2ちゃんねるが誕生したのは1999年5月、ノストラダムスの大予言の直前だった。2chはオカルトと共に産声をあげた。現在ではオカルトの表舞台からUFOや国家の陰謀が消えて久しく、代わりにパワースポットや、くねくね・八尺様のような新世代のオカルトが人気を集めている。この10年ほどで奇譚や都市伝説はどのように新陳代謝してきたのだろうか。ネットでよく見かける怪談を時系列に並べてみたら、その変遷と発展の系譜が浮かび上がってきた。
キーワードは4つ‥ ﹁物語の複雑化﹂ ﹁寺社でのお祓いはいつから常識になったのか﹂ ﹁モンスターモノの完成﹂ ﹁巻き込まれ型被害者から過失のある被害者へ﹂
ネットで頻繁にコピペ・拡散されている怪談のことを、ここではWeb怪談と呼びたい。また、各Web怪談の書き込まれた時期については洒落怖まとめサイト︵http://syarecowa.moo.jp/︶等を参考にした。 ※まとめサイトに掲載されているコピペよりも古い時期にオリジナルが書き込まれた可能性は充分にあります。お気づきの点がありましたら、ぜひご指摘ください。
キーワードは4つ‥ ﹁物語の複雑化﹂ ﹁寺社でのお祓いはいつから常識になったのか﹂ ﹁モンスターモノの完成﹂ ﹁巻き込まれ型被害者から過失のある被害者へ﹂
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- 作者: 大間九郎,葛西心
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2012/05/11
- メディア: 文庫
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1.物語の複雑化 Web怪談の黎明期である1999年ごろ〜2001年ごろには﹃ベッドの下の男﹄や﹃ジェットババア﹄のような怪談が好んで語られていた。これらはネット以前からある都市伝説で、テレビやマンガによって拡散されていた。﹃猿夢﹄が書き込まれたのもこのころだ。﹃猿夢﹄によく似た話を、﹁世にも奇妙な物語﹂か﹁週刊ストーリーランド﹂で見た。︵ような気がする。調査中です︶ この時代のWeb怪談はワンシーンで恐怖体験を語るものが多く、物語の体を成していないものも目立つ。起承転結ではなく﹁こんな体験怖いでしょ? はい、おしまい﹂という書き込みが主流だったようだ。 しかし2001年、その後のWeb怪談の方向性を決める非常に重要なお話が書き込まれる。それが﹃分からないほうがいい﹄だ。﹁畑を眺めていたら遠くで白っぽい人影が踊っていて……﹂というあらすじ。そう、﹁くねくね﹂の原型なのだ。 翌2002年はWeb怪談の空白期だ。もちろんオカルト板には熱心な書き込みが続けられていたのだろう。しかし、現在でも語られるようなお話がこの時期にはほとんど生まれなかった。この年2chを賑わせたのは﹁G県厨﹂のような実況モノだ。﹁お兄ちゃん、どいて! そいつ殺せない!﹂の名台詞を生んだ﹁S県月宮﹂はあまりにも有名だ。 2002年には実況モノがヒットを飛ばすようになり、2chユーザーは長文のスレを読むことに慣れていった。 そして2003年、名作﹃くねくね﹄が書き込まれる。くねくねには様々なパターンがあるが、﹃分からないほうがいい﹄をベースにした最初期のやつは何度読んでもゾッとする。 くねくね以後、Web怪談は長文化の一途をたどる。ワンシーンで﹁ほら怖いでしょ?﹂というスタイルから、複数のシーンからなる﹁体験談﹂という形式が主流になっていく。 複数の書き込みがリンクしてしまう﹃ヒルサキ﹄、祖父の体験談として語られる﹃しっぽ﹄、これらも2003年だ。ヒルサキには“発狂”というモチーフが含まれており、しっぽでは“モンスター”というモチーフが主体になっている。これらの要素を併せ持っているのが﹃くねくね﹄だった。 そして2004年、﹃きさらぎ駅﹄が書き込まれる。異世界モノは人気のあるジャンルだが、有名なコピペはあまり生まれていない。誰でも知っているレベルで拡散されたのは、それこそ﹃きさらぎ駅﹄くらいだろう。幽霊もモンスターも呪いも登場しない、非常にめずらしいタイプのWeb怪談だ。 2004年で外しちゃいけないのは﹁本危﹂だ。﹁本当に危ないところを見つけてしまった﹂の略で、肝試しを実況していた>>1が行方不明になり、オカ板住人が捜索に乗り出して祭りになった。﹁きさらぎ駅﹂が1月、﹁本危﹂は9月。ちなみに﹁電車男﹂は2004年3月だった。実況モノが一つのジャンルとして成熟した時期だと言える。 実況モノが広く親しまれるようになったことで、それまで3行しか読まなかったユーザーたちがより長いお話を求めるようになった。Web怪談が長く複雑な物語を持つようになった背景には、実況モノの興隆がある。
