恭帝 侗(きょうてい とう)は、の皇族。王世充によって傀儡皇帝として建てられたが、王世充によって殺された。

恭帝 楊侗
皇帝(傀儡)
王朝
在位期間 皇泰元年5月24日 - 皇泰2年4月5日
618年6月22日 - 619年5月23日
都城 洛陽
姓・諱 楊侗
仁謹
諡号 恭皇帝
生年 仁寿4年(604年
没年 開明元年(619年)6月
楊昭
小劉良娣
年号 皇泰 : 618年 - 619年

の高祖李淵に擁立された異母弟の楊侑とは異なり、唐を正統とする立場から後世からは正統な皇帝とみなされていない。元号を皇泰としたため、皇泰主とも史称される。

生涯

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伝記資料

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  • 隋書』巻五十九 列伝第二十四「煬帝三男伝」
  • 北史』巻七十一 列伝第五十九「隋宗室諸王伝」

参考文献

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関連項目

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先代
恭帝侑
皇帝(傀儡)
618年 - 619年
次代
滅亡