在りし日の歌

亡き児文也の霊に捧ぐ

中原中也




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在りし日の歌



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含羞はぢらひ

  ――在りし日の歌――




なにゆゑに こゝろかくはぢらふ
秋 風白き日の山かげなりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなびちゐたり

枝々の みあはすあたりかなしげの
空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ
をりしもかなた野のうへは
あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき

椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし

その日 その幹のひま 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
あゝ! 過ぎし日の ほの燃えあざやぐをりをりは
わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……
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むなしさ





臘祭らふさいの夜の ちまたちて
 心臓はも 条網にから
あぶらぎる 胸乳むなちあら
 よすがなき われは戯女たはれめ

せつなきに 泣きも得せずて
 この日頃 闇をはらめり
とほき空 線条に鳴る
 海峡岸 冬の暁風

白薔薇しろばらの 造化の花瓣くわべん
 てつきて 心もあらず
明けき日の 乙女のつど
 それらみな ふるのわが友

偏菱形へんりようけい聚接面しゆうせつめんそも
 胡弓の音 つづきてきこゆ
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夜更の雨

  ――※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ルレーヌの面影――




   
     
   
 ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84) ()()
   

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早春の風





  けふ一日ひとひまた金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  女王の冠さながらに
 たくの前には腰を掛け
かびろき窓にむかひます

  外吹く風は金の風
 大きい風には銀の鈴
けふ一日また金の風

  枯草の音のかなしくて
 煙は空に身をすさび
日影たのしく身をなよ

  鳶色とびいろの土かをるれば
 物干竿は空に往き
登る坂道なごめども

  青きをみなあぎとかと
 岡に梢のとげとげし
今日一日また金の風……
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今宵月は※(「くさかんむり/襄」、第3水準1-91-42)めうがを食ひ過ぎてゐる
済製場さいせいばの屋根にブラ下つた琵琶びはは鳴るとしも想へぬ
石炭の匂ひがしたつておぢけるには及ばぬ
灌木がその個性をいでゐる
姉妹は眠つた、母親は紅殻色べんがらいろの格子を締めた!

さてベランダの上にだが
見れば銅貨が落ちてゐる、いやメダルなのかア
これは今日昼落とした文子さんのだ
明日はこれを届けてやらう
ポケットに入れたが気にかゝる、月は※(「くさかんむり/襄」、第3水準1-91-42)荷を食ひ過ぎてゐる
灌木がその個性をいでゐる
姉妹は眠つた、母親は紅殻色の格子を締めた!
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青い瞳





1 夏の朝


かなしい心に夜が明けた、
  うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたといふのだ?
  さてもかなしい夜の明けだ!

青い瞳は動かなかつた、
  世界はまだみな眠つてゐた、
さうして『その時』は過ぎつつあつた、
  あゝ、とほい遐いい話。

青い瞳は動かなかつた、
  ――いまは動いてゐるかもしれない……
青い瞳は動かなかつた、
  いたいたしくて美しかつた!

私はいまは此処ここにゐる、黄色い灯影に。
  あれからどうなつたのかしらない……
あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!
  あをい、噴き出す蒸気のやうに。


2 冬の朝




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三歳の記憶






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六月の雨





またひとしきり 午前の雨が
菖蒲しやうぶのいろの みどりいろ
まなこうるめる 面長きひと
たちあらはれて 消えてゆく

たちあらはれて 消えゆけば
うれひに沈み しとしとと
はたけの上に 落ちてゐる
はてしもしれず 落ちてゐる

      お太鼓たいこ叩いて 笛吹いて
      あどけない子が 日曜日
      畳の上で 遊びます

      お太鼓叩いて 笛吹いて
      遊んでゐれば 雨が降る
      櫺子れんじの外に 雨が降る
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雨の日







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春の日の歌





ながれよ、あはき 嬌羞けうしうよ、
ながれて ゆくか 空の国?
心も とほく 散らかりて、
ヱヂプト煙草 たちまよふ。

流よ、冷たき 憂ひ秘め、
ながれて ゆくか 麓までも?
まだみぬ 顔の 不可思議の
咽喉のんどの みえる あたりまで……

午睡の 夢の ふくよかに、
野原の 空の 空のうへ?
うわあ うわあと くなるか

黄色い 納屋や、白の倉、
水車の みえる 彼方かなたまで、
ながれ ながれて ゆくなるか?
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夏の夜





