これは喜(きた)多(は)八(ち)の旅(たび)の覺(おぼ)書(えがき)である――
今(こと)年(し)三(さん)月(ぐわつ)の半(なか)ばより、東(とう)京(きや)市(うし)中(ちう)穩(おだや)かならず、天(てん)然(ねん)痘(とう)流(りう)行(かう)につき、其(そ)方(ち)此(こ)方(ち)から注(ちう)意(い)をされて、身(しん)體(たい)髮(はつ)膚(ぷ)これを父(ふ)母(ぼ)にうけたり敢(あへ)て損(そこな)ひ毀(やぶ)らざるを、と其(そ)の父(ふ)母(ぼ)は扨(さ)て在(おは)さねども、……生(いの)命(ち)は惜(を)しし、痘(あば)痕(た)は恐(こは)し、臆(おく)病(びや)未(うみ)練(れん)の孝(かう)行(かう)息(むす)子(こ)。
三(さん)月(ぐわつ)のはじめ、御(ごき)近(んじ)所(よ)のお醫(いし)師(や)に參(まゐ)つて、つゝましく、しをらしく、但(たゞ)し餘(あま)り見(みば)榮(え)のせぬ男(をとこ)の二(に)の腕(うで)をあらはにして、神(しん)妙(めう)に種(しゆ)痘(とう)を濟(す)ませ、
﹁おとなしくなさい、はゝゝ。﹂と國(ドク)手(トル)に笑(わら)はれて、﹁はい。﹂と袖(そで)をおさへて歸(かへ)ると、其(そ)の晩(ばん)あたりから、此(こ)の何(なん)年(ねん)にもつひぞない、妙(めう)な、不(ふ)思(し)議(ぎ)な心(こゝ)持(ろもち)に成(な)る。――たとへば、擽(くすぐ)つたいやうな、痒(かゆ)いやうな、熱(あつ)いやうな、寒(さむ)いやうな、嬉(うれ)しいやうな、悲(かな)しいやうな、心(こゝ)細(ろぼそ)いやうな、寂(さび)しいやうな、もの懷(なつか)しくて、果(は)敢(か)なくて、たよりのない、誰(たれ)かに逢(あ)ひたいやうな、焦(じれ)つたい、苛(いら)々(〳〵)しながら、たわいのない、恰(あたか)も盆(ぼん)とお正(しや)月(うぐわつ)と祭(おま)禮(つり)を、もう幾(いく)つ寢(ね)ると、と前(まへ)に控(ひか)へて、そして小(こづ)遣(かひ)錢(せん)のない處(ところ)へ、ボーンと夕(ゆふ)暮(ぐれ)の鐘(かね)を聞(き)くやうで、何(なん)とも以(もつ)て遣(やる)瀬(せ)がない。
勉(べん)強(きやう)は出(で)來(き)ず、稼(かげ)業(ふ)の仕(しご)事(と)は捗(はか)取(ど)らず、持(もて)餘(あま)した身(から)體(だ)を春(はる)寒(さむ)の炬(こた)燵(つ)へ投(はふ)り込(こ)んで、引(ひつ)被(かつ)いでぞ居(ゐ)たりけるが、時(とき)々(〴〵)掛(かけ)蒲(ぶと)團(ん)の襟(えり)から顏(かほ)を出(だ)して、あゝ、うゝ、と歎(ため)息(いき)して、ふう、と氣(きみ)味(わ)惡(る)く鼻(はな)の鳴(な)るのが、三(みゐ)井(で)寺(ら)へ行(い)かうでない、金(か)子(ね)が欲(ほ)しいと聞(きこ)える。……
綴(とぢ)蓋(ぶた)の女(によ)房(うばう)が狹(せま)い臺(だい)所(どころ)で、總(そう)菜(ざい)の菠(はう)薐(れん)草(さう)を揃(そろ)へながら、
﹁また鼻(はな)が鳴(な)りますね……澤(たん)山(と)然(さ)うなさい、中(なか)屋(や)の小(こぞ)僧(う)に遣(や)つ了(ちま)ふから……﹂
﹁眞(まつ)平(ぴら)御(ごめ)免(ん)。﹂
と蒲(ふと)團(ん)をすつぽり、炬(こた)燵(つや)櫓(ぐら)の脚(あし)を爪(つま)尖(さき)で抓(つね)つて居(ゐ)て、庖(はう)丁(ちやう)の音(おと)の聞(きこ)える時(とき)、徐(そろ)々(〳〵)と又(また)頭(あたま)を出(だ)し、一(ひと)つ寢(ねが)返(へ)つて腹(はら)這(ば)ひで、
﹁何(なに)か甘(うま)いもの。﹂
﹁拳(げん)固(こ)……抓(つね)り餅(もち)、……赤(あか)いお團(だん)子(ご)。……それが可(い)厭(や)なら蝦(しや)蛄(こ)の天(てん)麩(ぷ)羅(ら)。﹂と、一(ひと)ツづゝ句(く)切(ぎ)つて憎(にく)體(た)らしく節(ふし)をつける。
