風隠集

北原白秋




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震前震後



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薄日の崖


白菊


目にたちて黄なる蕋までいくつあかる白菊の乱れ今朝まだつめたき

黄のしべのいとど目にたつ白菊は花みな小さし咲き乱れつつ

さえざえと今朝咲き盛る白菊の葉かげの土は紫に見ゆ

独遊ぶ今朝のこころのつくづくと目を留めてゐる白菊の花に

菊のよ故しわかねどうらうらに咲きの盛りは我を泣かしむ

咲くほどは垣内かきつの小菊影さして日のあたり弱きしづもりにあり

独居ひとりゐはなにかくつろぐ午たけて酒こほしかもこの菊盛り

この垣内かきつ見つつ狭けど白菊のにほふおもてのかぎりなく澄む

籬の菊
鎌倉小町園にて
日あたりのませの白菊小町菊盛り過ぎつつなほししづけさ

白菊や香には匂へどうつつなしよにしづかなる日ざしあたれり

菊の影いくつしづけき真柴垣日は移るらしあたるとなしに

かの薫るは日当りの菊日かげの菊いづれともわかぬ冷たき菊の香

日向べは観てしづかなり菊の香のうつらかがよふひと日遊ばむ

草の穂
父母のしきりに恋し雉子のこゑ  芭蕉
日当りと日影のすぢめ目につきてしきりにさびし穂にそよぐもの




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()椿

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雪あかり冴えてましろき駒ヶ嶽まさ眼に北はかげの濃く見ゆ

墓の石一つ一つに雪つけて見のかなしもよわらはべがごと

はじの木にとををに白く積む雪は枝にもつめど実の房ごとに

何にまして白くすべなし墓地裏の雑木ざふきの雪のいとどあかるは

雪ふりぬ何といふことなく掻餅焼き裏かへしをり火を赤くつぎて

雪に立つ竹のあはひの気に立ちてあかくかがよふ春さりにけり

雪ののち今朝しづかなり大き※(「窗/心」、第3水準1-89-54)の北の明りにふみは読みつつ

堂ヶ島の雪
一月二十八日、堂ヶ島に遊ぶ。翌日帰宅。
箱根路は早やおもしろし山松やみ雪ふりつむ二三本見ゆ

あぜは畔田は田のかたにつもりたりおもしろの雪やおもしろの雪や

雪しろき千本鉾杉下に見てわが行くそばえとほりつつ

明るさよ杉の叢葉むらはにつむ雪の揺るるかと見ればしづれてぞ見ゆ

暮の岨の雪踏み来る荷駄馬の蹄鉄あしがねに穿く大き草鞋わらんぢ

向つ山まだ明れどもこの日暮ひえびえと落つる細き白滝

しみしみと夕冷ゆふひえまさるしら雪に岩うつり啼くは河原鶸かはらひわかも

雪に来る河原鶸かと耳とめて碁石うちゐついまだともさず

したしくは妻子とこもれゆきあかりのこの谿底たにそこの日の暮のひえ

おとなしく炬燵こたつにはひり日暮なりふりつつやみし雪のあとのひえ

雪ふかしここの谿間たにまの湯の宿の湯気ゆげのこもりによくぬくもらむ

岩群の岩の畳みの雪あかり暮れつつしありてくらみつつあり

凍みひびくたにがはの岩床の大岩床の間近まぢかくに寝る

早春の朝餐


杉の根の縁白笹に燃ゆるのこのしづけさよたまらふ見れば

杉むらに杉の落葉を拾はなと拾ひつつゐてなにか素直さ

澄みたまる陽のしづけさよ熊笹のむら笹が奥も燃えあかりつつ

澄みたまる陽のぬくとさにはひり来て妻とし拾ふ枯葉杉の葉

日あたりの杉の落葉の裏じめりやや手にひやき春さりにけり

落葉掻く我の歩みのおのづからよき日あたりへ向ひつつあり

山窪のざしに遠き青杉も半ば焦げつつ花つけぬ皆

山はまだ花やや寒きはりの枯れ枯れの枝に蒿雀あをじつどへり

春あさき榛の木原こばらの空あかり今朝は蒿雀の飛ぶ影はや

丘に来て酒あたたむる友情なからひも稀なるが故に春のかなしさ

雪折のさをの真竹はあはれなり三つ割に白く走りけたり

この寒きが竹の花かと手にふれてまたのぼるなり竹の上の岨を

春はまだ青からたちのとげのするどにやき眼のさやりなり

杉垣の小杉若木はその葉さへ紅う染み出つ漆葉のごと

続堂ヶ島行
二月十七日、前田夕暮君と、妻と三人堂ヶ島に遊ぶ。




()※(「窗/心」、第3水準1-89-54)()()





