入江喜和『たそがれたかこ』【後編】 人生のどん底でスタートした漫画家人生
2015ランクイン作家インタビューBE・LOVEたそがれたかこ入江喜和
2015/03/09
どこにでもいそうな中年女性・たかこの日々をふんばって生きる姿に励まされる﹃たそがれたかこ﹄。
入江喜和先生は、デビュー作の﹃杯気分! 肴姫﹄以来、魅力的でリアルなキャラクター造詣と独特のタッチが生み出す世界観で多くのファンを魅了し続けている。
そんな入江先生のマンガとの出会いは? デビューまでのいきさつは? 入江ワールドのルーツを探る、インタビュー後編がスタート!
インタビュー前編はコチラ!
入江喜和
東京出身の女性漫画家。
1989年に﹁週刊モーニング﹂︵講談社︶にて﹃杯気分!肴姫﹄でデビュー。代表作に﹃のんちゃんのり弁﹄﹃昭和の男﹄﹃おかめ日和﹄など。現在、﹁BE・LOVE﹂︵講談社︶にて﹃たそがれたかこ﹄を連載中。夫は漫画家の新井英樹。
ブログ﹁キワ者便り﹂
﹃たそがれたかこ﹄第4巻は3月13日発売!
寝ても覚めても﹁厩戸皇子﹂だった高校時代
――子どもの頃はどんなマンガを読んでいましたか?
入江 まずは﹃がきデカ﹄ですね。山上たつひこ先生にはやられました。幼稚園の頃、最初に買ったマンガが﹃がきデカ﹄﹃サザエさん﹄︵長谷川町子︶、それから弓月光先生の﹃おでんグツグツ﹄です。あの当時﹁りぼん﹂がすごくおもしろくて。今の青年誌の要素が全部入ってるといってもいいくらいに、少女マンガ誌なのに大人向けのマンガがけっこうあって。山本優子先生の﹃美季とアップルパイ﹄というマンガもすごく好きでした。
![『がきデカ』が好きだったという入江先生。たかこがこまわり君の「死刑!」をやってるコマがあるから探してみよう!](https://konomanga.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/02/02iriekiwa1.jpg)
『がきデカ』が好きだったという入江先生。たかこがこまわり君の「死刑!」をやってるコマがあるから探してみよう!
――瞳キラキラの少女マンガタッチかと思うと、すごくえげつない下ネタギャグが出てきたりすぐ裸になったり。
入江 そうそう、ギャグがちょっとドリフっぽくて最高でしたね。弓月先生は子ども心に絵のうまさにもひかれて。﹃おでんグツグツ﹄は弓月先生にしてはわりと地味な話で……おでん屋さんの女主人と発明好きの居候君との恋愛ものなんですが、常連客にすごく老けた人がいたりする雰囲気も好きでした。
――今につながる渋好みですね。
入江 キラキラや乙女チックなほうではなかったんですね、昔から。でも、里中満智子先生や大和和紀先生のような大先生も大好きでしたよ。今でも、同じ雑誌に大和和紀先生と載ってる、と思うとドキドキします。そして、生涯で一番夢中になったマンガといえば山岸凉子先生の﹃日出処の天子﹄!
![入江先生を夢中にさせた罪な男、厩戸皇子。山岸先生の秀麗なタッチで描かれた皇子に夢中になった女子は多い。](https://konomanga.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/02/hiidurutokoronotenshi_s.jpg)
入江先生を夢中にさせた罪な男、厩戸皇子。山岸先生の秀麗なタッチで描かれた皇子に夢中になった女子は多い。
――それは何歳頃ですか?
入江 高校生の時です。あとにも先にもあんなに毎号楽しみにしたマンガはないです。最近になって山岸先生にお会いできたんですが、先生が引いてしまうくらい﹁好きです、好きです﹂って言いまくってしまいました︵笑︶。
――当時はどんなふうにハマってたんですか?
入江 もう病的でしたね。厩戸皇子のために生きていたといってもいいくらい。当時、私は不登校で……途中、学校に行くようにはなったんですけど﹁LaLa﹂の発売日はすぐに帰っちゃってましたね。一刻も早く読みたいから。雑誌を買って喫茶店に入って、まず1回読んでからさらに3回くらい読んで。で、家に帰ってまた読む。
――翌月の号が出るまでに何度読み返したんでしょうね。
入江 数かぎりなくです。いまだに、セリフが頭に入ってます。
――そこまで夢中になったポイントは?
入江 ひたすら厩戸皇子のキャラクターに萌えてたと思います。マンガが上手な友だちに、私と皇子のマンガを描いてくれと無理難題を吹っかけたり。﹁ええ? じゃあ厩戸皇子にもてあそばれて捨てられる話とかでもいい?﹂って言われて﹁全然それでいいよ〜﹂って。描いてもらったマンガは大事にしてました。とにかく寝る直前まで皇子のことを考えて、朝起きると皇子のことを考える生活。
――生きる希望ですね。その頃不登校だったというのは……?
