なぜ世界文学は売れないのか? もうすぐ絶滅するという海外文学について
世界文学が読まれない、売れない、翻訳できない
海外文学にほんのり興味がある人はそれなりにいる
なぜ海外文学は売れないのか?
なぜ海外文学は売れないのか? 答えは単純で「既存マーケットでは経済活動を維持するのに十分ではない」、つまり「新規マーケットをじゅうぶんに獲得できていない」からだ。
「光文社古典新訳文庫」や「池澤夏樹=世界文学全集」のように、新しいマーケットをとりこもうとする意欲的なシリーズは一定の成功をおさめた。紀伊国屋書店新宿本店のいかれた文学集団「ピクウィック・クラブ」は、すばらしく凝った海外文学フェアをつくっていた。
文学ブルジョワ、あるいは4000円のランチが安いと言うマダム
だが、まだ足りない。アプローチが量的にじゅうぶんではない。 マーケット獲得には﹁量的アプローチ﹂﹁質的アプローチ﹂両方が必要で、それぞれの精度と母数を上げて離脱率を下げることが課題となる。新規参会者や潜在層の掘り起こしをしてどんどん構成員の入れ替えをしないマーケットや共同体は衰退する。そういう問題意識は、海外文学まわりからもあがってきている。その問題意識じたいは諸手を上げて賛同するが、悲しいことにアプローチ方法がズレているのではないかと思う。 つい最近、都甲幸治さんが﹃ノーベル文学賞にもっとも近い作家たち﹄を上梓し、その序文で﹁それでも僕たちは本を手に取らない。どうして?﹂﹁この人の本ってこんなに面白いよ。2000円なり3000円なり投資しても、絶対に後悔しないよ。そうした身近なアナウンスが全くないからだ﹂とのべている。この問題提起は心の底から同意できるものだけど、わたしからすれば最初に“2000円なり3000円なり”のハードカバーを買ってもらう前提じたいが間違っている。売り手側がやれること
新規消費者のエントリーコストを下げる
重要なのは、「見込み消費者の初期コストをできるだけ下げて提示する」という点だ。消費者の2大資源である「時間」と「お金」のシェアを獲得する(いわずもがな激戦地区である)ために、消費者に「これぐらいの面白さが期待できるなら、コストを払ってみよう」と思わせるアプローチが必要だ。
とくに文学は、漫画や音楽などほかのエンターテインメントに比べて、消費者に時間を使わせる商品である。「時間」コストは「本の厚さ」「日本語としての読みやすさ」に比例する。「お金」コストは直球に「文庫かハードカバーか」という話だ。
将来の「コアなファン」を増やして経済活動に参加してほしいなら、「お金を払う癖」をつけてもらう必要がある。だからエントリーコストはできるだけミニマムにして提示したほうが、将来のコア層を掘り出す確率が上がる。文庫にお金を払える人が、ハードカバーにもお金を払える。その逆は考えにくい。
ゆえに、まずは文庫にお金と時間というコストを払ってもらって、「すごい!」と驚いてもらうこと、「買ってよかった!」と満足してもらうことが第一歩だと思っている。
内容については、できるだけ多種多様なものをそろえて選択肢の幅を確保しつつ、「ここが面白いよ!」とポイントを力説して、それぞれ趣向が合いそうな人に届くようメッセージを発信することが、最適ではなくとも妥当だろう。
消費者の好みをひとりずつ聞いて好きそうなものを提示するのが理想なのだろうが、これは究極の質的マーケティングであり、コストがかかりすぎる。個人レベルでは可能だが、持続可能なビジネスにするのが難しい。
なぜ海外文学を買わないのか?
