それは田いな舎かの夏なつのいいお天てん気きの日ひの事ことでした。もう黄こが金ねい色ろになった小こむ麦ぎや、まだ青あおい燕から麦すむぎや、牧ぼく場じょうに積つみ上あげられた乾ほし草くさ堆づみなど、みんなきれいな眺ながめに見みえる日ひでした。こうのとりは長ながい赤あかい脚あしで歩あるきまわりながら、母はは親おやから教おそわった妙みょうな言こと葉ばでお喋しゃべりをしていました。
麦むぎ畑ばたけと牧ぼく場じょうとは大おおきな森もりに囲かこまれ、その真まん中なかが深ふかい水みず溜だまりになっています。全まったく、こういう田いな舎かを散さん歩ぽするのは愉ゆか快いな事ことでした。
その中なかでも殊ことに日ひあ当たりのいい場ばし所ょに、川かわ近ちかく、気きも持ちのいい古ふるい百ひゃ姓くし家ょうやが﹇#﹁百姓家が﹂は底本では﹁百性家が﹂﹈立たっていました。そしてその家いえからずっと水みず際ぎわの辺あたりまで、大おおきな牛ごぼ蒡うの葉はが茂しげっているのです。それは実じっ際さいずいぶん丈たけが高たかくて、その一いち番ばん高たかいのなどは、下したに子こど供もがそっくり隠かくれる事ことが出で来きるくらいでした。人ひと気けがまるで無なくて、全まったく深ふかい林はやしの中なかみたいです。この工ぐあ合いのいい隠かくれ場ばに一羽わの家あひ鴨るがその時とき巣すについて卵たまごがかえるのを守まもっていました。けれども、もうだいぶ時じか間んが経たっているのに卵たまごはいっこう殻からの破やぶれる気けは配いもありませんし、訪たずねてくれる仲なか間まもあまりないので、この家あひ鴨るは、そろそろ退たい屈くつしかけて来きました。他ほかの家あひ鴨るた達ちは、こんな、足あしの滑すべりそうな土ど堤てを上のぼって、牛ごぼ蒡うの葉はの下したに坐すわって、この親おや家あひ鴨るとお喋しゃべりするより、川かわで泳およぎ廻まわる方ほうがよっぽど面おも白しろいのです。
しかし、とうとうやっと一ひとつ、殻からが裂さけ、それから続つづいて、他ほかのも割われてきて、めいめいの卵たまごから、一羽わずつ生いき物ものが出でて来きました。そして小ちいさな頭あたまをあげて、
﹁ピーピー。﹂
と、鳴なくのでした。
﹁グワッ、グワッってお言いい。﹂
と、母はは親おやが教おしえました。するとみんな一いっ生しょ懸うけ命んめい、グワッ、グワッと真ま似ねをして、それから、あたりの青あおい大おおきな葉はを見ま廻わすのでした。
﹁まあ、世せか界いってずいぶん広いもんだねえ。﹂
と、子あひ家る鴨た達ちは、今いままで卵たまごの殻からに住すんでいた時ときよりも、あたりがぐっとひろびろしているのを見みて驚おどろいて言いいました。すると母はは親おやは、
﹁何なんだね、お前まえ達たちこれだけが全ぜん世せか界いだと思おもってるのかい。まあそんな事ことはあっちのお庭にわを見みてからお言いいよ。何なにしろ牧ぼく師しさんの畑はたけの方ほうまで続つづいてるって事ことだからね。だが、私わたしだってまだそんな先さきの方ほうまでは行いった事ことがないがね。では、もうみんな揃そろったろうね。﹂
と、言いいかけて、
﹁おや! 一いち番ばん大おおきいのがまだ割われないでるよ。まあ一いっ体たいいつまで待またせるんだろうねえ、飽あき飽あきしちまった。﹂
そう言いって、それでもまた母はは親おやは巣すに坐すわりなおしたのでした。
﹁今こん日にちは。御おこ子さ様まはどうかね。﹂
そう言いいながら年としとった家あひ鴨るがやって来きました。
﹁今いまねえ、あと一ひとつの卵たまごがまだかえらないんですよ。﹂
と、親おや家あひ鴨るは答こたえました。
﹁でもまあ他ほかの子こた達ちを見みてやって下さい。ずいぶんきりょう好よしばかりでしょう? みんあ父ちち親おやそっくりじゃありませんか。不ふし親んせ切つで、ちっとも私あた達したちを見みに帰かえって来こない父ちち親おやですがね。﹂
するとおばあさん家あひ鴨るが、
﹁どれ私わたしにその割われない卵たまごを見みせて御ごら覧ん。きっとそりゃ七面めん鳥ちょうの卵たまごだよ。私わたしもいつか頼たのまれてそんなのをかえした事ことがあるけど、出でて来きた子こた達ちはみんな、どんなに気きを揉もんで直なおそうとしても、どうしても水みずを恐こわがって仕しか方たがなかった。私あたしあ、うんとガアガア言いってやったけど、からっきし駄だ目め! 何なんとしても水みずに入いれさせる事ことが出で来きないのさ。まあもっとよく見みせてさ、うん、うん、こりゃあ間まち違がいなし、七面めん鳥ちょうの卵たまごだよ。悪わるいことは言いわないから、そこに放ほったらかしときなさい。そいで早はやく他ほかの子こた達ちに泳およぎでも教おしえた方ほうがいいよ。﹂
