正力松太郎杯国際学生柔道大会
概説
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1983年1月5日~6日、個人戦と国別団体戦による第1回大会が開催され学柔連と全日本柔道連盟︵全柔連︶とのトラブルが表面化する。1983年1月25日、全柔連から学柔連が脱退[2]。11月5日、全柔連から1984年の第2回大会に参加した選手、審判、役員は全柔連が主催や後援する大会、代表を派遣する国際大会には出場できなくなる旨の通知文が発行される。12月来日した国際柔道連盟(IJF)ケンパ事務総長は﹁全柔連が言う処分が下されたときはIJFとして処分は無効という声明を出すかもしれない﹂と述べた。
1992年以降、団体戦は実施されなくなる。さらに1992年以降はそれまでの毎年開催から隔年開催となる。しかし、1998年を最後に大会の幕が閉じることとなった。この大会の参加資格は大学の学籍を有していて大会開催時に17歳以上28歳未満であることだったが、一部の外国選手は以上のケースに該当しなくても主催者側の特別招待によって参加していた[3]。また、この大会では女子の部が設けられることはなかった。
歴代優勝者
編集過去の主な優勝者
編集オリンピックや世界選手権でメダルを獲得した選手
脚注
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(一)^ ﹁大会記録 正力杯国際学生柔道大会﹂﹃柔道大事典﹄ アテネ書房、ISBN 978-4871522052、632-635頁
(二)^ “全日本柔道連盟50年誌 第四部資料編 日本柔道史年表﹁全柔連の歴史・国内の柔道界﹂”. 全日本柔道連盟. 2019年10月2日閲覧。
(三)^ ﹁第9回正力松太郎杯国際学生柔道大会﹂近代柔道 ベースボールマガジン社、1991年3月号、111頁