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()※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

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鹿




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はりの花くれなゐふかし遥か見る丹沢山に雪の消えつつ

雪しろき阿夫利の山のとがにひたひたと触れて青き空はある

榛の木の花の盛りを声に出づる薬鑵の酒の煮えのしづけさ

ほたほたと掻きて垂らせるしゆの漆榛の雄花は春早き花

陽のもとに酒あたたむるのどけさを今日も楽しと来りつどへる

春あさし酒を柴火にあたためて白木綿雲しらゆふぐもの行き消ゆる見む

ねもごろに酒はぬくめむ杉山の杉の落葉は火を燃すによき

日あたりに杉の落葉を燃しつけて酒わかすの晴れの潮騒しほざゐ

おのづから滞らざらむ落葉火に薬鑵の酒も音を立つるを

春あさき樫の葉ならむ陽のさして風こもるらしきこまごまの照り

枯くさにしばし酔ひてほかほかと身もぬくもらな心ゆくまで

狭間田はざまだの田尻にひびく瀬の鳴りのなにかしら近し春としなりけむ

雪解靄いまだはこもれ松山の高きを移る頬白のこゑ

峯の脊に辛うじてもつ夕ばえの後かがやきも暮れはてむとす

芝崖に草木瓜くさぼけ赤き日おもての水之尾道は行きつつかな

今思へばかの音なりし水車なりし櫟丘くぬぎをか越えて見の春めくは

ああ早春、桐の木畑の桐の木の実の殻れて鶺鴒翔ける

竹藪にはひるこみちのよく見えて裾明り寒しせせらぎのあるか

はきはきと竹馬の跨ひろげゆく子が連多し藪そとの風

蜜柑袋かつぎ来る子をよびとめし友さびしからむ五つ六つ買ひぬ

この日ごろ野山にまじり人にまじり遊びほれてゐるそれがかなしも

積藁に南天の実のかげ揺れて子ら騒ぎ出づる日の暮のはれ

わが妻が厠借りにとゆく農家の縁さきに早しべにつばきの花

府川氏宅に寄る、友不在


はちはちと蜜柑のかたき葉を燃してゐろり大きなり蜜柑山の家

大き籠をかかへ来ましぬ蜜柑なりいまだ馴染なじまねど友が母刀自

夕風に小さき子を負ひ蜜柑畑の岐れ道まで来らす爺かも

弟を迎へて




たまさかは来よとねがひき来しゆゑにこのおとかなし酒なとぬくめな

芝丘のつばらの小松春浅し行きてもでな酒わかしつつ

杉のにわづかにぬくき日のあたりなにがなうれし弟と見て

この日やや雨もよひ暗し土耳古赤の榛の木の花の房のみ揺れつつ

しゆんしゆんと煮立つ酒かも吾がおとと春早き丘に来り火をたく

やどり木の薬玉くすだまかがる春あさき欅の雨も見の親しかも

芝崖に妻が見つけし草木瓜の花赤きからに弟と掘る

この岨や焼芝つづき草木瓜のところどころ咲きて水之尾みづのを近し

日の在処ありどくろく幽けき女松山の春雨親し田雲雀のこゑ

夕湿る女松めまつ山ゆき野山ゆきおとと語らふ父母の事

道の辺の落葉か薄くなりにけり菫咲くべき春や近づく

白梅五品



白梅のかかる盛りを父母と遊びまつらでうたたうとしも

白梅の咲きの盛りをうれしうれし弟も来ぬ弟嫁おとよめも来ぬ

これの世におなじ父母いただくと弟とかなし白梅のもと

われとしたけ老いし父母まもる事のさびしとは思へ白梅の花

この春も老いし父母かなしくて為すなき我や遠く遊ばず