﹁でもまあも少すこしの間あいだここで温あたためていようと思おもいますよ。﹂
と、母はは親おやは言いいました。
﹁こんなにもう今いままで長ながく温あたためたんですから、も少すこし我がま慢んするのは何なんでもありません。﹂
﹁そんなら御ごか勝っ手てに。﹂
そう言いい棄すてて年とし寄よりの家あひ鴨るは行いってしまいました。
とうとう、そのうち大おおきい卵たまごが割われてきました。そして、
﹁ピーピー。﹂
と鳴なきながら、雛ひ鳥なが匐はい出だしてきました。それはばかに大おおきくて、ぶきりょうでした。母はは鳥どりはじっとその子こを見みつめていましたが、突とつ然ぜん、
﹁まあこの子この大おおきい事こと! そしてほかの子ことちっとも似にてないじゃないか! こりゃあ、ひょっとすると七しち面めん鳥ちょうかも知しれないよ。でも、水みずに入いれる段だんになりゃ、すぐ見み分わけがつくから構かまやしない。﹂
と、独ひと言りごとを言いいました。
翌あくる日ひもいいお天てん気きで、お日ひさ様まが青あおい牛ごぼ蒡うの葉はにきらきら射さしてきました。そこで母はは鳥どりは子こど供もた達ちをぞろぞろ水みず際ぎわに連つれて来きて、ポシャンと跳とび込こみました。そして﹇#﹁そして﹂は底本では﹁そしそ﹂﹈、グワッ、グワッと鳴ないてみせました。すると小ちいさい者もの達たちも真ま似ねして次つぎ々つぎに跳とび込こむのでした。みんないったん水みずの中なかに頭あたまがかくれましたが、見みる間まにまた出でて来きます。そしていかにも易やす々やすと脚あしの下したに水みずを掻かき分わけて、見みご事とに泳およぎ廻まわるのでした。そしてあのぶきりょうな子こあ家ひ鴨るもみんなと一いっ緒しょに水みずに入り、一いっ緒しょに泳およいでいました。
﹁ああ、やっぱり七しち面めん鳥ちょうじゃなかったんだ。﹂
と、母はは親おやは言いいました。
﹁まあ何なんて上じょ手うずに脚あしを使つかう事ことったら! それにからだもちゃんと真まっ直すぐに立たててるしさ。ありゃ間まち違がいなしに私あたしの子こさ。よく見みりゃ、あれだってまんざら、そう見みっともなくないんだ。グワッ、グワッ、さあみんな私わたしに従ついてお出いで。これから偉えらい方かた々がたのお仲なか間ま入いりをさせなくちゃ。だからお百ひゃ姓くしょうさんの裏に庭わの方かた々がたに紹しょ介うかいするからね。でもよく気きをつけて私わたしの傍そばを離はなれちゃいけないよ。踏ふまれるから。それに何なにより第だい一いちに猫ねこを用よう心じんするんだよ。﹂
さて一いち同どうで裏に庭わに着ついてみますと、そこでは今いま、大おお騒さわぎの真まっ最さい中ちゅうです。二ふたつの家かぞ族くで、一ひとつの鰻うなぎの頭あたまを奪うばいあっているのです。そして結けっ局きょく、それは猫ねこにさらわれてしまいました。
﹁みんな御ごら覧ん、世せけ間んはみんなこんな風ふうなんだよ。﹂
と、母はは親おやは言いって聞きかせました。自じぶ分んでもその鰻うなぎの頭あたまが欲ほしかったと見みえて、嘴くちばしを磨すりつけながら、そして、
﹁さあみんな、脚あしに気きをつけて。それで、行ぎょ儀うぎ正ただしくやるんだよ。ほら、あっちに見みえる年としとった家あひ鴨るさんに上じょ手うずにお辞じ儀ぎおし。あの方かたは誰たれよりも生うまれがよくてスペイン種しゅなのさ。だからいい暮くらしをしておいでなのだ。ほらね、あの方かたは脚あしに赤あかいきれを結ゆわえつけておいでだろう。ありゃあ家あひ鴨るにとっちゃあ大たいした名めい誉よなんだよ。つまりあの方かたを見みう失しわない様ようにしてみんなが気きを配くばってる証しょ拠うこなの。さあさ、そんなに趾あしゆびを内うち側がわに曲まげないで。育そだちのいい家あひ鴨るの子こはそのお父とうさんやお母かあさんみたいに、ほら、こう足あしを広ひろくはなしてひろげるもんなのだ。さ、頸くびを曲まげて、グワッって言いって御ごら覧ん。﹂
家あひ鴨るの子こた達ちは言いわれた通とおりにしました。けれどもほかの家あひ鴨るた達ちは、じろっとそっちを見みて、こう言いうのでした。