﹁御(ごめ)免(ん)々(/)々(\)。﹂と又(また)潛(もぐ)る。
其(そ)のまゝ、うと〳〵して居(ゐ)ると、種(うゑ)痘(ばうさう)の爲(な)す業(わざ)とて、如(い)何(か)にとも防(ふせ)ぎかねて、つい、何(い)時(つ)の間(ま)にか鼻(はな)が鳴(な)る。
女(によ)房(うばう)は鐵(てつ)瓶(びん)の下(した)を見(み)かた〴〵、次(つぎ)の間(ま)の長(なが)火(ひば)鉢(ち)の前(まへ)へ出(しゆ)張(つちやう)に及(およ)んで、
﹁お前(まへ)さん、お正(しや)月(うぐわつ)から唄(うた)に謠(うた)つて居(ゐ)るんぢやありませんか。――一(いつ)層(そ)一(ひと)思(おも)ひに大(おほ)阪(さか)へ行(い)つて、矢(や)太(た)さんや、源(げん)太(た)さんに逢(あ)つて、我(わが)儘(まゝ)を言(い)つていらつしやいな。﹂
と、先(さ)方(き)が男(をとこ)だから可(おそ)恐(ろし)く氣(きま)前(へ)が好(よ)い。
﹁だがね……﹂
工(くめ)面(ん)の惡(わる)い事(こと)は、女(によ)房(うばう)も一(ひと)ツ世(しよ)帶(たい)でお互(たがひ)である。
二(ふつ)日(か)も三(みつ)日(か)も同(おな)じやうな御(ごな)惱(う)氣(け)の續(つゞ)いた處(ところ)、三(さん)月(ぐわつ)十(とを)日(か)、午(ご)後(ご)からしよぼ〳〵と雨(あめ)になつて、薄(うす)暗(ぐら)い炬(こた)燵(つ)の周(しう)圍(ゐ)へ、別(べつ)して邪(じや)氣(き)の漾(たゞよ)ふ中(なか)で、女(によ)房(うばう)は箪(たん)笥(す)の抽(ひき)斗(だし)をがた〳〵と開(あ)けたり、葛(つゞ)籠(ら)の蓋(ふた)を取(と)つたり、着(きが)換(へ)の綻(ほころび)を檢(しら)べたり、……洗(あら)つた足(た)袋(び)を裏(うら)返(がへ)したり、女(ぢよ)中(ちう)を買(かひ)ものに出(だ)したり、何(なに)か小(こぎ)氣(て)轉(ん)に立(たち)
つて居(ゐ)たと思(おも)ふと、晩(ばん)酌(しやく)に乾(ひ)もので一(いち)合(がふ)つけた時(とき)、甚(はなは)だ其(そ)の見(みご)事(と)でない、箱(はこ)根(ねみ)土(や)産(げ)の、更(さら)紗(さ)の小(ちひ)さな信(しん)玄(げん)袋(ぶくろ)を座(ざぶ)蒲(と)團(ん)の傍(そば)へ持(もち)出(だ)して、トンと置(お)いて、
﹁楊(やう)枝(じ)、齒(はみ)磨(がき)……半(はん)紙(し)。﹂
と、口(くち)のかゞりを一(ちよ)寸(つと)解(と)いて、俯(うつ)向(む)いて、中(なか)を見(み)せつゝ、
﹁手(ハン)巾(カチ)の洗(あら)つたの、ビスミツト、紙(かみ)に包(つゝ)んでありますよ。寶(はう)丹(たん)、鶯(うぐ)懷(ひす)爐(くわいろ)、それから膝(ひざ)栗(くり)毛(げ)が一(いつ)册(さつ)、いつも旅(たび)と云(い)ふと持(も)つておいでなさいますが、何(なん)になるんです。﹂
﹁道(だう)中(ちう)の魔(まよ)除(け)に成(な)るのさ。﹂
鶯(うぐ)懷(ひす)爐(くわいろ)で春(はる)めいた處(ところ)へ、膝(ひざ)栗(くり)毛(げ)で少(すこ)し氣(き)勢(ほ)つて、熱(あつ)燗(かん)で蟲(むし)を壓(おさ)へた。
﹁しかし、一(いつ)件(けん)は?﹂
﹁紙(かみ)入(いれ)に入(はひ)つて居(ゐ)ます、小(ちひ)さいのが蝦(がま)蟇(ぐ)口(ち)……﹂
と此(こ)の分(ぶん)だけは、鰐(わに)皮(がは)の大(だい)分(ぶ)膨(ふくら)んだのを、自(じぶ)分(ん)の晝(ちう)夜(やお)帶(び)から抽(ひき)出(だ)して、袱(ふく)紗(さづ)包(つ)みと一(いつ)所(しよ)に信(しん)玄(げん)袋(ぶくろ)に差(さし)添(そ)へて、
