ライセンスを欺いた Linux Kernel module とその顛末
本来、GPL として公開されていない Linux Kernel module が、システム読み込み時に警告メッセージ(tainted メッセージ)を表示させないよう、小細工していることが問題になっています。MODULE_LICENSE Macro とは
Linux Kernel 2.4.10 より、module に適用されているライセンスを示すため MODULE_LICENSE Macro に自分のライセンスを埋め込む仕組みが追加されました。その中のライセンスの内、Linux Kernel に適用されている GPL と背反しない以下のライセンス以外については tainted メッセージが表示されます。 ●"GPL" ●"GPL v2" ●"GPL and additional rights" ●"Dual BSD/GPL" ●"Dual MPL/GPL" 上記のライセンスの文字列は ./include/linux/module.h に格納されています。 ●[MODULE_LICENSE and EXPORT_SYMBOL_GPL(LWN.net)] MODULE_LICENSE の仕組みについての原案。tainted メッセージとは
GPL と背反する Linux Kernel module が読み込まれる際に警告メッセージが表示されます。以下は [[vmware-j:2653] VMware-Tools起動時の警告。] より VMware Tools に同梱されている vmhgfs が読み込まれた時の警告メッセージです。 Guest filesystem driver : insmod : See http://www.tux.org/lkml/#export-tainted for information about tainted modules insmod : Module vmhgfs loaded, with warnings [ok] これは vmhgfs module が GPL と背反しているライセンスを適用しているので表示しています。 ●[What does it mean for a module to be tainted?(The linux-kernel mailing list FAQ)] 上記の警告メッセージにも記載されている page です。tainted メッセージについての説明が記載されています。 ●[insmod - ローダブルカーネルモジュールをインストールする(JM Project)] insmod の man の﹁GPL ライセンスのモジュールとシンボル﹂に tainted メッセージについて記載されています。 Linus さんは、この警告メッセージは障害報告用として表示しているだけで動作には問題がないとしています。tainted メッセージを組み込んだ理由として﹁ある問題をデバッグしようと膨大な時間をかけた後で、それがバイナリのカーネル・モジュールによって引き起こされたことが判明したことがあったからだ。代表的なものでは、nvidia 3Dアクセラレーション・ドライバがこれにあたる︶。 ﹂とのこと。 ●[プロプライエタリ・ドライバによるLinuxカーネルの﹁汚染﹂(japan.linux.com)]今回の問題点
Linuxant 社︵DriverLoader の開発元で知っている人も多いだろう︶が配布している HSF (softmodem) driver の MODULE_LICENSE に以下の文字列を挿入したことが問題となっています。 ●"GPL\0for files in the \"GPL\" directory; for others, only LICENSE file applies" この文字列のキモは﹁\0﹂にあります。 C言語では文字列内の﹁0\﹂を null termination として扱います。MODULE_LICENSE は上記の文字列を受け取ると﹁GPL﹂と同等の動作をおこないます。常識から考えて上記の文字列は MODULE_LICENSE を GPL と欺くために組み込まれたと思って間違いないでしょう。 以下は Linux-Kernel ML の流れです。 ●[hsf modem drivers lying about their license] タレコミ元。問題点の一つとして modinfo -F で GPL として扱われることを挙げています。 ●[[PATCH] Blacklist binary-only modules lying about their license] author に﹁Linuxant﹂と﹁Conexant﹂という文字列が挿入されていた場合、一律、GPL と背反しているライセンサーとして扱う patch を投稿しています。要はブラックリスト。 ●[Re [PATCH] Blacklist binary-only modules lying about their license] Linus 登場。上記のブラックリストに対し、sizeof() でサイズをチェックする patch を提示しています。 ●[Re: [PATCH] Blacklist binary-only modules lying about their license] 大ボス登場。Linuxant の社長が登場しました。 ●妥当な妥協 (fair compromise) 普通の modem と異なり Softmodem driver は、多くの特許が複雑に絡んでいる﹁V.92 のような変調﹂や﹁V.44/V.42[bis] のようなプロトコル﹂をソフトウェアで実装しています。これらの source code を GPL の基で公開することはライセンス元の Conexant が許可していないので現状、不可能であることを示唆しています。 ●"tainted" メッセージによる誤解 (cause of confusion) LKML にいる人にとっては些細な問題かもしれないが、一般人にとっては大きな混乱材料である、としています。今回の対策は、このメッセージの回避策として組み込んだらしい。まとめ、というか後記というか
どう考えても License 警告を無視するよう意図的に仕組まれた文字列であることは確かでしょう。このことについては何ら弁解の余地は無いと思います。ただ、Linuxant の他の Driver については tainted メッセージが表示されている所を見ると、もしかしてライセンス表示を誤解している一般人とはライセンス元の Conexant じゃないかと邪推してしまいました。 Softmodem は、Linux Kernel にとって不肖の子、なのかもしれません。 ふと NEC の SCSI チェックを思い出してしまいました。立場は逆だけど。Resource
●[HSF (softmodem) driver(Linuxant)] 今回の Linux Kernel module。 ●[Linux: Abusing the MODULE_LICENSE Macro(KernelTrap)] [Kernel Modules that Lie About Their Licenses(Slashdot.org)] [プロプライエタリ・ドライバによるLinuxカーネルの﹁汚染﹂(japan.linux.com)] 今回の件の反応。 ●[ライセンスを欺くバイナリオンリーなモジュール(Slashdot.jp)] 日本語の不憫な人のタレコミ ;-(。 ＃語れる人が少なくなりつつありそうなので、補足。 ●55チェック︵NEC チェック︶‥ 過去 NEC98 全盛期に出荷した NEC 純正の SCSI ボードに PC-9801-55 というのがあるんだけど、こいつが曰く付き。PC-9801-55 には、NEC 製の SCSI 機器以外は跳ねる︵動作させない︶というプロテクトが仕組まれていて、通常ではサードベンダーの SCSI 機器が使用出来なくなりました。起動時に SCSI の Vendor ID を問い合わせて﹁NEC﹂という文字列があるかどうかをチェックする仕組みだったらしい。サードベンダーは、このチェックを回避するため自ら返却する Vendor ID の頭3文字に﹁NEC﹂という文字列を付加することで対策しました。どういうことかというと Vendor ID を NECITSU︵富士通︶ とか NECODA (富士電機) とか NECY(ソニー) とか NECOR(緑電子) とか NECO(メルコ) とか とか返す、怪しげなベンダーだらけになったという。すごくバータリー的。 SCSI 規格としては如何なものよ、って感じ。 参考‥[#541322]、[#541334] 参考‥[NEC98/PC-9801-55(osdev-j)] (04.05.05 : 追記)Linux Kernel と NDA
＃[PWC+PWCX の配布が中止になったらしい] を元に書き直しています。 Philips 社製のチップを使用した USB Camera driver (PWC) が Linux Kernel から取り除かれたことに対し、PWC 作者が開発を終了してしまいました。 今回、Linux Kernel メンテナンス担当が削除した理由は PWC の特殊性にあります。PWC を動作させるためには source を公開していない binary だけのドライバである PWCX を使用しなければなりません。Linux Kernel は GPL で公開しており、オープンソースからしてみても非公開の binary モジュールを Hook しなければならないモジュールはよもや許容出来ない範囲だったのかもしれません。 結局、メンテナンス担当との折り合いが付かず Kernel module から PWC が削除されてしまいました。PWC の作者はこのやり取りに嫌気が差したらしく PWC+PWCX の公開を中止したのが今回の経緯のようです。削除した時の作者の page には以下の記述がありました。余程腹立たしかったに違いありません。 So what can you do about it? Not much, unless the kernel maintainers ease up a little, and stop being such fundamentalistic turds. PWCX を Hook しなければならなかった経緯については作者にも言い分があります。 元々 Philips の USB Camera の仕様は公開されておらず、作者は Philips 社と NDA を結んで開発を行っていました。NDA により、情報を守るためには sourece を公開することは出来ず、binary のみの公開にせざるを得ない状況にあったようです。