ある所にアア、サア、リイという三人の兄弟がありました。
その中うちで三番目のリイは一番温おと柔なしい児でしたが、ちいさい時に眼の病気をして、片っ方の眼がつぶっていましたので、二人の兄さんはメッカチメッカチとイジメてばかりおりました。
リイは外へ遊びに行っても、ほかの子供にやっぱしメッカチメッカチと笑われますので、いつもひとりポッチであそんでいましたが、感心なことに、どんなに笑われてもちっとも憤おこったことがありませんでした。
ある時、三人の兄弟はお父さんとお母さんに連れられて、山一つ向うの町のお祭りを見に行きましたが、その時お父さんが、
﹁今日は三人に一つずつオモチャを買ってやるから、何でもいいものを云ってみろ﹂
と云われました。
アアは、
﹁何でも狙えばきっとあたる鉄砲がいい﹂
と云いました。サアは、
﹁何でも切れる刀が欲しい﹂
と云いました。又リイは、
﹁どこでも見える遠とお眼めが鏡ねが欲しい﹂
と云いました。
これを聞いたお父さんとお母さんはお笑いになって、
﹁お前達の云うものはみんな六むずヶかしくてダメだ。それにアアのもサアのも、鉄砲だの刀だの、あぶないものばかりだ。そんなものを欲しがるものじゃない。リイを見ろ。一番ちいさいけれども温おと柔なしいから、欲しがるものでもちっともあぶなくない。みんなリイの真似をしろ﹂
と、兄さん二人が叱られてしまいました。そうして何も買ってもらえずに、只お祭りを見たばかりでお家うちへ連れて帰られました。
アアとサアと二人の兄さんは大層口く惜やしがって、今夜リイをウンとイジめてやろうと相談をしましたが、リイはチャンときいて知っておりました。
その晩、兄弟三人は揃って、
﹁お父さんお母さん、お先へ……﹂
と云って離れた室へやに寝ますと、間もなくアアとサアは起き上って、リイをつかまえて窓から外へ引ひきずり出して、そのまま窓をしめて寝てしまいましたが、リイは前から知っていましたから、声も出さずに兄さん達のする通りになっていました。
リイはそのまま窓の外の草くさ原はらに立って、涙をポロポロこぼしながら東の方を見ていますと、向うの草山の方が明るくなって、黄色い大きなお月様がのぼって来ました。
リイはこんな大きなお月様を見たのは生れて初めてでしたから、ビックリして泣きやんで見ておりますと、不意にうしろの方からシャガレた声で、
﹁リイやリイや﹂
と云う声がしました。
リイはお月様を見ているところに不意にうしろから名前を呼ばれましたので、ビックリしてふり向きますと、そこには黒い三角の長い頭巾を冠かぶり、同じように三角の長い外がい套とうを着た、顔色の青い、眼の玉の赤い、白髪のお婆さんが立っておりました。
そのお婆さんはニコニコ笑いながら、外套の下から小さな黒い棒を出してリイに渡しました。そうしてリイの耳にシャガレた低い声でこういいました。
﹁リイ、リイ、リイ
片目のリイ
この眼がね、眼にあてて
息つめて、アムと云え
すきなとこ、見られるぞ
リイ、リイ、リイ
片目のリイ
このめがね、眼に当てて
すきなとこ、のぞいたら
息つめて、マムと云え
どこへでも、ゆかれるぞ
アム、マム、ムニャムニャ﹂
と云うかと思うと、暗い家の蔭に這入ってそのまま消え失せてしまいました。
リイはビックリして立っておりましたが、やっと気がついて見ると、自分の手には一本の黒い棒をしっかりと握っております。
リイはいよいよ不思議に思いました。急いでその棒をお婆さんに返そうと思って、たった今お婆さんが消えて行った暗いところへ行きますと、そこは平ひらたい壁ばかりで、お婆さんはどこへ行ったかわかりませんでした。
リイはどうしようかと思いましたが、それと一所に今のお婆さんが云ったことを思い出しまして、ためしに黒い棒を片っ方の眼に当てて、向うの山の上のお月様をのぞいて、教わった通り、
﹁アム﹂
と云って見ました。
リイはあんまり不思議なのに驚いて、棒を取り落そうとした位でした。
お月様の世界がリイの眼の前に見えたのです。