﹁ふん、また一ひと孵かえり、他ほかの組くみがやって来きたよ、まるで私わた達したちじゃまだ足たりないか何なんぞの様ようにさ! それにまあ、あの中なかの一羽わは何なんて妙みょうちきりんな顔かおをしてるんだろう。あんなのここに入れてやるもんか。﹂
そう言いったと思おもうと、突とつ然ぜん一羽わ跳とび出だして来きて、それの頸くびのところを噛かんだのでした。
﹁何なにをなさるんです。﹂
と、母はは親おやはどなりました。
﹁これは何なんにも悪わるい事ことをした覚おぼえなんか無ないじゃありませんか。﹂
﹁そうさ。だけどあんまり図ずた体いが大おおき過すぎて、見みっともない面つらしてるからよ。﹂
と、意いじ地わ悪るの家あひ鴨るが言いい返かえすのでした。
﹁だから追おい出だしちまわなきゃ。﹂
すると傍そばから、例れいの赤あかいきれを脚あしにつけている年とし寄より家あひ鴨るが、
﹁他ほかの子こど供もさんはずいみんみんなきりょう好よしだねえ、あの一羽わの他ほかは、みんなね。お母かあさんがあれだけ、もう少すこしどうにか善よくしたらよさそうなもんだのに。﹂
と、口くちを出だしました。
﹁それはとても及およびませぬ事ことで、奥おく方がた様さま。﹂
と、母はは親おやは答こたえました。
﹁あれは全まったくのところ、きりょう好よしではございませぬ。しかし誠まことに善よい性せい質しつをもっておりますし、泳およぎをさせますと、他ほかの子こた達ちくらい、――いやそれよりずっと上じょ手うずに致いたします。私わたしの考かんがえますところではあれも日ひが経たちますにつれて、美うつくしくなりたぶんからだも﹇#﹁からだも﹂は底本では﹁かちだも﹂﹈小ちいさくなる事ことでございましょう。あれは卵たまごの中なかにあまり長ながく入はいっておりましたせいで、からだつきが普な通みに出でき来あ上がらなかったのでございます。﹂
そう言いって母はは親おやは子こあ家ひ鴨るの頸くびを撫なで、羽はねを滑なめらかに平たいらにしてやりました。そして、
﹁何なにしろこりゃ男おとこだもの、きりょうなんか大たいした事ことじゃないさ。今いまに強つよくなって、しっかり自じぶ分んの身みをまもる様ようになる。﹂
こんな風ふうに呟つぶやいてもみるのでした。
﹁実じっ際さい、他ほかの子こど供もし衆ゅうは立りっ派ぱだよ。﹂
と、例れいの身みぶ分んのいい家あひ鴨るはもう一度ど繰くり返かえして、
﹁まずまず、お前まえさん方がたもっとからだをらくになさい。そしてね、鰻うなぎの頭あたまを見みつけたら、私わたしのところに持もって来きておくれ。﹂
と、附つけ足たしたものです。
そこでみんなはくつろいで、気きの向むいた様ようにふるまいました。けれども、あの一番ばんおしまいに殻からから出でた、そしてぶきりょうな顔かお付つきの子こあ家ひ鴨るは、他ほかの家あひ鴨るやら、その他たそこに飼かわれている鳥とり達たちみんなからまで、噛かみつかれたり、突つきのめされたり、いろいろからかわれたのでした。そしてこんな有あり様さまはそれから毎まい日にち続つづいたばかりでなく、日ひに増ましそれがひどくなるのでした。兄きょ弟うだいまでこの哀あわれな子こあ家ひ鴨るに無む慈じ悲ひに辛つらく当あたって、
﹁ほんとに見みっともない奴やつ、猫ねこにでもとっ捕つかまった方ほうがいいや。﹂
などと、いつも悪あく体たいをつくのです。母はは親おやさえ、しまいには、ああこんな子こなら生うまれない方ほうがよっぽど幸しあわせだったと思おもう様ようになりました。仲なか間まの家あひ鴨るからは突つかれ、鶏ひよっ子こからは羽はねでぶたれ、裏うら庭にわの鳥とり達たちに食たべ物ものを持もって来くる娘むすめからは足あしで蹴けられるのです。
堪たまりかねてその子こあ家ひ鴨るは自じぶ分んの棲すみ家かをとび出だしてしまいました。その途とち中ゅう、柵さくを越こえる時とき、垣かきの内うちにいた小こと鳥りがびっくりして飛とび立たったものですから、
﹁ああみんなは僕ぼくの顔かおがあんまり変へんなもんだから、それで僕ぼくを怖こわがったんだな。﹂
と、思おもいました。それで彼かれは目めを瞑つぶって、なおも遠とおく飛とんで行いきますと、そのうち広ひろい広ひろい沢たく地ちの上うえに来きました。見みるとたくさんの野のが鴨もが住すんでいます。子こあ家ひ鴨るは疲つかれと悲かなしみになやまされながらここで一ひと晩ばんを明あかしました。
朝あさになって野のが鴨もた達ちは起おきてみますと、見み知しらない者ものが来きているので目めをみはりました。
﹁一いっ体たい君きみはどういう種しゅ類るいの鴨かもなのかね。﹂