2.寺社でのお祓いはいつから常識になったのか 2005年、その後のWeb怪談の作風を決定づける2つの物語が書き込まれる。 6月の﹃ことりばこ﹄、そして9月の﹃リョウメンスクナ﹄だ。この2作品は本当に画期的だった。 まず﹁呪詛・呪殺﹂を主題に掲げたこと。そして﹁歴史的背景﹂を固めていたこと。さらに﹁過失のある被害者﹂が登場すること。なによりも﹁寺社の専門家によるお祓い﹂を定式化したことだ。
もちろん呪詛を主題にした作品は古くからあったが、﹁不幸の手紙﹂型の無差別な悪意である場合が多かった。 Web怪談の恐怖を二つに大別すると、﹃ベッドの下の男﹄や﹃おちんちん﹄のような﹁人間が怖い﹂というパターンと、﹃くねくね﹄のような﹁怪異が怖い﹂というパターンとに分けられる。この二つを合体させると﹁呪詛が怖い﹂になる。呪詛は、人間の怖さが怪異化したものだ。 また歴史的背景を固めていたのも画期的で、﹃ことりばこ﹄は近代の部落差別を、﹃リョウメンスクナ﹄は古代から大正までの壮大な背景設定を持っている。﹁古くからの言い伝えで……﹂と語るお話は多いが、その﹁古く﹂がいつなのか明言されることは少ない。Web怪談では﹃ことりばこ﹄が初めてだったと言っても過言ではないだろう。 さらに﹁被害者の過失﹂だ。Web怪談では理不尽に巻き込まれるタイプのお話が多い。猿夢もきさらぎ駅もくねくねも八尺様も、被害者たちは何の過失もなく恐怖体験に巻き込まれている。怪談でありがちな﹁古い祠を壊しちゃって……﹂というような過失がないのだ。しかし﹃ことりばこ﹄﹃リョウメンスクナ﹄での被害者たちは、何かしらの過失があって呪詛を受ける。 そして、なによりも大事だと思うのは﹁寺社の専門家によるお祓い﹂というモチーフを登場させたこと。﹁祓える人がいる﹂というモチーフは、この2作品以前ではマイナーで、たとえば﹃くねくね﹄には登場していない。しかし以降の作品では、当たり前のように登場するようになる。﹃ヤマノケ﹄や﹃八尺様﹄が良い例だ。
現在ではより完成度の高いWeb怪談が溢れているため、﹃ことりばこ﹄と﹃リョウメンスクナ﹄は見劣りしてしまう。しかしこの2作品は間違いなく当時のWeb怪談の到達点だった。 2005年、2006年はWeb怪談が豊作な時期で、洒落コワまとめサイトで殿堂入りしているお話がいくつも生まれた。私のお気に入りはモンスターモノの﹃巨頭オ﹄、そして奇人モノの﹃危険な好奇心﹄など。
3.モンスターモノの完成 2007年2月に﹃ヤマノケ﹄が書き込まれた。これは﹃くねくね﹄のリバイバルだと言っていいだろう。モンスターとの遭遇によって家族の一人が発狂し、一緒には暮らせなくなる――このプロットは﹁くねくね﹂とまったく同じだ。お祓いや怪異の専門家として寺社が登場するという、﹃ことりばこ﹄以後の作品の特徴を備えている。﹃ヤマノケ﹄は翌年の﹃八尺様﹄への重要な布石となった。 また﹃裏S区﹄が登場したのも2007年だ。部落モノ・祓い屋モノ・奇人モノの合わせ技。こちらも﹁ポストことりばこ﹂の作品群を語るうえで外せないだろう。 2008年1月に﹃邪視﹄、8月に﹃八尺様﹄が書き込まれる。 9月には﹃悪皿﹄という目撃談が書き込まれるなど、八尺様は大いに盛り上がる。知名度から言ってもお話の完成度から言っても八尺様は飛び抜けていて、﹁くねくね﹂型モンスターの完成型だと言える。
つまり‥ 2001年7月﹁分からないほうがいい﹂ ↓ 2003年3月﹁くねくね﹂ ↓ ︵ことりばこ&リョウメンスクナ︶ ↓ 2006年2月﹁巨頭オ﹂ ↓ 2007年2月﹁ヤマノケ﹂ ↓ 2008年1月﹁邪視﹂ ↓ 同8月﹁八尺様﹂ 以上のような系譜をたどり、Web怪談界のスーパーアイドルは生まれた。モンスターモノの系譜は2009年4月の﹃姦姦蛇螺﹄や、2010年4月の﹃シシノケ﹄へと受け継がれていく。
