一
これは昔も昔も大昔のお話です。そのじぶんは今とすっかりちがって、鼠ねずみでも靴くつをはいて歩いていました。そして猫を片はしから取って食べました。ろばも剣をつるしていばっていました。にわとりは、しじゅう犬をおっかけまわしていじめていました。
こんなに、何なんでもものがさかさまだったときのことですから、今から言えば、それこそ昔も昔も大昔の、そのまたずっとずっと昔のお話です。だから、いろんなおかしなことばかり出て来ます。しかし、けっしてうそではありません。
そのころ或ある国の王さまに、美しい王女がありました。その王女を世界中の王さまや王子が、だれもかれもお嫁にほしがって、入りかわりもらいに来ました。
しかし王女は、どんなりっぱな人のところから話があっても、厭いやだ、と言って、はねつけてしまいました。
世界中の王さまや王子たちは、それでもまだこりないで、なんども出かけて来ました。
王女は、うるさくてたまらないものですから、とうとうお父さまの王さまに向って、
﹁ではだれでも三みば晩んの間あいだ、私わたくしをお部屋の外へ出さないように、寝ずの番をして見せる人がありましたら、その方のお嫁になりましょう。﹂と言いました。
王さまはさっそくそのことを世界中へお知らせになりました。そのかわり、もし途中で少しでもい眠りをすると、すぐにきり殺してしまうから、そのつもりでおいで下さいとお言いになりました。
すると方々の王さまや王子たちは、何だ、そんなことなら、だれにだって出来ると言って、どんどんおしかけて来ました。
ところが、夜になって、王女のお部屋へとおされて、しばらく王女の顔を見ていると、どんな人でもついうとうと眠くなって、いつの間にかぐうぐう寝こんでしまいました。それで、来る人来る人が、一人ものこらず、みんな王さまにきり殺されてしまいました。
すると、或王さまのところに、鹿のようにきれいな、そしてたかのように勇いさましい、年わかい王子がいました。この王子がその話を聞いて、私ならきっと眠らないで番をして見せる、一つ行ってためして来ようと思いました。
しかしお父さまの王さまは、王子がうっかり眠りでもしたらたいへんですから、いやいやそれはいけないと言って、どうしてもおゆるしになりませんでした。そうなると王子はなおさらいきたくて、毎日々々、
﹁どうかいかせて下さいまし。たった三晩ぐらいのことですもの。かならず眠りはいたしません。﹂と言いながら、王さまにつきまとって、ねだりました。さすがの王さまもとうとう根こんまけをなすって、それでは、どうなりとするがいいと、しかたなしにこう仰おっしゃいました。
王子は大よろこびで、お金入れへお金をどっさり入れて、それから、よく切れるりっぱな剣をつるすが早いか、お供もつれないで、大おお勇いさみに勇んで出かけました。
二
王子は遠い遠い長い道をどんどん急いでいきました。
すると二日目に、途中で一人のふとった男に出あいました。
その男はよっぽどからだがおもいと見えて、足を引きずるようにして、のッそり〳〵歩いていました。
﹁もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。﹂と、王子はその男に話しかけました。
﹁私わたくしは、仕合せというものをさがしに世界中を歩いているのでございます。﹂と、そのふとった男がこたえました。
﹁一たいあなたの商ばいは何です。﹂と王子は聞きました。
﹁私にはこれという商ばいはございません。ただ人の出来ないことがたった一つ出来るだけでございます。﹂
﹁では、その人に出来ないことというのはどんなことです。﹂
﹁なに、たいしたことではございません。私はぶくぶくという名前で、いつでも勝手なときに、ひとりでにからだがゴムの袋のようにぶくぶくふくれます。まず一いち聯れん隊たいぐらいの兵たいなら、すっかり腹の中へはいるくらいふくれます。﹂
ふとった男はこう言って、にたにた笑いながら、いきなりぷうぷうふくれ出して、またたく間まに往来一ぱいにつかえるくらいの、大きな大きな大男になって見せました。王子はびっくりして、