そう言いって子こあ家ひ鴨るの周まわりに集あつまって来きました。子こあ家ひ鴨るはみんなに頭あたまを下さげ、出で来きるだけ恭うやうやしい様よう子すをしてみせましたが、そう訊たずねられた事ことに対たいしては返へん答とうが出で来きませんでした。野のが鴨もた達ちは﹇#﹁野鴨達は﹂は底本では﹁野鴨達に﹂﹈彼かれに向むかって、
﹁君きみはずいぶんみっともない顔かおをしてるんだねえ。﹂
と、云いい、
﹁だがね、君きみが僕ぼく達たちの仲なか間まをお嫁よめにくれって言いいさえしなけりゃ、まあ君きみの顔かおつきくらいどんなだって、こっちは構かまわないよ。﹂
と、つけ足たしました。
可かわ哀いそうに! この子こあ家ひ鴨るがどうしてお嫁よめさんを貰もらう事ことなど考かんがえていたでしょう。彼かれはただ、蒲がまの中なかに寝ねて、沢たく地ちの水みずを飲のむのを許ゆるされればたくさんだったのです。こうして二ふつ日かばかりこの沢たく地ちで暮くらしていますと、そこに二羽わの雁がんがやって来きました。それはまだ卵たまごから出でて幾いくらも日ひの経たたない子こが雁んで、大たいそうこましゃくれ者ものでしたが、その一いっ方ぽうが子こあ家ひ鴨るに向むかって言いうのに、
﹁君きみ、ちょっと聴きき給たまえ。君きみはずいぶん見みっともないね。だから僕ぼく達たちは君きみが気きに入いっちまったよ。君きみも僕ぼく達たちと一いっ緒しょに渡わたり鳥どりにならないかい。ここからそう遠とおくない処ところにまだほかの沢たく地ちがあるがね、そこにやまだ嫁かたずかない雁がんの娘むすめがいるから、君きみもお嫁よめさんを貰もらうといいや。君きみは見みっともないけど、運うんはいいかもしれないよ。﹂
そんなお喋しゃべりをしていますと、突とつ然ぜん空くう中ちゅうでポンポンと音おとがして、二羽わの雁がんは傷きずついて水みず草くさの間あいだに落おちて死しに、あたりの水みずは血ちで赤あかく染そまりました。
ポンポン、その音おとは﹇#﹁その音は﹂は底本では﹁その者は﹂﹈遠とおくで涯はてしなくこだまして、たくさんの雁がんの群むれは一いっせいに蒲がまの中なかから飛とび立たちました。音おとはなおも四しほ方うは八っぽ方うから絶たえ間まなしに響ひびいて来きます。狩かり人うどがこの沢たく地ちをとり囲かこんだのです。中なかには木きの枝えだに腰こしかけて、上うえから水みず草くさを覗のぞくのもありました。猟りょ銃うじゅうから出でる青あおい煙けむりは、暗くらいい木きの上うえを雲くもの様ように立たちのぼりました。そしてそれが水すい上じょうを渡わたって向むこうへ消きえたと思おもうと、幾いく匹ひきかの猟りょ犬うけんが水みず草くさの中に跳とび込こんで来きて、草くさを踏ふみ折おり踏ふみ折おり進すすんで行いきました。可かわ哀いそうな子こあ家ひ鴨るがどれだけびっくりしたか! 彼かれが羽はねの下したに頭あたまを隠かくそうとした時とき、一匹ぴきの大おおきな、怖おそろしい犬いぬがすぐ傍そばを通とおりました。その顎あごを大おおきく開ひらき、舌したをだらりと出だし、目めはきらきら光ひからせているのです。そして鋭するどい歯はをむき出だしながら子こあ家ひ鴨るのそばに鼻はなを突つっ込こんでみた揚あげ句く、それでも彼かれには触さわらずにどぶんと水みずの中なかに跳とび込こんでしまいました。
﹁やれやれ。﹂
と、子こあ家ひ鴨るは吐とい息きをついて、
﹁僕ぼくは見みっともなくて全まったく有あり難がたい事ことだった。犬いぬさえ噛かみつかないんだからねえ。﹂
と、思おもいました。そしてまだじっとしていますと、猟りょうはなおもその頭あたまの上うえではげしく続つづいて、銃じゅうの音おとが水みず草くさを通とおして響ひびきわたるのでした。あたりがすっかり静しずまりきったのは、もうその日ひもだいぶん晩おそくなってからでしたが、そうなってもまだ哀あわれな子こあ家ひ鴨るは動うごこうとしませんでした。何なん時じか間んかじっと坐すわって様よう子すを見みていましたが、それからあたりを丁てい寧ねいにもう一遍ぺん見みま廻わした後のちやっと立たち上あがって、今こん度どは非ひじ常ょうな速はやさで逃にげ出だしました。畑はたけを越こえ、牧ぼく場じょうを越こえて走はしって行いくうち、あたりは暴あ風ら雨しになって来きて、子こあ家ひ鴨るの力ちからでは、凌しのいで行いけそうもない様よう子すになりました。やがて日ひ暮ぐれ方がた彼かれは見みすぼらしい小こ屋やの前まえに来きましたが、それは今いまにも倒たおれそうで、ただ、どっち側がわに倒たおれようかと迷まよっているためにばかりまだ倒たおれずに立たっている様ような家いえでした。あらしはますますつのる一いっ方ぽうで、子こあ家ひ鴨るにはもう一ひと足あしも行いけそうもなくなりました。そこで彼かれは小こ屋やの前まえに坐すわりましたが、見みると、戸との蝶ちょ番うつがいが一ひとつなくなっていて、そのために戸とがきっちり閉しまっていません。下したの方ほうでちょうど子こあ家ひ鴨るがやっと身みを滑すべり込こませられるくらい透すいでいるので、子こあ家ひ鴨るは静しずかにそこからしのび入り、その晩ばんはそこで暴あ風ら雨しを避さける事ことにしました。