4.巻き込まれ型被害者から過失のある被害者へ 2009年7月﹃禁后 ―パンドラ―﹄、11月﹃リアル﹄が書き込まれる。4月に書き込まれた﹁姦姦蛇螺﹂にも言えることだが、これらの作品の特徴は﹁被害者に過失がある﹂こと。典型的な巻き込まれ型ではなく、﹃ことりばこ﹄と同様に﹁禁忌を犯して酷い目に遭う﹂のだ。 ゼロ年代初期のWeb怪談と比較すると、明らかに物語が複雑になっている。﹃猿夢﹄や﹃ベッドの下の男﹄﹃NNN臨時放送﹄のころは主人公が一瞬の恐怖体験をするだけだった。当時は長文があまり読んでもらえず、短くまとまったお話でなければ拡散されなかったのだ。﹁禁忌を犯す→恐怖体験をする→祓い屋に助けを求める→結末﹂というプロットを尺の都合で詰め込めなかった。 また11月の﹃リアル﹄と併せて12月の﹃ヒッチハイク﹄にも触れておきたい。ヒッチハイクで日本を縦断することにした大学生が、キャンピングカーに乗った奇妙な家族に拾われて……というストーリー。明確な﹁伏線→回収﹂の流れが存在しており、どんでん返し的な結末が準備されている。Web怪談の黎明期には想像できないぐらいしっかりした物語性がある。
2010年5月、﹃リゾートバイト﹄が書き込まれる。
モンスターモノでありながら呪詛︵秘儀︶モノであり、﹁被害者の過失﹂と﹁寺社によるお祓い﹂が登場する。さらに﹁伏線→回収﹂の流れがあって、結末にはどんでん返し的な要素が見られる。今までのWeb怪談のイイトコ取りだ。それまでのWeb怪談にありがちな﹁どこの誰とも分からない被害者﹂ではなく、各登場人物のキャラクターが立っているのも特徴だ。 引き込まれるような文章と相まって、ちょっとした短編小説として楽しめるほど完成度が高い。﹃リゾートバイト﹄は現時点でのWeb怪談の到達点だといえるだろう。 直近の2011年、2012年では有名なWeb怪談があまりないような気がするけれど、まだ日が浅いからだと思われる。これから拡散され、語り継がれていく中で、新たな名作が育っていくはずだ。
◆
今後のWeb怪談はどういうふうに発展していくのだろう。 一つは﹃リゾートバイト﹄のように﹁キャラを立てる﹂ようになるという方向が考えられる。ただし、人物を書きこなすのにはそれなりに物語作りの技術と能力が必要なので、これは難しいかも。 また﹁くねくね〜八尺様﹂の系譜で分かるとおり、Web怪談ではモンスターが好まれて、幽霊はあまり描かれてこなかった。﹃メッセージビデオ﹄のような死後の無念を語るお話があまりない。また﹁きさらぎ駅﹂以外に有名なものがほとんどない異世界モノも、空白地帯になっている。これらのジャンルも今後面白いモノが出てきそうだ。
ここまでで紹介したWeb怪談を年表にまとめたのがこちら。
![f:id:Rootport:20120606193236j:image f:id:Rootport:20120606193236j:image](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/R/Rootport/20120606/20120606193236.jpg)
◆
しかし、これだけ情報化の進んだ時代にオカルトが楽しいのはなぜだろう。 もちろんノストラダムスが流行ったころとはだいぶオカルトの質が変わった。マヤ歴やパワースポットのように、時代に合わせてブラッシュアップされてる。とくに﹁宇宙人モノ﹂を全然見かけなくなったことには驚く。宇宙人が登場するとしてもコメディになりがちだ。 X-FILEが流行ってたころは﹁オカルト=エイリアン﹂ってぐらいに宇宙人だらけだった。狼男?吸血鬼?なにそれファンタジーじゃん!って失笑されていた。当時は﹃くねくね﹄なんて流行らなかったと思う。今ではそれが逆転している。 ジュリアン・アサンジが世界中の政府の秘密を暴き、あろうことか極秘映像がYouTubeに流出する。この時代にX-FILEを信じろというほうが無理だ。UFOに誘拐された人は﹁アブダクションなう﹂と画像付きでツイートするに決まっているし、目撃者のツイートがなければガセだとすぐに見抜かれる。宇宙人モノは現在では﹁うつろ舟伝説﹂のような伝承モノとしてしか生き残れなくなった。 ネット時代の怪異は、ネットの届かない場所にある。大昔の因習や伝統がそのまま残っている田舎にこそ本当の恐怖がある。これが宇宙人モノが流行らなくなった理由であり、Web怪談で﹁伝承﹂がたびたびモチーフに選ばれる理由だ。 10年前、ネットは﹁よくわからない社会の闇﹂という文脈で語られていた。しかしこの10年で、私たちはネットほど明るい場所はないと知った。どんな小さな悪事も見逃さずにたちまち炎上し、犯罪を働けばログを辿って簡単に逮捕される。社会の本当の暗闇は、ネット世界の外にある。
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