コミケが終わると、もう大晦日。この季節は、過去のいろんな痛い出来事のことが思い起こされて、嬉しいような、恥ずかしいような、懐かしいような気持ちになりやすい。
数年前の、寒い12月の夜だった。 その日、俺は、同人誌をコミケ会場に宅配便で送るために、近くのコンビニエンスストアに向かっていた。断っておくが、自分の同人誌ではない。ダンボール箱のなかには﹃諸般の事情のため、自宅に同人誌を置きたがらない妹﹄の、BL系の同人誌がぎっしりと詰まっていた。当時の我が家は、妹の同人物流倉庫として接収されていたのであった。 ﹁ちゃんと、宛先は私が書いておいたから大丈夫!﹂ ちっとも“大丈夫”じゃない! ダンボール箱と一緒に渡された宅配便の伝票用紙には、“コミックマーケット”とはっきり書かれている。これをコンビニ店員に差し出すのは、妹ではなく俺なのだ。 ﹁いらっしゃいませこんばんわー﹂ 緊張が走る。 運の悪いことに、レジに立っていたのは高校生のアルバイターとおぼしき女性店員だった。年取ったオジサンかオバサンだったら、こんなに緊張しなかったかもしれない。かと言って今更引き返すわけにもいかず、俺は出来るだけ背筋を伸ばして、ブツをレジに差し出した。 ﹁宅配便ですか、えーっとぉ、お待ちください。﹂ その女性店員は、同人誌の詰まったダンボール箱とコミックマーケットと書かれた伝票用紙をしげしげと眺めた後、それらを持って店長のいる店の奥へと歩いていった。もしかすると、アルバイトを始めたばかりで、宅配便の手続きがわからなかったのかもしれない。俺は、そう思うことにした。しかし、悲劇はその数秒後に起こった。 ﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂ そうはっきり聞こえた。 店の奥から、複数の笑い声を伴って聞こえてきたのである。 コミケ、だけならまだいい。 ﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂と、わざわざ二回も繰り返しやがった! 笑顔で戻ってきた女性店員は、あっけないほどテキパキとレジ業務をこなし、支払いを終えた俺は店を出た。そして屈辱と安堵の混合物を胸に、寒い路地を家へと急いだ、のであった。
…今になって思い返すと、嘲笑されていたわけではなく、好奇や物珍しさが先行して笑っていたんじゃないかという気はする。それでも、オタクであることに後ろめたい自意識を感じていた当時の俺は﹁すげぇオタが来たぜヒャッハー!﹂と被害的に受け取ってしまう部分があって、その年の年末年始は﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂というフレーズが頭から離れなかった。 こういうのは、“後ろめたいオタクとしての自意識”が強いと、相手の挙動に関係なくチクチクすることになりやすい。心の余裕が保たれたオタであれば、多分、そんなに気にしなかったんじゃないかと思うし、その点、当時の俺は、まだまだ心の余裕の無い“必死な状態”だった、というわけなのだろう。今ならきっと大丈夫!と信じたい。
数年前の、寒い12月の夜だった。 その日、俺は、同人誌をコミケ会場に宅配便で送るために、近くのコンビニエンスストアに向かっていた。断っておくが、自分の同人誌ではない。ダンボール箱のなかには﹃諸般の事情のため、自宅に同人誌を置きたがらない妹﹄の、BL系の同人誌がぎっしりと詰まっていた。当時の我が家は、妹の同人物流倉庫として接収されていたのであった。 ﹁ちゃんと、宛先は私が書いておいたから大丈夫!﹂ ちっとも“大丈夫”じゃない! ダンボール箱と一緒に渡された宅配便の伝票用紙には、“コミックマーケット”とはっきり書かれている。これをコンビニ店員に差し出すのは、妹ではなく俺なのだ。 ﹁いらっしゃいませこんばんわー﹂ 緊張が走る。 運の悪いことに、レジに立っていたのは高校生のアルバイターとおぼしき女性店員だった。年取ったオジサンかオバサンだったら、こんなに緊張しなかったかもしれない。かと言って今更引き返すわけにもいかず、俺は出来るだけ背筋を伸ばして、ブツをレジに差し出した。 ﹁宅配便ですか、えーっとぉ、お待ちください。﹂ その女性店員は、同人誌の詰まったダンボール箱とコミックマーケットと書かれた伝票用紙をしげしげと眺めた後、それらを持って店長のいる店の奥へと歩いていった。もしかすると、アルバイトを始めたばかりで、宅配便の手続きがわからなかったのかもしれない。俺は、そう思うことにした。しかし、悲劇はその数秒後に起こった。 ﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂ そうはっきり聞こえた。 店の奥から、複数の笑い声を伴って聞こえてきたのである。 コミケ、だけならまだいい。 ﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂と、わざわざ二回も繰り返しやがった! 笑顔で戻ってきた女性店員は、あっけないほどテキパキとレジ業務をこなし、支払いを終えた俺は店を出た。そして屈辱と安堵の混合物を胸に、寒い路地を家へと急いだ、のであった。
…今になって思い返すと、嘲笑されていたわけではなく、好奇や物珍しさが先行して笑っていたんじゃないかという気はする。それでも、オタクであることに後ろめたい自意識を感じていた当時の俺は﹁すげぇオタが来たぜヒャッハー!﹂と被害的に受け取ってしまう部分があって、その年の年末年始は﹁オタク!オタク!コミケ!コミケ!﹂というフレーズが頭から離れなかった。 こういうのは、“後ろめたいオタクとしての自意識”が強いと、相手の挙動に関係なくチクチクすることになりやすい。心の余裕が保たれたオタであれば、多分、そんなに気にしなかったんじゃないかと思うし、その点、当時の俺は、まだまだ心の余裕の無い“必死な状態”だった、というわけなのだろう。今ならきっと大丈夫!と信じたい。
ちなみに
ことの顛末を妹に話したところ、ゴメンと謝りつつも笑い転げていらっしゃった。
神に寛容さを試されているんだと思うことにした。