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'''村田 春樹'''︵むらた はるき、[[1951年]]︵昭和26年︶[[3月9日]] - ︶は、[[日本]]の[[政治活動家]]。[[三島由紀夫]]が結成した﹁[[楯の会]]﹂の5期生<ref name="higu1">﹁第一章 曙﹂︵{{Harvnb|火群|2005|pp=9-80}}︶</ref><ref name="mura2">﹁第二章 楯の会第五期生﹂︵{{Harvnb|村田|2015 == 経歴 ==
[[1966年]]︵昭和41年︶4月に[[早稲田大学高等学院・中学部|早稲田大学高等学院]]に入学。高校入学と同時に月刊誌﹃[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]﹄を毎月購読、学内では[[バレーボール]]部に入部し、3年生の6月まで練習に明け暮れた<ref name="mura1">﹁第一章 ナンパ系全学連が楯の会へ﹂︵{{Harvnb|村田|2015-10|pp=11-70}}︶</ref>。高校1年の時、中国で[[文化大革命]]が起き、日本のマスコミもそれを礼讃し中国を理想国家のように持ち上げる風潮があったが、その一方で、[[香港]]に泳いでまで亡命しようとした中国人が何百人もフカに食われて死んだことを知り、その革命に疑問を抱いた<ref name="higu1"/>。そのため村田は高等学院新聞に﹁[[中国共産党]]批判﹂という一文を投稿<ref name="mura1"/>。当時の高等学院新聞は左翼的で、編集長は生徒会長の[[赤松広隆]]︵3年︶であったが、紙面が埋まれば何でもよかったため無事掲載された<ref name="mura1"/>。 [[1969年]]︵昭和44年︶3月に早稲田大学高等学院を卒業し、4月、[[早稲田大学政治経済学部|早稲田大学第一政治経済学部]]政治学科に入部。入学式は、過激派学生︵三派系[[全学連]]︶による暴力と占拠で中止となる<ref name="mura1"/>。村田は[[ノンポリ]]であったが、入学してすぐにクラス委員に立候補し無投票で任命された<ref name="mura1"/>。大学1年の頃は﹁ミュージックファンクラブ﹂という同好会に所属し、髪型も長髪で[[ナンパ]]系であったが、﹁死守﹂と口では言いつつ[[機動隊]]が来るとすぐにヘタれる全学連を嫌悪し、一貫して反共産主義であった<ref name="mura1"/><ref name="daira2"/>。 [[1970年]]︵昭和45年︶1月の期末試験の時期、[[左翼]]の看板の字体とは異なる﹁[[三島由紀夫]]と[[自衛隊]]に行こう!﹂という看板を目にした村田は、﹁俺が求めていたものはこれだ!﹂と確信する<ref name="mura1"/><ref name="daira2"/><ref name="higu1"/>。試験直後にすぐにそこに書かれていた電話番号に連絡した村田は、地下鉄[[早稲田駅]]の上にあった喫茶店﹁オリエント﹂で、早稲田大学[[教育学部]]4年で[[楯の会]]の学生長・[[森田必勝]]と出会う<ref name="mura1"/><ref name="daira2"/>。自衛隊体験入隊一か月の費用︵衣食住全部︶が無料だと聞いて驚いた村田は、ついでに、[[ビートルズ]]や[[ローリング・ストーンズ]]のロックが一か月も聞けないのは辛いので、聞けるのか質問すると、 森田必勝の一次面接を合格した村田は、一週間後の2月4日に[[銀座]]の画廊﹁[[月光荘]]﹂の地下一階にある会員制クラブ﹁サロン・ド・クレエル﹂で、[[三島由紀夫]]と面接した<ref name="mura1"/><ref name="higu1"/>。面接の最中、最近どんな本を読んでいるか聞かれた村田は、﹁[[大江健三郎]]です﹂と答えたが、大江の 脱落者も出た厳しい一か月の猛訓練を耐え抜き、最終日の除隊の時には生れて初めて号泣した村田は楯の会会員5期生となり︵会員中、最年少︶、民族派学生運動にシフトしていった<ref name="mura2"/>。楯の会の活動は、学内で暴れている左翼と全く違い、真剣な姿勢で訓練に臨んでいるのを目の当たりにした村田は、三島や会員らの本気度を実感した<ref name="mura2"/><ref name="daira2"/><ref name="higu2">﹁第二章 予兆﹂︵{{Harvnb|火群|2005|pp=81-102}}︶</ref>。村田の軟弱さに、﹁俺たちはいつでも腹を切る覚悟でやってるんだ。そんな覚悟もないというなら辞めてしまえ﹂と厳しく一喝する先輩会員もいた<ref name="daira2"/>。自分たちの行く末は﹁ 早稲田の学生を中心として活動する﹁尚史会﹂の塾生にも 就職活動は、大手の鉄鋼会社の試験を受けるが、元楯の会会員だと判明すると不合格となった<ref name="mura4"/>。[[1973年]]︵昭和48年︶4月、[[第一生命]]に就職し、[[1977年]]︵昭和52年︶に結婚<ref name="mura6"/>。