見渡す限り真白い雪のような土の上に、水晶のように透きとおった山や翡ひす翠いのようにキレイな海や川がありまして、銀の草や木が生はえ、黄金の実が生なって、その美しさは眼も眩くらむほどです。その中に高い高い大きな大きな金剛石の御殿が建っていて、その中にあのお伽とぎ噺ばなしの中にある竜宮の乙姫様のような美しいお嬢さんがこちらの方を見て手招きをしております。
リイは急に行って見たくなりましたから、又教わった通り呼吸を詰めて、
﹁マム﹂
と言って見ました。
リイが遠眼鏡をのぞいて、﹁マム﹂と魔法の言葉を使いますと、向うに見えている月の世界のけしきがだんだん近寄って来ました。
宝石の身から体だに金銀の羽根を持った鳥や虫、または何とも云いようのない程美事な月の御殿の中の有あり様さまや、そこに大勢の獣けものや鳥を連れて迎えに出て来た美しいお姫様の姿なぞが、ズンズン眼の前に近づいて来ました。
変だと思って遠眼鏡を眼から離しますと、これはどうでしょう。
リイはいつの間にか月の世界の真白な砂の上に立っておりまして、今までいた人間の世界は、向うに見える水晶の山の上にお盆のようにちいさくなって、紫色に美しく光っています。
あんまり不思議なことばかり続くので、リイは肝を潰して立っていますと、そこへ最前の美しいお姫様が来まして、
﹁まあリイさま、よく入らっしゃいました。最前からお待ちしておりました。私はこの月の世界の主人で月姫というもので御座います。どうぞゆっくり遊んで行って下さいまし﹂
と云ううちに、リイの手を取って月姫は御殿の中に連れて行って、いろんな御馳走をリイの前に並べました。
けれどもリイはその御馳走をたべようとはしませんでした。お父様やお母様や兄様たちにだまっておうちを出て月の世界に来たのですから、リイは心配で心配でたまらなくなりました。そうして又もや遠眼鏡を眼に当て、向うの水晶の山の上に見える人間の世界をのぞいて、息をつめて、
﹁アム﹂
と云いました。
そうすると又不思議です。
一番初めに見えたのは、自分のうちに一番兄さんのアアと二番目の兄さんのサアが寝ている枕元に最前の魔法使いのお婆さんがあらわれて、アアには何にでもあたる鉄砲をやり、サアには何でも斬れる刀をやっているところです。
二人の兄さんは望み通りのものを貰ったので、すぐ起き上って外へ飛び出して、王様のお城に行きまして、王様に家来にしてくれと頼みました。
王様は、二人の持っている不思議な宝ほう物もつを見てたいそう感心をして、すぐに家来にしましたが、間もなく隣の国と戦争がはじまりますと、アアとサアは一番に飛び出して、アアは山の向うにいる敵の大将をたった一発で打ち倒しました。そのあとからサアが刀を抜いて、攻めて来る敵を片っぱしから刀も鎧よろいも一ひと打うちに切って切って切りまくりましたので、敵は大敗まけに敗まけて逃げてしまいました。
その御褒美で、アアは王様の国を半分と一番目のお姫様を、サアはまた残りの半分と二番目のお姫様を貰って、二人共王様になり、お父様とお母様を半月宛ずつ両方へ呼んで、大威張りをしているところまで見えました。
リイはあんまり早くいろんなことがはじまって行くので眼がまわるように思いましたが、それでもこの様子を見て安心をしまして遠眼鏡を眼から離しますと、最前から傍かたわらで見ていた月姫はニッコリしながら、
﹁人間の世界を御覧になりましたか﹂
と尋ねました。リイはだまってうなずきますと、月姫様はやはり笑いながら、
﹁あんまりいろんな事が早くかわって行くのでビックリなさったでしょう﹂
﹁ハイ。夜が明けたかと思うともう日が暮れます。そうして暗くなったと思うともう夜が明けています。あれはどうしたわけでしょう﹂
とリイは眼をまん丸にして尋ねました。
﹁それはこういうわけで御座います﹂
と月姫様は云いました。
﹁月の世界の一日は人間の世界の五万日になるのです。ですから、人間の世界の出来事を月の世界から見ると大変に早く見えるのです。もうあなたがその眼鏡を眼にお当てになってから、今までに三年ばかり経たっているのですよ﹂
﹁エッ、三年にも……﹂
とリイはビックリしました。しかしもうお父様やお母様も自分のことを忘れておいでになるだろう。そうして二人の兄さんたちに孝行をされて喜んでおいでになるだろうと思いましたから、いよいよ本当に安心をしました。
