※安倍晋三内閣が2月18日に閣議決定した答弁書で、黒川東京高検検事長を検事総長に任命することは可能としている点について追記しました︵2020年2月29日︶。
東京高検検事長の定年延長問題に関連して、人事院のサイトに興味深い資料がありました。
2007︵平成19︶年9月から09年7月にかけて﹁公務員の高齢期の雇用問題に関する研究会﹂という諮問機関が設けられていました。人事院が学識研究者9人に委嘱しています。その第1回会合で配布された資料に﹁国家公務員の定年制度等の概要﹂というものがあって、そこに今、焦点になっている﹁勤務延長﹂︵定年延長︶の解説が載っています。
勤務延長を行うことができる例として挙げられているのは﹁名人芸的技能を要する職務﹂﹁離島その他へき地官署等に勤務﹂﹁大型研究プロジェクトチームの主要な構成員﹂です。東京高検検事長はどれにも当たらないのは自明です。
さらに留意点として﹁﹃当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる﹄制度であり、勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない﹂と明記しています。渦中の黒川弘務氏は東京高検検事長の職務は続けることができても、検事総長にはなれない、ということです。このブログの以前の記事で触れましたが、国家公務員法の定年延長の規定は﹁その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる﹂とあります。黒川氏は勤務延長の期間中は東京高検検事長の職務にしか従事できないと解釈するほかないのではと思っていましたが、少なくとも2007年9月の段階では人事院もその解釈だったということがはっきりしました。
2月26日の衆院予算委員会で立憲民主党の枝野幸男代表が同趣旨の資料を読み上げていますが、この資料ではないかと思います。残念なことに政府側の答弁はありませんでした。法務省と人事院、安倍政権はどう説明するのか。仮に黒川氏がこのまま東京高検検事長職を続けたとしても、﹁当該職員を原則として他の官職に異動させることができない﹂との解釈が有効である限りは、黒川氏は検事総長にはなれません。常識で考えればそのはずです。マスメディアがあらためて取材し、法務省や人事院の見解を追及してもいいのではないかと思います。﹁つい間違えた資料を出していた﹂では済まないはずです。
以下、この資料の引用です。
2勤務延長︵国公法第81条の3、人事院規則11-8第6条~第10条︶
⑴ 定年退職予定者が従事している職務に関し、職務の特殊性又は職務遂行上の特別の事情が認められる場合に、定年退職の特例として定年退職日以降も一定期間、当該職務に引き続き従事させる制度
⑵ 勤務延長を行うことができるのは例えば次のような場合
例 定年退職予定者がいわゆる名人芸的技能等を要する職務に従事しているため、その者の後継者が直ちに得られない場合
例 定年退職予定者が離島その他のへき地官署等に勤務しているため、その者の退職による欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な支障が生ずる場合
例 定年退職予定者が大型研究プロジェクトチームの主要な構成員であるため、その者の退職により当該研究の完成が著しく遅延するなどの重大な障害が生ずる場合
⑶ 勤務延長の期限は1年以内。人事院の承認を得て1年以内で期限の延長可。(最長3年間︶
︵注) 留意点
① 勤務延長の要件が、その職員の﹁退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき﹂と限定されており、活用できる場合が限定的
② ﹁当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる﹂制度であり、勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない。
③ 最長でも3年間と期限が限定
研究会の概要は以下のページに
https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/koureikikenkyukai/koureikikenkyukai_top.html
当該資料はこのページの﹁資料8﹂です。
https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/koureikikenkyukai/h19_01/h19_01_mokuji.html
※追記‥2020年2月28日8時50分
研究会の資料が解説している国公法と人事院規則の規定について、条文も書きとめておきます。
︻国公法第81条の3︼
︵定年による退職の特例︶
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。
︻人事院規則11-8、第6条~第10条︼
人事院規則一一―八︵職員の定年︶
人事院は、国家公務員法︵昭和二十二年法律第百二十号︶に基づき、職員の定年に関し次の人事院規則を制定する。
︵勤務延長︶
第六条 法第八十一条の三に規定する任命権者には、併任に係る官職の任命権者は含まれないものとする。
