日本大百科全書(ニッポニカ) 「争いの樹」の意味・わかりやすい解説
争いの樹
あらそいのき
自然説明伝説の一つ。遠くから眺めて、松とか杉とか論争したという伝説をもつ木。多くは神木である。一見して松だが、近くでよく見ると杉といったような判別のつきにくい、枝ぶりなどの形態が通常と異なる樹木が多い。﹃新編武蔵風土記(むさしふどき)稿﹄には、田端(たばた)村︵現東京都北区︶の白鬚(しろひげ)社にあった神木は、高さ2丈5尺︵約7.5メートル︶、周囲9尺︵約2.7メートル︶ほどあって、遠くから松そっくりなので﹁争い杉﹂とか﹁松杉﹂の名があると記す。同じく田端の道灌(どうかん)山にあった﹁太田道灌争いの杉﹂も、侍者と争って自殺せしめた同様の伝説を伝えるが、一説には幹が2本に分かれ、争うようにみえるから、ともいう。岐阜県稲葉郡黒野村︵現岐阜市︶の村境にある﹁喧嘩(けんか)松﹂は二姓が系図を争った地にあるという。広島県豊田郡末光(すえみつ)村︵現三原市︶の﹁世計(よばか)りの榎(えのき)﹂は、根に槻木(つきぎ)神社を祀(まつ)り、これを槻(つき)の木として、その葉の成長の遅速で豊凶を占った。石川県の諸橋の一本木の槻は白比丘尼(しろびくに)が植えたと伝えるが、榎の実がみのったという。
槻も榎も語源的には﹁憑(つ)き﹂﹁斎(ゆ)の木﹂を意味する普通名詞的な神樹の名である。古くは、神樹にみのる実や葉の繁りぐあいによって、その年の豊凶を占ったり、神意の具現として受け止めた民俗信仰が、時代的屈折を経てこの種の伝説に変わったと考えられよう。
﹇渡邊昭五﹈