紅玉

泉鏡花




時―――現代、初冬。
場所――府下郊外の原野。



小児一 やあ、停車場ステエションの方の、遠くの方から、あんなものがつて来たぜ。
小児二 何だい/\。
小児三 あゝ、おおきなものを背負しょつて、蹌踉々々よろよろ来るねえ。
小児四 影法師まで、ぶら/\して居るよ。
小児五 重いんだらうか。
小児一 何だ、引越ひっこしかなあ。
小児二 構ふもんか、何だつて。
小児三 御覧よ、せなよりか高い、障子見たやうなものを背負しょつてるから、たこ歩行あるいて来るやうだ。
小児四 糸をつけて揚げる真似エしてらう。
小児五 遣れ/\、おもしろい。
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()()()()()()()()()()※(「目+句」、第4水準2-81-91)
よく遊んでるな、あゝ、うらやましい。うだ。みんな、面白いか。
小児等こどもら、彼の様子を見て忍笑しのびわらいす。中に、糸を手繰りたる一人いちにん
小児三 あゝ、面白かつたの。
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小児三 だつて、にいさんおこるだらう。
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小児こどもはきよろ/\見て居る。
小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰たぐつて居たんだぜ。
 
小児一 兄さんがね、うやつてね、ぶら/\来たところがね。
小児二 遠くから、まるで以て、たこの形に見えたんだもの。
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小児三 やあ、大凧おおだこだい、一人ぢや重い。
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()()()()()()()()※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)()()
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小児三 凧は切れちゃつた。
小児一 暗く成つた。――ちょうい。
小児二 又、……あの事をしよう。
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青山あおやま葉山はやま羽黒はぐろ権現ごんげんさん
あとさき言はずに、中はくぼんだ、おかまのかみさん
唄ひつゝ、廻りつゝ、繰返す。
画工 (茫然ぼうぜんとして黙想したるが、吐息といきして立つてこれながむ。)おい、おい、それは何の唄だ。
小児一 あゝ、何の唄だか知らないけれどね、うやつて唄つて居ると、誰か一人踊出おどりだすんだよ。
画工 踊る? 誰が踊る。
小児二 誰が踊るつて、のね、の中へ入つてしゃがんでるものが踊るんだつて。
画工 誰も、入つてはらんぢやないか。
小児三 でもね、気味が悪いんだもの。
画工 気味が悪いと?
 