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幼獣の歌






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この小児





コボルト空に往交ゆきかへば、
野に
蒼白の
この小児。

黒雲空にすぢ引けば、
この小児
しぼる涙は
銀の液……

     地球が二つに割れゝばいい、
     そして片方は洋行すればいい、
     すれば私はもう片方に腰掛けて
     青空をばかり――

花崗のいはほ
浜の空
み寺の屋根や
海の果て……
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冬の日の記憶

















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秋の日





 かはらづたひの 竝樹なみきの 蔭に
秋は 美し 女の まぶた
 泣きも いでなん 空の うる
昔の 馬の ひづめの 音よ

 長の 年月 疲れの ために
国道 いゆけば 秋は 身に沁む
 なんでも ないてば なんでも ないに
木履ぼくりの 音さへ 身に沁みる

 陽は今 磧の 半分に 射し
流れを 無形むぎやうの いかだは とほる
 野原は 向ふで 伏せつて ゐるが 

連れだつ 友の お道化どけた 調子も
 不思議に 空気に 溶け 込んで
秋は 案じる くちびる 結んで
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冷たい夜













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冬の明け方






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鹿


     


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老いたる者をして

  ――「空しき秋」第十二




老いたる者をして静謐せいひつうちにあらしめよ
そは彼等こころゆくまで悔いんためなり

吾は悔いんことを欲す
こころゆくまで悔ゆるはまことに魂を休むればなり

あゝ はてしもなくかんことこそ望ましけれ
父も母も兄弟はらからも友も、はた見知らざる人々をも忘れて

東明しののめの空の如く丘々をわたりゆく夕べの風の如く
はたなびく小旗の如く涕かんかな

あるはまた別れの言葉の、こだまし、雲に入り、野末にひびき
海のの風にまじりてとことはに過ぎゆく如く……

   反歌

あゝ 吾等怯懦けふだのために長き間、いとも長き間
あだなることにかゝらひて、涕くことを忘れゐたりしよ、げに忘れゐたりしよ……

     〔空しき秋二十数篇は散佚して今はなし。その第十二のみ、諸井
     三郎の作曲によりて残りしものなり。〕
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湖上











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冬の夜





みなさん今夜は静かです
薬鑵やくわんの音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです

それで苦労もないのです
えもいはれない弾力の
空気のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです

えもいはれない弾力の
澄みわたつたる夜の沈黙しじま
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです

かくて夜はけ夜は深まつて
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです



空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです

空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女としまの手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
えるやうな 消えるやうな

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです
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秋の消息





麻は朝、人のはだへに追いすが
雀らの、声も硬うはなりました
煙突の、煙は風に乱れ散り

火山灰掘れば氷のある如く
けざやけき※(「景+頁」、第3水準1-94-5)かうきの底に青空は
冷たく沈み、しみじみと

教会堂の石段に
日向ぼつこをしてあれば
陽光ひかりめぐる花々や
物蔭に、すずろすだける虫の

秋の日は、からだに暖か
手や足に、ひえびえとして
此の日頃、広告気球は新宿の
空に揚りて漂へり
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秋日狂乱





僕にはもはや何もないのだ
僕は空手空拳だ
おまけにそれを嘆きもしない
僕はいよいよの無一物だ

それにしても今日は好いお天気で
さつきから沢山の飛行機が飛んでゐる
――欧羅巴ヨーロッパは戦争を起すのか起さないのか
誰がそんなこと分るものか

今日はほんとに好いお天気で
空の青も涙にうるんでゐる
ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて
子供等は先刻せんこく昇天した

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる
月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない
デーデー屋さんの叩く鼓の音が
明るい廃墟を唯独りで讃美し廻つてゐる

あゝ、誰か来て僕を助けて呉れ
ヂオゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが
けふびは雀も啼いてはをらぬ
地上に落ちた物影でさへ、はや余りにあはい!