この小こ屋やには、一ひと人りの女おんなと、一匹ぴきの牡おね猫こと、一羽わの牝めん鶏どりとが住すんでいるのでした。猫ねこはこの女おん御なご主しゅ人じんから、
﹁忰せがれや。﹂
と、呼よばれ、大だいの御ごひいき者ものでした。それは背せな中かをぐいと高たかくしたり、喉のどをごろごろ鳴ならしたり逆ぎゃくに撫なでられると毛けから火ひの子こを出だす事ことまで出で来きました。牝めん鶏どりはというと、足あしがばかに短みじかいので
﹁ちんちくりん。﹂
と、いう綽あだ名なを貰もらっていましたが、いい卵たまごを生うむので、これも女おん御なご主しゅ人じんから娘むすめの様ように可かわ愛いがられているのでした。
さて朝あさになって、ゆうべ入はいって来きた妙みょうな訪ほう問もん者しゃはすぐ猫ねこ達たちに見みつけられてしまいました。猫ねこはごろごろ喉のどを鳴ならし、牝めん鶏どりはクックッ鳴なきたてはじめました。
﹁何なんだねえ、その騒さわぎは。﹂
と、お婆ばあさんは部へや屋じゅ中う見みま廻わして言いいましたが、目めがぼんやりしているものですから、子こあ家ひ鴨るに気きがついた時とき、それを、どこかの家うちから迷まよって来きた、よくふとった家あひ鴨るだと思おもってしまいました。
﹁いいものが来きたぞ。﹂
と、お婆ばあさんは云いいました。
﹁牡おあ家ひ鴨るでさえなけりゃいいんだがねえ、そうすりゃ家あひ鴨るの卵たまごが手てに入はいるというもんだ。まあ様よう子すを見みててやろう。﹂
そこで子こあ家ひ鴨るは試ためしに三週しゅ間うかんばかりそこに住すむ事ことを許ゆるされましたが、卵たまごなんか一ひとつだって、生うまれる訳わけはありませんでした。
この家うちでは猫ねこが主しゅ人じんの様ようにふるまい、牝めん鶏どりが主しゅ人じんの様ように威い張ばっています。そして何なにかというと
﹁我われ々われこの世せか界い。﹂
と、言いうのでした。それは自じぶ分んた達ちが世せか界いの半はん分ぶんずつだと思おもっているからなのです。ある日ひ牝めん鶏どりは子こあ家ひ鴨るに向むかって、
﹁お前まえさん、卵たまごが生うめるかね。﹂
と、尋たずねました。
﹁いいえ。﹂
﹁それじゃ何なんにも口くち出だしなんかする資しか格くはないねえ。﹂
牝めん鶏どりはそう云いうのでした。今こん度どは猫ねこの方ほうが、
﹁お前まえさん、背せな中かを高たかくしたり、喉のどをごろつかせたり、火ひの子こを出だしたり出で来きるかい。﹂
と、訊ききます。
﹁いいえ。﹂
﹁それじゃ我われ々われ偉えらい方かた々がたが何なにかものを言いう時ときでも意いけ見んを出だしちゃいけないぜ。﹂
こんな風ふうに言いわれて子こあ家ひ鴨るはひとりで滅め入いりながら部へ屋やの隅すみっこに小ちいさくなっていました。そのうち、温あたたかい日ひの光ひかりや、そよ風かぜが戸との隙すき間まから毎まい日にち入はいる様ようになり、そうなると、子こあ家ひ鴨るはもう水みずの上うえを泳およぎたくて泳およぎたくて堪たまらない気きも持ちが湧わき出だして来きて、とうとう牝めん鶏どりにうちあけてしまいました。すると、
﹁ばかな事ことをお言いいでないよ。﹂
と、牝めん鶏どりは一ひと口くちにけなしつけるのでした。
﹁お前まえさん、ほかにする事ことがないもんだから、ばかげた空くう想そうばっかしする様ようになるのさ。もし、喉のどを鳴ならしたり、卵たまごを生うんだり出で来きれば、そんな考かんがえはすぐ通とおり過すぎちまうんだがね。﹂
﹁でも水みずの上うえを泳およぎ廻まわるの、実じっ際さい愉ゆか快いなんですよ。﹂
と、子こあ家ひ鴨るは言いいかえしました。
﹁まあ水みずの中なかにくぐってごらんなさい、頭あたまの上うえに水みずが当あたる気きも持ちのよさったら!﹂
