多神教

泉鏡花




場所  美濃みの三河みかわの国境。山中のやしろ――奥の院。
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禰宜 (略装にて)いや、これこれ(中啓ちゅうけいげて、二十五座の一連いちれん呼掛よびかく)大分だいぶ日もかげって参った。いずれも一休みさっしゃるがいぞ。

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後見 こりゃ、へい、……かんぬし様。
道化の面の男 おやかましいこんでござりますよ。
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 ()()()()()()()()()()()()()()()※(「魚+會」、第4水準2-93-83)()()
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後見 なあよ。
太鼓の男 おおよ。(言交いいかわす。)
道化の面の男 かえっておぞうさとは思うけんどが。
笛の男 されば。
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後見 はい、お供して参りますで。
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後見 これ、立巌たちいわにも、一本橋いっぽんばしにも、えっと気をつきょうぞよ。
小児一 ああ。
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小児二 や、だいぶ散らかした。
小児三 そうだなあ。
小児一 よごれやしないやい、の葉だい。
小児二 木の葉でも散らばった、でよう。
女児一 もみじでも、やっぱり掃くの?
女児二 茣蓙ござの上に散っていれば、内でもお掃除そうじするわ。
女児一 神様のいらっしゃる処よ、きれいにして行きましょう。
女児二 お縁は綺麗きれいよ。
小児一 じゃあ、階段だんだんから。おい、ほうきの足りないものは手で引掻ひっかけ。
女児一 わたしたもとにするの。
小児二 乱暴だなあ、女のくせに。
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折れたる熊手くまで、新しきまた古箒ふるぼうき引出ひきいだし、落葉おちば掻寄かきよせ掻集め、かつ掃きつつ口々にうたう。
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小児こどもら、居分いわかれて、しげしげみまもる。
お沢 さあ、めしあがれ。
小児一 持ってくの。
女児一 頂いて帰るの。(皆いたいけに押頂おしいただく。)
お沢 まあ。何故なぜね。
女児二 でも神様が下さるんですもの。
お沢 ああ、勿体もったいない。わたしはおさんどんだよ、箒を一つ貸して頂戴ちょうだい
小児二 じゃあ、おつかい姫だ。
女児一 きれいなねえさん。
女児二 こわいよう。
小児一 そんな事いうと、学校で笑われるぜ。
女児一 だって、きれいな小母おばさん。
女児二 こわいよう。
小児二 少しこわいなあ。
いい次ぎつつ、おさわの落葉を掻寄かきよするに、少しずつやや退すさる。
小児一 お正月かも知れないぜ。この山まで来たんだ。
小児二 や、お正月は女か。
小児三 知らない。
小児一 きつねだと大変だなあ。
小児二 そうすりゃこのお菓子なんか、うちへ帰ると、かやや勝栗だ。
小児三 そんならいけれど、みんな木の葉だ。
女の児たち きゃあ――
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 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()※(「目+句」、第4水準2-81-91)()()()()調()()()()()()()
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神職 これ、おんな
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 ()()()()()()()()()()()()()()※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)() ()()
お沢 あ。(きざはしまろび落つ。)
神職 鬼畜、人外にんがい沙汰さたの限りの所業をいたす。
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般若の面の男 (希有けうなる顔して)禰宜様や、わしらが事をおっしゃるずらか。
禰宜 もない事、この女夜叉にょやしゃ悪相あくそうじゃ。
般若の面の男 ほう。
道化の面の男 (うそうそと前にづ)何と、あの、打込む太鼓……
〆太鼓の男 何じゃい。何じゃい。
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お沢 (もの言わず。)
神職 人の娘か。
お沢 (わずかにかぶりふる。)
神職 人妻ひとづまか。
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お沢 はい、何も申しませぬ、ただ(きれぎれにいう)おはずかしう存じます。
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禰宜 これ、すみやかにおわびを申し、裸身はだかみに塩をつけてんでなりとも、払いきよめておもらい申せ。
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神職 ……居眠りいたいて、ものもあろうず、かんふたを打つよりも可忌いまわしい、鉄槌かなづちを落し、くぎこぼす――釘は?……
禰宜 (たなごころを見す)これに。
神楽の人々、そとつどのぞく。
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お沢 はい、(言いよどみ、言い淀み)こん…………が、満……願……でございました。
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 谿()()()()()()
神楽の人々ささやき合う。
禰宜 知っておるかな。

