出石神社 (洲本市由良)
兵庫県洲本市にある神社
出石神社 | |
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所在地 | 兵庫県洲本市由良町由良2856-1 |
位置 | 北緯34度16分3.3秒 東経134度57分0.7秒 / 北緯34.267583度 東経134.950194度座標: 北緯34度16分3.3秒 東経134度57分0.7秒 / 北緯34.267583度 東経134.950194度 |
主祭神 | 天日鉾命 |
創建 | 垂仁天皇の御代 |
「出石の刀子」出現の地として日本書紀にその伝説が記されている。また、神社の境内には、海賊との戦いで切腹して果てた侍たちが祀られている。
祭神
編集天日鉾命 アメノヒボコノミコト
由緒
編集鎮座地
編集創建
編集祭典
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岬まつり︵3月・10月︶
大漁と海上安全を祈願する漁師町ならではの祭。御神酒とかけのうお︵鯛やヒラメを縄で結わえたもの︶の供物えを持ち、地区内の出石神社、事代主神社、厳島神社、金刀比羅神社、成山︵なるやま︶神社の順に参拝する。
生石崎の侍伝説
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出石神社の境内には、海賊との戦いで切腹して果てた大館主膳正有光︵おおだてしゅぜんのかみありみつ︶と、桑村隼人亮︵くわむらはやとのすけ︶の二人の侍が祀られている。
﹃淡路国名所図絵﹄には、この二人の侍にまつわる伝承が、おおよそ次のように記されている。
阿波細川家が調達した弓矢を満載した大館主膳正有光の船が海賊舟数十艘に襲われた。主膳と家来は調達した弓矢で応戦し、海賊舟は怪我人や死者であふれ容易には主膳の船に近づけなかったが、ついに主膳も重傷を負い矢も底をついた。
主膳は船尾の屋根へ駆けあがり、声を張り上げて ﹁私は海の底から、欲にまみれた外道共の妨げと成るのだ。﹂ と言い残し、切腹して海に身を投げた。家来たちも後を追い切腹し、船に火をかけて焼け死んだ。 それからこの海が静まったことがない。
又、近年三好実休が堺に遣わした桑村隼人亮︵くわむらはやとのすけ︶も、生石崎表で海賊船数十艘に襲われ討死した。 このことで更に海は荒れたので、実休は高僧数十人に六万巻の陀羅尼を誦させ、侍たちを権現に祀ったところ、 海は静まり今に至っているという。[3]
脚注
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(一)^ “兵庫県神社庁 神社検索 出石神社”. 兵庫県神社庁. 2020年10月14日閲覧。
(二)^ “出石神社”. 由良湊神社. 2020年10月14日閲覧。
(三)^ “出石神社”. 由良湊神社. 2020年10月14日閲覧。