﹁ほほう、これはちょうほうな男だ。どうです、きょうから私のお供になってくれませんか。私もちょうど、お前さんと同じように、仕合せをさがして歩いているのだから。﹂と、聞いて見ました。するとぶくぶくはよろこんで、
﹁どうぞおともにつけて下さいまし。何よりの仕合せでございます。﹂と言って、すぐに家けら来いになりました。
二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男が出て来ました。王子は、
﹁おや、へんなやつが来たぞ。﹂と思いながらそばへいって、
﹁もしもし、おまえさんはどこまでいくのです。﹂と聞きました。
﹁私は世界中を歩くのです。﹂と、その棒が言いました。
﹁一たいおまえさんは何商ばいです。﹂と王子は聞きました。
﹁私には商ばいはありません。ただ人の出来ないことが、たった一つ出来るだけでございます。私の名前は長なが々ながと申します。私がちょいと、こう爪つま立だちをしますと、すうッと天まで手がとどきます。それから一と足で一里さきまでまたげます。このとおりです。﹂
棒はこう言うが早いか、たちまちするするとからだをのばして、おやッという間まに、もう高い高い雲の中へ頭をつっこんでしまいました。そして、ひょい〳〵〳〵と五いつ足あし六むあ足し歩いたと思いますともう五、六里向うへとんでいました。それからまたひょい〳〵〳〵と、またたく間まに目の前へかえって来ました。王子は、
﹁いや、これは便利な男がいたものだ。﹂と、すっかりかんしんして、
﹁これから私のお供になってくれないか。﹂と言いました。
﹁へいへい、それはねがってもない幸さいわいでございます。﹂と、棒は大喜びで、すぐに家来になりました。王子は二人をつれて、またどんどんいきました。そして間もなく、ある大きな森の中へ来ました。
するとそこに、だれだか一人の男がいて、ぐるりの大きな木を片ッぱしからひきぬいては、どんどんつみ上げていました。
王子は、
﹁もしもし、それをつみ上げてどうするのです。﹂と聞きました。
するとその男は、
﹁なァに、ただ目から火をふいて、この丸太を一どきにもやすんです。﹂と言いながら、じっと目をすえて、その山のようにつみかさねた木をにらみつけました。すると、両方の目の中から、しゅうしゅうと、長い焔ほのおがふき出て、それだけの丸太をまたたく間に灰にしてしまいました。
﹁ほほう、これはすばらしい。どうです。私のお供になりませんか。﹂と王子は言いました。
﹁はいはい、どうぞおねがいいたします。﹂と、その男も家来になりました。この男は火ひの目め小こぞ僧うという名まえでした。
三
王子はこんなめずらしい男を三人まで家来にかかえたので、大だいとくいになって、どんどん歩いていきました。そのかわりこれまでとちがって、三人をやしなうのに、大そうなお金がかかりました。だって火の目小僧と長なが々ながの二人は、ただあたりまえの人が食べるだけしか食べませんでしたが、もう一人のぶくぶくは、お腹なかがいくらでもひろがるので食べるも〳〵一どに牛肉の千貫目やパンの千本ぐらいは、どこへ入ったかわからないくらいです。そんな男に腹一ぱい食べさすには、とても一とおりのお金ではすみません。しかし王子は、ちっともいやな顔をしないで、食べたいだけ食べさせてどんどんお金をはらいました。
そのうちにやっとれいの王女のいる町へ着きました。王子はそのときはじめて、じぶんがはるばるここまで出て来たわけを三人に話して聞かせました。そしてどうか三晩とも眠らないで番をしとおしたいものだ、そしてうまく王女をお嫁にもらったら、おまえたちにはどっさりほうびをやるといいました。三人は、それを聞いて、
﹁これまでだれにも出来なかったことをして見せれば、第一世界中の人にもいばれます。私たちも一しょうけんめいにお手つだいいたします。﹂と、勇み立って言いました。
王子は三人にりっぱな着物を買って着せました。そして夜になると、みんなをつれて王さまの御殿へいって、どうか私に、王女さまの番をさせて下さいましと申しこみました。