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笛の男 かったいずらか。
太鼓の男 恥しい病ちゅうで。
おかめの面の男 ほんでも、はらんだ娘だべか。
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 谿()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
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禰宜 棚村たなむら。(仕丁の名)御身おみなんの話をするや。
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神職 棚村、御身まず、そのおんなの帯を棄てい。
禰宜 かような婦の、汚らわしい帯を、抱いているという事があるものか。
仕丁 わしが、しかおさえておりますればこそで、うかつに棄てますと、このまま黒蛇くろへびに成って※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)のたり廻りましょう。
禰宜 はしばみ(神職)様がおっしゃる。の枝へなりと掛けぬかい。
仕丁 樹に掛けましたら、なお、ずるずると大蛇だいじゃに成ってります。(一層胸に抱く。)
神職 棚村、見苦しい、森の中へほかし込め。
仕丁、そのことばの如くにす。――
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神職 なんとした。
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神職 これだ――したたかなおんなめが。
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神職 しがくしに秘め置くべき、この呪詛のろい形代かたしろを(藁人形を示す)言わば軽々かるがるしう身につけおったは――別に、恐多おそれおお神木しんぼくに打込んだのが、森の中にまだほかにもあるからじゃろ。
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禰宜 いや、胸騒ぎがすさまじい、男を呪詛のろうて、責殺せめころそうとする奴が。
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()()()退()
神職 疫病神を――
お沢 はい、封じます、その願掛がんがけなんでございますもの。
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お沢 はい……
禰宜 何病じゃ。
お沢 はい、風邪かぜひどくこじらしました。
神職 (嘲笑あざわらう)はてな、風に釘を打てばなんになる、はてな。
禰宜 はてな、はてな。
村人らも引入れられ、小首を傾くるさま、しかつめらし。
仕丁 はあ、皆様、奴凧やっこだこ引掛ひっかかるでござりましょうで。
――そろってあざけり笑う。――
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禰宜 立とう。
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後見 先へ立て、先へ立とう。
禰宜 箒で、そのやきもちのほおたたくぞ、立ちませい。
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一同目を注ぐ。お沢はうなだれ伏す。
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お沢 (息の下にて言う)俳優やくしゃです。
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神職 なんじゃ、俳優やくしゃ?……――町へ参ってでもおるか。国のものか。
お沢 いいえ、大阪に――
禰宜 やけに大胆にぬかすわい。
神職 おのれは、その俳優やくしゃめかけか。
お沢 いいえ。
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 退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
お沢 むずむずかゆうございました。
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禰宜 は。
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仕丁 こりゃい、可い。最上等の御分別ごふんべつ
 退()()()()()
()()()()()()()()姿
お沢 ヒイ……(歯をしばりて忍泣しのびなく。)
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お沢 (崩折くずおれて、倒れ伏す。)
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神職 退さがれ、棚村。慰みものではないぞ、神の御罰じゃ。
 
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()退()()()()()()()
お沢 ああ、まあ、まあ。
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仕丁 腰巻こしまき、腰巻……(手伝いかかる。)
禰宜 おこしなどというのじゃ。……よごれておろうかの。
後見 この婦なら、きれいでがすべい。
お沢 (身悶みもだえしながら)堪忍して下さいまし、堪忍して下さいまし、そればかりは、そればかりは。
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 谿()()()()
神職 水は浅いわ。
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とりどりに、笛、太鼓の庭につきたるが、そろってる。
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お沢 はい――はい……
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媛神 聞きましょう――お沢さん、その男の生命いのちを取るのだね。
お沢 今さら、申上げますも、空恐そらおそろしうございます、空恐しう存じあげます。
媛神 森の中でも、この場でも、わたしに頼むのは同じ事。それとも思いとまるのかい。
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お沢 ええ、もう一層いっそきっと意気組む)ひと思いに!
巫女 お姫様、お聞きの通りでござります。
媛神 男は?
巫女 これを御覧遊ばされまし。(胸の手箱を高く捧げ、さしかざして見せ参らす。)
媛神 花の都の花の舞台、咲いて乱れた花の中に、花の白拍子しらびょうしを舞っている……
巫女 座頭俳優ざがしらやくしゃ所作事しょさごとで、道成寺どうじょうじとか、……申すのでござります。
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媛神 (――無言――)
神職 恐れながら伺い奉る……御神慮におかせられては――かしこくも、これにて漏れ承りまする処におきましては――これなる悪女あくじょ不届ふとどきねがいおもむき……趣をお聞き届け……
媛神 きます。不届とは思いません。
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神職 はッ、白寮権現はくりょうごんげん媛神ひめがみと申し上げ奉る。
媛神 その通り。
神職 そ、その媛神におかせられては、ぐなること、正しきこと、明かに清らけきことをこそおつかさどり遊ばさるれ、かかる、よこしまに汚れたる……
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媛神 それは御勝手、わたしも勝手、そんな事は知りません。
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巫女 おお、これに。(あずさの弓を取り出す。)
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お沢 あれあれ、彼処あすこに――憎らしい。ああ、お姫様。
媛神 ちゃんとおねらい。
お沢 畜生ちくしょう!(切って放つ。)
一陣のはやき風、一同聳目しょうもくし、悚立しょうりつす。
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()()()()()()()姿()()


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媛神 それは幻、あなたの鏡に映るばかり、手にさわるのではありません。
お沢 ああ唯貴女のお姿ばかり、暗いおもいは晴れました。媛神ひめがみ様、お嬉しう存じます。
 使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
媛神 御苦労ね。
巫女 我折がおれ、お早い事でござりましたの。
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巫女 お喜びを申上げます。
媛神 (梢を仰ぐ)ああ、空にきれいな太白星たいはくせい。あの光りにも恥かしい、……わたしあかかんざしなんぞ。……
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媛神 存じません。
禰宜 ええ、御神おんかみ、御神。
媛神 知らない。
――「ひらに一同、」「一同ひとえに、」「押して伺い奉る、」村人らも異口同音にやや迫りいう――
巫女 知らぬ、とおっしゃる。
神職 いや、神々の道が知れませいでは、世の中は東西南北を相失いまする。
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「のりつけほうほう、ほうほう、」――ふくろう鳴く。
神職 何、あの梟鳥ふくろどりをお返事とは?
媛神 あなたがたの言う事は、わたしには、時々あのように聞こえます。よくお聞きなさるがよい。
――梟、しきりに鳴く。「のりつけほうほう」――
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丁々坊 ははははは。(腹をかかえて笑う。)
媛神 うば、お客を帰そう。あらしが来そうだから。
巫女 御意ぎょい
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お沢 お姫様。
巫女 もろともにお礼をば申上げます。
蘆毛は、ひとりして鰭爪ひづめ軽く、お沢に行く。
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巫女 さ、このお。――貴女様に、御挨拶ごあいさつ申上げて……
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お沢 (涙ぐみつつ)お姫様。
巫女 ちょうどや――うし上刻じょうこくぞの。(手綱たづなを取る。)
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――幕――






 
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200749

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