改訂新版 世界大百科事典 「トチノキ」の意味・わかりやすい解説
トチノキ (栃/橡)
Aesculus turbinata Bl.
民俗
トチの実は山村での重要な食料とされ,よく乾燥すれば保存がきくため備荒食物にもなった。このため,独特の加工法や慣習が多くみられた。貝原益軒の︽岐蘇路之記︵きそじのき︶︾︵1709︶に,木曾では︿土民とりて粉にし,餅にして,飯にあてて食す﹀とあるように,トチは糯︵もちごめ︶とともについてとち餅にしたり,デンプンを取って粥に入れたり,とち味噌にもした。しかし,トチを食用とするにはあく抜きが必要で,天日で干した実を長期間水にさらした後に灰汁で煮るのが一般的だが,その方法は人や土地によって異なる。トチは収量も一定し,凶作や飢饉に備える食物であったから,かつて飛驒の白川村ではトチを留木︵とめぎ︶としてみだりに傷つけたり伐ったりするのを禁じ,焼畑で類焼させても村民の厳しい取調べを受けたという。また,雑木林を木炭用に売ってもトチは伐らぬという不文律があり,美濃の春日村には栃林権といって,山林が売られてもトチの周囲4尺はもとの所有者の永代所有権とする制度もあった。秋のトチの実の採集には,︿山の口明け﹀を設けて,村ごとに人数,期間,採集量,分配法などに種々の制約があり,官有林でもトチの実の採集を認めていたという。トチの保有数は縁談にも影響したといい,飛驒の河合村︵現,飛驒市︶などではスエキドチといって嫁出する娘に里のトチの幾本かを持参金代りに分け与え,秋に婚家からトチの実を取りにくる風習もみられた。 執筆者‥飯島 吉晴出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報