家常茶飯

ライネル・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke

森鴎外訳




     第一場

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モデル。ただ、どんな御様子かと思って。
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モデル。でもお出掛でしょう。
画家。なぜ。
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画家。フロックコオトに御奉公をしているのだ。こういっては分るまい。人の処へ訪問に出掛けたり、人に案内をしてもらったりしているのだ。
モデル。急にそんな事が面白くお成りになったの。
画家。いや、面白くも何んともありゃしない。
モデル。それなのにどうしてそんな事をしていらっしゃるの。
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モデル。おかきなされば好いでしょう。
画家。それがかけないのだ。
モデル。かけないのですって。
画家。うむ。
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画家。急に貧乏になったのかい。
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モデル。その時はもう本なんか無くなっていましたの。
モデル。ええ。
画家。そののちどうしているのだ。
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モデル。あなたは丁度いつか中のような御様子でいらっしゃるわ。
画家。いつか中とはいつだい。
モデル。あのさかんにかいていらっしゃった十一月頃と同じような御様子に見えますの。
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画家。なんだと。
画家。そんならどうだというのだ。
モデル。(しずかに)信仰のあるような顔ですわ。
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モデル。あしたはどうでしょう。
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画家。すぐに始めようというのか。
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姿
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画家。ねえさんですか。
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姉。さようなら。
退
姉。あれが名高いマッシャなのね。
姉。ええ。
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()鹿()()()
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モデル。ええ、ええ。
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画家。そりゃあ違います。
姉。だが、別品ではありませんね。
画家。僕は別品だなんといった事はないでしょう。
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画家。でもあんなに熱心に、姉さんをおよめに貰おうとしていたのを、姉さんが弾付はねつけたのですから。
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姉。人生というものが、そうしたものではないでしょうか。
画家。ふん。
姉。一体人間の真実の交際はみんな因襲のほかの関係ではないでしょうか。
画家。姉さんは実に面白い人ですね。
姉。笑談じょうだんは置いて、わたしがこうやってここへ来るのなんぞも、同じ道理かも知れないでしょう。
画家。ただ貴夫人として、知合として、友達として。
姉。友達ですか。
()
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姉。お前がそんな風に一しょにいる処を想像するのは、わたし共と一しょというわけではなくって、誰か外の人と一しょにいるような夢を見ているのではあるまいかね。
姉。それはお前はお前で因襲のほかの関係が出来るかも知れないじゃないか。
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()()調()()()()()()()()()()()()便()()
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画家。それではロイトホルド君には逢わないで帰るのですね。
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姉。マルリンクの一とも附合つきあっていると見えるね。
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学士。わたくしの考では、破壊せられた旧思想が、随即やがて新思想だとは認められないように思うのですよ。
画家。それでも君も旧思想が取片付けられてしまうということだけは認めているのですね。
姉。そしてそれを取片付けるのが当然だということも認めていらっしゃるのでしょう。
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姉。それではあなたは、この世界にまだどこか人の手の触れない新しい土地があるように思っていらっしゃいますの。
()
画家。君は詩人ですね。
()()西()()()()()()()西()()
学士。君はそれを神と名附けますか。
学士。待たせてありますよ。
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姉。気味の悪いようにお思いなさるのでしょうか。
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姉。それではあなたのおかんがえでは、婚礼というものは、こっそりいたした方が宜しいのですね。
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学士。どうお分りですか。
姉。あなたは生活がおすきなのでしょう。
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()
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(学士立つ。)
姉。遅くなりはしなくって。
学士。そんな偶然な事があっても、あなたは御迷惑ではございませんか。
学士。それであなたは法則というものをたっとんでいらっしゃるのですね。
学士。言って見れば。
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姉。それではそのうち。
()退()()()()
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     第二場

