「熊谷寺 (熊谷市)」の版間の差分
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当地は[[平安時代]]末から[[鎌倉時代]]初期の武士[[熊谷直実]]の出身地であり、出家後の直実が蓮生法師として往生した場所と伝えられている。直実は[[建久]]4年︵[[1193年]]︶頃出家して法力房蓮生と称した。その後、[[関東地方|関東]]に帰った時、熊谷館の一郭に庵を結んで僧俗に開放して教えを説いたと言う。なお、﹃[[新編武蔵風土記稿]]﹄によれば[[文禄]]4年︵[[1595年]]︶に[[中山道]]を付け替えた際に熊谷寺の裏手︵北側︶にあった街道を現在の形にした︵南側︶に移したとする記述があり、この時に熊谷寺はかつての館の堀ノ内から切り離されたと言う<ref>高橋修﹁武蔵国における在地領主の成立とその意義﹂︵所収:浅野晴樹・齋藤慎一 編﹃中世東国の世界1北関東﹄︵2003年、高志書店︶ ISBN 978-4-906641-75-8︶</ref>。 熊谷寺は、その庵の跡に[[幡随意|智誉幡随意白道上人]]が、[[天正]]19年([[1591年]])に建立したものと言われている。
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== 伽藍 ==
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