梅咲きて空も明るか声立てて児は喜べりに出づるたび

抱かれて吾が児がさやる梅の花うてなあかしその枝のさきに


今を盛りの梅花の影を双手もろてとりてあるかせば歩くこの児がかはゆさ

梅咲きて吾が児はかなし歩むとし歩み蹴上げぬ小さき赤き靴を


梅咲きて白くしづけき日おもては見つつよろしも草餅くさもちひ


この朝や山の迅風はやち風息かざいきにかがやきて白し梅の花みな

春はいま梅花の盛り七面鳥が風おこるたびに真正面まとも向きて来る

春夕小閑


春あさき夕日の光かやのにまだ射しあかるしばし暇あり

山荘の晩春


水之尾道の春


裏丘の※(「木+若」、第3水準1-85-81)しもとがかげの花すみれ乏しくは咲けど咲ける皆濃き

下畦したあぜの赤き櫨子しどみを根に掘るとかがみゐてさびし高圧線のうなり

焼芝に櫨子しどみ燃えたつ高畦たかあぜの下道かへる新入生と母

朝ひらく黄のたんぽぽの露けさよ口寄する馬の叱られてゆきぬ

山ゆくと山のしきみの黄の花のよにつつましき春も見にけり

山松の夕日のこぼれひろひ来て我幽かなり雲に会ひつつ

霞を愛す


ことにいでて春は山辺の夕がすみづてふならね山にこもりぬ

夕かけて双子の山にゐる雲の白きを見れば春たけにける

濃き淡き遠山霞あかねさし夕べは親し日の洩れにけり

山の尾のひだの五百重の春がすみなごめる空は夕かけて見む

まだ白き野火のけむりの春じめりゆふべは靄にこもらひにけり

春はまた山辺の子らが防ぐ火の走り火あかく燃えて暮れつつ

なごやかに今日もありけりさみどりのわらびひて灰汁あくにひたしぬ

独居の春


春山は杉も青みていつしかと鶯の声が鶸に代りぬ

春といへば青き鱗の杉の花粉にふきいでてうちらふめり

ほたほたと掻きて垂らせる朱のうるしはりの雄花は春早き花

人言ひとごとよほとほといとへ寂しくてえは堪へずけり春をこもるは

春いまも前の小藪の花なづな見つつすべなし見てをのみゐる

誰か知る人か来けらし蕗の薹の大きさ愛づる話声すも

庭前小景


春の靄こもらふみれば木いちごの一重のしろき花明るなり

直土ひたつちの春のしめりに今朝見えてすれすれを飛ぶやはき蝶なれ

山吹の咲きしだれたる※(「窗/心」、第3水準1-89-54)際は子が顔出して空見るところ

せやすき蘇枋の花にふる雨のやや夏めきてまぶしもよ今朝

蕗の葉に薄翅うすば蜻蛉あきつ匍ひいでて日の照らしふかし夏はらしも

水之尾の晩春


浅々あさあさに夏はみどりの花つづる新桑にひくは細枝ほそえ見るべくなりぬ

桑の芽にかがよふ雨の大きさよ肥桶積みて馬曳きて来も

雨あとや虎杖いたどりの芽のくれなゐは踏みてやわらかし斑萌のかも

陽に向ふ山路は暑し雨ばれのきらきらし黒き砂金の光

山村の水之尾村は落ちたまるつばきのあけに今日にぎはへり

水の辺の馬酔木あしびの若木小さけれどほのかに群れて花つけぬらし

この春や水車が立つる水だまの早や大きなり芽柳のもと

桐畑はほほけし薹の数よりも蕗の葉おほし春も過ぎつつ

この里も春過ぎたらし篁のおもての照りに人が田を鋤く

よく湿しめる萱屋は低し新芽しんめふく一本いつぽん茱萸ぐみ銀鼠ぎんねずの雨

山ゆゑに深山つつじも咲きたらむ明うなりぬと眺めてくだる

日は午なれ明神ヶ嶽の裏空に山火事の煙ただならぬかも

春雨



わが※(「窗/心」、第3水準1-89-54)の孟宗ちくにふる雨はややまだ寒しふみを読みつつ

藪かげの吾が宿ゆゑにふる雨の幽けさ満ちてこもらひにけり


白檀びやくだんかそけき花にふる雨の雨あし繁し細く見えつつ


