しかし、2006年に『New York Times』が、J.T.リロイは実在せず、真の書き手はサンフランシスコ在住の40代女性、ローラ・アルバートだと暴露。人前に現れる際の「少年J.T.リロイ」に扮していたのは少年ですらなく、ローラの義妹サバンナ・クヌープだった。「小説より奇な」内幕が明るみに出たのだ。
当然、かかわった映画会社からは非難の声が上がり 、U2のボノ、マドンナ、ウィノナ・ライダー、コートニー・ラヴ、マリリン・マンソン、チャック・パラニュークといった、かつての交友者や礼賛者はバツの悪い顔で沈黙したり、逆に作品の価値は変わらないと主張したりした。
もはや彼女の言葉は信じられないという人もいるだろう。だが、「嘘と真実」の関係が10年前以上に複雑化した現代、ローラの言う「捏造とメタファー」の違いを聞くことは無意味ではないだろう。
なぜ偽ったのか
でも結局は、自分が書いたものがわたしをここへ導いたとも感じる。当時、自らインタヴューに答えられないのはフラストレーションだったし、マゾヒスティックな体験ですらあった。取材相手にもアンフェアだと思ったし。そのときは、わたしはこうして話すための準備がまだできていなかったの。
──ただ、J.T.リロイが小説を書き始めた契機として知られる、セラピストのテレンス・オーウェンスとの継続的な電話相談は、あなたが実際にしたことですよね。J.T.リロイとしての創作を「捏造ではなくメタファー」と語っていますが、少なくとも一部は「本当」だったと言えるかもしれない。
それは「夢の言語」「隠喩の言語」だったの。トラウマを経験した人ならわかると思うけど、分厚いアスベスト対策用の手袋をつけないと扱えないようなことがあるの。そして、性的または肉体的な虐待を受けた人々(*3)は自ら暴力的な傾向をもつことがあるというけど、わたしはそうではなく、ああいうかたちで作家になった。
J.T.リロイの身体
──女性のあなたが、少年として創作したことについては?音楽のハーモニーには、ルート音、それと常に一定の距離を保つ第5音、そして和音の性格を変える第3音があるけれど、わたしとJ.T.リロイ=サバンナ・クヌープの関係にも、そんな第3音的なものを感じることがあったの。わたしはJ.T.を「演じた」つもりは全くないし、サバンナも必要なときにJ.T.リロイに「なって」くれたというのが正しいと思う。
そうね。でも振り返ると、わたしはいつも何かを具現化してくれる誰かを探していたの。いま話しながら気付いて驚いてるんだけど、ジェフ・クヌート(サバンナの兄、ローラの息子の父親)との出会いもそう。
──そのジェフはJ.T.リロイの疑惑騒動の果てに、小説の作者があなただと証言するに至りました。一方で、あなたもビリー・コーガン(スマッシング・パンプキンズのフロントマン。騒動前からローラと交流があった)など、心を許せる人には真実を話していましたね。隠し続けるのが得策のように思えるけれど、話さずにはいられなかった。どんな力学がそこに働いたと思いますか?
この時代に語るべきこと
──暴露騒動で憤慨した人々は︵利害関係のあった業界人は別として︶何に対して怒りを抱いたのだと思いますか? コンプレックス。彼らの反応は、彼ら自身のなかから生まれたもので、わたしと一連の出来事は鏡のようなものだったとも思う。わたしの作品から性的刺激を受ける人々がいるとしたら、その場合はまた少し違うかもしれないけれど。 ──メディアの報道についても、言いたいことはあった?──あなたもまた、オーウェンス医師との電話相談に始まり、J.T.に接近してくる業界人やアーティストたちとの会話を録音していましたね(6)。今回の映画でもそれが重要な要素となっています。
さらに、この監督が狂気と創造性の有機的な交差に関心を抱いていることがわかったの。だから出来上がった映像は「どう? みんなまんまと騙されたね、ハハハ!」という物語ではない。静寂のなかで、性的/身体的虐待について、流動的ジェンダーについて、女性作家として生きることについて語る、つまりわたし個人に収まらない、多くを含んだ物語なの。大勢の人が話し合える内容だと思う。もしあなたに、それを観ようという意思さえあればね。
──事件から10数年経つ現代は、ポスト・トゥルースの時代とも言われ、一方でフェイク・ニュースの横行が問題視されてもいます。このような時代に思うことは?
とても興味深く、同時にとても危険なことだと感じるわ。芸術の世界では、届ける側と受け取る側に「これはフィクションだ」という何らかの協定がある。報道におけるフェイク・ニュースの横行はこれと対照的な出来事で、非難が生まれるのも当然かつ自然だと思うの。