王さまはこころよく王子と家来とを一ひと間まにおとおしになりました。
王子はそのまえに、三人に向って、どんなことがあっても、私がだれだということは人にしゃべらないように、それから三人が、いざというと、じきにすらすらのびたり、ぶくぶくふくれたり、火をふいたりすることも、かたくひみつにしておくように言いふくめておきました。
王さまは王子に向って、
﹁もしうっかりい眠りをして、王女を部屋からにがすと、おまえたち四人の命を取るがそれでもいいか。﹂と、ねんをおおしになりました。
﹁それはしょうちしております。﹂と王子は答えました。
王さまは、よせばいいのにと言わないばかりににたにたお笑いになって、
﹁それでは、こちらへお出いでなさい。﹂とおっしゃりながら、王子を、王女のお部屋へおつれになりました。王女はにこにこしながら出て来て、あいそうよく王子をむかえ入れました。王子は王女があんまりうつくしいので、目がくらんで、しばらくぼんやり立ちつくしていました。王女は、
﹁どうぞ。﹂と言って、一ばんきれいないすのところへつれていきました。
王さまは二人をそこにのこして、あちらへいっておしまいになりました。
その間あいだにぶくぶくは、そっと来て、王女のお部屋の戸の外へしゃがみました。それと一しょに、長なが々ながと火の目小僧とは、こっそりと外そとへまわってお部屋の窓の下へかくれました。
王女は王子に向っていろんなお話をしました。王子はそのお相手をしながら、一生けんめいに王女のそぶりに気をつけていました。するとやがて王女は、ふと話をやめて、そのままだまってしまいました。そしてしばらくたつと、
﹁ああねむったい。なんだかまっ赤かなものが、もうッと、まぶたの上へかぶさるような気がします。しばらくごめん下さい。﹂と言いながら、いきなり長いすの上に横になって、目をつぶってしまいました。
四
王子はそれでもけっしてゆだんをしないで、じっと王女のようすを見ていました。すると王女は間まもなく、すやすやと寝入ってしまいました。
王子はその長いすのそばのテイブルのところへいって、ひじをついて、手のひらでおとがいをささえながら、目まばたきもしないで、王女の顔を見つめていました。
ところがそのうちに、王子はだんだんと、ひとりでにまぶたがおもくなって、いつの間にかこくりこくりといねむりをはじめました。ぶくぶくや長々や、火の目小僧は、さっきから一生けんめいに耳をすましていました。
ところがちょうど王子が眠りかけるころになると、この三人も、同じように眠けがさして、とうとうこくりこくりと寝てしまいました。
王女は王子がぐっすりねいったのをかんづくと、にっこり笑って、おき上りました。じつはさっきから、上じょ手うずに寝たふりをして、王子が寝入るのをねらっていたのでした。
そしておき上るといきなり、ひょいと小さな鳩はとになって窓からとび出しました。王女はこういうじゆうじざいな魔法の力をもっているのです。これまで、どんな人が番に来ても、みんな王女をにがしたわけが、これでおわかりになったでしょう。
ところが今夜にかぎって、王女はついやりそこなって、まんまと火の目小僧と長々とに見つかってしまいました。それは鳩になって、窓からとび出すはずみに、暗がりの中にこごんでいた長々の頭の髪へ、ぱたりと羽根をぶつけたからです。長々は、びっくりして目をあけて、
﹁おや、だれかにげ出したぞ。﹂と、どなりました。
火の目小僧も目をさまして、
﹁どっちだ〳〵。﹂と言いながら、目の玉に力を入れて、くるくる四方八方をにらみまわしました。するとそのたんびに、目の中からしゅうしゅうと、長い焔ほのおがとび出しました。そのために、にげかけていた鳩は、たちまち二つのつばさをまっ黒に焼きこがされてしまいました。
鳩はびっくりして、じきそばにあった高い木の先へとまりました。
そうすると長々は、たちまちするするとからだをのばして、その鳩をひょいと両手でつかまえてしまいました。
鳩はしかたなしに、もとの王女のすがたになって、長々につれられて、お部屋へかえりました。