﹁気きも持ちがいいだって! まあお前まえさん気きでも違ちがったのかい、誰たれよりも賢かしこいここの猫ねこさんにでも、女おん御なご主しゅ人じんにでも訊きいてごらんよ、水みずの中なかを泳およいだり、頭あたまの上うえを水みずが通とおるのがいい気きも持ちだなんておっしゃるかどうか。﹂
牝めん鶏どりは躍やっ気きになってそう言いうのでした。子こあ家ひ鴨るは、
﹁あなたにゃ僕ぼくの気きも持ちが分わからないんだ。﹂
と、答えました。
﹁分わからないだって? まあ、そんなばかげた事ことは考かんがえない方ほうがいいよ。お前まえさんここに居いれば、温あたたかい部へ屋やはあるし、私わた達したちからはいろんな事ことがならえるというもの。私わたしはお前まえさんのためを思おもってそう言いって上あげるんだがね。とにかく、まあ出で来きるだけ速はやく卵たまごを生うむ事ことや、喉のどを鳴ならす事ことを覚おぼえる様ようにおし。﹂
﹁いや、僕ぼくはもうどうしてもまた外そとの世せか界いに出でなくちゃいられない。﹂
﹁そんなら勝かっ手てにするがいいよ。﹂
そこで子こあ家ひ鴨るは小こ屋やを出でて行いきました。そしてまもなく、泳およいだり、潜くぐったり出で来きる様ような水みずの辺あたりに来きましたが、その醜みにくい顔かお容かたちのために相あい変からず、他ほかの者もの達たちから邪じゃ魔まにされ、はねつけられてしまいました。そのうち秋あきが来きて、森もりの木きの葉ははオレンジ色いろや黄おう金ごん色いろに変かわって来きました。そして、だんだん冬ふゆが近ちかづいて、それが散ちると、寒さむい風かぜがその落おち葉ばをつかまえて冷つめたい空くう中ちゅうに捲まき上あげるのでした。霰あられや雪ゆきをもよおす雲くもは空そらに低ひくくかかり、大おお烏がらすは羊し歯だの上うえに立たって、
﹁カオカオ。﹂
と、鳴ないています。それは、一ひと目め見みるだけで寒さむさに震ふるえ上あがってしまいそうな様よう子すでした。目めに入はいるものみんな、何なにもかも、子こあ家ひ鴨るにとっては悲かなしい思おもいを増ますばかりです。
ある夕ゆう方がたの事ことでした。ちょうどお日ひさ様まが今いま、きらきらする雲くもの間あいだに隠かくれた後のち、水みず草くさの中なかから、それはそれはきれいな鳥とりのたくさんの群むれが飛とび立たって来きました。子こあ家ひ鴨るは今いままでにそんな鳥とりを全まったく見みた事ことがありませんでした。それは白はく鳥ちょうという鳥とりで、みんな眩まばゆいほど白しろく羽はねを輝かがやかせながら、その恰かっ好こうのいい首くびを曲まげたりしています。そして彼かれ等らは、その立りっ派ぱな翼つばさを張はり拡ひろげて、この寒さむい国くにからもっと暖あたたかい国くにへと海うみを渡わたって飛とんで行いく時ときは、みんな不ふ思し議ぎな声こえで鳴なくのでした。子こあ家ひ鴨るはみんなが連つれだって、空そら高たかくだんだんと昇のぼって行いくのを一いっ心しんに見みているうち、奇きみ妙ょうな心ここ持ろもちで胸むねがいっぱいになってきました。それは思おもわず自じぶ分んの身みを車くるまか何なんぞの様ように水みずの中なかに投なげかけ、飛とんで行いくみんなの方ほうに向むかって首くびをさし伸のべ、大おおきな声こえで叫さけびますと、それは我われながらびっくりしたほど奇きみ妙ょうな声こえが出でたのでした。ああ子こあ家ひ鴨るにとって、どうしてこんなに美うつくしく、仕しあ合わせらしい鳥とりの事ことが忘わすれる事ことが出で来きたでしょう! こうしてとうとうみんなの姿すがたが全まったく見みえなくなると、子こあ家ひ鴨るは水みずの中なかにぽっくり潜くぐり込こみました。そしてまた再ふたたび浮うき上あがって来きましたが、今いまはもう、さっきの鳥とりの不ふ思し議ぎな気きも持ちにすっかりとらわれて、我われを忘わすれるくらいです。それは、さっきの鳥とりの名なも知しらなければ、どこへ飛とんで行いったのかも知しりませんでしたけれど、生うまれてから今いままでに会あったどの鳥とりに対たいしても感かんじた事ことのない気きも持ちを感かんじさせられたのでした。子こあ家ひ鴨るはあのきれいな鳥とり達たちを嫉ねたましく思おもったのではありませんでしたけれども、自じぶ分んもあんなに可かわ愛いらしかったらなあとは、しきりに考かんがえました。可かわ哀いそうにこの子こあ家ひ鴨るだって、もとの家あひ鴨るた達ちが少すこし元げん気きをつける様ようにしてさえくれれば、どんなに喜よろこんでみんなと一いっ緒しょに暮くらしたでしょうに!
