敵がおり戦って登っていくというプロットの元作成され
* [[多肉植物]]([[サボテン]]や[[アロエ]]など)の仲間で、[[ユリ科]][[ハオルチア属]]に[[ゴジュウノトウ]](五重塔)という植物がある。
== ギャラリー(国宝) ==
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== ギャラリー(重要文化財) ==
<gallery>
ファイル:
ファイル:Five-story Pagoda of Ikegami Honmon-ji Temple 02.jpg|池上本門寺塔(東京都)
ファイル:Five-storied Pagoda - Kan'ei-ji.jpg|旧寛永寺塔(東京都)
ファイル:Myosenji 5junoTou 20100710.JPG|妙宣寺塔(新潟県佐渡)
ファイル:Five-storied Pagoda of Taiseki-ji.jpg|大石寺塔(静岡県)
ファイル:興正寺 045.jpg|興正寺塔(愛知県)
175 ⟶ 178行目:
== ギャラリー(近代以降の塔、および日本国外) ==
<gallery>
ファイル:Zentsu-ji
ファイル:MotoyamaJi,Kagawa-Gojyunotou.jpg|本山寺塔<br />(1913年、香川県)
ファイル:Shitennoji - pagoda.jpg|四天王寺塔<br />(1959年、大阪府)
ファイル:Five-storied Pagoda, Sensoji at night 2.JPG|浅草寺塔<br />(1973年、東京都)
ファイル:Kongoji5junoto20130815.jpg|高幡不動尊 五重塔<br />(1980年、東京都)
ファイル:川崎大師中興塔06.JPG|川崎大師中興塔<br />(1984年、神奈川県)
ファイル:蓮華院誕生寺の五重塔.jpg|[[蓮華院誕生寺]]の五重塔(1997年、熊本県[[玉名市]])
204 ⟶ 208行目:
*[[仏塔古寺十八尊]]
*[[安国寺利生塔]]
{{日本の建築}}
{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:こしゆうのとう}}
[[Category:ストゥーパ]]
[[Category:寺院建築]]
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