そんなことはちっとも知らないで、ぐうぐう寝ていた王子は、長々にゆり起されて、びっくりして目をさましました。
こんなわけで、王女はとうとうそのばんはにげ出すことが出来ませんでした。
五
あくる朝王さまは、王子がちゃんと王女の番をして、昨ゆう夜べのままお部屋に坐すわっているのを見て、びっくりなさいました。
しかし、ともかく、王女をにがさないで、一ひと晩ばん中じゅう番をしたのですから、どうするわけにもいきません。
王さまはしかたなしに、王子たちをていねいにおもてなしになって、その晩、もう一ど番をさせてごらんになりました。
そうするとその晩も、王子はまた眠りこんでしまいました。長々とぶくぶくと火の目小僧の三人も、やっぱり同じようにいねむりをはじめました。
王女はそれを見すまして、今夜もまた鳩になって、部屋をとび出しました。
するとやはり同じように、長々の頭にぶつかり、火の目小僧に羽根をやかれて、また長々につかまってしまいました。
王さまはあくる朝になると、またびっくりなさいました。
そんなことで、三日目の今夜、また王女がしくじったら、たった一人の王女を、どこのだれとも分らない、あの若ものに取られてしまうのですから、王さまも、これはゆだんがならないとお思いになりました。
それで王女をこっそりとおよびになって、
﹁今晩は魔法のおくの手をすっかり出して、かならずにげ出しておくれ。もし、しくじったら、おまえもただではおかないぞ。﹂ときびしくお言いわたしになりました。
王女は、
﹁かしこまりました。今晩こそは、きっとあの人たちをまかしてやります。﹂と言いました。
その間あいだに、王子はまたぶくぶくと長々と火の目小僧の三人をあつめて、今晩の手くばりをきめました。
﹁ではしっかりたのむよ。下へ手たをすると、私ばかりではない、おまえたち三人のくびもとぶのだよ。﹂と、王子は笑いながらこう言いました。長々たち三人は、
﹁なに、だいじょうぶでございます。﹂と、すましていました。
そのうちにすっかり日がくれました。
王子はそれと一しょに、王女のお部屋へいって、昨ゆう夜べと同じように、王女と向き合っていすにかけました。
王子はもう今晩こそは、どんなことがあっても眠らないつもりで、息をのんで番をしていました。
すると王女は、しばらくたつと、またれいのように、
﹁ああねむいこと。まあ、どうしてこんなにねむくなるのでしょう。何だか、まっ赤かなものが、もうっと両方の目の上にかぶさるような気がします。ちょっとやすみますからごめん下さい。﹂と言いながら、ふらふらと立ち上って、長いすの上に横になるなりもうすやすやと寝入ってしまいました。
王子は今晩はその手にのるものかと思いながら、テイブルに両ひじをついて、たかのように目を光らせて、一生けんめいに王女の顔を見すえていました。するとそのうちに、王子はまたひとりでに、まぶたがおもたくなって、とうとう今晩もまたねこんでしまいました。
すると、ちょうどおなじときに、あれほどいばっていた長々や、ぶくぶくや、火の目小僧も、みんな一どにこくりこくりといねむりをはじめました。
王女はさっきから、上手にねたふりをして、王子たちが寝入るのをまっていたのでした。
王子はぐうぐうといびきをかいて、まるで石のようにねむりこんでいます。
王女はそれを見ると、にこにこ笑いながら、そうっとおき上りました。そしてこんどこそは、だれにも感づかれないように、ひょいと小さな蠅はえにばけて、すうっと窓からとび出しました。
ところが、うんわるく、今晩もそのはずみに、ひょいと火の目小僧の鼻の先にぶつかりました。火の目小僧はびっくりして、
﹁しまった。にげたぞ。﹂と言いながら、いきなりしゅうしゅうと両方の目から火をふきました。
するとはえはたちまち小さな魚にばけて、向うの泉の中へとびこみました。火の目小僧はそれを見とどけて、長々とぶくぶくと王子とをよびおこしました。みんなはびっくりして、はねおきて、火の目小僧と一しょに、その泉のそばへかけつけました。
六
いって見ると、その泉というのは、まるでそこも見えないほどの深い深い泉でした。ところが長々は、