わが宿の竹の林の春の暮仏焔ふかし蒟蒻のはな

註・仏焔とは喇叭状の花の前に垂れたるもの


わが宿の竹の林の春湿じめり昼やや闌けて軒に音あり


このしめる雨や春雨木のゆく馬のしりがひあけ褪せにけり

竹藪の春



藪華曼は紫けまんとも云ふ、紫雲英に似て紅紫色の花穂をひらく。

朝なさな洗面室の※(「窗/心」、第3水準1-89-54)あけて眼に露けきは藪華曼の花

裏藪の竹の根方の藪華曼花紅うつけて早うしぼみぬ


髭からむ藪蒟蒻の太茎ふとぐきは春し闌けたれ立ちのけうとさ

紫の藪蒟蒻の花かげはまだ土ふかき蟾蜍ひきこも

春の藪くぐもる蟾蜍ひきのふたたびと声つづかねばひとりうとしも


わが宿の竹の林をのぞく子はつばきのあかき首環かけたり


朝なさな湿しめり親しき竹の根に筍生ひてうれしこの頃

春過ぎて夏来にけらし筍のみづみづし根の紫の疣

疣多き根太ねぶとたけのこその根掘り紫ふかき畑にほふり出す

春はいま吾がかきさがす筍を隣の藪も気にはずむらし

土かむるいまだ幼き筍は落葉掻きわけ指に掘り出す

山寺の春



梅もややひらきそめたりたまさかは詣でて見ませ山の寺にも

わが宿は土間にもにも若竹のさやにのびつつ白露むすぶ


伝肇寺春は老木の花つけてこちごちに明る山のしづけさ

山寺は緋桃しら桃枝あまた剪りて売りけり花の盛りを


寺ずみの二人のおうなさみしからむ眺めては居れど花の向うの空


出で入りにあかあかしと見し椿山門のわきに落ちてかさみぬ

坊が妻あかき椿をひろふ子のうしろ出でゐてあはれなるかも


この春も巡礼講をて行くとあるじの僧はあわただしまた

日は永し巡礼講の寄合よりあひおうな念仏ねぶつ山ざくら花


今はまだ梅の実小さし小糠雨のやや繁くして寺は寒かり

花めぐる父の御坊はいづらべぞ留守もる子らが見やる春雨

山寺の春もけたり秋田蕗の大きなる葉に雨は音して


大和路の花より帰り三日四日は落ちゐぬ僧か筍掘りをる

いつまでか栗のこずゑのあはれなるとなりの榧も花をつくるに


山寺は庭を畑とし馬鈴薯じやがいもの根薯埋めたり秋待たむとす

白芥子の芽も葉も茎も食みつくす寺の小矮鶏こちやぼの追へどまた来る


片開く※(「窗/心」、第3水準1-89-54)に猫ゐて何の木か障子にうつる春の日の寺

この寺は葬式とむらひとぼし花蘇枋いつしか褪せて葉のこぞり出ぬ

註・住職は秋田の人なり


    §

たまさかは掃かれし墓か杉の花またすこし散りてそこら湿しめりぬ

閼伽水にこまかに溜る杉の花今朝見ればみな浮きし沈みぬ

    §

墓地裏を肥桶載せてゆく駄馬のくさめ大きなりまめんぶしの花


素木しらきの卒塔婆のへりに来てぬる※(「虫+奚」、第3水準1-91-59)※(「虫+斥」、第3水準1-91-53)はたはたの子のさみどりの翅





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便

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湿※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)()

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震災以来、広大なる隣の別荘への出入自在なれば、行きて遊ぶも心のままなり。素にして悠たるかな。この秋や。