[[2001年]]︵平成13年︶に、﹁三島森田事務所﹂の一員として参加<ref name="mura6"/>。その後、[[維新政党・新風]]に入党した<ref name="mura6"/>。新風東京の前代表[[松村久義]]は早稲田の2年先輩だった<ref name="mura6"/>。第一生命では、[[2004年]]︵平成16年︶から[[2011年]]︵平成23年︶に[[還暦]]で[[定年退職]]するまで関連会社に出向していた<ref name="mura6"/>。その間、﹁[[日本における外国人参政権|外国人参政権]]に反対する市民の会﹂の活動を始め、定年後は、﹁[[自治基本条例]]に反対する市民の会﹂を立ち上げて会長に就任<ref name="mura6"/>。その他、[[皇室]]や[[日韓関係]]等、さまざまな講演活動を行っている<ref name="mura6"/>。 21行目:
[[保守]]系の雑誌等に寄稿多数する。[[日本文化チャンネル桜]]の番組に不定期出演して[[在日外国人]]への[[日本における外国人参政権]]付与反対の主張を行っている<ref name="mura6"/>。
2011年10月16日、[[在日特権を許さない市民の会]]会員として[[朝鮮学校]]無償化に反対する街宣活動を行なった<ref>{{ [[2012年]]︵平成24年︶6月、[[維新政党・新風]]代表の[[鈴木信行]]、同党の党員である櫻井達郎、山本和幸の3名と共に訪韓して、[[韓国挺身隊問題対策協議会]]と[[独島]]研究所の建物の前に﹁[[竹島 (島根県)|竹島]]の碑︵通称︶﹂なる杭および[[従軍慰安婦問題]]に関するビラを設置し、韓国の世論から﹁杭テロ﹂との指弾を受けて4名は韓国政府から入国拒否対象者に指定された<ref>[[中央日報]]日本語版 2012年8月29日付</ref>。 32行目:
=== 皇室について ===
[[天皇]]に対して強い敬意を示している。[[女性宮家]]の創設については反対の立場であり、[[皇統]]は男系男子と主張。[[2012年]]︵平成24年︶の主張において、女性宮家創設で[[ == 著書 ==
* {{Cite book|和書
* {{Cite book|和書
* {{Cite book|和書
* {{Cite book|和書
* {{Cite book|和書|title=三島由紀夫は[[蓮田善明]]の後を追った : 開かれた皇室への危惧|publisher=展転社|date=2023-11|isbn=978-4886565693}}
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|
== 参考文献 ==
*{{Citation|和書|author=井上豊夫|date=2006-10|title=果し得ていない約束――三島由紀夫が遺せしもの|publisher=コスモの本|isbn=978-4906380800|ref={{Harvid|豊夫|2006}}}}
*{{Citation|和書|author=鈴木亜繪美、監修・田村司|date=2005-11|title=火群のゆくへ――元楯の会会員たちの心の軌跡|publisher=柏艪舎|isbn=978-4434070662 |ref={{Harvid|火群|2005}}}}
*{{Citation|和書|author=[[中村 *{{Citation|和書|author=(本人)|date=2015-10|title=三島由紀夫が生きた時代――[[楯の会]]と[[森田必勝]]|publisher=[[青林堂]]|isbn=978-4792605322|ref={{Harvid|村田|2015}}}}
*{{Citation|和書|author=[[山平重樹]]|date=2004-03|title=最後の浪人阿部勉伝――酒抱きてけふも堕ちなん|publisher=ジェイズ・恵文社|isbn=978-4905848509|ref={{Harvid|山平|2004}}}}
== 関連項目 ==
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== 外部リンク ==
*
*{{YouTube|channel=UCZ6CJEAN3hoY5SbkFYRn9Og|村田春樹チャンネル}}
{{行動する保守}}
{{楯の会}}
{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:むらた はるき}} [[Category:行動する保守の活動家]]▼
[[Category:在日特権を許さない市民の会の人物]]
[[Category:維新政党・新風]]
[[Category:日本会議の人物]]
[[Category:第一生命保険の人物]]
▲[[Category:行動する保守の活動家]]
[[Category:楯の会]]
[[Category:早稲田大学出身の人物]]
[[Category:早稲田大学高等学院・中学部出身の人物]]
[[Category:東京都出身の人物]]
[[Category:1951年生]]
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