﹁なあに、おれがつかまえて見せる。﹂と言いながら、水の中へ頭をつきこんで、するするとからだをそこまでのばしました。そして両手でもって、水のそこをすみからすみまでのこらずかきさがしました。すると魚はどこへかくれているのか、いくらかきまわしても、さっぱり見つかりません。ぶくぶくはそれを見て、
﹁おい、おどき。いいことがある。﹂と言いながら、長々をもとのからだにちぢめさせて、どぶんと泉の中へ入りました。そして、いきなり、ぷうぷうとからだをふくらして、とうとう泉一ぱいにふくらんでしまいました。
ですから、水はどんどんあふれ出して、大水のようにあたり一ぱいにひろがりました。王子とあとの二人は、その水の中をさがしまわりました。しかし魚はどこへいったものか、いくらさがしてもかげも見えません。火の目小僧はじれったがって、
﹁おいおいだめだよ、ぶくぶく。こんどはおれの番だ。﹂と言いました。ぶくぶくはしかたなしにいそいでからだをちぢめました。それと一しょに、水は一どにもとの泉へかえりました。
火の目小僧は、水がすっかりもとのところへ入はいってしまうと、
﹁よし、来た。﹂と言いながら、大きく目をむいて、じいっと水の上をにらみつけました。すると二つの目からは、例のように長い焔ほのおがしゅうしゅうとび出しました。火の目小僧は、息をもつかないでいつまでもじいっとにらみつづけににらんでいました。
ですからしまいには、泉一ぱいの水が、その焔でぐらぐらとわきたって、ちょうど大おお釜がまのお湯がふきこぼれるように、土の上へふき上あがって来ました。そのうちに、小さな一ぴきの魚が、半はん煮にえになって、ひょこりと、地面へはね上あがりました。魚はもうあつくて〳〵たまらないので、土にふれると、すぐにもとの王女になりました。王子は大よろこびで、そばへかけつけて
﹁どうです、とうとう三晩ともちゃんとつかまえましたでしょう。ではおやくそくのとおり、あなたは私のものですよ。﹂と言いました。王女はまっ赤かな顔をして、
﹁どうぞおつれになって下さいまし。お父さまもあきらめて、あなたのおっしゃるとおりになりますでしょう。﹂と言いました。王子はそのときはじめて、
﹁じつは私は、これこれこういう王子です。﹂と言ってじぶんのことを話しました。王女はそれを聞かないさきから、だれとも分らないその王子の立派な人柄に、ないないかんしんしていました。それがりっぱな王子だと分ったので、おむこさんとして何一つ申し分がありません。王女は大よろこびで夜があけるとすぐに王さまのところへいって、ゆうべのことをのこらずお話はなしました。
すると王さまは、たった一人の王女を、しらない人にくれるのがおしくて〳〵たまらないものですから、王子にあうと、王さまらしくもなく二まい舌をつかって、
﹁あの子はだれにもやることは出来ない。﹂
と、おおおこりにおこってこうおっしゃいました。
しかし王子は、そんなうそつきの王さまには相手にならないで、三人の家来に言いふくめて、王さまのすきまをねらって、王女を引っかかえさせて、おおいそぎで御殿を出てしまいました。
七
王さまは、ふと見ると王女がいつの間まにかいなくなっているものですから、
﹁おや、たいへんだ。あの四人のものが、さらっていったにちがいない。追っかけてうばいかえして来い。さあ早く早く。﹂とまっ赤になって御命令になりました。すると王さまの兵たいは、
﹁そらいけ。﹂と言うが早いか、何千人という大だい人にん数ずうが、一どに馬にとびのって、大おお風かぜのように、びゅうびゅうかけだしました。
王子たちは王女の手を引いて、遠くまでにげて来ました。するとやがて後うしろの方で、ぽか〳〵〳〵と大そうなひづめの音が聞え出しました。王子は走りながら、
﹁おいおい、何だろう。﹂と三人の家来に言いました。
﹁おや、兵たいのようですよ。ああ、兵たいだ〳〵。馬に乗った兵たいが大風のようにとんで来ます。﹂
火の目小僧は後を見るなりこう言いました。王女はそれを聞いて、