﹁大(だい)丈(ぢや)夫(うぶ)、往(わう)復(ふく)の分(ぶん)と、中(なか)二(ふつ)日(か)、何(ど)處(こ)かで一(いつ)杯(ぱい)飮(の)めるだけ。……宿(やど)は何(ど)うせ矢(や)太(た)さんの高(かう)等(とう)御(おん)下(げし)宿(ゆく)にお世(せわ)話(さ)樣(ま)に成(な)るんでせう。﹂
傳(つた)へ聞(き)く……旅(りよ)館(くわ)以(んい)下(か)にして、下(げし)宿(ゆく)屋(やい)以(じや)上(う)、所(いは)謂(ゆる)其(そ)の高(かう)等(とう)御(おん)下(げし)宿(ゆく)なるものは――東(ひが)區(しく)某(ぼう)町(ちやう)と言(い)ふのにあつて、其(そ)處(こ)から保(ほけ)險(んぐ)會(わい)社(しや)に通(つう)勤(きん)する、最(もつと)も支(して)店(んち)長(やう)格(かく)で、年(とし)は少(すくな)いが、喜(きた)多(は)八(ち)には過(す)ぎた、お友(とも)達(だち)の紳(しん)士(し)である。で、中(なか)二(ふつ)日(か)と數(かぞ)へたのは、やがて十(じふ)四(よつ)日(か)には、自(じぶ)分(ん)も幹(かん)事(じ)の片(かた)端(はし)を承(うけたまは)つた義(ぎ)理(り)の宴(えん)曾(くわい)が一(ひと)つあつた。
﹁……緩(ゆる)り御(ごは)飯(ん)をめしあがれ、それでも七(しち)時(じ)の急(きふ)行(かう)に間(ま)に合(あ)ひますわ。﹂
澄(す)ました顏(かほ)で、長(なが)煙(ぎせ)管(る)で一(いつ)服(ぷく)スツと吹(ふ)く時(とき)、風(かぜ)が添(そ)つて、ざツざツと言(い)ふ雨(あめ)風(かぜ)に成(な)つた。家(や)の内(うち)ではない、戸(おも)外(て)である、暴(あれ)模(もや)樣(う)の篠(しの)つく大(おほ)雨(あめ)。……
﹁何(ど)うだらう、車(わか)夫(いしゆ)、車(わか)夫(いしゆ)――車(くるま)が打(ぶつ)覆(かへ)りはしないだらうか。﹂
俥(くるま)が霞(かすみ)ヶ關(せき)へ掛(かゝ)つて、黒(くろ)田(だ)の海(なま)鼠(こか)壁(べ)と云(い)ふ昔(むかし)からの難(なん)所(しよ)を乘(の)る時(じぶ)分(ん)には、馬(うま)が鬣(たてがみ)を振(ふ)るが如(ごと)く幌(ほろ)が搖(ゆ)れた。……此(こ)の雨(あめ)風(かぜ)に猶(ため)豫(ら)つて、いざと云(い)ふ間(まぎ)際(は)にも、尚(な)ほ卑(ひけ)怯(ふ)に、さて發(た)程(た)うか、止(や)めようかで、七(しち)時(じ)の其(そ)の急(きふ)行(かう)の時(じ)期(き)を過(す)ごし、九(く)時(じ)にも間(ま)に合(あ)ふか、合(あ)ふまいか。
﹁もし、些(ちつ)と急(いそ)がないと、平(ふだ)常(ん)なら、何(なに)、大(だい)丈(ぢや)夫(うぶ)ですが、此(こ)の吹(ふき)降(ぶり)で、途(とち)中(う)手(て)間(ま)が取(と)れますから。﹂
﹁可(よ)し。﹂と決(けつ)然(ぜん)とし、長(なが)火(ひば)鉢(ち)の前(まへ)を離(はな)れたは可(い)いが、餘(あま)り爽(さわや)かならぬ扮(いで)裝(たち)で、
﹁可(い)厭(や)に成(な)つたら引(ひき)返(かへ)さう。﹂
﹁あゝ、然(さ)うなさいましともさ。――では、行(い)つて入(い)らつしやい。﹂で、漸(や)つと出(で)掛(か)けた。
車(わか)夫(いしゆ)は雨(あめ)風(かぜ)にぼやけた聲(こゑ)して、
﹁大(だい)丈(ぢや)夫(うぶ)ですよ。﹂
雖(けれ)然(ども)、曳(ひき)惱(なや)んで、ともすれば向(むか)風(ひかぜ)に押(おし)戻(もど)されさうに成(な)る。暗(や)闇(み)は大(おほい)なる淵(ふち)の如(ごと)し。……前(ゆく)途(さき)の覺(おぼ)束(つか)なさ。何(ど)うやら九(く)時(じ)のに間(ま)に合(あ)ひさうに思(おも)はれぬ。まゝよ、一(いつ)分(ぷん)でも乘(のり)後(おく)れたら停(ステ)車(エシ)場(ヨン)から引(ひき)返(かへ)さう、それが可(い)い、と目(め)指(ざ)す大(おほ)阪(さか)を敵(かたき)に取(と)つて、何(ど)うも恁(か)うはじめから豫(よて)定(い)の退(たい)却(きやく)を畫(くわ)策(くさく)すると云(い)ふのは、案(あん)ずるに懷(くわ)中(いちう)のためではない。膝(ひざ)に乘(の)せた信(しん)玄(げん)袋(ぶくろ)の名(な)ゆゑである。願(ねがは)くはこれを謙(けん)信(しん)袋(ぶくろ)と改(あらた)めたい。