秋さきてほろろこぼるる茶の花の日和みじかき世にしありけり

乏しくも今は足りつつ茶の花のにほふ隣を楽しみにけり

日あたりの広きお庭にまとゐしてわかつ昼餉は足らずともよし

この園の柑子の実りゆたけくていよよよろしき秋たけにけり

常なしと常に観つつも茶の花のにほふ日向ぞ寂びてよろしも

山水にかよふこころはおのづからこの茶の花にかかはりにけり

山ごもり月日も知らず茶の花のにほふ日ざしにあひにけるかも

この庭のこれの日向よ寄り寄りにねもごろならむ茶のはなはみて

れ焜炉ほのにあほがせ茶の花のにほふ日向に茶を立つらくは

まゐり路の寺の日向の茶の花も咲きていくらかこぼれたるべし

茶の煙こもらふ芝のなぞへ原日のあたる辺が薄うもみでぬ

枯芝にそこらくまじる豆蓼のまだ紅き見て食むむすびなり

吾が子は飯をこぼしてやまず


飯粒つく草のもみぢをあはれよと払ひつつゐて暑し日ざしは

箸もちて赤き蜻蛉あきつの影慕ふ吾子なりけり豆菊のはな

妻は去年の実ならんといふ、われは今年のならむといふ。


日向辺はややほの紅き枯芝に茶の実こぼれて秋ふけむまた

目にとめて拾ふ茶の実のかそけさよ二つ三つ四つ手に鳴らしつつ

お茶の実を拾ふ吾子に着すべくは紅きスエタアもほころびにけり
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山葵と独活