さて、寒さむさは日ひ々びにひどくなって来きました。子こあ家ひ鴨るは水みずが凍こおってしまわない様ようにと、しょっちゅう、その上うえを泳およぎ廻まわっていなければなりませんでした。けれども夜よご毎とよ々ご々とに、それが泳およげる場ばし所ょは狭せまくなる一いっ方ぽうでした。そして、とうとうそれは固かたく固かたく凍こおってきて、子こあ家ひ鴨るが動うごくと水みずの中なかの氷こおりがめりめり割われる様ようになったので、子こあ家ひ鴨るは、すっかりその場ばし所ょが氷こおりで、閉とざされてしまわない様よう力ちから限かぎり脚あしで水みずをばちゃばちゃ掻かいていなければなりませんでした。そのうちしかしもう全まったく疲つかれきってしまい、どうする事ことも出で来きずにぐったりと水みずの中なかで凍こごえてきました。
が、翌よく朝あさ早はやく、一ひと人りの百ひゃ姓くしょうが﹇#﹁百姓が﹂は底本では﹁百性が﹂﹈そこを通とおりかかって、この事ことを見みつけたのでした。彼かれは穿はいていた木きぐ靴つで氷こおりを割わり、子こあ家ひ鴨るを連つれて、妻つまのところに帰かえって来きました。温あたたまってくるとこの可かわ哀いそうな生いき物ものは息いきを吹ふきかえして来きました。けれども子こど供もた達ちがそれと一いっ緒しょに遊あそぼうとしかけると、子こあ家ひ鴨るは、みんながまた何なにか自じぶ分んにいたずらをするのだと思おもい込こんで、びっくりして跳とび立たって、ミルクの入はいっていたお鍋なべにとび込こんでしまいました。それであたりはミルクだらけという始しま末つ。おかみさんが思おもわず手てを叩たたくと、それはなおびっくりして、今こん度どはバタの桶おけやら粉こな桶おけやらに脚あしを突つっ込こんで、また匐はい出だしました。さあ大たい変へんな騒さわぎです。おかみさんはきいきい言いって、火ひば箸しでぶとうとするし、子こど供もた達ちもわいわい燥はしゃいで、捕つかまえようとするはずみにお互たがいにぶつかって転ころんだりしてしまいました。けれども幸さいわいに子こあ家ひ鴨るはうまく逃にげおおせました。開ひらいていた戸との間あいだから出でて、やっと叢くさむらの中なかまで辿たどり着ついたのです。そして新あらたに降ふり積つもった雪ゆきの上うえに全まったく疲つかれた身みを横よこたえたのでした。
この子こあ家ひ鴨るが苦くるしい冬ふゆの間あいだに出で遭あった様さま々ざまな難なん儀ぎをすっかりお話はなしした日ひには、それはずいぶん悲かなしい物もの語がたりになるでしょう。が、その冬ふゆが過すぎ去さってしまったとき、ある朝あさ、子こあ家ひ鴨るは自じぶ分んが沢たく地ちの蒲がまの中なかに倒たおれているのに気きがついたのでした。それは、お日ひさ様まが温あたたかく照てっているのを見みたり、雲ひば雀りの歌うたを聞きいたりして、もうあたりがすっかりきれいな春はるになっているのを知しりました。するとこの若わかい鳥とりは翼つばさで横よこ腹ばらを摶うってみましたが、それは全まったくしっかりしていて、彼かれは空そら高たかく昇のぼりはじめました。そしてこの翼つばさはどんどん彼かれを前まえへ前まえへと進すすめてくれます。で、とうとう、まだ彼かれが無むが我むち夢ゅ中うでいる間あいだに大おおきな庭にわの中なかに来きてしまいました。林りん檎ごの木きは今いまいっぱいの花はなざかり、香かぐわしい接にわ骨ど木こはビロードの様ような芝しば生ふの周まわりを流ながれる小おが川わの上うえにその長ながい緑みどりの枝えだを垂たれています。何なにもかも、春はるの初はじめのみずみずしい色いろできれいな眺ながめです。このとき、近ちかくの水みず草くさの茂しげみから三羽わの美うつくしい白はく鳥ちょうが、羽はねをそよがせながら、滑なめらかな水みずの上うえを軽かるく泳およいであらわれて来きたのでした。子こあ家ひ鴨るはいつかのあの可か愛わらしい鳥とりを思おもい出だしました。そしていつかの日ひよりももっと悲かなしい気きも持ちになってしまいました。
﹁いっそ僕ぼく、あの立りっ派ぱな鳥とりんとこに飛とんでってやろうや。﹂
と、彼かれは叫さけびました。
