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2010.07.03
レファレンスこの一冊/プロットにつまったら吉川英治・手塚治虫も使った『大語園』
大正・昭和期に圧倒的な人気で大衆小説というジャンルを確立した吉川英治や﹁マンガの神様﹂手塚治虫が、創作の参考にしたというレファレンスがある。
編者は、日本における児童文学の立役者の一人、巌谷小波。 小波は﹁こがね丸﹂をはじめに多くの童話を書き、また児童雑誌や叢書を刊行したが、その一方で多くの口碑・説話を蒐集し、まとめて世に出すことをライフワークにしていた。
今日、我々が﹁昔話﹂として知る﹃桃太郎﹄や﹃花咲爺﹄といった物語の共有財産︵common narratives︶は、小波のアレンジとプロデュースでもって、彼の雑誌を通じて子どもたちに届けられたものである。 小波が編集した、この分野の書籍には﹃日本昔噺﹄全24冊︵1894︶、﹃日本お伽噺﹄全24冊︵1896︶、﹃世界お伽噺﹄全100冊︵1899︶、﹃明治お伽噺﹄全12冊︵1904︶、﹃世界お伽文庫﹄全50冊︵1908︶等がある。
こうした小波の、最後にして最大の仕事が、この説話大事典﹃大語園﹄の編纂であった。
辞典・事典の編纂に必要な労力は、しばしば個人が担い得る域を超える。 この書もまた、創案者・企画者である小波の生前には完成しなかった。
実は、口演童話というジャンルを生み出し、全国各地を回りながら、小波は口碑説話の蒐集にあたったが、この事典の編纂自体は、弟子の木村小舟に託していた。 小舟は、﹃大語園﹄の前にも、師の小波から依頼を受け、5年の歳月をかけ、一千種の説話をまとめた﹃東洋口碑大全﹄第一巻(1913)を上梓していた。第二巻の草稿が出来上がったのはその十年後であったが、不幸にも関東大震災に遭い、原稿は焼失、事業は中断を余儀なくされた。
その二年後、再び小波は小舟に、より大きな説話事典の企画を依頼する。
日本は無論、朝鮮、中国、インドの口碑・説話を集め、引用書目は仏典、史書、中世の説話集から近世の随筆、縁起、さらに同時代の郷土史にまで及ぶ。集めた話を、読みやすい口語体に書き直し︵ここが重要!︶、見出しの50音順に並べ、別巻の索引では、話のテーマや登場する固有名詞、出典などから引ける索引がつき、多角的に検索できるよう便をはかった。完成時には索引をのぞく全9巻に8300を超えるの説話が集まった。
いや、ちょっと待て。頑張ってるのは終始、小波ではなく小舟の方ではないか。
然り。しかしその小舟も、もはや﹃東洋口碑大全﹄のときのように打ち込むことができなかった。 第二巻の草稿焼失は、やはりショックであり、なおかつ小舟は他にも﹃小波お伽全集﹄︵1928︶の編集長もやっていた。 正直、師匠の依頼は荷が重過ぎた。 1933(昭和8)年には小波が死に、一日も早くこの説話事典を完成させ霊前に供えることが亡き師の何よりの供養となるとは思いながらも、仕事は進まなくなった。 そこに救いの手が現れた。 他ならぬ小波の次男栄二が帝大国文科を中退し、この仕事を継承すると言い出したのだ。この才能ある青年が、父が残した半ば道楽に近い仕事を引き受け、全力を傾注することになる。 結局、大説話事典﹃大語園﹄は、巌谷栄二によって完成されることとなった。 第一巻は1935(昭和10)年4月に刊行、以後、本文篇全9巻は、ほぼ一月に一回というスピードで出て、同年12月には完成。別巻の総索引は翌年6月に刊行した。 父小波もまた、生前300冊近い編著書を出すほどの速筆であったが、栄二もまた︵いくらか小舟が書いた原稿があったとはいえ︶2年足らずで全説話8365話分、原稿用紙にして16000枚を書いたことになる。
さて、この書は、小波が関わった著作の中で、最も経済的に成功しなかったものである。小舟編集の﹃小波お伽全集﹄も豪華すぎて大きな借金を作ったが、﹃大語園﹄はそれ以上であった。 タイトルが渋過ぎたという人がある。 一条兼良の随筆である﹃語園﹄や浅井了意の教訓書﹃新語園﹄を参考にしているのだが、いずれも知名度の高いものではない。 知らぬ人が見れば、国語辞典と思われても仕方がない。 ﹃東洋口碑大全﹄の方が一目で内容が分かる。 そんな訳なのか、二度の名著普及会による復刻では、それぞれ﹃説話大観大語園﹄、﹃説話大百科事典大語園﹄と題された。 今では大きな図書館ならどこにもある本だが、それでもあまり知られている様子はない。
