保守運動の中核イメージへ
バンス氏はこの時期は民主党支持であっただけでなく、トランプ現象を批判する立場であった。だが、本が余りにも評判となる中で、バンス氏には待望論が押し寄せた。つまり、﹁トランプ現象に連なる保守の立場﹂から﹁置き去りにされた白人貧困層﹂や﹁製造業衰退に苦しむ中西部﹂を代表して政界入りして欲しいという動きだ。
そこでバンス氏は、リベラリズムでは問題は解決できないという考え方へと立場を転換していった。そのバンス氏に目をつけたのは、トランプ氏の長男、ドン・ジュニア氏と、次男のエリック氏であるようだ。二人が仲介する格好で、バンス氏はフロリダのトランプ邸を訪ね、﹁過去に批判者であったこと﹂を文字通り謝罪したのだという。
そして、22年の中間選挙では故郷であるオハイオ州における厳しい予備選と本選を勝ち抜いて、連邦上院議員のポジションを射止めた。23年1月の就任時にはまだ38歳という若さであった。
そして中央政界入りからわずか1年半で、共和党の副大統領候補に指名されるまでに至ったのである。今回の指名には、前述したトランプ氏の2人の息子だけでなく、イーロン・マスク氏の強い推薦もあったようだ。
バンス氏を紹介する上で、この﹁21世紀のアメリカンドリーム﹂というのは、圧倒的な説得力を持っている。衰退した﹁ラストベルト﹂の貧困で破綻した家庭から、海兵隊での従軍、イエール法科大学院、そしてテックのベンチャー・キャピタル経営、さらにベストセラー作家を経て連邦上院議員。これは党派は異なるが、ビル・クリントンとバラク・オバマの物語を足したようなインパクトがある。
何よりも、﹁トランプ主義﹂と言ってもいい現在の米国の保守運動において、﹁草の根の忘れられた白人層﹂というのは、ある種の中核イメージとなっている。バンス氏はその典型、あるいはその最悪の環境をルーツに持ち、自身の半生の原体験としているわけで、そのイメージは圧倒的なものがある。
トランプ氏の登場によって、共和党は﹁富裕層やビジネスの利害代表﹂から、﹁労働者や庶民の党﹂へとイメージの転換を始めた。バンス氏はまさにこの動きを体現した人物というわけである。