島尾敏雄

島尾 敏雄︵しまお としお、1917年4月18日 - 1986年11月12日︶は、横浜市に生まれ8歳から高校卒業まで神戸市で育った作家である。長崎高商を経て九州大学︵文科東洋史専攻︶を繰り上げ卒業。第十八震洋特攻隊隊長として、奄美諸島加計呂麻島に赴任。

[編集] 来歴・人物

1917年4月18日、神奈川県横浜市戸部町に父島尾四郎、母・トシとの間に長男として生まれた。両親、妹二人、弟三人の6人兄弟であった。1924年、横浜尋常小学校入学。翌年、関東大震災の影響で11月下旬に兵庫県武庫郡西灘村に移住。西灘第二尋常小学校に転校。謄写版やカタカナのゴム活字を用いて小冊子﹃小兵士﹄を13号まで印刷した。1930年に兵庫県立第一神戸商業学校に入学。同校在学中の1933年、金森正典と﹃峠﹄を創刊する。1935年3月、第一神戸商業学校卒業。一年遊びながら受験勉強や住吉邦郎編集の﹃駑馬﹄に参加。1936年4月、長崎高等商業学校に入学。中桐雅夫編集の﹃LUNA﹄同人となる。

長崎高商2年の頃﹃十四世紀﹄を創刊するが、発行と同時に内務省より発売禁止の処分を受けた。この頃ロシア語を学習する傍らドストエフスキー、プーシキン、レールモントフ、ゴーゴリなどロシア文学を耽読。1939年3月に長崎高等商業学校を卒業、引き続き4月から同校海外貿易科に籍を置く。この夏、毎日新聞社主催のフィリピン派遣学生旅行団の一員としてルソン島、台湾に旅行。10月に福岡の同人雑誌﹃こをろ﹄に加わる。同人には矢山哲治、真鍋呉夫、阿川弘之、那珂太郎らがいた。

1940年九州大学法文学部経済科に入学。翌41年に九州帝大文科を受験しなおし再入学、東洋史を専攻する。在学中、一級下に庄野潤三がおり親交を結ぶ。1943年、九州帝国大学を半年繰り上げで卒業し海軍予備学生を志願。私家版﹁幼年期﹂を70冊限定で発行。 この頃、庄野を介して詩人の伊東静雄と通交するようになる。その関係は戦後のある時期まで続き、伊東の圏内で林富士馬、庄野潤三、三島由紀夫らと同人誌﹃光耀﹄を創刊。

戦後、赴任地の小学校の教員をしていた大平ミホと結婚し、神戸市外国語大学の教官を務めながら、富士正晴らとともに﹃VIKING﹄創刊。その後東京へ行き、吉本隆明、奥野健男、詩人の清岡卓行らと雑誌﹃現代評論﹄を始めるが、自らの浮気問題を機に妻が心の病に冒される。その後、妻の病気のため妻の実家がある奄美に帰島して鹿児島県立大島実業高等学校講師をしながら執筆活動を続ける。また、カトリック信徒であった夫人の親戚に勧められ、1956年に奄美の聖心︵みこころ︶教会で、カトリックの洗礼を受ける︵洗礼名ペトロ︶。奄美大島は戦後の一時期アメリカ軍の支配下にあった影響で行政組織の再建が十分ではなく、島には本格的な図書館が無かった︵アメリカ軍と琉球政府が管轄していた琉米文化会館を改組した奄美日米文化会館が図書館の機能を担っていたが、日本返還後の引継の不十分さから機能停止に陥っていた︶。そこで島尾は奄美に図書館に誘致する計画を立てた。鹿児島県はこれに応じて、1958年に奄美日米文化会館を母体として鹿児島県立図書館奄美分館が設置され、島尾が初代館長となる。島尾は図書館については素人であったが、熊本商科大学に出向いて司書講習を受けて資格を習得している。開館時に上司にあたる鹿児島県立図書館長の久保田彦穂︵椋鳩十︶は、島尾に対して﹁地方文化保存のための保存図書館﹂﹁調査研究のための参考図書館﹂﹁量・質共に備えた貸出図書館﹂という、3つの課題を与えた。島尾はこの久保田からの課題に応えるべく精力的に活動した。在任中の島尾は執筆活動と図書館長としての業務を厳格に峻別していたが、郷土資料の蒐集・刊行活動や当時としては先駆的な日曜日開館や住民の読書活動支援などに全力にあたり、離島の教育委員会や公民館を通じた図書の貸借や港の待合室や船内での読書室の設置活動、これらを支援するために時には自ら船に乗って離島への移動図書館業務の充実に尽すなど、日本の離島を抱えた地域における図書館活動のあり方に影響を与えている。また、図書館活動を通じた人的交流が島尾の執筆活動にも大きな影響を与えた。

奄美分館長を辞した翌年の1976年に名瀬市︵現奄美市︶から指宿市西方に住所を移し、鹿児島純心女子短期大学で教鞭をとっていた。純心女子短期大学退職後、1977年に神奈川県茅ヶ崎市に移住。1983年に娘のマヤが、鹿児島純心女子短期大学の図書館司書に就職したのを期に、鹿児島県姶良郡加治木町に移住。1985年12月鹿児島市宇宿町に自宅を購入。亡くなる3日前宇宿町の自宅で、書籍の整理中に脳内出血を発症し、鹿児島市立病院に搬送されるが意識が戻らぬまま、1986年11月12日死去。葬儀は鹿児島市の谷山カトリック教会で行われ、生前に交流のあったカトリック鹿児島教区司祭の小平卓保神父︵元鹿児島純心女子短期大学教授、故人︶、郡山健次郎神父︵元カトリック志布志教会主任司祭、現カトリック鹿児島教区司教︶の司式で執り行われた。

