文学作品の展示即売会である﹁文学フリマ﹂が、規模を拡大し続けている。
文学フリマは、プロ・アマ、営利・非営利、ジャンルを問わず、作り手が﹁自らが︿文学﹀と信じるもの﹂を自ら販売する場として2002年にスタート。現在は九州〜北海道までの全国8箇所で年間合計9回、開催されている。﹁文フリ﹂と呼ぶ参加者たちもいる。
去る2023年11月11日︵土︶には、東京流通センター第一展示場・第二展示場にて﹁文学フリマ東京37﹂が開催された。前回5月の﹁東京36﹂では、文学フリマで初めて動員数が1万人を越えたと発表があったが、結果はそれを上回る盛況ぶり。﹁1843出店・2086ブース﹂を数え、総来場者は12890人と伸長した︵出店者3062人/一般来場者9828人︶。
この勢いには、筆者が初参加した当時とは隔世の感がある。
筆者が初めて文学フリマに参加したのは2008年11月9日の﹁第七回文学フリマ︵東京︶﹂で、講談社BOXとのコラボ企画﹁東浩紀のゼロアカ道場﹂による後押しもあり、出店数は155出店、総来場者数は約1800人だった︵この数でも当時は﹁驚異的﹂だったと記憶している︶。
その後は﹁第九回文学フリマ︵東京︶﹂や﹁第二十七回文学フリマ東京﹂などに出店者としても参加。会場が大田区産業プラザPiOから東京流通センターへ移り、展示場のフロア面積も回を重ねるごとに広くなっていくのを見ていた。
それらの拡大も背景にあり、2024年5月19日︵日︶開催の﹁文学フリマ東京38﹂から、東京開催時の一般入場を有料化。そして12月1日︵日︶開催の﹁文学フリマ東京39﹂は、ついに東京ビッグサイトで開催されることも発表され、賛否両論を呼びつつも話題となった。
文学フリマ東京、一般入場を有料化 東京ビッグサイトでの開催も発表
文学作品の展示即売会「文学フリマ」が、2024年5月19日(日)の「文学フリマ東京38」から、東京開催時の一般入場を有料化すると…
日本有数の同人誌即売会﹁コミックマーケット﹂﹁COMIC CITY﹂﹁コミティア﹂といったイベントでも使われる東京ビッグサイトという会場に、ファンの裾野やマーケットも大きい﹁マンガ﹂を主体とせず、出版不況とも結ばれやすい﹁文学﹂を扱う文学フリマが進出した驚きは大きい。
また、一部のジャンルでは注目したい動きもある。たとえば、短歌は5月開催時に﹁現地で700部完売﹂﹁文学フリマと僅かな書店流通で1200部売れた﹂といったように、世間では﹁短歌ブーム﹂もささやかれている中だが、インパクトのある数字を残す事例も聞こえてきた。さらに、商業出版ではページ削減や休刊の話題を目にする批評ジャンルも元気なようだ。
ともすると、文学フリマは文学を志す人々にとって、作品発表やビジネスにおいて、既存の商業出版だけではない﹁オルタナティブな場﹂として機能し始めているのだろうか?
この問いを現在地点から掘り下げると共に、文学にまつわる人々にとっての思考の補助線をまとめようと、﹁文学フリマ東京37﹂の現地へ足を運んだ。さらに、一般社団法人文学フリマ事務局の代表理事を務める望月倫彦さんをはじめ、短歌や批評などのブース出店者にも話を聞いた。
今、なぜ文学フリマは東京ビッグサイトにまで拡大し、求められているのか。前後編に分けて、現状の潮流をさまざまな入り口から見てみよう。
目次
(一)有名作家の出店は1000冊が完売。来場者の増加は﹁想像を超える﹂勢い
(二)コロナ禍以前よりも増え続ける﹁文学フリマ﹂の参加者数
(三)﹁出店者は毎回3割以上が入れ替わる﹂
(四)コロナ禍以降、ノンフィクションジャンルが増えた背景
(五)﹁元から強い﹂評論・批評ジャンルにも勢いが再び
(六)避けられない東京ビッグサイトの開催に有料化……運営側の決断とは
有名作家の出店は1000冊が完売。来場者の増加は﹁想像を超える﹂勢い
11月11日、開場時間より早い10時過ぎに取材陣は到着した。寒風吹くなか、﹁文学フリマ東京37﹂は正午12時の開場を前に、すでに待機列ができていた。
一般来場者もすでに待機列を形成
先頭の男性は朝7時から並んでいるという。お目当ては﹃鴨川ホルモー﹄や﹃プリンセス・トヨトミ﹄などで知られる万城目学さんの小説﹃みをつくし戦隊メトレンジャー 完全版﹄だ。
同書は、万城目学さんによる“ひとり出版社”の﹁万筆舎﹂から上梓された作品で、先行して9月10日の﹁文学フリマ大阪11﹂で発売されて完売。今回の﹁東京37﹂でも人気はうかがえ、開場して5分後には目算で50人以上が列をなすほど。後に万筆舎が発表したところによれば、文学フリマ大阪と東京の2日間で1022冊が販売されたという。
コミケほどではないが、開場直後は少し慌ただしい
入場後の動きを見ていると、来場者はまずチェックしていた﹁お目当て﹂を買い、その後は周辺サークルや関心のあるジャンルを巡ったり、見本誌コーナーで立ち読みをしたりしながら過ごすようだ。ただ、中には﹁友人が出店している本だけを買って、挨拶をしに来た﹂という男性の姿も。日頃のコミュニティの延長にあるやり取りも即売会の要素の一つだろう。
大学時代に文芸サークルで出店していたのに加え、個人でもエッセイや日記本などを販売してきた高井希さんに話を聞くと、開場規模が大きくなるにつれて、来場者層の変化を感じると言う。﹁昔はいわゆる“文学好き”な人が多い印象だったんですけど、最近はおしゃれな雰囲気の同人誌があったり、参加者の層もより厚くなっているように思います﹂。
文学フリマ事務局の代表理事である望月倫彦さんも、来場者の増加は﹁想像を超える﹂勢いがあると語る。
文学フリマ事務局の代表理事・望月倫彦さん
今回の﹁東京37﹂は東京流通センターの第一・第二展示場までフルに使って約500のキャパシティを増やして臨んだが、ブース出店者の応募が上回り、抽選が行われることになった。もちろん、ブース出店者に比例して一般来場者もさらに増えている。﹁コロナ禍を踏まえた勢いは明らかにある﹂と望月さん。
出店者の肌感でもコロナ禍を契機に挙げる人がいた。ゲームとエッセイを制作する集団として参加する﹁enchant chant gaming﹂は、﹁コロナ禍で発表や交流の場が希少になったことも相まって、︵文学フリマには︶場としての価値が高まっていったのかなと思います。出店される内容も以前よりバリエーション豊かに、自由になっているように感じます﹂と話す。今回、enchant chant gamingはお香を使った自作ゲーム﹃香感覚﹄のテストプレイをブースで行ったが、通りがかりの来場者が興味を持って遊んでくれた、と交流が生まれたそうだ。
文学フリマにゲームは珍しいかもしれない。それだけ裾野が広がっているとも言える
コロナ禍以前よりも増え続ける「文学フリマ」の参加者数
「場としての価値」の向上で、やはりコロナ禍は切り離せない。
文学フリマ事務局は2019年頃からSNS発信などで集客に努めてきたが、コロナ禍で全面的に見直しを強いられた。だが、ここに現在へつながる布石がある。