マルティナ・カールス
ドイツのファッションデザイナー
経歴
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ドイツ・ブレーメン出身。
1987年、ヨーロッパ遠征中だった蝶野正洋とホームパーティーで出会う。その翌日から蝶野がマルティナのバイト先に毎日花を持って行き、片言の英語で猛アタック。その後、蝶野はアメリカを転戦することとなったが、マルティナも後に渡米。蝶野がビザの関係で日本に帰国する1991年に2人は結婚した。[1][2]
1994年9月、ヒールターンした蝶野の為に黒を基調とした新しいリングコスチュームを作り、﹁黒のカリスマ﹂誕生の一助となった[3][4]。
2000年からは蝶野と共にファッションブランド﹁アリストトリスト﹂を立ち上げ[5]。デザイナーとして活動している[6]。2006年7月に長男を、2009年8月には長女を出産した[7]。
2020年12月31日から2021年1月1日にかけて放送された、絶対に笑ってはいけない大貧民GoToラスベガス24時!に蝶野と出演し、話題となった[8][9]。
脚注
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(一)^ “蝶野正洋、30年連れ添う妻はドイツ出身。﹁中2レベル﹂の英語でも意思疎通ができるワケ”. ハフポスト (2019年9月26日). 2024年7月22日閲覧。
(二)^ “史上最強のヒール・蝶野正洋の波瀾万丈すぎる人生﹁今は救命救急に燃えています﹂︵3ページ目︶”. 週刊女性PRIME (2024年7月22日). 2024年7月22日閲覧。
(三)^ “史上最強のヒール・蝶野正洋の波瀾万丈すぎる人生﹁今は救命救急に燃えています﹂︵4ページ目︶”. 週刊女性PRIME (2024年7月22日). 2024年7月22日閲覧。
(四)^ “︻俺達のプロレス名勝負列伝・第8回︼蝶野正洋VS馳浩 1994.9.19新日本 | プロレスTODAY” (2018年9月4日). 2024年7月22日閲覧。
(五)^ “ABOUT | ARISTRIST powered by BASE”. ABOUT | ARISTRIST powered by BASE. 2024年7月22日閲覧。
(六)^ “蝶野正洋が57歳の誕生日 卓越したプロレス脳と﹁カルボナーラ﹂で射止めたマルティナ夫人”. ENCOUNT. 2024年7月22日閲覧。
(七)^ “蝶野正洋に第2子が誕生 ﹁無事、出産 女の子です﹂”. ORICON NEWS (2018年2月14日). 2024年7月22日閲覧。
(八)^ “方正に今年も蝶野ビンタ執行07年から14年連続 - お笑い : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2024年7月22日閲覧。
(九)^ “蝶野正洋 今年も月亭方正にビンタ炸裂! 妻・マルティーナさんも登場﹁ガチの私の妻です﹂ - スポニチ Sponichi Annex 芸能”. スポニチ Sponichi Annex. 2024年7月22日閲覧。