画工 つて見よう、俺を入れろ。
一同 やあ、兄さん、入るかい。
画工 俺が入る、待て、(を取つて大樹たいじゅの幹によせかく)さあ、いか。
小児三 目をふさいで居るんだぜ。
画工 よし、此の世間よのなかを、つて踊りや本望ほんもうだ。
青山、葉山、羽黒の権現さん
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画工 (疲果つかれはてたるさま※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)どう仰様のけざまに倒る)水だ、水をくれい。
いづれも踊りむ。後の烏三羽、身をひらいて一方に翼をはしたる如く、腕を組合くみあわせつゝ立ちてながむ。
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の烏、打傾うちかたむいて聞きつゝあり。
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()()※(「目+句」、第4水準2-81-91)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
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 ()()()()()※(「てへん+堂」、第4水準2-13-41)()()()()()()()
初の烏 御免なさいまし、うぞ、御免なさいまし。
紳士 はゝあ、御免なさいましと鳴くか。(繰返して)御免なさいましと鳴くぢやな。
初の烏 はい。
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初の烏 えゝ。
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初の烏 御前様ごぜんさま、あれ……
紳士 (ステッキを以つて、其のすそおさふ)ばさ/\騒ぐな。やりで脇腹をかれるほかに、樹の上へ得上えあが身体からだでもないに、羽ばたきをするな、女郎めろう、手をいて、じっとして口をきけ。
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紳士 言ふ事は其だけか。
初の烏 はい?(聞返ききかえす。)
紳士 俺に云ふ事は、それだけか、女郎めろう
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三方に分れてたたずむ、三羽の烏、また打頷うちうなずく。
もう可恐おそろしく成りまして、夢中で駈出かけだしましたものですから、御前様ごぜんさまに、つい――あの、そして……御前様は、何時いつ御旅行さきから。
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初の烏 はい、一昨日いっさくじつから、北海道の方へ。
紳士 俺の北海道は、すぐに俺のやしきの周囲ぢや。
初の烏 はあ、(驚く。)
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侍女 何時頃いつごろとおつしやつて、あの、影法師の事でございませうか。其は唯今ただいま……
紳士 黙れ。影法師かなにか知らんが、汝等きさまら三人の黒い心が、形にあらはれて、俺のやしきの内外を横行しはじめた時だ。
侍女 御免遊ばして、御前様ごぜんさまわたくしは何にも存じません。
紳士 用意は出来とる。女郎めろう、俺の衣兜かくしには短銃ピストルがあるぞ。
侍女 えゝ。
紳士 さあ、言へ。
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紳士 うむ、指環を抜いてだな。うむ、指環を抜いて。
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紳士 うむ、あれはけるべき木戸ではないのぢや。俺が覚えてからも、むを得ん凶事で二度だけはけんければ成らんぢやつた。が、其とても凶事を追出おいだいたばかりぢや。外から入つて来た不祥ふしょうはなかつた。――其が其の時、きさまの手でいたのか。
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紳士 餓鬼がっきめ、其奴そいつか。
侍女 えゝ。
紳士 相手あいて其奴そいつぢやな。
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紳士 奴は、あの木戸から入つたな。あの、木戸から。
侍女 男が吃驚びっくりするのを御覧、とわたくしにおささやきなさいました。奥様が、烏はあしでは受取らない、とおつしやつて、男がてのひらにのせました指環を、此処ここをおひらきなさいまして、(咽喉のどのあくところを示す)口でおくはへ遊ばしたのでございます。
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画工 うゝむ、(二声ふたこえばかり、夢にうなされたるものの如し。)
紳士 (はじめて心付こころづく)女郎めろう此方こっちへ来い。(ステッキを以て一方をゆびさす。)
侍女 (震へながら)はい。
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三羽の烏 (声をそろへて叫ぶ)おいらのせゐぢやないぞ。
一の烏 (笑ふ)はゝゝゝゝ、其処そこで何と言はう。
二の烏 せうことはあるまい。矢張やっぱり、あとは、烏の所為せいだと言はねば成るまい。
三の烏 すると、人間のした事を、俺たちが引被ひっかぶるのだな。
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一の烏 と云ふくちばしを、こつ/\鳴らいて、内々ないない其の吹き散るのを待つのは誰だ。
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三の烏 何時いつの事だ、あゝ、聞いただけでもたまらぬわ。(ばた/\とはねあおつ。)
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一の烏 むゝ、其処そこで、椅子いすやら、卓子テエブルやら、天幕テントの上げさげまで手伝ふかい。
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一の烏 (聞くなかばより、じろ/\と酔臥よいふしたる画工を見てり)おふた、おふたどの。
二の烏 あい。
三の烏 あい、とぬかす、魔ものめが、ふて/″\しい。
二の烏 望みとあらば、可愛かわいい、とも鳴くわ。
一の烏 いや、串戯じょうだんけ。俺は先刻さっきから思ふ事だ、待設まちもうけの珍味もいが、こゝに目の前に転がつた餌食はうだ。
三の烏 其の事よ、血の酒に酔ふ前に、腹へ底を入れて置く相談には成るまいかな。何分なにぶんにも空腹だ。
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三羽の烏、ばさ/\と寄り、こうべを、手を、足を、ふん/\とぐ。
一の烏 たまらぬにおいだ。
三の烏 あゝ、うまさうな。
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一の烏 此の際、ものでも構はぬよ。
二の烏 生命いのちがけでものを食つて、一分いちぶんが立つと思ふか、高蒔絵たかまきえのおととを待て。
三の烏 や、待つと云へば、例の通り、ほんのりとかおつて来た。
一の烏 おゝ、人臭ひとくさいぞ。そりや、女のにほひだ。
二の烏 はて、下司げすな奴、同じ事を不思議な花が薫ると言へ。
三の烏 おゝ、蘭奢待らんじゃたい、蘭奢待。
一の烏 鈴ヶ森でも、此のかおりは、百年目に二三度だつたな。
二の烏 化鳥ばけどりが、古い事を云ふ。
三の烏 なぞとわかい気でると見える、はゝはゝ。
一の烏 いや、うしてくらやみで笑つたところは、我ながら不気味だな。
三の烏 人が聞いたら何と言はう。
二の烏 烏鳴からすなきだ、とぬかす奴よ。
一の烏 何にも知らずか。
三の烏 不便ふびん奴等やつら
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――幕――






底本:「日本幻想文学集成1 泉鏡花」国書刊行会
   1991(平成3)年3月25日初版第1刷発行
   1995(平成7)年10月9日初版第5刷発行
底本の親本:「泉鏡花全集」岩波書店
   1940(昭和15)年発行
初出:「新小説」
   1913(大正2)年7月
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2009年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について