﹁では、きっと、お父さまの兵たいが、あなたがたを殺しにまいりましたのでしょう。ああいいことがございます。ちょっとおまち下さいまし。﹂と、息を切らしながらこう言って、王子たちに手をはなしてもらいました。そのうちに騎兵は、
﹁うわあッ。﹂と、ときの声を上げて、王子たちのじき後まで追いつめて来ました。王女は王子にけががあってはたいへんだと思って、おおいそぎで、かぶっている顔かけを引きはなしました。そのときちょうど、風は兵たいの方へ向けてふいていました。王女はその顔かけをいそいで後へなげつけて、
﹁さあ、生はえておくれ。この顔かけの糸の数ほど生えておくれ。﹂と、おまじないの言葉をとなえました。すると、たちまちみんなのじき後へ、大きな木が、一どにぎっしり生えのびて、またたく間まに大きな大だい深しん林りんが出来ました。兵たいたちは、
﹁おやッ。﹂と言ってまごまごしながら、その木の間をむりやりにくぐりぬけようともがきました。王子と三人の家来とは、そのひまに、王女をつれて一しょうけんめいににげのびました。
みんなはしばらく、かけつづけにかけた後のち、やっと安心して一と休みしました。王子は、
﹁どうだ、まだ追っかけて来るか見てごらん。﹂と、火の目小僧に言いつけました。火の目小僧は、さっそくのび上って見ますと、兵たいが今やっと、さっきの林をくぐりぬけて、またどんどん砂けむりを立ててかけつけて来るのが見えました。王子は、
﹁では、ぐずぐずしてはいられない。さあにげよう。﹂と言って立ち上りました。すると王女は、
﹁いえいえだいじょうぶでございます。もうすこし休んでいらっしゃいまし。﹂と言いながら、目から涙を一としずくながして、
﹁さあ、涙、大きな河になっておくれ。﹂と言いました。するとたちまちそこへ大きな大きな河ができました。王子はそれで安心して、また王女の手をとってにげました。
みんなは、長い間どんどん走りつづけに走って、もうこれならだいじょうぶだろうと思いながらしばらく休みました。
﹁どうだ、まだ追っかけて来るか。﹂と、王子はもう一ど火の目小僧に見させました。火の目小僧は後うしろを向いて爪つま立だちをして、
﹁おや、とうとうあの河をわたって、また追っかけてまいります。﹂と言いました。王女はそれを聞くと、
﹁どういたしましょう。もう私の力ではどうすることも出来ません。どうかして、この昼を夜にする工夫はないものでございましょうか。﹂と言いました。すると長々は、
﹁ああ、それならぞうさもありません。﹂と言いながら、からだをするするのばしました。そして、あッと言う間まに天までのび上りました。みんなはびっくりして、何をするのかと見ていますと、長々はたかいたかい雲の中で帽子をぬいで、その帽子を、ひょいとお日さまの片がわへかぶせました。すると下界は王子たちのいる方に光がさすだけで、兵たいがかけて来る方の半分は、ふいに夜のようにまっくらになってしまいました。
王子たちは、兵たいが暗がりでまごまごしている間に、
﹁さあ、走れ走れ。﹂と言いながら、ふたたび王女の手をとって、おおいそぎでかけ出しました。長々は王子たちが、いいかげん遠くまでにげのびたのを見すまして、ひょいと帽子をはずして、頭にかぶりました。そして一と足で一里またげる、その長い足で、ひょい〳〵〳〵と、またたく間に王子のそばへ追いつきました。
それからみんなは、また一しょに走りつづけました。そのうちに向うの方に、王子の御殿のある町が見え出しました。王子は、
﹁どうだ、兵たいはもうひきかえしたか。ちょっと見てくれ。﹂と、火の目小僧に言いました。火の目小僧はまた後あとをふりかえって、
﹁おや、またじきあすこに砂すな烟けむりが見えます。これはたいへんだ。﹂とあわてました。すると、ぶくぶくが、
﹁じゃァみなさんはかまわずおにげ下さい。私がここにのこって、ちゃんとしますから。﹂と、王子たちをさきににがしました。
八
ぶくぶくはそのあとへ一人で立ちはだかったまま、ぶく〳〵ぶく〳〵と、見る見るうちに大きな大きな大山のようにふくれ上りました。そしてその大きな口をぱくりとあいて、
