人柱の話

南方熊楠




(南方閑話にも收めたれど、一層増補したる者を爰に入る)


 建築土工等を固めるため人柱を立てる事は今も或る蕃族に行なはれ其傳説や古蹟は文明諸國に少なからぬ。例せば印度の土蕃が現時も之を行なふ由時々新聞にみえ、ボムパスのサンタルパーガナス口碑集に王が婿の強きを忌んで、畜類を供えても水が湧かぬ涸池の中に乘馬のまゝ婿を立せると流石は勇士で、水が湧いても退かず、馬の膝迄きた、吾が膝まできた、脊迄きたと唄ひ乍ら、彌々水に沒した。其跡を追つて妻も亦其池に沈んだ話がある。源平盛衰記にも又清盛が經の島を築く時白馬白鞍に童を一人のせて人柱に入れたとあれば乘馬の儘の人柱も有つたらしい。但し平家物語には、人柱を立てようと議したが罪業を畏れ一切經を石の面に書いて築いたから經の島と名附けたとある。
 調
 ※(「業+おおざと」、第3水準1-92-83)退※(「口+孛」、第4水準2-3-90)輿西
 日本で最も名高いのは例の「物をいふまい物ゆた故に、父は長柄の人柱」で、姑らく和漢三才圖會に従ふと、初めて此橋を架けた時水神の爲に人柱を入れねば成らぬと關を垂水村に構へて人を捕へんとす。そこへ同村の岩氏某がきて人柱に使ふ人を袴につぎあるものときめよと差いでた。所がさういふ汝こそ袴につぎがあるでは無かと捕はれて忽ち人柱にせられた。其弔ひに大願寺を立てた。岩氏の娘は河内の禁野の里に嫁したが、口は禍ひの本と父に懲りて唖で押通した。夫は幾世死ぬよの睦言も聞かず、姿有つて媚無きは人形同然と飽き果て送り返す途中、交野の辻で雉の鳴くを聞き射にかゝると駕の内から妻が朗らかに「物いはじ父は長柄の人柱、鳴ずば雉も射られざらまし」とよんだ。そんな美聲を持ちながら今迄俺獨り浪語させたと憤る内にも大悦びで伴返り、それより大聲揚げて累祖の位牌の覆へるも構はずふざけ通した慶事の紀念に雉子塚を築き杉を三本植付けたのが現存すてな事だ。この類話が外國にも有り埃及王ブーシーリスの世に九年の飢饉あり、キプルス人フラシウス毎年外國生れの者一人を牲にしたらよいと勸めたところが、自分が外國生れ故イの一番に殺された由。(スミスの希羅人傳神誌名彙卷一)左傳には賈太夫が娶つた美妻が言はず笑はず、雉を射取つて見せると忽ち物いひ笑ふたとある。(昭公二十八年)
 
 此程の本紙(大正十四年六月廿五日大阪毎日)に誰かゞ橋や築島に人柱はきくが築城に人柱は聞かぬといふ樣に書かれたが、井林廣政氏から曾て伊豫大洲の城は立てる時お龜てふ女を人柱にしたのでお龜城と名づくと聞いた。此人は大洲生れの士族なれば虚傳でも無らう。
 横田傳松氏よりの來示に大洲城を龜の城と呼んだのは後世で、古くは比地の城と唱へた。最初築いた時下手の高石垣が幾度も崩れて成らず、領内の美女一人を抽籤で人柱に立てるに決し、オヒヂと名づくる娘が中つて生埋され、其より崩るゝ事無し。東宇和郡多田村關地の池もオセキてふ女を人柱に入れた傳説ありと。氏は郡誌を編んだ人ときくから特に書付けて置く。
 清水兵三君説(高木敏雄氏の日本傳説集に載す)には雲州松江城を堀尾氏が築く時成功せず、毎晩其邊を美聲で唄ひ通る娘を人柱にした、今も普門院寺の傍を東北を謠ひながら通れば必ず其娘出て泣くと。是は其娘を弔ふた寺で東北を謠ふ最中を捕はつたとでもいふ譯であらう。現に予の宅の近所の邸に大きな垂枝松あり、其下を夜更けて八島を謠ふて通ると幽公がでる。昔し其邸の主人が盲法師に藝させ八島を謠ふ所を試し切りにした其幽じるしの由。いやですぜ/\。
 英蘭とスコットランドの境部諸州の俗信に、パウリーヌダンターは古城砦鐘樓土牢等にある怪で、不斷亞麻を打ち石臼で麥をつく樣の音を出す。其音が例より長く又高く聞ゆる時其所の主人が死又は不幸にあふ。昔しピクト人は是等の建物を作つた時土臺に人血を濺いだから殺された輩が形を現ずると。後には人の代りに畜類を生埋して寺を強固にするのが基督教國に行はれた。英國で犬又は豚、瑞典で綿羊抔で何れも其靈が墓場を守ると信じた。(一八七九年版ヘンダーソンの北英諸州俚俗二七四頁)甲子夜話の大阪城内に現ずる山伏、老媼茶話の猪苗代城の龜姫、島原城の大女、姫路城天守の貴女等築城の人柱に立つた女の靈が上に引いた印度のマリー同然所謂ヌシと成りて其城を鎭守した者らしい。ヌシの事は末段に述ぶる。
 稿
 
 滿調
 西
 
 西西西
 調

 退102-3使使※(「女+戸の旧字」、第3水準1-15-76)使
 105-3使使106-1
 宿宿禿禿廿108-12
 109-10
 ※(「窗/心」、第3水準1-89-54)西
 
 
 

   ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)





 
   19924720

   192615111
 
   1925149



201228

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JIS X 0213

JIS X 0213-


小書き片仮名ヲ    102-3、108-12、109-10
小書き片仮名ン    105-3
小書き片仮名ヰ    106-1


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