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画家。お這入はいんなさい。
モデル。今日こんちは。
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モデル。そうではありませんけれど。
画家。ところで。
モデル。かく愉快らしい顔をしていらっしゃるわ。
モデル。きのう。
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画家。そこで。
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モデル。ちっともお気がお付きなさらなかったの。
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モデル。え。
画家。ある貴夫人が見えるのだ。
モデル。え。
画家。お嬢さんだ。
モデル。その方をおかきなさるの。
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退()()鹿()()()()()()()
モデル。その思いかけないとおっしゃるのは。
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画家。え。
モデル。随分珍らしい事というものでございましょうね。
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モデル。へえ。
画家。分るかい。
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モデル。真実の処ですって。
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モデル。あんな風と仰ゃるのは。
画家。不思議に打明けるようになったのが。
モデル。そのお嬢さんが一人ぼっちでいらっしゃったからだと仰ゃるのね。
モデル。あなたのようにですって。
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モデル。つい思い出しましたの。
画家。お前にはそんな暗黒面でない、光明面の思い出はないのかい。
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画家。なぜ。
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モデル。それでは去年の十一月におかきになったの事もお話しなさいましたの。
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モデル。わたしに御用がおありなさる時と仰ゃるのですね。
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退
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()使()()()()()
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モデル。それでは髪に挿す花ですね。
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退()()()()()()()()()()
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画家。でもお分りにならないはずはないではございませんか。
令嬢。しかし昼間お目にかかるのは初めてでございますからね。
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画家。何がです。
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画家。舞台とは。
令嬢。あなたとわたくしとの生涯を送った舞台の跡を拝見いたしたいと存じまして。
画家。生涯ですと。
令嬢。きのう一日に縮めた生涯と申すのでございます。
画家。まあ、何んという妙なお詞でしょう。
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画家。どうしたというのです。
令嬢。あなたは今日お互に顔を合せてどう致すと思召おぼしめしていらっしゃいましたの。
画家。わたしはただ今日から二人の生涯が始まると予期していたばかりです。
令嬢。その始まる生涯と仰ゃるのは。
画家。あなたとわたくしとの、これから渡って行く生涯です。
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退
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令嬢。ええ。
画家。どうしても今一、現実の世界で。
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画家。ああ。
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令嬢。そして愛の限りを味わって幾度いくたびも幾度も接吻せっぷんいたしましたの。
画家。それがもう出来ないんですか。
画家。なぜでしょう。
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()()()調
令嬢。これから本当のオペラにしようと仰ゃるのでございますか。
()
()
調調調鹿()()()
画家。そこまで深く考えて見たのですか。
()()調
画家。普通でないとは。
令嬢。新人でございますわ。何んに致せ、あの大勢のいる宴会の中で、隠れみの、隠れがさをでも持っているように致す事の出来た二人でございますから。
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画家。なぜ二十年というのですか。
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画家。芸術ですと。
調()
画家。そして千万たび死ぬるのですか。
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画家。どうしてそんな事をいうのですか。
画家。なぜ。
令嬢。あなたはきのう宴会にいらっしゃる時、絵をかきかけて置いていらっしゃったのではございませんか。
令嬢。でもかこうと思っていらっしゃったのでございましょう。
画家。かけるかも知れないと位は思っていたのですよ。
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()()()()()
()()()調調調()
()
画家。ただ一しょになっていたのだろうというのです。
令嬢。ここにでございますか。
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令嬢。それでも、そんな風な生活は、もうとっくに因襲になってしまっているじゃあございませんか。
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調調調()()
令嬢。そんな幸福を求めようと仰ゃるのでございますか。
()
画家。そんな幸福がどこかにあるというのですか。
画家。ふん。
令嬢。どうもわたくしには、そんな風に感じられますの。
画家。今でもですか。
()()()()()()()退
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モデル。(さっぱりと)そのお嬢さんがわたしの髪とおんなじならようございますが。
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モデル。え。
モデル。待っていますわ。
画家。その内に日が暮れてしまって、かけなくなったらどうするい。
モデル。そんならそのあしたまで待ちますわ。
モデル。そんならわたしは、花輪を頭に載せたままで、じっとしてそのあしたまで坐っていますわ。
画家。夜通しかい。
モデル。ええ。
()
モデル。居眠なんかしませんわ。
画家。折角そうしてくれても、翌日になって見れば、その花がしぼんでいるかも知れない。
()()退()()()()()
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[#改ページ]

   (家常茶飯附録) 現代思想(対話)


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記者。それでは交際が広いのですね。
()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沿()
記者。それでは画家や彫塑家の評論をる外は大抵抒情詩を遣っているのでしょうね。
()()()()()()()鹿()
記者。小説はありませんか。
()()()()()()鹿
記者。脚本は家常茶飯の外にまだありますか。
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記者。何故なぜ失敗だと云ったのでしょう。
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記者。この脚本に対する批評は伺われませんか。
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    ライネル・マリア・リルケ著作目録
     (Rainer Maria Rilkes Werke.)
  題号                 種類 発行年 発行地      備考
Leben und Lieder.            詩  1894  Strassburg i.S.  ――
Larenopfer.                詩  1896  Prag       絶板
Jetzt und in der Stunde unsres Absterbens.脚本 1896  家蔵板      絶板
Traumgekroent.              詩  1897  Leipzig      ――
Advent.                  詩  1898  同右       ――
Am Leben hin.               小説 1898  Stuttgart     ――
Zwei Prager Geschichten.         小説 1899  同右       ――
Geschichten vom lieben Gott.       小説 1900  Leipzig      (三板[#改行]1908)
Die fr※(ダイエレシス付きU小文字)hen Gedichte.(Mir zur Feier 改題)詩 1900  Leipzig und Berlin (再板[#改行]1909)
Die Letzten.               小説 1901  Berlin und Stuttgart――
Das taegliche Leben.           脚本 1901  Muenchen     ――
Das Buch der Bilder.           詩  1902  Berlin und Stuttgart(再板[#改行]1906)
Worpswede.                評論 1903  Bielefeld und Leipzig(再板[#改行]1904)
Das Stundenbuch.             詩  1905  Leipzig      ――
Die Weise von Liebe und Tod des Cornets
 Christoph von Rilke.          詩  1906  同右       ――
Neue Gedichte.              詩  1907  同右       ――
Der neuen Gedichte, anderer Teil.     詩  1908  同右       ――
Aufzeichnungen des Malte Laurids Brigge. 散文 1910  同右       ――

    参照書類
Ellen key, Rainer Maria Rilke. Deutsche Arbeit. Prag 1905. Heft 5, 6.
A. Michels, Apollo und Dionysos. Stuttgart 1904.
R. Freienfels, Rainer Maria Rilke. Literarisches Echo. Berlin 1907. IX, 17.
Fr. von Oppeln-Bronikowski. Blaue Blume. Leipzig 1900.
Fr. von Oppeln-Bronikowski, Rainer Maria Rilke. Mitteilungen der literarhistorischen Gesellschaft Bonn. Dortmund 1907.
Franz Wegwitz, Rainer Maria Rilke. Westermanns Monatshefte. Braunschweig 1908. Jahrgang 53, Heft 3.

(明治四十二年五月)






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   199683211



2008719

http://www.aozora.gr.jp/



●表記について