﹁さあ来い。﹂と言いながら、ゆうゆうとまちかまえていました。兵たいたちは、
﹁うわあ、うわあ。﹂と、ときの声を上げて、死にものぐるいでかけつけて来ました。みんなは、もうこうなれば、たとい火の中をくぐっても王女さまを取りかえして見せる、もし相手が王女をわたさないと言うなら、すぐに町をせめかこんで、町中のものを一人も残さず斬きり殺してやろうと、こう腹をきめているのでした。
間もなく兵たいたちは、ぶくぶくの口のまん前までかけて来ました。するとみんなは火の子のようにあわて切っているものですから、ぶくぶくの大きな口を町の入口の門とまちがえて、片はしからどん〳〵どん〳〵その口の中へとびこみました。ぶくぶくはその何千人という兵たいがすっかりお腹なかの中へはいってしまうと、
﹁ははは。これでよし。﹂と笑いながら、そのままのそりのそりと町の方へ歩いていきました。
ぶくぶくはそれだけの兵たいを馬ぐるみお腹へ入れたのですから、少し歩き悪にくくはありましたが、それでも大またにのこのこと歩いて町へはいりました。
町中じゅうでは王子がうまく寝ずの番をして、世界一のりっぱな王女をお嫁にもらってかえって来たというので、みんな大よろこびで、おどりさわぎました。王子はぶくぶくの姿を見ると、
﹁おお、かえったか。あの兵たいたちはどうした。﹂と聞きました。ぶくぶくはにたにた笑いながら大きなお腹なかをぽんとたたいて、
﹁このとおりでございます。みんなこの中へ入れてしまいました。﹂と言いました。王子は、はっはと笑って、
﹁もういいから出しておやりよ。﹂と言いました。
﹁そうですね。兵たいや馬はこなれがわるいでしょうね。あとで腹はらが下くだるとやっかいですから出してしまいましょう。﹂
ぶくぶくはこう言って、わざわざ町のまん中の大きな広場まで歩いていきました。町中のものは大山のような大きな大きな大男が来たのでびっくりして、わいわい言いながら、みんなでぞろぞろ後あとへついていきました。ぶくぶくは広場へ来ると、
﹁さあ、みんなどけどけ、あぶないぞ〳〵。﹂と言いながら、大通りにたかっている人を追いはらいました。そして両手で横腹をおさえて、
﹁ゴホン〳〵〳〵。﹂と、せきをしました。するとそのたんびに腹の中から騎兵が十人ずつかたまって、すぽんすぽんととび出しました。町のものは、
﹁うわァうわァ。﹂とおもしろがって、みんなで手をたたいてはやし立てました。ころがり出た騎兵たちは、死んだようにまっ青な顔をして、あとをも見ずににげていきました。ぶくぶくは、
﹁ゴホン〳〵、ゴホン〳〵。﹂と、せきつづけにせいて、とうとう何千人という騎兵を一人ものこさずはき出してしまいました。その一ばんしまいにとび出した兵たいは、戸まどいをして、ぶくぶくの鼻の穴へとびこんで、もがいていました。ぶくぶくは、
﹁ちょッ、うるさいね。﹂と言って、クシャンと、くしゃみをしました。するとその兵たいは、ぱたんと鼻の穴からふきとばされて、馬と一しょにころ〳〵ころがりながらにげていきました。
御殿では王子と王女との御婚礼の式をあげることになりました。
それで、王女のお父さまの王さまにも来ていただかないといけないというので、王子はいそいで長なが々ながをおつかいに出しました。長々は例の足でひょい〳〵〳〵と、一どに一里ずつまたいで、じきに向うの王さまの御殿へ着きました。
見ると、さっきの兵たいたちは、馬でにげて行ったくせに、まだ一人もかえりついていませんでした。
長々は先に着いたのを幸さいわいに、王さまに向って、兵たいの大将の命を許しておやりになるように、よくおねがいしてやりました。それでないと、大将は王女をとりかえさないで空から手てでかえって来たばつに、きっとくびをきられるにきまっていました。
王さまは、王女のお婿むこさんがそういう立派な王子だったと聞くと、おおよろこびで、すぐにおともをつれて、王子のところへ出ていらっしゃいました。それで御婚礼の式もとどこおりなくすみました。
王子をたすけていろんな大てがらをした、ぶくぶくと長々と火の目小僧の三人は、大そうなごほうびをもらいました。