後に作者は NDA の保守期間は切れているとのことでしたが、source を公開することで受けるかもしれない Philips 社からの賠償を誰も補償してくれない現状では公開出来ないと語っています。 今回の件は非常に残念なのだが、私は Kernel メンテナーも PWC 作者も責めることは出来ないと思います。彼も苦渋の選択で公開していたに違いないですし、メンテナンス担当も source の無いコードをこれ以上組み入れることは出来ないと判断したのも Linux Kernel のポリシーに反すると判断せざるを得なかったわけで、これも苦渋の選択だったに違いありません。 PWC の作者は今回の被害者はユーザーだとしています。ただ今回の加害者も実の所、ユーザーなのかもしれません。 (Update‥04.09.29) [Cliffのリストフィルタ‥2004年9月14日〜9月19日(japan.linux.com)] によると PWC を元にした GPL 準拠の driver が開発されつつあるようです。Resource
●[Linux: Removing the Philips Webcam Driver(KernelTrap)] (04.08.27) [Linux: Restoring the Philips Webcam Driver(KernelTrap)] [Kernel Maintainer Kills Philips USB Camera Support(Slashdot.org)] ●[USB統合スレ(Linux＠2ch)] PWC について話題が挙がっていました。 ●[Linux support for Philips USB webcams] PWC + PWCX の本拠地。GNU/Linux
RMS が Linux と表記せず﹁GNU/Linux﹂と表記するのが正しい、と言い出したのが始まり。 Linux Kernel だけでシステムを構築することは不可能で、GNU プロジェクトの貢献は絶大であろう、と。それならば、敬意を表す面で﹁LinuxベースのGNUシステム﹂または﹁GNU/Linux﹂という言葉を使って欲しい、という主張のようです。RMS は活動家なんで、何を言わんか分からないわけではないが、アレかも。 実際、Debian GNU/Linux 以外はそのような表記はしていないようです。 ●[GNU/Linux(日本の Linux 情報)] Linux の総称を使用するサイトのポリシーなど。 ●[Linux と GNU(GNU)] Linux に対しての貢献度を切々と語っています。好きだな、こういう文章 =)。 ﹁今日存在するフリーなオペレーティングシステムは GNUシステムの変種か、BSD システムの一種と考えてまず間違いありません﹂と言い切ってしまう所も興味深かったです。 ●[FSF‥GNU/Linux という名称についてのFAQ(Slashdot.jp)] (02.09.26) [GNU/Linux FAQ(GNU)] ●[Linux GNU and freedom(GNU)] ●[Why GNU/Linux?(GNU)]Linux に GPL を適用した理由
Linus さんが Linux Kernel を GPL で公開した理由について語っています。 ●[トーバルズ、Solarisを斬る(CNET Japan)] (04.01.07) ﹁Linuxのライセンス規約にGPLを採用したのはなぜですか。GPLの次期バージョンに期待するものを教えてください。﹂という質問に対し、﹁コードを第三者に自由に提供できるようにすること﹂と﹁改変されたコードも同じように第三者に自由に提供できるようにすること﹂の出来るライセンスだからだ、としています。次バージョンの GPL には興味が無い様子。 ●[ZDNN‥トーバルズ氏、SCO問題とLinuxのこれからを語る(ZDNet JAPAN)] (03.07.09) Linus Torvalds さんへのインタビュー記事。Linux Kernel に GPL を選択している理由として﹁問題の適切な解決法が見つかったときに、分岐を再度統合できる﹂ことを挙げています。関連記事
●[Linux: Removing the Philips Webcam Driver(KernelTrap)] (04.08.27) [Linux: Restoring the Philips Webcam Driver(KernelTrap)] [Kernel Maintainer Kills Philips USB Camera Support(Slashdot.org)] [Linux support for Philips USB webcams Discontinued] ●[エレコムは金輪際リナックスを使わない(Slashdot.jp)] (04.06.23) エレコムの GPL 違反疑惑の後日談。Source 公開はセキュリティ脆弱性がバレる可能性が高いのと、公開するコストが掛かることより、今後は Linux Kernel を使わない方針なのだそうな。 保証期間内にバックドアがバレなければ問題無い、という考えなのだろうか。 ●[ELECOMルータの修正されたファーム配布開始(Slashdot.jp)] (04.04.28) 以前、GPL 違反とセキュリティホールが指摘されていた ELECOM のパーソナルルーターですが、Source の公開と Security patch が公開されたようです。 ●[ELECOMのルータでGPL違反とセキュリティ問題が発覚(Slashdot.jp)] (04.04.04) ●[Linux Sourcecode To Minitar Access Point(Slashdot.org)] (04.03.16) 組み込み機器では GPL 違反ネタが尽きませんな。 ●[Allnet GmbH resolves iptables GPL violation(LWN.net)] (04.02.17) [netfilter/iptables project] ●[What is the Best Way to Handle a GPL Violation?(Slashdot.org)] (04.01.17) ●[Linksys Still In Violation of the GPL(Slashdot.org)] (03.09.29) 再び Linksys の GPL 違反ネタ。まともに Build 出来なかったり、怪しげなシンボルが見えたり。形式だけ Source を公開しても何の役にも立たない例かと。 文字面︵GPL︶だけじゃなく OpenSource コミュニティの参加という側面も気にして欲しいと思う今日この頃。 ●[Linux カーネルの GPL ライセンス論議(Slashdot.jp)] (03.12.09) [Linux: the GPL and Binary Modules(Slashdot.org)] [Linux: The GPL And Binary Modules(KernelTrap)] ●[東芝のmp3プレーヤのGPL問題が解決(Slashdot.jp)] (02.12.07) 組み込み機器と GPL の関係が問題視され始めています。Linux Kernel を使っても Source を公開する義務は無いのでしょうか？不思議なマジックですねえ。 ●[Re:ライセンスなんて飾りなんですよ。(Slashdot.jp)] 話の発端。﹁GPLなコンポーネント﹂を持っているにも係わらず、変更点を含んだ Source の配布を拒絶されています。 ●[Re:となると、(Slashdot.jp)] 今回の GPL 違反関連で的を射た発言。module 化すれば Binary でもOKというのはチョット初耳。この前、Linus 自身問題にしてなかったっけ？ ●[Re:eulaとGPL,LGPLの関係は？(Slashdot.jp)] メルコの BLR3-TX4 は Montavista の Hard Hat Linux 2.0 を使用しているらしいのだが、使用していることすら公開せず、GPL に基づき Source を要求した所、拒絶られたらしい。同様に他の組み込み機器でも同じことが行われているらしい。どの部分が、GPL でどの部分が GPL のコードかはっきり明記すべきじゃないかと。 ●[Linusのカーネルモジュールのライセンスへのスタンス(Slashdot.jp)] (02.10.20) 非GPL の Kernel module に対して、Linus が警告を発したようです。GPL の解釈︵屁理屈？︶が問題になっているようですね。 ●[ZDNN‥オープンソースの未来‥﹁Linux恐怖症﹂完治への処方箋(ZDNet JAPAN)] (02.12.15) IBM Linux Technology CenterのDan Frye さんのインタビュー記事。企業向け Linux についてのインタビューです。GPL については難しい立場なのでしょうか。 ●[GPL Issues Surrounding Commercial Device Drivers(Slashdot.org)] (02.11.06) 他の普通の Software なら兎も角、Kernel、Driver 関連は GPL の制限からは逃れられることは出来ないでしょうね。例え Loadable であっても、Header や Library まで non-GPL には出来っこないし。なので怪しげな Hardware(完全非公開) なんかは正式なルートでは開発されることは無いんだろうな、と思っています。 ●[リナックス誕生10周年‥その誕生の経緯とオープンソースの未来(上)、(下)(Wired News)] (01.08.29) ●[Linuxはイデオロギーからも自由でありたい(Slashdot.jp)] (02.05.12) ●[米速報‥Free Software Foundation，﹁GPLに違反﹂とFSMLabsを非難(ZDNN)] (01.09.18) [米速報‥FSMLabsのGPLトラブルは﹁読み間違い﹂(ZDNN)] [RTLinux の配布方式が GPL に違反!(Slashdot.jp)] 早期に決着がついて良かった。 ●[動的リンクとGPL(Slashdot.jp)] (01.09.08) 日経 Linux の記事で﹁同社ではGPLのライブラリは動的にリンク，LGPLのライブラリは静的にリンクするという方法で，ソース・コードの公開義務を回避している﹂とある部分が問題に挙げられています。GPLのライブラリは動的にリンクしたって GPL の縛りからは逃れられないはずなのに。 [#20959] では Alan Cox が Linus の解釈についてコメントが紹介されています。