土(どば)橋(し)を斜(なゝめ)に烏(から)森(すもり)、と町(まち)もおどろ〳〵しく、やがて新(しん)橋(ばし)驛(えき)へ着(つ)いて、づぶ〳〵と其(そ)の濡(ぬれ)幌(ほろ)を疊(たゝ)んで出(い)で、※(ぱつ)﹇#﹁火+發﹂、U+243CB、532-10﹈と明(あかる)く成(な)つた處(ところ)は、暴(あ)風(ら)雨(し)の船(ふね)に燈(とう)明(みや)臺(うだい)、人(ひと)影(かげ)黒(くろ)く、すた〳〵と疎(まば)らに往(ゆき)來(か)ふ。
﹁間(ま)に合(あ)ひましたぜ。﹂
﹁御(ごく)苦(ら)勞(う)でした。﹂
際(きは)どい處(どころ)か、發(はつ)車(しや)には未(ま)だ三(さん)分(ぷん)間(かん)ある。切(きつ)符(ぷ)を買(か)つて、改(かい)札(さつ)口(ぐち)を出(で)て、精(せい)々(〴〵)、着(き)た切(きり)の裾(すそ)へ泥(どろ)撥(はね)を上(あ)げないやうに、濡(ぬ)れた石(いし)壇(だん)を上(あが)ると、一(いち)面(めん)雨(あめ)の中(なか)に、不(しら)知(ぬ)火(ひ)の浮(う)いて漾(たゞよ)ふ都(みや)大(こお)路(ほぢ)の電(でん)燈(とう)を見(み)ながら、横(よこ)繁(しぶ)吹(き)に吹(ふ)きつけられて、待(まち)合(あひ)所(じよ)の硝(がら)子(す)戸(ど)へ入(はひ)るまで、其(そ)の割(わり)に急(いそ)がないで差(さし)支(つかへ)ぬ。……三(さん)分(ぷん)間(かん)もあだには成(な)らない。
處(ところ)へ、横(よこ)づけに成(な)つた汽(きし)車(や)は、大(おほき)な黒(くろ)い縁(えん)側(がは)が颯(さつ)と流(なが)れついた趣(おもむき)である。
﹁おつと、助(たす)船(けぶね)。﹂
と最(も)う恁(か)う成(な)れば度(どき)胸(よう)を据(す)ゑて、洒(し)落(や)れて乘(の)る。……室(しつ)はいづれも、舞(ぶた)臺(い)のない、大(おほ)入(いり)の劇(げき)場(ぢやう)ぐらゐに籠(こ)んで居(ゐ)たが、幸(さいは)ひに、喜(きた)多(は)八(ち)懷(くわ)中(いちう)も輕(かる)ければ、身(み)も輕(かる)い。荷(にも)物(つ)はなし、お剩(まけ)に洋(ステ)杖(ツキ)が細(ほそ)い。鯱(しやち)と鯨(くぢら)の中(なか)へ、芝(しば)海(え)老(び)の如(ごと)く、呑(の)まれぬばかりに割(わり)込(こ)んで、一(ひと)つ吻(ほつ)と呼(い)吸(き)をついて、橋(はし)場(ば)、今(いま)戸(ど)の朝(あさ)煙(けむり)、賤(しづ)ヶ伏(ふせ)屋(や)の夕(ゆふ)霞(がすみ)、と煙(けむ)を眺(なが)めて、ほつねんと煙(たば)草(こ)を喫(の)む。
……品(しな)川(がは)へ來(き)て忘(わす)れたる事(こと)ばかり――なんぞ何(なに)もなし。大(おほ)森(もり)を越(こ)すあたりであつた。……
﹁もし〳〵、此(こ)の電(でん)報(ぱう)を一(ひと)つお願(ねが)ひ申(まを)したうございます。﹂
列(れつ)車(しや)の給(きふ)仕(じ)の少(せう)年(ねん)は――逢(あ)ひに行(ゆ)く――東(ひが)區(しく)某(ぼう)町(ちやう)、矢(や)太(た)さんの右(みぎ)の高(かう)等(とう)御(おん)下(げし)宿(ゆく)へあてた言(もん)句(く)を見(み)ながら、
﹁えゝ、此(こ)の列(れつ)車(しや)では横(よこ)濱(はま)で電(でん)報(ぱう)を扱(あつか)ひません、――大(おほ)船(ふな)で打(う)ちますから。﹂
