山羊の歌

中原中也




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初期詩篇



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春の日の夕暮





トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

ああ! 案山子かかしはないか――あるまい
いななくか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍がらんは紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
みづからの 静脈管の中へです
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※(「目+爭」、第3水準1-88-85)
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()()17-6
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サーカス





幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処ここでの殷盛さか
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高いはり
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

さかさに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋やねのもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値やすいリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉のんどが鳴ります牡蠣殻かきがら
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


     屋外やぐわいは真ッくら くらくら
     夜は劫々こふこふと更けまする
     落下傘奴らくかがさめのノスタルヂアと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
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春の夜





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朝の歌





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臨終





秋空は鈍色にびいろにして
黒馬の瞳のひかり
  水れて落つる百合花
  あゝ こころうつろなるかな

神もなくしるべもなくて
窓近くをみなの逝きぬ
  白き空めしひてありて
  白き風冷たくありぬ

窓際に髪を洗へば
その腕の優しくありぬ
  朝の日はこぼれてありぬ
  水の音したたりてゐぬ

町々はさやぎてありぬ
子等の声もつれてありぬ
  しかはあれ この魂はいかにとなるか?
  うすらぎて 空となるか?
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都会の夏の夜






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()※(「月+去」、第3水準1-90-44)






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秋の一日






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黄昏





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深夜の思ひ








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冬の雨の夜





 

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a※(アキュートアクセント付きE小文字) ao, a※(アキュートアクセント付きE小文字) ao, ※(アキュートアクセント付きE小文字)o, a※(アキュートアクセント付きE小文字)o※(アキュートアクセント付きE小文字)o
 
※(「月+孚」、第4水準2-85-37)()



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帰郷





柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
    縁の下では蜘蛛くもの巣が
    心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く
あゝ今日は好い天気だ
    路ばたの草影が
    あどけないかなしみをする

これが私の故里ふるさと
さやかに風も吹いてゐる
    心置なく泣かれよと
    年増婦としまの低い声もする

あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
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凄じき黄昏






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()沿
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逝く夏の歌







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悲しき朝







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夏の日の歌






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夕照






退




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港市の秋








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姿




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ためいき
  河上徹太郎に






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春の思ひ出





摘み溜めしれんげの華を
  夕餉ゆふげに帰る時刻となれば
立迷ふ春の暮靄ぼあい
    土のに叩きつけ

いまひとたびは未練で眺め
  さりげなく手を拍きつつ
路のを走りてくれば
    (暮れのこる空よ!)

わが家へと入りてみれば
  なごやかにうちまじりつつ
秋の日の夕陽の丘か炊煙か
    われをくるめかすもののあり
      
      古き代の富みしやかた
          カドリール ゆらゆるスカーツ
          カドリール ゆらゆるスカーツ
      何時の日か絶えんとはする カドリール!
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秋の夜空









    


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退
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宿酔






  
使
  


  

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使
  
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少年時



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少年時





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()姿

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IIII


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わが喫煙





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妹よ





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湿
   

  


  
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寒い夜の自我像










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木蔭





神社の鳥居が光をうけて
にれの葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔をなだめてくれる

暗い後悔 いつでも附纏ふ後悔
馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去は
やがて涙つぽい晦暝くわいめいとなり
やがて根強い疲労となつた

かくて今では朝から夜まで
忍従することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心したやうに
空を見上げる私のまなこ――

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる
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失せし希望






  


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綿















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使








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みちこ



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みちこ












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※(「桑+頁」、第3水準1-94-2)


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汚れつちまつた悲しみに……





汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘かはごろも
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠けだいのうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気おぢけづき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……
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宿()()()



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IIII
















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※(ローマ数字5、1-13-25) 

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更くる夜
  内海誓一郎に





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つみびとの歌
  阿部六郎に






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※(ローマ数字2、1-13-22) 














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※(ローマ数字3、1-13-23) 








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IIII


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雪の宵




      
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生ひ立ちの歌





※(ローマ数字1、1-13-21)


    幼年時
私の上に降る雪は
真綿まわたのやうでありました

    少年時
私の上に降る雪は
みぞれのやうでありました

    十七―十九
私の上に降る雪は
あられのやうに散りました

    二十―二十二
私の上に降る雪は
ひようであるかと思はれた

    二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました

    二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……


※(ローマ数字2、1-13-22)


私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
たきぎの燃える音もして
凍るみ空のくろむ頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました
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時こそ今は……



      
             


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※(ローマ数字1、1-13-21) 


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鹿

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IIII

さるにても、もろにわびしいわが心
夜な夜なは、下宿のへやに独りゐて
思ひなき、思ひを思ふ 単調の
つまし心の連弾よ……

汽車の笛聞こえもくれば
旅おもひ、幼き日をばおもふなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思はず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……

思ひなき、おもひを思ふわが胸は
閉ざされて、かびゆる手匣てばこにこそはさも似たれ
しらけたるくち、乾きし頬
酷薄の、これな寂莫しじまにほとぶなり……

これやこの、慣れしばかりに耐へもする
さびしさこそはせつなけれ、みづからは
それともしらず、ことやうに、たまさかに
ながる涙は、人恋ふる涙のそれにもはやあらず……
[#改ページ]






    Pour tout homme, il vient une ※(アキュートアクセント付きE小文字)poque
    o※(グレーブアクセント付きU小文字) l'homme languit. Proverbe.
    Il faut d'abord avoir soif
         Cath※(アキュートアクセント付きE小文字)rine de M※(アキュートアクセント付きE小文字)dicis.



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IIII








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調
 






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※(「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56)
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調





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IIII










   1981566161
   1997912537
 1  ※()
   1967421020

   193491210

19981129
2010112

http://www.aozora.gr.jp/







 W3C  XHTML1.1 



JIS X 0213



JIS X 0213-


「曾+りっとう」    17-6


●図書カード