入江 あ、これはもう﹁たかこ﹂に描いた通りです。人間関係と、ちょっと偏差値の高いところに入ってしまったので勉強についていけなくなったのと。とにかく家で﹃日出処の天子﹄を読んでる時間が一番楽しかった。
![たかこの不登校になるまでは入江先生の実体験だったとは。学生時代ってたいへんなんですよね……。](https://konomanga.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/02/02iriekiwa3.jpg)
たかこの不登校になるまでは入江先生の実体験だったとは。学生時代ってたいへんなんですよね……。
――それが心のよりどころ、自分の支えになっていたのでしょうか。
入江 そうですね。厩戸皇子は今でも心の支えです。単行本は特別な一等地に並べてます。神棚みたいです。
――ちなみに今、注目してるマンガはありますか?
入江 ﹃ぼくは麻里のなか﹄︵押見修造︶がすごくおもしろいです。雑誌でいうと﹁アクション﹂が今、気に入ってて……﹃絶望の犯島﹄︵櫻井稔文︶も好きですね。女性誌では、BLがおもしろい! 自分のなかで、最近BLを解禁にしたんです。
何かやりたいけど何をしていいかわからなかったあの頃
――厩戸皇子に夢中だった頃は、まだマンガを描いてなかったんですか?
入江 描いてなかったですね。あの頃マンガがとてもおもしろくて。くらもちふさこ先生も大好きでした。そこに内田春菊先生、高野文子先生みたいな天才が続々現れて、マンガとはこうした天才が描くものなんだろう……とあきらめてました。
――描きたい気持ちはあったんですか?
入江 ちょっと描いてみても1、2ページ描くとヘタすぎて、自分の描きたいイメージに追いつかなくてやめてしまうんです。﹁じゃあ小説とか……いやそれも無理だろう﹂と。何かやりたいけどなんだかわからなくて、モテない女の子たちとバンドをやったりして︵笑︶。
――当時から音楽好きだったんですね。
入江 その頃は洋楽中心に聴いてて。洋楽のビジュアル系が全盛期の頃ですね。ジャパンとか。
――バンド活動はけっこう続いたんですか?
入江 ちょっとやっただけで﹁向いてないな﹂と思って、すぐにやめてしまいました。
投稿一発目で入選デビュー作が連載に!
――マンガはいつ頃から描き始めたんですか?
入江 20歳すぎてからです。
――描くに至ったきっかけが何かあったのでしょうか。
入江 それが、ホントになんにもできなくて、自分がどんどん最悪になっていきまして……アル中になり病気になり。肝臓を壊して入院するまでいって。
――そんなに若い時にですか?
入江 そうです。拒食でほとんど食べないのにお酒ばっかり飲んでたので。これは死ぬなと思って、入院したというかさせられたというか。いつ退院できるかわからないと言われ、﹁ヤバいなぁ。この先、人生どうなるかわからないな﹂なんて思っていました。直接的なきっかけは退院後、当時の彼氏に﹁マンガ描いてみれば?﹂と言われたことです。﹁今さら?﹂と思ったんですけど。﹁あなたの考えてることはおもしろいから、おもしろいことが描けるんじゃないかと思う﹂と言ってくれて。
――それは慧眼でしたね。
入江 彼が﹁こういうのがあるよ﹂と見つけてくれたのが、小池一夫先生の劇画村塾だったんです。私は当時不勉強で、小池先生のことも知らなかったんですけど。調べてみると、中村真理子先生や狩撫麻礼先生、たなか亜希夫先生など、憧れの先生方を輩出していたので、興味を持ったんです。
――劇画村塾ではどんなことを教わったのでしょうか。
入江 集まるのは週1回、それがだんだん月1回になっていくんです。毎回出される課題を持っていくんですが、﹁業界でマンガを描いていくというのはこういうことだ﹂という姿勢や心得を教わったことが大きいです。これが非常にためになって、今でも役立っていると思います。ここで、一応﹁優秀だ﹂と言っていただき……なにしろ人生で初めてほめられたのでうれしかったですよ。﹁やるじゃん、あたし﹂という気持ちになれました。
![当時の思い出を楽しそうに語る入江先生。](https://konomanga.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/02/02iriekiwa4.jpg)
当時の思い出を楽しそうに語る入江先生。
――自信が持てた瞬間ですね。
入江 そこで、投稿することになります。小池先生は小学館でお仕事をされていたので、なんとなく師とは近いところじゃないほうがいいのかなと思って﹁アフタヌーン四季賞﹂に投稿したんです。そしたら、なんと一発で入選して……。この時、王欣太先生が四季大賞、私が四季賞だったんです。
――一発目で入賞とは、すごいですね。
入江 アシスタント経験もなにもないのに、いきなりデビューしてしまったので知らないことが本当に多くて。なので、デビューしてからダンナ︵漫画家の新井英樹先生︶にいろいろ習ったことが多いですね。よく﹁そんなことも知らないの?﹂とびっくりしていました。
©入江喜和/講談社