と器(きよ)用(う)な手(て)つきで、腹(はら)から拔(ぬけ)出(だ)したやうに横(よこ)衣(がく)兜(し)の時(とけ)計(い)を見(み)たが、
﹁時(じか)間(んぐ)外(わい)に成(な)るんですが。﹂
﹁は、結(けつ)構(こう)でございます。﹂
﹁記(きが)號(う)を入(い)れますよ、ら、ら、﹂と、紐(ひも)のついた鉛(えん)筆(ぴつ)で一(ちよ)寸(つと)記(しる)して、
﹁それだけ賃(ちん)錢(せん)が餘(よぶ)分(ん)に成(な)ります。﹂
﹁はい〳〵。﹂
此(こ)の電(でん)報(ぱう)の着(つ)いたのは、翌(よく)日(じつ)の午(ごぜ)前(ん)十(じふ)時(じ)過(す)ぎであつた。
大(おほ)船(ふな)に停(てい)車(しや)の時(とき)、窓(まど)に立(た)つて、逗(づ)子(し)の方(かた)に向(むか)ひ、うちつけながら某(それがし)がお馴(なじ)染(み)にておはします、札(ふだ)所(しよ)阪(ばん)東(どう)第(だい)三(さん)番(ばん)、岩(いは)殿(との)寺(でら)觀(くわ)世(んぜ)音(おん)に御(ご)無(ぶ)沙(さ)汰(た)のお詫(わび)を申(まを)し、道(だう)中(ちう)無(ぶ)事(じ)と、念(ねん)じ參(まゐ)らす。
此(こ)處(ゝ)を、發(はつ)車(しや)の頃(ころ)よりして、乘(のり)組(くみ)の紳(しん)士(し)、貴(きふ)夫(じ)人(ん)、彼(あち)方(らこ)此(ち)方(ら)に、フウ〳〵と空(くう)氣(きま)枕(くら)を親(キ)嘴(ス)する音(おと)。……
誰(たれ)一(ひと)人(り)、横(よこ)に成(な)るなんど場(ばせ)席(き)はない。花(はな)枕(まくら)、草(くさ)枕(まくら)、旅(たび)枕(まくら)、皮(かは)枕(まくら)、縱(たて)に横(よこ)に、硝(がら)子(すま)窓(ど)に押(おし)着(つ)けた形(かた)たるや、浮(うき)嚢(ぶくろ)を取(とり)外(はづ)した柄(ひし)杓(やく)を持(も)たぬものの如(ごと)く、折(をり)から外(そと)のどしや降(ぶり)に、宛(さな)然(がら)人(にん)間(げん)の海(くら)月(げ)に似(に)て居(ゐ)る。
喜(き)多(た)は一(ひと)人(り)、俯(うつ)向(む)いて、改(かい)良(りや)謙(うけ)信(んし)袋(んぶくろ)の膝(ひざ)栗(くり)毛(げ)を、縞(しま)の着(き)ものの胡(あぐ)坐(ら)に開(あ)けた。スチユムの上(うへ)に眞(まみ)南(な)風(み)で、車(しや)内(ない)は蒸(む)し暑(あつ)いほどなれば、外(ぐわ)套(いたう)は脱(ぬ)いだと知(し)るべし。
ふと思(おも)ひついた頁(ペエジ)を開(ひら)く。――西(さい)國(こく)船(ぶね)の難(なん)船(せん)においらが叔(を)父(ぢ)的(き)の彌(や)次(じ)郎(ろ)兵(べ)衞(ゑ)、生(いの)命(ちが)懸(け)の心(しん)願(ぐわん)、象(ざう)頭(づざ)山(ん)に酒(さけ)を斷(た)つたを、咽(の)喉(ど)もと過(す)ぎた胴(どう)忘(わす)れ、丸(まる)龜(がめ)の旅(はた)籠(ご)大(だい)物(もつ)屋(や)へ着(つ)くと早(は)や、茶(ちや)袋(ぶくろ)と土(どび)瓶(ん)の煮(につ)附(け)、とつぱこのお汁(しる)、三(さん)番(ばそ)叟(う)の吸(すひ)もので、熱(あつ)燗(かん)と洒(しや)落(れ)のめすと、罰(ばつ)は覿(てき)面(めん)、反(そり)返(かへ)つた可(おそ)恐(ろ)しさに、恆(おき)規(て)に從(したが)ひ一(いち)夜(や)不(ふみ)眠(ん)の立(たち)待(まち)して、お詫(わび)を申(まを)す處(ところ)へ、宵(よひ)に小(こあ)當(た)りに當(あた)つて置(お)いた、仇(あだ)な年(とし)増(ま)がからかひに來(く)る條(くだり)である。