近代デジタルライブラリーで読める﹃大語園﹄![daigoen.png](https://blog-imgs-44.fc2.com/r/e/a/readingmonkey/daigoen.png)
編者は、日本における児童文学の立役者の一人、巌谷小波。 小波は﹁こがね丸﹂をはじめに多くの童話を書き、また児童雑誌や叢書を刊行したが、その一方で多くの口碑・説話を蒐集し、まとめて世に出すことをライフワークにしていた。
今日、我々が﹁昔話﹂として知る﹃桃太郎﹄や﹃花咲爺﹄といった物語の共有財産︵common narratives︶は、小波のアレンジとプロデュースでもって、彼の雑誌を通じて子どもたちに届けられたものである。 小波が編集した、この分野の書籍には﹃日本昔噺﹄全24冊︵1894︶、﹃日本お伽噺﹄全24冊︵1896︶、﹃世界お伽噺﹄全100冊︵1899︶、﹃明治お伽噺﹄全12冊︵1904︶、﹃世界お伽文庫﹄全50冊︵1908︶等がある。
こうした小波の、最後にして最大の仕事が、この説話大事典﹃大語園﹄の編纂であった。
辞典・事典の編纂に必要な労力は、しばしば個人が担い得る域を超える。 この書もまた、創案者・企画者である小波の生前には完成しなかった。
実は、口演童話というジャンルを生み出し、全国各地を回りながら、小波は口碑説話の蒐集にあたったが、この事典の編纂自体は、弟子の木村小舟に託していた。 小舟は、﹃大語園﹄の前にも、師の小波から依頼を受け、5年の歳月をかけ、一千種の説話をまとめた﹃東洋口碑大全﹄第一巻(1913)を上梓していた。第二巻の草稿が出来上がったのはその十年後であったが、不幸にも関東大震災に遭い、原稿は焼失、事業は中断を余儀なくされた。
その二年後、再び小波は小舟に、より大きな説話事典の企画を依頼する。
日本は無論、朝鮮、中国、インドの口碑・説話を集め、引用書目は仏典、史書、中世の説話集から近世の随筆、縁起、さらに同時代の郷土史にまで及ぶ。集めた話を、読みやすい口語体に書き直し︵ここが重要!︶、見出しの50音順に並べ、別巻の索引では、話のテーマや登場する固有名詞、出典などから引ける索引がつき、多角的に検索できるよう便をはかった。完成時には索引をのぞく全9巻に8300を超えるの説話が集まった。
いや、ちょっと待て。頑張ってるのは終始、小波ではなく小舟の方ではないか。
然り。しかしその小舟も、もはや﹃東洋口碑大全﹄のときのように打ち込むことができなかった。 第二巻の草稿焼失は、やはりショックであり、なおかつ小舟は他にも﹃小波お伽全集﹄︵1928︶の編集長もやっていた。 正直、師匠の依頼は荷が重過ぎた。 1933(昭和8)年には小波が死に、一日も早くこの説話事典を完成させ霊前に供えることが亡き師の何よりの供養となるとは思いながらも、仕事は進まなくなった。 そこに救いの手が現れた。 他ならぬ小波の次男栄二が帝大国文科を中退し、この仕事を継承すると言い出したのだ。この才能ある青年が、父が残した半ば道楽に近い仕事を引き受け、全力を傾注することになる。 結局、大説話事典﹃大語園﹄は、巌谷栄二によって完成されることとなった。 第一巻は1935(昭和10)年4月に刊行、以後、本文篇全9巻は、ほぼ一月に一回というスピードで出て、同年12月には完成。別巻の総索引は翌年6月に刊行した。 父小波もまた、生前300冊近い編著書を出すほどの速筆であったが、栄二もまた︵いくらか小舟が書いた原稿があったとはいえ︶2年足らずで全説話8365話分、原稿用紙にして16000枚を書いたことになる。
さて、この書は、小波が関わった著作の中で、最も経済的に成功しなかったものである。小舟編集の﹃小波お伽全集﹄も豪華すぎて大きな借金を作ったが、﹃大語園﹄はそれ以上であった。 タイトルが渋過ぎたという人がある。 一条兼良の随筆である﹃語園﹄や浅井了意の教訓書﹃新語園﹄を参考にしているのだが、いずれも知名度の高いものではない。 知らぬ人が見れば、国語辞典と思われても仕方がない。 ﹃東洋口碑大全﹄の方が一目で内容が分かる。 そんな訳なのか、二度の名著普及会による復刻では、それぞれ﹃説話大観大語園﹄、﹃説話大百科事典大語園﹄と題された。 今では大きな図書館ならどこにもある本だが、それでもあまり知られている様子はない。
近代デジタルライブラリーで読める﹃大語園﹄
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