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山葵と独活


なまよみの甲斐の須成すなりのよきをぢさ山葵わさび持て来ぬ春日よろしみ

太茎ふとぐき八尺やさか独活うどのひとくくり無雑作にさげて笑ひをぢ

薄あかきはそろはざれ大き独活うど縄にくくりて二十本はあらむ

ほら見よと独活を持て来ぬ子を連れて見にも来よちふ畑の大独活

天そそる不二のうらべの山畑のまだべにふふむとりたての独活

山百合の大き根七つたびにけり植ゑてながめむ庭の七ところ

あしびきの山百合の根は冷たけど百合の息満つ層太かさぶとの球

ひと球づつ百合の根埋めてこのところ百合の芽出むと帰れりをぢ

爺さ云はく


山べにはやたら生へたるつくつくし都はかしこつまむほど売る

春浅き山田のくろ草木瓜くさぼけは刺は繁けど地面より咲く

渋柿の青柿漬けて味噌の香の染みつつ柿も味噌もうましも

椎茸や秋は持て来むみ山べは椎も老いたりさはに朽ちたり

干柿の粉をふく冬の日あたりのほのりほのりと老いて足りつつ

おほらかに不二の裾廻すそみの湖五つ見てとめぐりてきたらせ我脊

山越すと脊負梯子に樽つけて男子揺り脊負ふ須成少女ぞ

山越すと山の少女が脊の樽に乗りても見ませ乗りおほらかに

紫の通草あけびの房の数花のかぞへて待たむ君がらす日

小閑


口ひびく山葵磨りおろし不二川や水上の瀬々のたぎち忍ばむ

山葵田の砂田片附きたぎつ瀬や不二の雪解の水泡みなわはも巻く

山葵植ゑ独活を分けつつこのあした我ゆたかなり足りて遊べり

太茎のくれなゐあさきの独活は吾がよき方へ褒めて分けなむ

べにあさき独活の酢びたしよろしなべ楽しむ酒はふふみふふみのめ

身辺


この春はとなりの御坊水たびず井の辺のつばきただに紅みぬ

となりびと日ごと言痛こちたしくれなゐの椿も藪に落ちそめにけり

さはに老木の梅の明れるは盛りみじかくなりにたるらし

しじに出て帰れば吾子のいふことのこのごろ痛しおぼえそめにき

赤い鳥の選稿了へず蕗の薹立ちほほけたり花はじけつつ

今朝見れば花壇荒れたり足跡の大き吾が子にまたおどろきぬ

湯にをりて我と子と聴く春雨は孟宗と梅にふれるなるらし

ロダンのユウゴーの首を見てゐる子かすけき地震なゐに夜を驚きぬ

真夜中を紅き太陽見むと欲る吾が子はをさな※(「窗/心」、第3水準1-89-54)べうかがふ

木曾川橋畔にある、雀の宿の主人(児童の愛護者)来りて、その丘の命名を乞ふ。乃ち

君が丘遊ぶ童のさはならば童ヶ丘と名づけたらなむ

童らと朝な夕なに遊びゐてけだし倦みなば遊ばぬぞよき





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西

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夏はまだ夕かげ永き柴の戸にねもごろふふむ蔦の花かも

ひもじくてこやり暑けき夕凪はとうすみのの来るもうれしき

火星近づく
病快し
夕かげの斜面の道ぞかびろけれ並らび駈けあがる我と妻と子と

この夜ごろひむがし親し大き星赤き火星の近づきにけり

水うちて赤き火星を待つ夜さや父は大き椅子に子は小さき椅子に

浪の音に妻といむかふかかる夜は星合の空を来る小鳥あらむ

ある星の夜


浪の音昼は忘れつ星合のこの夜すがらに高うおもほゆ

天の原広き夜頃も家ごもり我あわただし書きはつぎつつ

砂まじり白きザボンの落花おちばなの雷管に似し星の夜に思ふ

伝肇寺の立秋


朝光あさかげのおもてに見れば山松やまたくしづけく秋めきしかも

朝光よすずしとを見れる声の油蝉居ればにいにい蝉居り

小さき釣鐘は地上に据ゑたり、緋の射干咲けり


射干ひあふぎの日射に隣る鐘のいぼかがやき染まず秋にはなりぬ

伝肇寺老木の木槿朝咲きてかかる日射に地震なゐはふるひし

午の庭にて


憤る裸の子なれ地面ぢべたに寝て陽にはまぶしき眼をほそめ居り

月満つ


小竹ささごもりひびかふきけば蜂の子ろ月の光に営みにけり

御堂跡にはやほろほろし白の胡麻月の光の射しにけるかも

円けくて隈ある月の明るさよ今宵は小竹の揺るる秀に見ゆ

    §

月の路やや移るらし昨夜よべよりはいくらか風も涼しくおもほゆ

野分の頃


隣の秋


萩むらにすでにこもらふ虫のこゑ朝な夕なを隣りて住めば

萩すすきにほふ日頃の親しくて通らせてもらふとなりの道を

隣べは秋いち早し萩すすきながめまさりぬ道をうづみて

萩すすき観つつ隣ればうらやすし今さらかはす言のすくなさ

さしなみのにほふ隣となりにける萩見薄見楽しむ吾を

身を惜しむ


吾命わぎのちやまた若からじねもごろに身は省る時にいたりぬ

人常にすこやかならず朝露の藜のみどり観つついひ

「節酒の箴」を思ひて


朝顔の露の干ぬ間に食む飯はほの涼しうて白き飯ならむ

深き酒せちにつつすむ目醒めざめあり茗荷の花を観つつ思ひぬ

病はかばかしからず


白き飯久しくとらず蓼の穂の粒だち暑き日のみつづきぬ

目だたぬ門


目にたたぬ門のかなめに咲きつぐと朝顔はよしからみてのぼる

置きまさる露にふふめど朝顔の明日咲く花もちひさかるべし

    §

眺めつつはかながれどもいやあかく百日紅は咲きつづくかに

百日紅花明らけし声ありて父よと呼ばふ子におどろきぬ

    §

ほのあかき立穂たちほの薄光るなりかなしかる子とい寄りさやらふ

朝露の穂のまだあかき糸薄をさなかる子よ父は守らむ

    §

裏丘のなぞへすずしくなりにけり薄もあかき穂にそろひつつ

    §

篁に起居たちゐすがしむきのふけふしみみに紅き水引のはな

穂に分きて水引紅き竹の根は常に濡れてよしその篁を

ほの寒く恙ある身のをさなさよ金水引の穂など引きつつ

秋夜
くだまきは轡虫の異名なり、郷里にて用ふ。
宵はまだ啼くくだまきの気近けぢかくて照明笠シヤンデリヤ親し童話読みつぐ

くつわ虫ぜて気近き外の藪に赤みこほしき月円くあり

男童は啼きぜる音がよきならしくだまきよしと夜に喜びぬ

くだまきぞ宵はぜたれ子がいてすずむしの音のみ今はとほりぬ

浪の音とどろかぶらへうち消へず鈴虫の声がひとつ透りぬ





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()()宿





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※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

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※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

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※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

西※(「窗/心」、第3水準1-89-54)

※(「窗/心」、第3水準1-89-54)



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※(「窗/心」、第3水準1-89-54)()



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電は昆婆羅山と槃荼婆の岩窟に墜つ。斯の比倫なき(仏の児)は山窟に入りて禅思す。(シリクダ長老の偈)
いなづま槃荼婆山はんだばせんの岩に墜つ我も坐らむその電を
我竹叢の中にありて甘き乳糜を喫し、好く諸蘊を思念し心を遠離に専らにして、嶺を占得せん。(ゴーサラ長老の偈)

篁にもはらにそそぐ日のひかりゴーサラのごと我も坐らむ

この真昼我楽しめり南天のほのけき花もふふみたらしも

あきらけく我楽しめり竹の葉のしたたるみどり草と映らふ

藜伸ぶ


吾庭の梅雨つゆの雨間の花どころあかざしげりて青がへる啼く

輝かず降らず蒸す日ぞ日につづく藜の伸びのただに紅みて

となりびとまだ貧しかり食む物にうれ葉の紅き藜抜きに来

裏丘


竹煮草ふふめばこほし我と子とほのけくものを云ひつつ通る

夏すでに花穂立ちそろふおほき草西洋大葉子は吾子あこより高し

ほのぼのとねぢ花紅し草に寝て今日明日生れむ子を思ふなり

子とかがむの日の照りはかぎりなし蟻の移動のつばらかに見ゆ

    §

まさやかに今朝し垂りたりいついつと待ちにし栗のしだり房花ふさばな

梅雨のまをとなりの畑へくぐり出て落梅をひらふ吾が家の落梅

ある宵


火の赤き蚊取線香けぶるなり子と対ひゐて饅頭み居る

走る汽車クレオンで描けといふ子ゆゑ我は描き居り火をたく所

白き蛾のほの紫のにほひ羽の脊の重ね羽にこの夜ら闌けぬ

柿の葉


旅より帰りて


日の射して蛾のしきり飛ぶ夕つかた見辛みづらくし居り紅き真萩を

藪茗荷花過ぎにけり帰り来てつくづくと子としいまだ遊ばず

竹の根にひとくきあかき曼珠沙華秋季皇霊祭の今朝見つけたり

柿の葉


白き猫ひそけき見れば月かげのこぼるる庭にひとりあざれぬ

柿の葉の濡れてかぶさる木片こば屋根やねに夜ふけて来る月のかげあり

月よみの光すずしくなりにけり通草あけびさやはいまだ青きに

紫苑
宇都野研氏の庭
うち見にもなにかしづけき秋ぐさのよきととのひや日ざしあびつつ

この庭の日の照るかたに咲きむれて紫苑はうれし秋づきにけり

刈穫


野分過ぎ空うち晴れぬ朝戸出て梅の散り葉に目も染みにけり

影面かげともの棚田の狭霧うらがなしこのごろきけば刈りつぎにけり

無花果


無花果に隣の御坊のぼりをりひとつふたつは食べにけらしも
[#改丁]
[#ページの左右中央]


氷の罅



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氷の罅


死顔


顔のの蔽ひのガーゼとりにけりまこと死にせり鼻の尖りも

死顔のこのき鼻よこの伯母ぞ吾が母にもとつらく当らしき

強面こはもての伯母なりしかなほそぼそと死にたまひけり白髪染して

伯母の子の二郎そだたきその御足そろへまつるに人皆泣きたり

二郎よ俺は泣くなり故は無し泣かじとをすれど声のさぐるに

幼き日を思ひて


伯母の御の死顔見れば土の鳩ほろこほろこと吹きし日泣かゆ

雉子ぐるま子の雉子のせて走りけり幼児われは曳きて遊びし

第一夜


あかあかとこの夜ともさな亡き人もひたにさむきはおそれたまひき

目まぜして燗場かんばへつどふ夜の寒さ酒のたぎりがただ待たれつつ

通夜酒に酔へどけざむき夜のほどろ煮〆の昆布も青うねばりぬ

通夜の酒すぐさめやすし火は掻きて頭寒けば外套をかぶる

第二夜


三宝の大きかぶらにとりそへて人蔘はよしあか垂鬚たりひげ

亡き伯母のまししをどり踊らましすべからくのめこのうま酒を

神あがり伯母のみ霊も見そなはせ涙垂りつつ手うちをどるを

火葬場道


きはやかに物の気の澄む冬の晴れ棺はゆきぬ影をしるして

野の窪の牧場にかがむ牛のむれしづかさすぎてかかはりもなし

競馬場のしがらみ白くこなた辺や蕪と大根おほねのなぞへ段畑

冬空のうつりて青き海のいろ火葬場道はゆきつつ高し

逝くものは影しとどめず風並かざなみに冬の光も流れたりけり

冬空に煙突白くつき立てり伯母の棺もいたりとどきぬ

茶店にて売れり


人の世はつひに幽けし青竹のはじき鉄砲に澄む冬のいろ

第三夜


何しかも過ごし酔ひけむこの夜さり声あららげて人を叱りし

夜の神酒みきに我酔ひけらし斑鳩いかるがやほろこほろことまねて寝にける

少女どち中に寝よちふうれしくてまじり寝にけりととよと云ひて

骨あげ


うつし世の焼場の前の日のあたりぬるき番茶はすてて出にけり

こつあげて帰る丘べの霜ぐもり常にもがもな人はしはぶ

冬枯のアスパラガスに実はのこりそこらく赤し掻きわけにけり

礼まはりの日


礼まはりとざまかうざま日は寒し高き梢の頬白のこゑ

その製氷会社は従兄の経営するところなり
ほどほどに機械うごかす短か日の氷室ひむろの氷見にも寄るなり

しじに見てあつき涙のこぼれけりかく堅氷かたごほりのまつしろのひび

鉄管に霜結晶し早やしろしアンモニヤ瓦斯はよく冷ゆるらし

にうごく夜鳥の影は大きけどさむざむとあり製氷の照り

象の鼻


鼻の垂りゆたにかいあげ象の子の物食める見ればその目笑へり

真向まつかうより皺だみ垂るる象の鼻どこからが鼻ぞいて見よ子よ

おもしろの象の鼻や食むなればあの鼻の下に口かもあるらし

子の象の寒けき見れば鼻の垂り振りは揺りつつひたすらにあり

高髄たかすねの毛に凍みこごるちらちら陽駝鳥は寒し張りてあゆみぬ

夕かげにゆるぎいでつつさむざむし駱駝は髯を反らしたるなり

へら鷺のついばみたらす黄の鰌家鴨ぬすまむ佇みにあり

軽鴨の池に遊ぶは寒けかりとりのこされし急ぎ追ひをる

梅の萼


春もまだ物書きいそぎいとまなし風呂立てさせて夕べ過ぎたり

早やあかる梅の下道走らして子が自転車の輪は走るなり

口あけばちやちやとのみいふ子に見せてうてなかなしきあちむきの梅

さるかたへとなりの御坊越されけり萼ばかりのしら梅のはな

母としか湯には入らずと子は云へりひとりひたれり梅の萼見て

梅の萼赤く見づらし湯にひたり水鉄砲を吾子あことはじかす

梅の蕊赤く毛ばだち雨しげし種痘のふれの今朝は来りし

国をおもふ歌


恙ありてまゐるすべなしひたごころ堪へつつ献ぐ国おもふ歌

国おもふこころを堪へて我がこやる※(「窗/心」、第3水準1-89-54)べの春はいまだ浅かり

国おもふこころはさやぐ葦鴨の乱れて寒し波立つなゆめ

み民われ思はずあらめやおほきみの大御詔おほみことのりにあひにけるかも

国を思ひ御詔みのり伝ふと大鳥の立たしし君がきほひ猛しも





 9
   19866125

   194419320
5-86

※(「窗/心」、第3水準1-89-54)


20171226

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