そうして月の御殿に這入って、月姫と並んで腰をかけて、並んだ御馳走を食べましたが、そのおいしかったこと。それから鳥の歌、虫の音楽、獣けものの踊りなぞを見ましたが、そのおもしろかったこと……ほんとに月の世界はいいところだとリイは思いました。
そのうちにリイは又家うちのことを思い出しました。
自分はこんなに面白く遊んでいるが、うちの人はどうしているだろうと思いながら、眼鏡を眼に当ててみますと……大変なことが見えました。
リイが人間の世界を遠眼鏡でのぞいた時は、もうこの前見た時から三十年も経っておりましたので、リイのお父さんやお母さんも、それからアアとサアのお妃きさきの父親の王様も死んでしまって、アアもサアも立派な鬚を生はやした王様になっておりました。
一番兄さんのアア王は今一本の手紙を書いて、弟のサア王の国へお使いに持たせてやっております。
その手紙にはこんなことが書いてありました。
﹁おれとお前とはこの国を半分宛ずつ持っている。しかしおれはお前の兄さんだから、お前はおれの家来になって、お前の国をおれによこしてもいいと思う。そうすればお前はおれの一番いい家来にしてやる。けれどももしお前がイヤだと云うのなら、おれは何にでもあたる鉄砲を持っているから、ここからお前を狙って打ち殺してしまうぞ﹂
この手紙を見た弟のサアは大層怒おこりました。
﹁いくら兄さんでも、半分宛ずつわけて貰ったこの国を取り上げるようなことを云うのは乱暴だ。そんな兄さんの云うことは聴かなくてもよい。鉄の鎧を着ていればいくら鉄砲だってこわいことはない。今から兄さんと戦争をしてやろう﹂
と、すぐに家来に戦いくさの用意をさせました。
このことをきいた兄さんのアア王は大層憤おこりまして、
﹁おのれ、サア王の憎い奴め。兄貴の云うことをきかないで戦争の用意をするなんて憎い奴だ。それならこっちから戦争をしかけて滅茶滅茶負かしてやれ﹂
と云うので、すぐに兵隊を呼び集めました。
アア王とサア王の妃きさきはもともと姉さんと妹ですから、大変心配をしまして、いろいろに二人の王様の戦争の用意を止めようとしましたが、二人ともなかなか云うことをききません。
二人のお妃は只泣くよりほかはありませんでした。
この有様を月の世界から見たリイは、月姫にこう云いました。
﹁私はこの戦争を止めに行かなければなりません。そうして二人の兄さんが一生涯戦争をしないようにしなければなりません﹂
月姫はこれをきいて、
﹁ほんとに早く止めて上げて下さいまし。二人のお姉様がお可哀想です。けれども、どうしてこんな大戦争をお止めになるのですか﹂
と眼をまん丸にして尋ねました。
リイはニッコリ笑いながら、
﹁まあ見ていて御覧なさい﹂
と云ううちに又も遠眼鏡を眼に当てました。
リイは遠眼鏡を眼に当てながら、一番兄さんの宝ほう物もつの鉄砲はどこにあるかと思いながら、
﹁アム﹂
と云いますと、すぐに兄さんのアア王のお城の宝たか庫らぐらが見えました。
その宝たか庫らぐらには強そうな兵隊がチャンと番をしておりまして、その庫くらの奥にある大きな鉄の宝箱の中に立派な鉄砲が一梃ちゃんと立てかけてありました。
リイはそれを見つけると喜んですぐに、
﹁マム﹂
と云いますと、もうその宝たか庫らぐらの中の宝箱の中の鉄砲のところへ来てしまいましたから、リイはその鉄砲を肩にかつぎました。
それから今度は次の兄さんのサア王のお城の方を向いて、宝物の刀はどこにあるだろうと遠眼鏡をのぞきながら、
﹁アム﹂
と云いますと、やっぱりそのお城の宝たか庫らぐらの中の宝箱の中にチャンと蔵しまってありましたから、すぐに、
﹁マム﹂
と云うと、そこへ飛んで行ってその刀の紐を腰に結びつけました。
リイはそれからアア王とサア王の国の境さか目いめにある一番高い山の上に遠眼鏡の魔法で飛んで行って、そこの岩に腰をかけて、遠眼鏡で二人の兄さんのお城のようすを見ていました。
二人の兄さんはそんなことは知りません。両方とも有りたけの兵隊をみんな集めて戦いくさの用意をしてしまいますと、家来を呼んで、
﹁あの宝の鉄砲を持って来い﹂
﹁あの宝の刀を持って来い﹂
と云いつけました。
両方の家来は宝たか庫らぐらの中の宝の箱を開いて見ますと、どちらも宝物が無くなっていますので、肝を潰して、
﹁お宝物の鉄砲が無くなっております﹂
﹁お宝物の刀が無くなっております﹂
と青くなって両方の王様に言いました。
両方の王様も青くなってしまいました。それは大変と、てんでに宝庫に駈け付けて調べて見ますと、番兵も庫くらの鍵もチャンとしていながら、中の刀と鉄砲だけ無くなっています。そうしてもとの鉄砲と刀とあったところに、どちらにも、
﹁お宝物はリイがいただいてまいりました。リイは国の境さか目いめの高い山の上にお待ちしております﹂
と書いた紙片が置いてありました。
両方の兄さんたちは憤おこるまいことか、
﹁さては弟のリイは泥棒の名人になったと見える。あの高い山を取り巻いて、リイを引っ捕えて宝物を取りもどせ﹂
と云うので、両方の国の兵隊が両方からその山をぐるりと取り巻いて、ズンズン攻めのぼって来ました。
ところがその山の絶頂まで攻めのぼって来るうちにすっかり日が暮れてしまいましたので、二人の兄さんは両方ともリイが逃げはしまいかと心配していましたが、間もなく東の方からまん丸いお月様がのぼって来ましたので、その月の光りでやっとわかった山道をズンズン登って山の絶頂に来ますと、そこにある高い岩の上に不思議にも昔のままの子供の姿のリイが刀と鉄砲を持って立っておりました。
兄さんのアア王と弟のサア王はこれを見ると、
﹁それ、あいつを弓で射ち殺せ﹂
﹁刀でたたき殺せ﹂
と云いましたので、両方の兵隊は一時に岩の下へ突貫して来ました。
リイは攻め寄せる兵隊を見てニコニコ笑いました。右手に刀、左手に鉄砲をさし上げて、
﹁みんな音なしくしろ。音なしくしないとこの鉄砲と刀とで一人も残らず殺してしまうぞ﹂
と云いました。
これを見ると、今までワイワイと勢いきおいよく攻めのぼって来た兵隊は、皆一時にドンドン逃げ出してしまって、あとにはただ二人のお兄さん、アア王とサア王とだけが残りました。
リイは二人の兄さんに向って岩の上からこう云いました。
﹁お二人のお兄さま、おききなさい。あなたがたはなぜそんなに喧嘩をなさるのですか﹂
二人のお兄さんはこれをきくと恥かしくなって、岩の下で顔を見合わせて真赤になりました。
リイは又こう云いました。
﹁お二人がえらくおなりになったのは、この鉄砲と刀のおかげです。けれども又こんなに喧嘩をなさるのも、この鉄砲と刀があるからです。お二人が仲よくさえなされば、この鉄砲も刀もいらぬ物ですから私がいただいてまいります﹂
と云ううちに、東の方に向って遠眼鏡でお月様をのぞきながら、
﹁アム﹂
﹁マム﹂
と一時に云いました。
そうすると、見るみるうちにリイの足は岩の上から離れて、刀と鉄砲を荷かついだまま月の世界の方へ飛んでゆきました。
月の世界では月姫がリイを待っておりまして、
﹁よくお帰りになりました﹂
とお迎えに出て来ましたが、見るとリイの眼はいつの間にか両方とも開あいておりましたので、月姫は又ビックリして、
﹁まあ。あなたの眼が両方とも開あいていますよ﹂
と云いました。リイもこれを聞くとやっと気がつきまして、
﹁ヤア。ホントに。これは不思議だ。これは大かた今まで自分ひとりで遊んでいたのに、今度はお兄さんたちの仲直りをさせたので、神様がごほうびに開いて下すったのでしょう﹂
﹁ほんとにそうでございましょう。おめでとう御座います。さあお祝いにみんなで遊びましょう﹂
と大喜びで遊びはじめました。
山の上の岩の根本に残った二人の兄さんは、リイが天に飛び上って、お月様の方に行ってしまったのでビックリして抱いだき合いました。そうしてこんな事を約束しました。
﹁リイは神様になった。そうして月の世界からいつも私たちのすることを見ているに違いない。そうして私たちがわるいことをしたら、すぐにあの鉄砲で撃ったり、あの刀で斬ったりするに違いない。だからこれから仲よくしよう﹂
二人はそれから別々にお城へ帰りますと、ほんとうに仲よく暮らしました。
みなさんがわるいことをなすった時も、リイはあの月の世界から遠眼鏡で見ているかも知れません。