女(をんな)、彌(やじ)次(ら)郎(う)が床(とこ)の上(うへ)にあがり、横(よこ)になつて、此(こ)處(ゝ)へ來(こ)いと、手(てま)招(ね)ぎをして彌(やじ)次(ら)郎(う)をひやかす、彌(やじ)次(ら)郎(う)ひとり氣(き)を揉(も)み﹁エヽ情(なさけ)ない、其(そ)處(こ)へ行(い)つて寢(ね)たくてもはじまらねえ、こんな事(こと)なら立(たち)待(まち)より寢(ね)まちにすればよかつたものを。女﹁何(なん)ちふいはんす。私(わし)お嫌(きら)ひぢやな、コレイナアどうぢやいな。﹁エヽこんな間(ま)の惡(わる)い事(こと)あねえ、早(はや)く八(や)つを打(う)てばいゝ、もう何(なん)時(どき)だの。女﹁九(こゝの)つでもあろかい。彌次﹁まだ一(いつ)時(とき)だな、コレ有(あり)樣(やう)は今(こん)夜(や)おいらは立(たち)待(まち)だから寢(ね)る事(こと)がならねえ、此(こ)處(ゝ)へ來(き)な、立(た)つて居(ゐ)ても談(はなし)が出(で)來(き)やす。女﹁あほらしい、私(わたし)や立(た)つて居(ゐ)て話(はなし)ノウする事(こと)は、いや〳〵。彌次﹁エヽそんならコウ鐵(かな)槌(づち)があらば持(も)つて來(き)て貸(か)しねえ。女﹁オホホ、鐵(かな)さいこ槌(づち)の事(こと)かいな、ソレ何(なん)ちふさんすのぢやいな。﹁イヤあの箱(はこ)枕(まくら)を此(この)柱(はしら)へうちつけて立(た)ちながら寢(ね)るつもりだ。
考(かんが)へると、︵をかしてならん。︶と一(ちよ)寸(つと)京(かみ)阪(がた)の言(こと)葉(ば)を眞(ま)似(ね)る。串(じよ)戲(うだん)ではない。彌(やじ)次(ら)郎(う)が其(そ)の時(じだ)代(い)には夢(ゆめ)にも室(くう)氣(きま)枕(くら)の事(こと)などは思(おも)ふまい、と其(そこ)處(い)等(ら)を
すと、又(また)一(ひと)人(り)々(/)々(\)が、風(ふう)船(せん)を頭(あたま)に括(くゝ)つて、ふはり〳〵と浮(う)いて居(ゐ)る形(かたち)もある。是(これ)しかしながら汽(きし)車(や)がやがて飛(ひか)行(う)機(き)に成(な)つて、愛(あた)宕(ごや)山(ま)から大(おほ)阪(さか)へ空(そら)を翔(かけ)る前(ぜん)表(ぺう)であらう。いや、割(わり)床(どこ)の方(かた)、……澤(たん)山(と)おしげりなさい。
喜(き)多(た)は食(しよ)堂(くだう)へ飮(の)酒(み)に行(ゆ)く。……あの鐵(てつ)の棒(ぼう)につかまつて、ぶるツとしながら繋(つな)目(ぎめ)の板(いた)を踏(ふみ)越(こ)すのは、長(なが)屋(や)の露(ろ)地(ぢ)の溝(どぶ)板(いた)に地(ぢし)震(ん)と云(い)ふ趣(おもむき)あり。雨(あめ)は小(を)留(や)みに成(な)る。
白(しろ)服(ふく)の姿(しせ)勢(い)で、ぴたりと留(と)まつて、じろりと見(み)る、給(きふ)仕(じ)の氣(きが)構(まへ)に恐(おそ)れをなして、
﹁日(にほ)本(ん)の酒(さけ)はござんせうか。……濟(す)みませんが熱(あつ)くなすつて。﹂
玉(たま)子(ご)の半(はん)熟(じゆく)、と誂(あつら)へると、やがて皿(さら)にのつて、白(しろ)服(ふく)の手(て)からトンと湧(わ)いて、卓(テエ)子(ブル)の上(うへ)へ顯(あらは)れたのは、生(なま)々(〳〵)しい肉(にく)の切(きり)味(み)に、半(はん)熟(じゆく)の乘(の)つたのである。――玉(たま)子(ご)は可(い)いが、右(みぎ)の肉(にく)で、うかつには手(て)が着(つ)けられぬ。其(そ)處(こ)で、パンを一(ひと)切(きれ)燒(や)いて貰(もら)つた。ボリ〳〵噛(か)みつゝ、手(てじ)酌(やく)で、臺(だい)附(つき)の硝(コ)子(ツ)杯(プ)を傾(かたむ)けたが、何(な)故(ぜ)か、床(とこ)の中(なか)で夜(や)具(ぐ)を被(かぶ)つて、鹽(しほ)煎(せん)餅(べい)をお樂(たの)にした幼(をさ)兒(なご)の時(とき)を思(おも)出(ひだ)す。夜(よ)もやゝ更(ふ)けて、食(しよ)堂(くだう)の、白(しろ)く伽(がら)藍(ん)としたあたり、ぐら〳〵と搖(ゆ)れるのが、天(てん)井(じやう)で鼠(ねずみ)が騷(さわ)ぐやうである。……矢(やつ)張(ぱ)り旅(たび)はもの寂(さび)しい、酒(さけ)の銘(めい)さへ、孝(かう)子(しま)正(さむ)宗(ね)。可(なつ)懷(かし)く成(な)る、床(ゆか)しく成(な)る、種(うゑ)痘(ばうさう)が痒(かゆ)く成(な)る。