第七条 勤務延長は、職員が定年退職をすべきこととなる場合において、次の各号の一に該当するときに行うことができる。
一 職務が高度の専門的な知識、熟達した技能又は豊富な経験を必要とするものであるため、後任を容易に得ることができないとき。
二 勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき。
三 業務の性質上、その職員の退職による担当者の交替が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき。
第八条 任命権者は、勤務延長を行う場合及び勤務延長の期限を延長する場合には、あらかじめ職員の同意を得なければならない。
第九条 任命権者は、勤務延長の期限の到来前に当該勤務延長の事由が消滅した場合は、職員の同意を得て、その期限を繰り上げることができる。
第十条 任命権者は、勤務延長を行う場合、勤務延長の期限を延長する場合及び勤務延長の期限を繰り上げる場合において、職員が任命権者を異にする官職に併任されているときは、当該併任に係る官職の任命権者にその旨を通知しなければならない。
※追記2‥2020年2月29日12時40分
黒川東京高検検事長が定年延長後に検事総長になれるかどうかを巡っては、国民民主党の奥野総一郎衆院議員が2月5日に提出した質問主意書でただしています。安倍晋三内閣は2月18日に閣議決定した答弁書で﹁検事総長に任命することは可能である﹂としています。
東京新聞﹁黒川氏の検事総長任命は﹃可能﹄ 政府見解答弁書を閣議決定﹂︵共同通信︶=2020年2月18日
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020021801001629.html
質問書と答弁書はネット上で確認できます。
・質問書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a201036.htm
・答弁書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b201036.pdf/$File/b201036.pdf
答弁書の該当部分の記載は以下の通りです。 検察庁法︵昭和二十二年法律第六十一号︶第十九条第一項に定める資格を有し、かつ、国家公務員法第三十八条及び検察庁法第二十条に定める欠格事由に該当しない日本国籍を有する者については、年齢が六十五年に達していない限り、検事総長に任命することは可能である。 検察庁法19条第1項は、以下の通りです。 第十九条 一級の検察官の任命及び叙級は、次の各号に掲げる資格のいずれかを有する者についてこれを行う。 一 八年以上二級の検事、判事補、簡易裁判所判事又は弁護士の職に在つた者 黒川氏はもともと一級検察官です。国家公務員法38条と検察庁法20条は、禁固以上の刑に処せられたなど、官職や検察官に就けないケースを定めています。検察庁法は15条で 検事総長は検察官一級とし、任免は内閣が行い、天皇が認証することを定めていますので、安倍内閣の答弁書は要するに﹁定年延長後の黒川氏は引き続き検察官一級であり、欠格条項にも引っかからず、日本国籍を有しているから、検事総長の定年である65歳の前であれば検事総長に任命できる﹂と言っているわけです。 しかし、黒川検事長の定年延長を巡っては、2月10日に山尾志桜里衆院議員が、1981年の国会で人事院がこの勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを明らかにして以降、法務省や人事院の国会答弁は不自然極まりないものになり、撤回や修正を繰り返し、あげくの果てに法解釈を変更したという無理な主張を持ち出し、それすらも関係資料が後日つじつま合わせのために作成されたのではないか、と批判を浴びています。 2月5日の質問主意書に対して2月18日に示された答弁書は、この混乱のさなかに作成されています。2007年当時に人事院が国家公務員法と人事院規則を踏まえて示していた見解を承知していたのか、その上で、整合性を図っているのか、あるいは勝手な解釈変更を加えているのか。この答弁書は何も説明していません。国会審議の場でそうしたことが解明されるべきではないかと思います。 黒川氏の定年延長は国家公務員法の規定を適用することが根拠ですが、その制度については﹁﹃当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる﹄制度﹂であること、﹁勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない﹂との解説が、人事院のサイトに資料掲載という形で今も示されているわけです。黒川氏は国家公務員法の規定によって、定年延長の期間は東京高検検事長の職務しかできないはずで、﹁異動﹂であろうが﹁任命﹂であろうが、その期間に別の職務である検事総長に就かせるのは、やはり無理筋というほかないように思います。そうしたいのなら、法解釈の変更ではなく、検察庁法の改正しかないのではないかと思います。 ただ、黒川氏が検事総長に就任するかどうかの前に、黒川氏の定年延長が有効か無効かの問題があります。重要なのはやはりこの点だろうと思いますし、法務省や人事院の国会での説明は、とうてい納得できるものではありません。 