――さるにても田舎のお嬢さんは何処どこつたか
その紫の押花おしばなはもうにじまないのか
草の上には陽は照らぬのか
昇天の幻想だにもはやないのか?

僕は何を云つてゐるのか
如何いかなる錯乱にかすめられてゐるのか
蝶々はどつちへとんでいつたか
今は春でなくて、秋であつたか

ではあゝ、濃いシロップでも飲まう
冷たくして、太いストローで飲まう
とろとろと、脇見もしないで飲まう
何にも、何にも、求めまい!……
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朝鮮女





朝鮮をんなの服の紐
秋の風にやれたらん
街道を往くをりをりは
子供の手をば無理に引き
しかめしおも
肌赤銅の乾物ひものにて
なにを思へるその顔ぞ
――まことやわれもうらぶれし
こころにほうけ見ゐたりけむ
われを打見ていぶかりて
子供うながし去りゆけり……
軽く立ちたるほこりかも
何をかわれに思へとや
軽く立ちたる埃かも
何をかわれに思へとや……
・・・・・・・・・・・
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夏の夜に覚めてみた夢





眠らうとして目をば閉ぢると
真ッ暗なグランドの上に
その日昼みた野球のナインの
ユニホームばかりほのかに白く――

ナインは各々守備位置にあり
ずるさうなピッチャは相も変らず
お調子者のセカンドは
相も変らぬお調子ぶりの

さて、待つてゐるヒットは出なく
やれやれと思つてゐると
ナインも打者もことごとく消え
人ッ子一人ゐはしないグランドは

たちまち暑い真昼ひるのグランド
グランドめぐるポプラ竝木なみき
蒼々として葉をひるがへし
ひときはつづく蝉しぐれ
やれやれと思つてゐるうち……
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春と赤ン坊





菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲しろくも
――赤ン坊を畑に置いて
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雲雀





ひねもす空で鳴りますは
あゝ 電線だ、電線だ

ひねもす空で啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴ひばりめ

あーをい あーをい空の中
ぐるぐるぐると もぐりこみ
ピーチクチクと啼きますは
あゝ 雲の子だ、雲雀奴だ

歩いてゆくのは菜の花畑
地平の方へ、地平の方へ
歩いてゆくのはあの山この山
あーをい あーをい空の下

眠つてゐるのは、菜の花畑に
菜の花畑に、眠つてゐるのは
菜の花畑で風に吹かれて
眠つてゐるのは赤ン坊だ?
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初夏の夜





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北の海












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頑是ない歌





思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気ゆげは今いづこ

雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然しようぜんとして身をすくめ
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日やよる
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質さが
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟ひつきやう意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ
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閑寂





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お道化うた





月の光のそのことを、
盲目少女めくらむすめに教へたは、
ベートー※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ンか、シューバート?
俺の記憶の錯覚が、
今夜とちれてゐるけれど、
ベトちやんだとは思ふけど、
シュバちやんではなかつたらうか?

霧の降つたる秋の夜に、
庭・石段に腰掛けて、
月の光を浴びながら、
二人、黙つてゐたけれど、
やがてピアノの部屋に入り、
泣かんばかりに弾き出した、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

かすむ街の灯とほに見て、
ウヰンのまちの郊外に、
星も降るよなその夜さ一と夜、
虫、草叢くさむらにすだく頃、
教師の息子の十三番目、
頸の短いあの男、
盲目少女めくらむすめの手をとるやうに、
ピアノの上に勢ひ込んだ、
汗の出さうなその額、
安物くさいその眼鏡、
丸い背中もいぢらしく
吐き出すやうに弾いたのは、
あれは、シュバちやんではなかつたらうか?

