音楽の捧げもの
(音楽の捧げ物から転送)
概要
編集大王の主題
編集バッハが1747年5月7日にフリードリヒ大王の宮廷を訪ねた際[注釈 1]、以下のようなハ短調のテーマ (Thema Regium) を大王より与えられた。
バッハは、これを用いてその場でジルバーマンのフォルテピアノにより即興演奏を行い、2ヵ月後には曲集を仕上げ、﹁王の命による主題と付属物をカノン様式で解決した﹂ (Regis Iussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte Resoluta) とラテン語の献辞を付けて大王に献呈した。献辞の頭文字を繋いだ言葉 RICERCAR ︵リチェルカーレ︶は、﹁フーガ﹂様式が出来る前の古い呼び名である[1]。
大王の主題が全曲を通して用いられたこの曲集はその後﹁音楽の捧げもの﹂として知られている。当時の新聞記事や証言が伝えるところによれば、王の与えた主題を用いて即興演奏を求められたバッハは3声のフーガを演奏した。6声のフーガの演奏も求められたがさすがに即興では難しく、自作の主題による即興演奏を行った。のちにその場で果たせなかった6声のフーガを含むこの作品を王に捧げたと言われる[2]。
王の主題にはヨハン・ヨアヒム・クヴァンツやヤン・ディスマス・ゼレンカの作品を参考にしたという説が挙げられている[2]。アマチュアの研究家であるハンフリー・サスーン (Humphrey Sassoon) は2003年、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルのフーガ︵HWV609︶の主題が﹁王の主題﹂と類似しており、王が主題を考案する際やバッハが﹁リチェルカーレ﹂を作曲する際に下敷きにしたと主張した[3][4]。
曲の構成
編集編曲
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有名な編曲にアントン・ウェーベルンによる管弦楽用編曲﹃6声のリチェルカーレ﹄(1935)がある︵NHK-FMの﹃現代の音楽﹄のテーマ曲として使われていた︶。またイーゴリ・マルケヴィチも管弦楽用に編曲を行っている。
ソフィア・グバイドゥーリナのヴァイオリン協奏曲﹃オッフェルトリウム﹄や尹伊桑の無伴奏ヴァイオリン曲﹃大王の主題﹄はこの曲の王の主題を元にしている。
脚注
編集注釈
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(一)^ バッハの息子であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ︵ベルリンのバッハ︶は、彼の父とフリードリヒ2世の謁見の前年、1746年に、プロイセン王国の王室楽団員としての職を得ていた。
ヨハン・セバスティアン・バッハがポツダムに訪れたのは、この縁がもとであった。
出典
編集- ^ Marissen, Michael (2017). J.S.Bach: Musikalicshes Opfer (pdf) (Media notes). Bach Collegium Japan, Masaaki Suzuki. BIS. BIS-2151。
- ^ a b Schulenberg, David (2006), The Keyboard Music of J.S. Bach (2nd ed.), Routledge, pp. 390-395
- ^ Walker, Paul (2017), Leaver, Robin A., ed., The Routledge Research Companion to Johann Sebastian Bach, Routledge, p. 387
- ^ Sassoon, Humphrey (2003), “JS Bach's Musical Offering and the Source of Its Theme: Royal Peculiar”, Musical Times 144 (1885): 38-39
外部リンク
編集- 音楽の捧げものの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- カノンへの目覚め
- 音楽の捧げもの(音源)
- 音楽の捧げ物(楽曲解説)
- 音楽の捧げもの BWV 1079/Das musikalisches Opfer BWV 1079 - バッハ - ピティナ・ピアノ曲事典 朝山奈津子(解説、音源、演奏動画)
- Musikalisches Opferに関連する著作物 - インターネットアーカイブ