定年延長が無効ではないのか、ということを巡っては、国会審議とは別に、司法判断として決着を求める方法もあるようです。司法問題に詳しい共同通信の竹田昌弘編集委員が紹介しています。 竹田さんによると、東京拘置所での死刑執行や、東京高裁の控訴審判決後に保釈中の被告が逃亡した事件に関する情報公開︵行政文書開示︶は、東京高検検事長に請求することになっています。﹁適法な検事長ではない黒川氏には請求できないとして、国家賠償訴訟などを起こせば、黒川氏の勤務延長が適法か違法か、裁判所の司法判断を求めることができるのではないか﹂とのことです。 以下の竹田さんの論考は少し長いのですが、この問題の論点が分かりやすく整理されています。 ﹁検事長勤務延長、やはり無理筋 特別職の裁判官に準じた身分、法解釈変更も後付けか﹂ https://this.kiji.is/603897768707392609?c=39546741839462401 this.kiji.is ※追記3‥2020年3月4日20時40分 カテゴリーに﹁2020検事長定年延長﹂を追加しました。この問題に関連したこのブログの記事をまとめて検索できるようにしました。
答弁書の該当部分の記載は以下の通りです。 検察庁法︵昭和二十二年法律第六十一号︶第十九条第一項に定める資格を有し、かつ、国家公務員法第三十八条及び検察庁法第二十条に定める欠格事由に該当しない日本国籍を有する者については、年齢が六十五年に達していない限り、検事総長に任命することは可能である。 検察庁法19条第1項は、以下の通りです。 第十九条 一級の検察官の任命及び叙級は、次の各号に掲げる資格のいずれかを有する者についてこれを行う。 一 八年以上二級の検事、判事補、簡易裁判所判事又は弁護士の職に在つた者 黒川氏はもともと一級検察官です。国家公務員法38条と検察庁法20条は、禁固以上の刑に処せられたなど、官職や検察官に就けないケースを定めています。検察庁法は15条で 検事総長は検察官一級とし、任免は内閣が行い、天皇が認証することを定めていますので、安倍内閣の答弁書は要するに﹁定年延長後の黒川氏は引き続き検察官一級であり、欠格条項にも引っかからず、日本国籍を有しているから、検事総長の定年である65歳の前であれば検事総長に任命できる﹂と言っているわけです。 しかし、黒川検事長の定年延長を巡っては、2月10日に山尾志桜里衆院議員が、1981年の国会で人事院がこの勤務延長は検察官には適用されない旨を明言していたことを明らかにして以降、法務省や人事院の国会答弁は不自然極まりないものになり、撤回や修正を繰り返し、あげくの果てに法解釈を変更したという無理な主張を持ち出し、それすらも関係資料が後日つじつま合わせのために作成されたのではないか、と批判を浴びています。 2月5日の質問主意書に対して2月18日に示された答弁書は、この混乱のさなかに作成されています。2007年当時に人事院が国家公務員法と人事院規則を踏まえて示していた見解を承知していたのか、その上で、整合性を図っているのか、あるいは勝手な解釈変更を加えているのか。この答弁書は何も説明していません。国会審議の場でそうしたことが解明されるべきではないかと思います。 黒川氏の定年延長は国家公務員法の規定を適用することが根拠ですが、その制度については﹁﹃当該職務に従事させるため引き続いて勤務させる﹄制度﹂であること、﹁勤務延長後、当該職員を原則として他の官職に異動させることができない﹂との解説が、人事院のサイトに資料掲載という形で今も示されているわけです。黒川氏は国家公務員法の規定によって、定年延長の期間は東京高検検事長の職務しかできないはずで、﹁異動﹂であろうが﹁任命﹂であろうが、その期間に別の職務である検事総長に就かせるのは、やはり無理筋というほかないように思います。そうしたいのなら、法解釈の変更ではなく、検察庁法の改正しかないのではないかと思います。 ただ、黒川氏が検事総長に就任するかどうかの前に、黒川氏の定年延長が有効か無効かの問題があります。重要なのはやはりこの点だろうと思いますし、法務省や人事院の国会での説明は、とうてい納得できるものではありません。 定年延長が無効ではないのか、ということを巡っては、国会審議とは別に、司法判断として決着を求める方法もあるようです。司法問題に詳しい共同通信の竹田昌弘編集委員が紹介しています。 竹田さんによると、東京拘置所での死刑執行や、東京高裁の控訴審判決後に保釈中の被告が逃亡した事件に関する情報公開︵行政文書開示︶は、東京高検検事長に請求することになっています。﹁適法な検事長ではない黒川氏には請求できないとして、国家賠償訴訟などを起こせば、黒川氏の勤務延長が適法か違法か、裁判所の司法判断を求めることができるのではないか﹂とのことです。 以下の竹田さんの論考は少し長いのですが、この問題の論点が分かりやすく整理されています。 ﹁検事長勤務延長、やはり無理筋 特別職の裁判官に準じた身分、法解釈変更も後付けか﹂ https://this.kiji.is/603897768707392609?c=39546741839462401 this.kiji.is ※追記3‥2020年3月4日20時40分 カテゴリーに﹁2020検事長定年延長﹂を追加しました。この問題に関連したこのブログの記事をまとめて検索できるようにしました。