シュバちやんかベトちやんか、
そんなこと、いざ知らね、
今宵星降る東京のよる
ビールのコップを傾けて、
月の光を見てあれば、

ベトちやんもシュバちやんも、はやとほに死に、
はやとほに死んだことさへ、
誰知らうことわりもない……
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思ひ出











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残暑





畳の上に、寝ころばう、
はへはブンブン 唸つてる
畳ももはや 黄色くなつたと
今朝がた 誰かが云つてゐたつけ

それやこれやと とりとめもなく
僕の頭に 記憶は浮かび
浮かぶがまゝに 浮かべてゐるうち
いつしか 僕は眠つてゐたのだ

覚めたのは 夕方ちかく
まだかなかなは いてたけれど
樹々の梢は 陽を受けてたけど、
僕は庭木に 打水やつた

    打水が、樹々の下枝しづえの葉のさき
    光つてゐるのをいつまでも、僕は見てゐた
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除夜の鐘






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雪の賦










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わが半生














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独身者





石鹸箱せつけんばこには秋風が吹き
郊外と、市街を限る路の上には
大原女おほはらめが一人歩いてゐた

――彼は独身者どくしんものであつた
彼は極度の近眼であつた
彼はよそゆきを普段に着てゐた
判屋奉公したこともあつた

今しも彼が湯屋から出て来る
薄日の射してる午後の三時
石鹸箱には風が吹き
郊外と、市街を限る路の上には
大原女が一人歩いてゐた
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春宵感懐






 
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曇天





    
   
    
   

     
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蜻蛉に寄す





あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉とんぼが 飛んでゐる
あはい夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立つてゐる

遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕はしやがんで 石を拾ふ

その石くれの 冷たさが
漸く手中しゆちゆうで ぬくもると
僕はほかして 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く

抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに えてゆく
遠くに工場の 煙突は 
夕陽にかすんで みえてゐる
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永訣の秋



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ゆきてかへらぬ

  ――京都――




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 退

 

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一つのメルヘン





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幻影







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姿

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あばずれ女の亭主が歌つた










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言葉なき歌





あれはとほいい処にあるのだけれど
おれは此処ここで待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかであを
ねぎの根のやうにほのかにあは

決して急いではならない
此処で十分待つてゐなければならない
処女むすめのやうに遥かを見遣みやつてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしてもあれはとほいい彼方かなたで夕陽にけぶつてゐた
号笛フイトルのやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすればそのうちあへぎも平静に復し
たしかにあすこまでゆけるに違ひない
しかしあれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでもあかねの空にたなびいてゐた
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月夜の浜辺











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また来ん春……





また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない

おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せてもにやあといひ
鳥を見せてもにやあだつた

最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた

ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
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月の光 その一





月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  お庭の隅の草叢くさむら
  隠れてゐるのは死んだ児だ

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  おや、チルシスとアマントが
  芝生の上に出て来てる

ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり

  月の光が照つてゐた
  月の光が照つてゐた
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月の光 その二





おゝチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる

ほんに今夜は春のよひ
なまあつたかいもやもある

月の光に照らされて
庭のベンチの上にゐる

ギタアがそばにはあるけれど
いつかう弾き出しさうもない

芝生のむかふは森でして
とても黒々してゐます

おゝチルシスとアマントが
こそこそ話してゐる間

森の中では死んだ子が
蛍のやうにしやがんでる
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村の時計





村の大きな時計は、
ひねもす動いてゐた

その字板のペンキは
もうつやが消えてゐた

近寄つてみると、
小さなひびが沢山にあるのだつた

それで夕陽が当つてさへが、
おとなしい色をしてゐた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた
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彼女は
壁の中へ這入はひつてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子テーブルを拭いてゐた。
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冬の長門峡









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米子





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沿

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沿


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正午

  丸ビル風景




あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振つて
あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空はひろびろ薄曇り、薄曇り、埃りも少々立つてゐる
ひよんな眼付で見上げても、眼を落としても……
なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな
あゝ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ
ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ
大きなビルの真ッ黒い、小ッちやな小ッちやな出入口
空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな
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1








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    ※(始め二重括弧、1-2-54)
    ※(終わり二重括弧、1-2-55)





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蛙声





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 稿
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底本:「中原中也詩集」岩波文庫、岩波書店
   1981(昭和56)年6月16日第1刷発行
   1997(平成9)年12月5日第37刷発行
底本の親本:「中原中也全集 第1巻 詩 ※()」角川書店
   1967(昭和42)年10月20日印刷発行
初出:「在りし日の歌」創元社
   1938(昭和13)年4月
入力:浜野安紀子
校正:浜野 智
1999年2月17日公開
2010年11月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード