東京では今度大地震と大火事がありましてたくさんのひとが死にました。死ななかったひともおうちやきものやたべものがなくなって大変に困りました。
太郎さんと花子さんは、お父様とお母様に手を引かれて東京の近所のばあやの処へ逃げて来ました。二人は久し振りに親切なばあやのお話をきいてよろこんでおとなしくねむりました。
ところが夜中になると太郎さんはねむったまま大きな声を出して、
﹁ポチ、ポチ﹂
とよびました。すると花子さんもねむったままで、
﹁メリーさん、メリーさん﹂
と呼びました。そうしてまたスヤスヤとねむりました。お父様とお母様とは顔を見合わせて、
﹁犬とお人形の夢を見ているのですよ﹂
﹁どちらも焼けてしまっただろう。可哀そうに……﹂
と言われました。
あくる朝、太郎さんと花子さんは二人揃ってお父様とお母様の前へ出て、
﹁どうぞも一ペン東京に連れて行って下さい。あたしたちは昨ゆう夜べ二人共同じ夢をみました。ポチもメリーちゃんも焼けずにいて、早くお迎えに来て頂戴っておまねきをしていましたから﹂
と言いました。お父さんもお母さんも大層お笑いになって、
﹁そんな事はない。犬は逃げたかも知れないが、人形は押入れに仕舞ってあったのだから、きっと焼けてしまったに違いない。もうしかたがないから二人ともおとなしく遊ぶのですよ。そうしたら今に又いい犬といいお人形を買って上げるから﹂
と言われました。
二人は悲しくなってシクシク泣き出しましたが、やがて花子さんはばあやのお庭の隅に、﹁メリーさんのお墓﹂と書いた木の札を立ててコスモスやケイトーの花を上げて拝みました。太郎さんは、
﹁ポチが生きていればメリーチャンもきっと焼けないでいるよ。まだよくわからないのだからお墓を建てるのおよしよ﹂
と止めましたが、花子さんはただシクシク泣いて拝んでいました。
火事がすっかり済んでから、お父様は一人でお家の焼けあとを見にいらっしゃいましたが、夕方になると急いで帰って来て、
﹁うちはたった一軒焼け残っていた。さあみんな来い﹂
と大喜びで、ばあやも連れて東京のおうちへお帰りになりました。
おうちに来ると花子さんは何より先に押入れをあけて人形を見つけますと、抱き締めて飛んでよろこびました。それと一緒に太郎さんはおうちのまわりをクルクルまわって、
﹁ポチよ、ポチよ﹂
と呼んでいましたが見つかりませんので、ベソをかいて帰って来ました。そうして今度はお庭の隅にポチのお墓をこしらえ始めました。
花子さんはそれを見て、
﹁お兄様、お人形が焼けなかったからポチもきっと無事ですよ。お墓を作るのはおよしなさい﹂
と慰めましたが、太郎さんはきかずにお墓を作ってお水を上げて拝んでいました。
するとその晩おそくワンワンワンとはげしく犬が吠える声と一緒に、
﹁痛い痛い。畜生。ア痛た痛た。助けてくれ﹂
と言ううちに、バタバタと誰か逃げて行く音がしました。
太郎さんは一番に飛び起きて、
﹁ポチだ、ポチだ﹂
と表へ飛び出しました。お父様もお母様も花子さんも驚いてみんな表へ出ますと、泥棒のようななりをした大男が犬に食いつかれて跛びっこを引き引き向うへ逃げて行きます。そのあとからポチが一所懸命吠えながら追っかけて行きますと、やがて泥棒は通りかかったお巡まわ査りさんに捕まってしまいました。
帰って来たポチを見ると、太郎さんは抱きついて嬉し泣きをしました。
﹁えらい、えらい。よく泥棒を追っ払った﹂
﹁さあ御ほうびにお握りを上げるよ﹂
とお父さんとお母さんが交わる交わるお賞めになりました。
﹁やっぱりあの夢はほんとだったわね﹂
と花子さんは人形を抱きながら太郎さんに言いました。太郎さんは犬の背中を撫でながら嬉しそうにうなずきました。