コラム:SNSは民主主義の脅威、「トランプ砲」で鮮明に
2月3日、ソーシャルメディアが人々の交流に役立たないというわけではない。だが、ソーシャルメディアは私たちの政治にとって有益なのだろうか。写真は2016年9月、ニューヨークでドナルド・トランプ氏をスマホで撮影するジャーナリスト︵2017年 ロイター/Carlos Barria︶
John Lloyd
﹇3日 ロイター﹈ - 昨年3月、つまり英国が国民投票で欧州連合離脱を決める3カ月前、当時のキャメロン首相は、英紙デイリー・メールのオーナーであるロザミア卿に対し、同紙のポール・デイカー編集長を解雇するよう要求した。
だが、報道界の大物で、英タブロイド紙文化の誕生に誰よりも貢献した一族の当主であるロザミア卿はこの要請をはねつけ、国民投票の結果が出るまで、そのような要請があったことさえ、当のデイカー編集長にも告げなかった。BBCがこの出来事について報じたが、当事者の誰もこれを否定していない。
これはブレグジット︵英国の欧州連合離脱︶へと至る過程で起きた見苦しい事件である。多くの同じような立場の人々とは異なり、デイリー・メール紙のオーナーは、﹁オーナーは自分だが、編集はデイカー氏に任せる﹂という一線にこだわっているように見える。
ロザミア卿は欧州連合︵EU︶残留を支持していたが、デイリー・メールは当時も今も、国内で最も熱心なEU離脱派である。そして今でも、報道界では並ぶもののない最も強力な組織であり、﹁英国を支配する新聞﹂なのだ。
デイカー氏は、今なお疲れを知らない仕事中毒の68歳。信仰復興主義の牧師が信徒たちに接するように、信念と才能をもって自国に向き合う、昔ながらの新聞人の流れを汲む最後の1人である。情熱と、正しさ︵right︶に対する至高の感性を持っている。デイカー氏は、政治的な意味でも﹁右︵right︶﹂である。左翼を嫌悪し、インテリと文化的主流派を構成するリベラルたちを何よりも軽蔑し、英国議会の優越性を深く信じていた。︵訂正︶
彼のような影響力を行使する編集者は他にいない。デイリー・メール紙が毎日のようにEUの害悪を説くのにウンザリしたキャメロン前首相が何とかこれを止めさせようとしたことは、同氏の力を際立たせる結果となった。
だが、仮に彼が引退することがあれば、その力を誰かに引き継ぐことはできない。その理由は、デイカー氏が性格の点でも清廉潔白さの点でも、まねできないというだけではない。新聞ビジネスという長年続いてきたドラマがまもなく終わろうとしているからだ。
ニュースメディアは、いまやソーシャルメディアに道を譲ろうとしている。オーナー、編集者、コメンテーターや記者ではなく、一般の人々が自ら語ろうとしているのだ。
米国の歴史学者ジル・レポア氏は、いつの時代においても、その折々に優勢なコミュニケーション・メディアが、政治のあり方を決定する大きな要因になると考えている。それどころか、彼女はそれが唯一の要因でもありうると主張している。
﹁米国の2大政党制は、報道界が作り上げたものだ﹂と彼女は論じる。﹁報道界が変革の苦痛を味わっているとき、2大政党制も同じ痛みを味わう。この最新のコミュニケーション革命がもたらす高速化・原子化という要因が、2大政党制を終わらせ、もっと不安定な新しい体制を生み出すとは考えにくいが、絶対にありえないとも言えない﹂
レポア氏はさらに、「いずれ私たちは、それぞれが1人1党になるのではないか」と言う。
しばらく前から、ソーシャルメディアの政治的影響力が顕著になっている。2010年、チュニジアの街で、無許可の野菜販売屋台を警察に押収された露天商のモハメド・ブアジジさんが焼身自殺した写真は、﹁アラブの春﹂の到来を告げる革命のきっかけとなった。
イラン、トルコ、ロシアなどの国々では、携帯電話のテキストメッセージに促されて人々が街頭デモに繰り出した。中国では、︵禁止されている︶ツイッターに代わる﹁微博﹂や﹁微信﹂経由で国内の不祥事やストライキ、抗議行動に関するニュース速報などの情報が流れるようになり、習近平国家主席は、ソーシャルメディアを含むメディアに対する統制が必要だと声高に宣言するに至った。
20─30年前までは、国内向けの情報発信技術を手にするには巨額の資産が必要だった。それが今では、最貧困層でもないかぎり、世界全体に向けて発信するテクノロジーを利用できるのである。
だがここ数年、一部の人には、こうした人気の高いコミュニケーション手段には危険な毒針が潜んでいることが明らかになりつつある。この﹁毒針﹂について説明する最も有力な論者の1人が、ベラルーシの博学な若手研究者エフゲニー・モロゾフ氏である。
彼は、﹁オンラインの自由﹂というユートピア的な発想は︵ビル・クリントン、ヒラリー・クリントン両氏にも支持されているが︶、﹁過剰な楽観主義であり、経営コンサルタント的な空疎な論法﹂であると断じる。そして、ソーシャルメディアでは反体制派を特定できるため、独裁権力を転覆させるのではなく、却って増強してしまうと主張する。
モロゾフ氏が言及していたのは専制的な国家である。しかし最近では、トランプ米大統領のような人物が、偉大な民主主義国家においてソーシャルメディアの影響力がどのように作用するのかを見せつけている。その様子を見ると、オンラインの世界を支配しているのは、権力者、大資産家、著名人である。それも、既存メディアの全盛期に見られたような方法ではなく、もっと双方向性のある、時としてより効果的な方法による支配だ。
政治家や企業経営者、著名人がテレビ番組で話す場合、たいていは司会者やジャーナリストを相手にする形で大衆に向かって語りかける。しかしソーシャルメディアでは、その同じ人物が、携帯電話に配信されるツイッター投稿を通じて直接語りかけてくる。その相手である私たちは、﹁1人1党﹂の状態なのだ。
こうした対人的なコミュニケーション経路に強い影響力を及ぼす人物になり、その座を維持するためには、もちろん、才能や組織、空気を読んで雰囲気をはぐくむ稀少な能力が必要になる。資産家と著名人は、そのための手段と支援を手にしている。ソーシャルメディアによって彼ら自身が民主的な存在になるわけではない。力のある者がメディアを自在に使いこなす限り、彼らの力は増すことはあっても減ることはない。
スタジオの司会者、オフィスの編集者はほぼ姿を消しつつある。存在するのは、有名人とあなただけだ。あなたの喜びや怒りを呼び起こすことなら、彼らは何でも口にすることができる。もしあなたが気に入るのであれば、それが真実かどうかをチェックする必要があるだろうか。
トランプ氏を応援するような偽ニュース︵多くはトランプ支持である︶を公開している人物は、ジョージアのような遠隔の地で暮らしていながら︵ジョージアといっても米国南部の州ではなく、旧ソ連の共和国の1つだ︶、多くの人がそれを信じてしまうことへの驚きと多少の軽蔑を表明しつつ、偽ニュースを大量生産することで大儲けをしているのである。
こうして、力ある者が改めて新たな力を手にした。ソーシャルメディアが人々の交流に役立たないというわけではない。だが、ソーシャルメディアは私たちの政治にとって有益なのだろうか。
*5段落目を訂正しています。
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