妻は同じく作家の島尾ミホ。長男は写真家の島尾伸三で、漫画家のしまおまほは孫にあたる。心因性の精神症状に悩む妻との生活を描いた﹃死の棘﹄は小栗康平によって映画化されカンヌ国際映画祭に出品された︵審査員大賞受賞︶。作品は主に超現実主義的な﹃夢の中での日常﹄などの系列、戦争中の体験を描いた﹃出孤島記﹄などの系列、さらに家庭生活を描いた﹃死の棘﹄などに大別される。

﹁ヤポネシア﹂なる概念を考案したことでも知られる。

[編集] 受賞歴

●1950年︵昭和25年︶ ﹃出孤島記﹄で第1回戦後文学賞

●1961年︵昭和36年︶ 短編﹃死の棘﹄で第11回文部省芸術選奨

●1964年︵昭和39年︶ 第15回南日本文化賞

●1966年︵昭和41年︶ 第25回西日本文化賞

●1972年︵昭和47年︶ ﹃硝子障子のシルエット﹄で第26回毎日出版文化賞。第1回南海文化賞

●1977年︵昭和52年︶ ﹃日の移ろい﹄で第13回谷崎潤一郎賞、﹃死の棘﹄で第29回読売文学賞、第10回日本文学大賞

●1981年︵昭和56年︶ 日本芸術院賞

●1983年︵昭和58年︶ 短編﹃湾内の入江で﹄で第10回川端康成文学賞

●1985年︵昭和60年︶ ﹃魚雷艇学生﹄で第38回野間文芸賞

[編集] 作品の一覧

[編集] 小説

●幼年記 こをろ発行所 1943

●単独旅行者 真善美社 1948

●格子の目 全国書房、1949

●贋学生 河出書房、1950 のち角川文庫、講談社文芸文庫

●帰巣者の憂鬱 みすず書房、1955

●われ深きふちより 河出新書、1955 のち集英社文庫

●夢の中での日常 現代社、1956 のち角川文庫、集英社文庫

●島の果て パトリア、1957 のち集英社文庫

●死の棘 講談社、1960 のち角川文庫

●島尾敏雄作品集 全5巻 晶文社 1961-67

●島へ 潮文庫、1972

●出発は遂に訪れず 新潮社、1964 のち文庫

●日のちぢまり 新潮社、1965

●島にて 冬樹社、1966

●日を繋けて 中央公論社、1968 のち文庫

●夢の系列 中央大学出版部、1971

●東北と奄美の昔ばなし 島尾伸三絵 詩稿社 1972

●硝子障子のシルエット 創樹社、1972︵毎日出版文化賞︶のち講談社文芸文庫

●その夏の今は・夢の中での日常 講談社文庫 1972 のち文芸文庫

●現代の文学15島尾敏雄 講談社 1973

●記夢志 沖積舎 1993

●出孤島記 冬樹社、1974 のち新潮文庫

●筑摩現代文学大系78島尾敏雄・庄野潤三集 筑摩書房 1976

●日の移ろい 中央公論社、1976 のち文庫

●鬼剥げ 沖積舎 1976

●死の棘︵完成版︶新潮社、1977 のち文庫

●現代日本文学 安部公房・島尾敏雄集 筑摩書房 1977

●夢日記 河出書房新社、1978 のち文庫

●島尾敏雄全集 全17巻 晶文社 1980-83

●月下の渦潮 沖積舎、1980

●日記抄 潮出版社、1981

●試みの自画像 島尾敏雄による島尾敏雄 青銅社 1981

●夢屑 講談社、1985

●魚雷艇学生 1985年 新潮社 のち文庫

●続 日の移ろい 中央公論社、1986 のち文庫

●震洋発進 潮出版社、1987

●透明な時の中で

●はまべのうた/ロング・ロング・アゴウ 講談社文芸文庫 1992

[編集] エッセイ・評論

●離島の幸福・離島の不幸 名瀬だより 未來社、1960

●非超現実主義的な超現実主義の覚え書 未來社、1962

●私の文学遍歴 未來社、1966

●琉球弧の視点から 講談社、1969 のち朝日文庫

●島尾敏雄非小説集成 全6巻 冬樹社 1973

●日本の作家 おりじん書房、1974

●夢のかげを求めて―東欧紀行 河出書房、1975

●奄美の文化︵編︶法政大学出版局、1976

●南島通信 潮出版社、1976

●ヤポネシア序説︵編著︶創樹社、1977

●奄美の伝説 島尾ミホ・田畑英勝共著 角川書店 1977

●南風のさそい 泰流社、1978

●過ぎゆく時の中で 新潮社 1983

●島尾敏雄詩集 深夜叢書社 1987

●忘却の底から

●﹁死の棘﹂日記 新潮社 2005

●戦後文学エッセイ選10島尾敏雄集 影書房 2007

[編集] 対談集

●内にむかう旅 泰流社 1976

●夢と現実 六日間の対話 小川国夫 筑摩書房、1976

●ヤポネシア考 葦書房、1977

●対談特攻体験と戦後 吉田満、中央公論社、1978 のち文庫

●平和の中の主戦場 冬樹社、1979

[編集] 関連人物

●埴谷雄高

●島尾ミホ

●長谷川四郎

●阿川弘之

●伊東静雄

●富士正晴

●庄野潤三

●三島由紀夫

●久坂葉子

●小川国夫

●吉本隆明

●奥野健男

[編集] 参考文献

●井谷泰彦﹁﹃道の島﹄に本を担いで -奄美の図書館長・島尾敏雄-﹂︵日本図書館文化史研究会 編﹃図書館人物伝 図書館を育てた20人の功績と生涯﹄︵2007年 日外アソシエーツ ISBN 9784816920684︶︶