髪切虫

夢野久作




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エジプトの       御代しろしめす
美しき         クレオパトラの
わが女王きみは       笑はせたまはず」

国々は         うれひにとざ
民草は         悲しみ濡れて
朝まつり        いとおろそかに
夜のおとど       みあかし暗く
まさびしき       御閨みねやのうち
わが女王きみは       寝がへらせつゝ
ひそやかに       歎かせたまふ」

われはこれ       はしの女王
エジプトの       御代を治めて
神々の         力をかねて
思ふこと        とゞかぬは無く
ねごふこと       かなはぬはなし
何一つ         不足なけれど
ただ一つ        みちたらぬもの
わが知れる       生きとし生ける
ものみなは       などかくばかり
たど/\と       ものうきやらむ」

天地は         古くよごれて
ものみなは       汗ばみつかれ
めざめては       又ゐねむりて
ちりひぢに       まみれくされて
おなじ日と       おなじ月のみ
さびしらに       かゞよひ渡る」

われもまた       あだいたづらに
春秋はるあきを         老いて行くのみ
ああわれは       かくはかなくも
エジプトの       御代を知りつゝ
神々の         まもりうけつゝ
此の広き        山と河にも
おもしろく       をかしき事を
何一つ         見出でぬまゝに
老い行きて       死に果てむ身か」

御涙          ハラ/\と落ち
ほのぼのと       夜は明けわたる」

折しまれ        あなめづらしや
女王様わがきみの        御声として
カヤ/\と       笑はせ給ふ」

わが女王きみの       御閨みねやぬちに
いづくより       迷ひ入りけむ
一匹の         髪切虫を
かしこくも       捕はせ給ひ
此上こよもなく       興がらせつゝ
黄金こがねにも        たとへ難かる
御髪おんぐしを         あたへ給ひて
ついばませ        ませ給ひて
カヤ/\と       笑はせ給ふ」

あなをかし       髪切虫よ
おもしろの       髪切虫よ[#底本では、この「髪切虫よ」だけ1字上がっている]
いつまでも       髪切り飽かず」

あかつきの       雲の波打つ
はてしなき       わが黒髪を
残りなく        切りつくさむとや
丸坊主に        しつくさむとや」

埃及エジプトの         御代を知る身を
はばからね       髪切虫よ
なれこそは        虫の王なれ
青光る         髪切虫よ
うるはしの        髪切虫よ」

われ死なば       なれに慣ひて
髪切の         虫と生まれて
かぎりなく       恋を重ねて
はてしなく       卵を生みて
黒雲の         天ぎるきはみ
白浪の         打ち寄るかぎり
匐ひまはり       且つ飛びかけり
闇といふ        闇にしのびて
女てふ         女のかみ
こと/″\く      たうべつくして
青空の         たなびくところ
黒つちの        くゞまるところ
人間の         さまよふきはみ
口づけの        結ぼほるかぎり
美しき         坊主あたまを
永久永遠とことはに       流行はやらせむかな
あなをかし       あなおもしろや
おもしろの       かみきり虫や
ヒヒヒホホ       カヤ/\/\/\」

女王きみの御代       これよりほがらに
大御心         ひらけ浮かれて
歌宴うたげして        舞ひ給ふとて
腋下わきしたの         おん渦巻毛うづまきげ
こと/″\く      抜かせ給ひて
かの虫に        あたへ給ひぬ」

さればわが       女王きみの御果て
み誓ひの        固きにまかせ
御柩みひつぎの         御片隅に
の虫の        木乃伊ミイラを作り
秘めやかに       納めまつりつ
女王様わがきみの        髪切虫の
れまさむ       来世を待ちね
うるはしき        坊主頭を
永久永遠とことはに       流行はやらせむ為」

されば聞け       後の世の人
女王様わがきみの        木乃伊ミイラ納めし
御柩みひつぎの         おん片隅に
女王様わがきみの        御髪みぐしみつゝ
髪切虫         今もくなり
千年の         神秘をこめて
キツチ/\……ヰツチ/\……
  ……ギイ/\/\/\/\……」

 
 
 ()()※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)()()()()()()()()()()()()()
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   199248241

kazuishi
20001025
200638

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