﹁そうすりゃあいつ等らは、僕ぼくがこんなにみっともない癖くせして自じぶ分んた達ちの傍そばに来くるなんて失しっ敬けいだって僕ぼくを殺ころすにちがいない。だけど、その方ほうがいいんだ。家あひ鴨るの嘴くちばしで突つつかれたり、牝めん鶏どりの羽はねでぶたれたり、鳥とり番ばんの女おんなの子こに追おいかけられるなんかより、どんなにいいかしれやしない。﹂
こう思おもったのです。そこで、子こあ家ひ鴨るは急きゅうに水すい面めんに飛とび下おり、美うつくしい白はく鳥ちょうの方ほうに、泳およいで行いきました。すると、向むこうでは、この新あたらしくやって来きた者ものをちらっと見みると、すぐ翼つばさを拡ひろげて急いそいで近ちかづいて来きました。
﹁さあ殺ころしてくれ。﹂
と、可かわ哀いそうな鳥とりは言いって頭あたまを水みずの上うえに垂たれ、じっと殺ころされるのを待まち構かまえました。
が、その時とき、鳥とりが自じぶ分んのすぐ下したに澄すんでいる水みずの中なかに見みつけたものは何なんでしたろう。それこそ自じぶ分んの姿すがたではありませんか﹇#﹁ありませんか﹂は底本では﹁ありませんが﹂﹈。けれどもそれがどうでしょう、もう決けっして﹇#﹁決して﹂は底本では﹁決しで﹂﹈今いまはあのくすぶった灰はい色いろの、見みるのも厭いやになる様ような前まえの姿すがたではないのです。いかにも上じょ品うひんで美うつくしい白はく鳥ちょうなのです。百ひゃ姓くし家ょうやの﹇#﹁百姓家の﹂は底本では﹁百性家の﹂﹈裏に庭わで、家あひ鴨るの巣すの中なかに生うまれようとも、それが白はく鳥ちょうの卵たまごから孵かえる以いじ上ょう、鳥とりの生うまれつきには何なんのかかわりもないのでした。で、その白はく鳥ちょうは、今いまとなってみると、今いままで悲かなしみや苦くるしみにさんざん出で遭あった事ことが喜よろこばしい事ことだったという気きも持ちにもなるのでした。そのためにかえって今いま自じぶ分んとり囲かこんでいる幸こう福ふくを人ひと一倍ばい楽たのしむ事ことが出で来きるからです。御ごら覧んなさい。今いま、この新あたらしく入はいって来きた仲なか間まを歓かん迎げいするしるしに、立りっ派ぱな白はく鳥ちょ達うたちがみんな寄よって、めいめいの嘴くちばしでその頸くびを撫なでているではありませんか。
幾いく人にんかの子こど供もがお庭にわに入はいって来きました。そして水みずにパンやお菓か子しを投なげ入いれました。
﹁やっ!﹂
と、一いち番ばん小ちいさい子こが突とつ然ぜん大おお声ごえを出だしました。そして、
﹁新あたらしく、ちがったのが来きてるぜ。﹂
そう教おしえたものでしたら、みんなは大おお喜よろこびで、お父とうさんやお母かあさんのところへ、雀こお躍どりしながら馳かけて行いきました。
﹁ちがった白はく鳥ちょうが﹇#﹁白鳥が﹂は底本では﹁白鳥か﹂﹈いまーす、新あたらしいのが来きたんでーす。﹂
口くち々ぐちにそんな事ことを叫さけんで。それからみんなもっとたくさんのパンやお菓か子しを貰もらって来きて、水みずに投なげ入いれました。そして、
﹁新あたらしいのが一いっ等とうきれいだね、若わかくてほんとにいいね。﹂
と、賞ほめそやすのでした。それで年としの大おおきい白はく鳥ちょ達うたちまで、この新あたらしい仲なか間まの前まえでお辞じ儀ぎをしました。若わかい白はく鳥ちょうはもうまったく気きまりが悪わるくなって、翼つばさの下したに頭あたまを隠かくしてしまいました。彼かれには一いっ体たいどうしていいのか分わからなかったのです。ただ、こう幸こう福ふくな気きも持ちでいっぱいで、けれども、高こう慢まんな心こころなどは塵ちりほども起おこしませんでした。
見みっともないという理りゆ由うで馬ば鹿かにされた彼かれ、それが今いまはどの鳥とりよりも美うつくしいと云いわれているのではありませんか。接にわ骨ど木こまでが、その枝えだをこの新あたらしい白はく鳥ちょうの方ほうに垂たらし、頭あたまの上うえではお日ひさ様まが輝かがやかしく照てりわたっています。新あたらしい白はく鳥ちょうは羽はねをさらさら鳴ならし、細ほっそりした頸くびを曲まげて、心こころの底そこから、
﹁ああ僕ぼくはあの見みっともない家あひ鴨るだった時とき、実じっ際さいこんな仕しあ合わせなんか夢ゆめにも思おもわなかったなあ。﹂
と、叫さけぶのでした。