アレグザンダー・ウィーロック・セイヤー
生涯
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ハーヴァード大学ロースクールの司書であったが、アントン・シントラー︵ベートーヴェンのもと筆耕︶によるベートーヴェン伝︵1840年発表︶の数々の矛盾点に気付く︵ベートーヴェン研究家が、シントラーの作り話や、信頼感のなさを積極的に指摘するのはその後のことである︶。1849年にヨーロッパに渡り、ドイツ語を学習し情報を蒐集して独自の研究に取り掛かる。ジャーナリズムで生計を立てつつ、何かと困窮した末に、ついにトリエステのアメリカ領事に任命され、力作を追究することが可能になる。
自身のドイツ語によるベートーヴェン伝の初版は、1866年から1879年にかけて3冊に分けて公表され、1816年までのベートーヴェンが扱われている。セイヤーの没後に、先ずはその僚友Hermann Deitersによって、Deiters自身が死去するとフーゴー・リーマンによって、セイヤーの覚書に基づく第4巻︵1907年︶と第5巻︵1908年︶が出版された。この2冊では、1817年からベートーヴェンの没年までが扱われている。
セイヤーによるベートーヴェンの評伝は、伝記に調査・分析・精度の近代的な規準をもたらし、伝記の水準を向上させた。1865年にセイヤーは次のように記している。
自分は理論のために戦ったのでもないし、依怙贔屓しようとしたのでもない。自分の唯一の観点は、真理である。
1921年に英語版をまとめた音楽評論家のクレービールは、すでに1917年にセイヤーについて次のように評している。
勤勉さ、熱心さ、分析力の鋭さ、虚心坦懐・公平無私な人柄によって、︵セイヤーは︶接したすべての人々の信頼を勝ち得たのである。もっとも、文士ぶった大ぼら吹きの場合は別だろうが、それがでっち上げた絵空事すら、歴史の真実に対する関心によってセイヤーは熱心に打ち破ろうとしたのだ。
セイヤーのベートーヴェン伝の最新版は、エリオット・フォーブズによって校正・改訂されている。
著作
編集- Thayer, A. W., rev and ed. Elliot Forbes. Thayer's Life of Beethoven. (2 vols.) Princeton: Princeton University Press. ISBN 0-691-09103-X
参考文献
編集- Thayer's Life of Beethoven, rev. and ed. Elliot Forbes.
- Thayer, Alexander Wheelock in Grove's Dictionary
- Claman, Henry N.; Bellofatto, Luigi D. (2007年). “Vita: Alexander Wheelock Thayer. Brief life of Beethoven's biographer: 1817-1897”. Harvard Magazine January-February 2007. Harvard Magazine Inc.. 2007年12月24日閲覧。