﹁坊(ばう)やはいゝ兒(こ)だ寢(ねん)ねしな。﹂……と口(くち)の裡(うち)で子(こも)守(りう)唄(た)は、我(われ)ながら殊(しゆ)勝(しよう)である。
息(むす)子(こ)の性(せい)は善(ぜん)にして、鬼(きじ)神(ん)に横(わう)道(だう)なしと雖(いへど)も、二(こな)合(か)半(ら)傾(かたむ)けると殊(しゆ)勝(しよう)でなく成(な)る。……即(すなは)ち風(かぜ)の聲(こゑ)、浪(なみ)の音(おと)、流(ながれ)の響(ひゞき)、故(こき)郷(やう)を思(おも)ひ、先(せん)祖(ぞだ)代(い/)々(\)を思(おも)ひ、唯(たゞ)女(によ)房(うばう)を偲(しの)ぶべき夜(よ)半(は)の音(おと)信(づれ)さへ、窓(まど)のささんざ、松(まつ)風(かぜ)の濱(はま)松(まつ)を過(す)ぎ、豐(とよ)橋(はし)を越(こ)すや、時(とき)やゝ經(ふ)るに從(したが)つて、横(よこ)雲(ぐも)の空(そら)一(いち)文(もん)字(じ)、山(やま)かづら、霞(かすみ)の二(に)字(じ)、雲(くも)も三(みい)色(ろ)に明(あけ)初(そ)めて、十(じふ)人(にん)十(とい)色(ろ)に目(め)を覺(さま)す。
彼(か)の大(だい)自(しぜ)然(ん)の、悠(いう)然(ぜん)として、土(つち)も水(みづ)も新(あた)らしく清(きよ)く目(めざ)覺(む)るに對(たい)して、欠(あく)伸(び)をし、鼻(はな)を鳴(な)らし、髯(ひげ)を掻(か)き、涎(よだれ)を切(き)つて、うよ〳〵と棚(たな)の蠶(かひこ)の蠢(うごめ)き出(い)づる有(あり)状(さま)は、醜(わる)く見(みす)窄(ぼ)らしいものであるが、東(しの)雲(ゝめ)の太(たい)陽(やう)の惠(めぐみ)の、宛(さな)然(がら)處(しよ)女(ぢよ)の血(ち)の如(ごと)く、爽(さわやか)に薄(うす)紅(くれなゐ)なるに、難(あり)有(がた)や、狐(きつね)とも成(な)らず、狸(たぬき)ともならず、紳(しん)士(し)と成(な)り、貴(きふ)婦(じ)人(ん)となり、豪(がう)商(しやう)となり、金(きん)鎖(ぐさり)となり、荷(にも)物(つ)と成(な)り、大(おほい)なる鞄(かばん)と成(な)る。
鮨(すし)、お辨(べん)當(たう)、鯛(たひ)めしの聲(こゑ)々(〴〵)勇(いさ)ましく、名(な)古(ご)屋(や)にて夜(よ)は全(まつた)く明(あ)けて、室(しつ)内(ない)も聊(いさゝ)か寛(くつろ)ぎ、暖(あたゝ)かに窓(まど)輝(かゞや)く。
米(まい)原(ばら)は北(ほく)陸(りく)線(せん)の分(ぶん)岐(きだ)道(う)とて、喜(き)多(た)にはひとり思(おも)出(ひで)が多(おほ)い。が、戸(と)を開(あ)けると風(かぜ)が冷(つめた)い。氣(き)の所(せ)爲(ゐ)か、何(い)爲(つ)もそゞろ寒(さむ)い驛(えき)である。
﹁三(みち)千(と)歳(せ)さん、お桐(きり)さん。﹂――風(ふう)流(りう)懺(せん)法(ぽふ)の女(をん)主(なし)人(ゆじ)公(んこう)と、もう一(ひと)人(り)見(みし)知(りご)越(し)の祇(ぎを)園(ん)の美(びじ)人(ん)に、停(ステ)車(エシ)場(ヨン)から鴨(かも)川(がは)越(ごえ)に、遙(はる)かに無(むせ)線(んで)電(ん)話(わ)を送(おく)つた處(ところ)は、然(さ)まで寢(ねと)惚(ぼ)けたとも思(おも)はなかつたが、飛(と)ぶやうに列(れつ)車(しや)の過(す)ぐる、小(をぐ)栗(る)栖(す)を窓(まど)から覗(のぞ)いて、あゝ、あすこらの藪(やぶ)から槍(やり)が出(で)て、馬(ばじ)上(やう)に堪(たま)らず武(たけ)智(ちみ)光(つひ)秀(で)、どうと落(おち)人(うど)から忠(ちう)兵(べ)衞(ゑ)で、足(あし)捗(はか)取(ど)らぬ小(こざ)笹(さは)原(ら)と、線(せん)路(ろ)の堤(ど)防(て)の枯(かれ)草(くさ)を見(み)た料(れう)簡(けん)。