良い文学ジジイは死んだ文学ジジイだけだ
牧眞司さんは著書﹃世界文学ワンダーランド﹄で、﹁文学をつまらなくしている三悪人﹂として﹁国語担当の石頭教師﹂﹁ここ掘れワンワンの研究者﹂﹁半可通の文学ジジイ﹂をあげ、文学ジジイについては﹁存在性そのものが邪悪なので、例外はありえない。良い文学ジジイは死んだ文学ジジイだけだ﹂とすがすがしいほどに容赦なくたたききっている。![世界文学ワンダーランド 世界文学ワンダーランド](https://m.media-amazon.com/images/I/51hqPFextlL.jpg)
- 作者:牧 眞司
- 発売日: 2007/03/01
- メディア: 単行本
わたしは平和な鳥類なのでここまでドラスティックではないが、こういう「ちょっと興味がある人の心をボッキリ折りにかかる文学ファン」に苦々しい気持ちを抱えているのは確かなのだ。
日本食を食べたい外国人に「納豆」を勧める納豆リコメンダー
こういう、せっかく興味を持ってくれた人をしょんぼりさせるようなことが、文学界隈ではしょっちゅう起きている。戦前、あるいは戦後すぐにつくられた古くさい﹁名作﹂リストを引き合いに出して、やたら分厚く難解な作品、ハードカバー書籍をオススメする人の、なんと多いことか。﹃ユリシーズ﹄﹃城﹄﹃ファウスト﹄﹃白鯨﹄﹃失われたときを求めて﹄あたりはもう全部﹁文学の納豆﹂である。 ﹁最初に、本当にいいものを読んでほしい﹂ ﹁読みやすいものだけを読みたいという精神は甘え﹂ ﹁いいものも悪いものもどっちも読んでみないと、本当の良さはわからない﹂ こういうことをいう人たちは全員、納豆リコメンダーおじさんだ。一部の売り手ががんばっていても、検索結果や質問掲示板にはまだまだこうした﹁初心者クラッシャー﹂がはびこっている。 本当にこれらの作品をおもしろいと思って勧めているのかは怪しい。﹁こんな難解な本を読んでいる自分はすごい﹂﹁漫画を読んでいるような人間にはわからない﹂などと、文学を﹁選ばれし自分﹂のアクセサリーにしている人は、若い世代にもおじさん世代にも一定数いる。
「初心者クラッシャー」を避ける方法
「おもしろい海外文学を読んでみたい→名作を探す→初心者クラッシャーにあたって爆死」という悲劇的なループを続けないためにも、まずは「納豆を勧めているかどうか」を知る必要がある。
文学ジジイも納豆リコメンダーおじさんも一定数いるから、彼らから逃げきることは難しい。とくに「海外文学にほんのり興味があるけれど、どれを読んだらいいかわからないから探している」初心者諸君にとっては、「こちらのニーズを把握せずに独善的に勧めてくる」人をいかに見抜き、自衛するかがポイントだ。
1.『ユリシーズ』『魔の山』『ファウスト』『白鯨』『城』を勧めてきたら避ける
2.マルケス『百年の孤独』を勧めてきたら避ける
これも、個人的には地雷である。『百年の孤独』はまぎれもない傑作だが、「ハードカバー」「登場人物がやたら多い」「超常的なことがどんぱち起こる」など、あまりにもビギナーズに優しくない。「個人的に好きな作品」として挙げるぶんにはまったく問題ないが、「ちょっと興味がある」という相手にこれを勧めるのは納豆すぎる。
3.『地下室の手記』以外のドストエフスキー作品(新潮版)を勧めてきたら避ける
ものすごく雑なのでいろいろなところから怒られそうだけど、もうこれぐらいばっさりいかないと、ガイブン致死率の高さを予防できないのではと感じている。 なお、世の中にあるのは﹁自分が好きな本﹂﹁海外文学の名作リスト﹂がほとんどで初心者を想定したものが少なく、多くは上記の作品が入ってしまっている。周りの人に聞いてみたり、掲示板をつかってみれば、納豆リコメンダーに当たってしまう。 ﹁だったら見るものないじゃん!﹂と言われればそのとおりなので、近々またリストを作る予定。それまではこちらでご勘弁ください。 ガイブン初心者にオススメする海外文学・文庫編 - ボヘミアの海岸線
まとめ:もうすぐ絶滅するという海外文学について
もうすぐ海外文学は絶滅するのだろうか? わたしはこの問いに、希望をもってノーと答えたい。だからなんだかんだと6年間、ブログを書き続けていて、海外文学の名前を検索してこのブログにたどりついた人、Twitterをフォローしてくれる人、わたしに海外文学を供給してくれる出版社と翻訳者、おもしろい作品を勧めてくれるコンテンツ、本屋のフェア、本読みの友人たち、すべてに愛がある。 ただ、愛だけでごはんは食べられない。新しい空気を入れなければ、業界はゆっくりと窒息して息絶える。だから生存戦略が必要なのだ。 海外文学はワンダーランドだ。はっきりいって、むちゃくちゃおもしろい。海外文学で遊び、ゆかいに死んでいく人生でありたい。 なにかを愛してきゃっきゃと楽しんでいる人を見るのは、どの分野であれ楽しいものだ。だからわたしはきゃっきゃし続けるし、ほかの人ももっときゃっきゃしてほしい。そして﹁あそこの人たちなぜか楽しそう﹂と思う人がいるのなら、どうぞこちらへ。われわれはいつでも歓迎しています。
これまでにつくった海外文学リスト
ガイブンネタ記事
だいたいいつもこんな感じできゃっきゃしている。
「クジラスレイヤー ピークォド号炎上」:『白鯨』で『ニンジャスレイヤー』 - ボヘミアの海岸線
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海外文学死亡かるた - ボヘミアの海岸線
Natto is Superb
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