イーハトーボ農学校の春

宮沢賢治




 太陽たいようマジックのうたはもう青ぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴っています。
太陽マジックのうたの楽譜
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(コロナは六十三万二百
 ※[#ト音記号、48-12]‥‥‥
 ※[#ト音記号、48-13]‥‥‥
 ああきれいだ、まるでまっな花火のようだよ。)
 それはリシウムの紅焔こうえんでしょう。ほんとうに光炎菩薩こうえんぼさつ太陽たいようマジックの歌はそらにも地面ちめんにもちからいっぱい、日光の小さな小さなすみれだいだいや赤のなみといっしょに一生いっしょうけんめいに鳴っています。カイロ男爵だんしゃくだって早く上等じょうとうきぬのフロックをて明るいとこへびだすがいいでしょう。
 やなぎの木の中でもかばの木でも、またかれくさの地下茎ちかけいでも、月光いろのあま樹液じゅえきがちらちらゆれだし、早い萱草かんぞうやつめくさのにはもう黄金きんいろのちいさな澱粉でんぷんつぶがつうつういたりしずんだりしています。
(※[#ト音記号、49-8]‥‥‥
 コロナは三十七万十九
 ※[#ト音記号、49-10]‥‥‥
 ※[#ト音記号、49-11]‥‥‥                    )
 くずれかかった煉瓦れんが肥溜こえだめの中にはビールのようにあわがもりあがっています。さあ順番じゅんばんおけもう。そこらいっぱいこんなにひどく明るくて、ラジウムよりももっとはげしく、そしてやさしい光のなみが一生けん命一生けん命ふるえているのに、いったいどんなものがきたなくてどんなものがわるいのでしょうか。もうどんどんあわがあふれ出してもいいのです。青ぞらいっぱい鳴っているあのりんとした太陽たいようマジックの歌をおきなさい。
(コロナは六十七万四千
 ※[#ト音記号、50-6]‥‥‥
 ※[#ト音記号、50-7]‥‥‥                    )
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(※[#ト音記号、51-1]‥‥‥
 ※[#ト音記号、51-2]‥‥‥
 コロナは八十三万五百
 ※[#ト音記号、51-4]‥‥‥
 ※[#ト音記号、51-5]‥‥‥                    )
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(コロナは六十三万十五
 ※[#ト音記号、52-2]‥‥‥
 ※[#ト音記号、52-3]‥‥‥                    )
 おおこまどり、鳴いて行く鳴いて行く、音譜おんぷのようにんで行きます。赤い上着うわぎでどこまで今日はかけて行くの。いいねえ、ほんとうに、
かえれ、こまどり、アカシヤづくり。
赤の上着うわぎに野やまをえて
(※[#ト音記号、52-8]‥‥‥
 ※[#ト音記号、52-9]‥‥‥
 コロナは三十七万二千
 ※[#ト音記号、52-11]‥‥‥                    )
 そこの角から赤髪あかげ子供こどもがひとり、こっちをのぞいてわらっています。おい、大将たいしょう証書しょうしょはちゃんとしまったかい。筆記帳ひっきちょうには組と名前を楷書かいしょで書いてしまったの。
 さあ、春だ、うたったり走ったり、とびあがったりするがいい。風野又三郎かぜのまたさぶろうだって、もうガラスのマントをひらひらさせ大よろこびでかみをぱちゃぱちゃやりながら野はらをんであるきながら春が来た、春が来たをうたっているよ。ほんとうにもう、走ったりうたったり、飛びあがったりするがいい。ぼくたちはいまいそがしいんだよ。
(コロナは八万三千十九
 ※[#ト音記号、53-8]‥‥‥
 ※[#ト音記号、53-9]‥‥‥                    )
 砂土すなつちがやわらかいにおいいきをはいています。いままでやすんでいた虫どもが、ぼんやりといまをさまし、しずかに息をするらしいのです。麦はつやつや光っています。雪の下からうまくとけて出て青い麦です。早く走って行こう、かけさえしたらすぐに麦はむのだ。
(コロナは八万三千十九)
 わたくしたちが柄杓ひしゃくこえを麦にかければ、水はどうしてそんなにまだ力も入れないうちに水銀すいぎんのように青く光り、たまになって麦の上に飛びだすのでしょう、また砂土がどうしてあんなにのどのかわいた子どもの水をむように肥を吸い込むのでしょう。もうほんとうにそうでなければならないから、それがただひとつのみちだからひとりでどんどんそうなるのです。
(コロナは十万八千二百
 ※[#ト音記号、54-7]‥‥‥
 ※[#ト音記号、54-8]‥‥‥                    )
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(コロナは三十七万二百
 ※[#ト音記号、55-1]‥‥‥
 ※[#ト音記号、55-2]‥‥‥                    )
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(※[#ト音記号、55-9]‥‥‥
 ※[#ト音記号、55-10]‥‥‥                    )
 やなぎの木でもかばの木でも、燐光りんこう樹液じゅえきがいっぱいみゃくをうっています。





底本:「イーハトーボ農学校の春」角川文庫、角川書店
   1996(平成8)年3月25日初版発行
底本の親本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十巻 童話※(ローマ数字3、1-13-23) 本文篇」筑摩書房
   1995(平成7)年9月25日初版第1刷発行
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2009年8月22日作成
2023年7月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について

ト音記号    48-12、48-13、49-8、49-10、49-11、50-6、50-7、51-1、51-2、51-4、51-5、52-2、52-3、52-8、52-9、52-11、53-8、53-9、54-7、54-8、55-1、55-2、55-9、55-10


●図書カード