――夢(ゆめ)心(ごこ)地(ち)の背(せ)をドンと一(ひと)ツ撲(ぶ)たれたやうに、そも〳〵人(じん)口(こう)……萬(まん)、戸(こす)數(う)……萬(まん)なる、日(につ)本(ぽん)第(だい)二(に)の大(だい)都(と)の大(おほ)木(き)戸(ど)に、色(いろ)香(か)も梅(うめ)の梅(うめ)田(だ)に着(つ)く。
洋(ステ)杖(ツキ)と紙(かみ)入(いれ)と、蟇(がま)口(ぐち)と煙(たば)草(こい)入(れ)を、外(ぐわ)套(いたう)の下(した)に一(いつ)所(しよ)に確(しつ)乎(か)と壓(おさ)へながら、恭(うや〳〵)しく切(きつ)符(ぷ)と急(きふ)行(かう)劵(けん)を二(にま)枚(い)持(も)つて、餘(あま)りの人(ひと)混(ご)雜(み)、あとじさりに成(な)つたる形(かたち)は、我(われ)ながら、扨(さ)て箔(はく)のついたおのぼりさん。
家(いへ)あり、妻(つま)あり、眷(けん)屬(ぞく)あり、いろがあつて、金(かね)持(もち)で、大(おほ)阪(さか)を一(ひと)のみに、停(ステ)車(エシ)場(ヨン)前(まへ)を、さつ〳〵と、自(じど)動(うし)車(や)、俥(くるま)、歩(あ)行(る)くのさへ電(でん)車(しや)より疾(はや)いまで、猶(た)豫(め)らはず、十(じふ)字(じ)八(はつ)方(ぱう)に捌(さば)ける人(にん)數(ず)を、羨(うらやま)しさうに視(なが)めながら、喜(きた)多(は)八(ち)は曠(あら)野(の)へ落(お)ちた團(どん)栗(ぐり)で、とぼんとして立(た)つて居(ゐ)た。
列(れつ)が崩(くづ)れてばら〳〵と寄(よ)り、颯(さつ)と飛(と)ぶ俥(くるま)の中(なか)の、俥(くるま)の前(まへ)へ漸(やつ)と出(で)て、
﹁行(ゆ)くかい。﹂
﹁へい、何(どち)方(ら)で、﹂と云(い)ふのが、赤(あか)ら顏(がほ)の髯(ひげ)もじやだが、莞(につ)爾(こり)と齒(は)を見(み)せた、人(ひと)のよささうな親(おや)仁(ぢ)が嬉(うれ)しく、
﹁道(だう)修(しう)町(まち)と云(い)ふだがね。﹂
﹁ひや、同(どう)心(しん)町(まち)。﹂
﹁同(どう)心(しん)町(まち)ではなささうだよ、――保(ほけ)險(んぐ)會(わい)社(しや)のある處(ところ)だがね。﹂
﹁保(ほけ)險(んぐ)會(わい)社(しや)ちふとこは澤(たん)山(と)あるで。﹂
﹁成(なる)程(ほど)――町(ちや)名(うめい)に間(まち)違(がひ)はない筈(はず)だが、言(い)ひ方(かた)が違(ちが)ふかな。﹂
﹁何(ど)處(こ)です、旦(だん)那(な)。﹂
﹁何(なん)ちふ處(ところ)や。﹂と二(ふた)人(り)ばかり車(わか)夫(いしゆ)が寄(よ)つて來(く)る。當(たう)の親(おや)仁(ぢ)は、大(おほき)な前(まへ)齒(ば)で、唯(たゞ)にや〳〵。
﹁……道(みち)は道(みち)だよ、修(しう)はをさむると、……恁(か)う云(い)ふ字(じ)だ。﹂
と習(なら)ひたての九(く)字(じ)を切(き)るやうな、指(ゆび)の先(さき)で掌(てのひら)へ書(か)いて、次(つい)手(で)に道(だう)中(ちう)安(あん)全(ぜん)、女(ぢよ)難(なん)即(そく)滅(めつ)の呪(じゆ)を唱(とな)へる。……
﹁分(わか)つた、そりや道(どし)修(よう)町(まち)や。﹂
﹁そら、北(きた)や。﹂
﹁分(わか)つたかね。﹂
﹁へい、旦(だん)那(な)……乘(の)んなはれ。﹂
大正七年十月