寫生斷片

長塚節




 余は天然を酷愛す。故に余が製作は常に天然と相離るゝこと能はず。此に掲ぐるものは長き文章の一部にして我が郷の田野の寫生なり。一は其冐頭にして二は其結末なり。素より斷片なり、一篇の文章としては見るべからず。余は近時本誌の文章の天然描寫の一段に於て多大の進境を認むると共に喜悦の念禁ぜざるものあり。天然必しも悉く美なるに非ず。然れども他の美ならずとする處のものを以て自らは之を美なりと感ずるに何の妨かあらむ。而して自ら感じたる處を極力文字に現はす時直ちに讀者を醉はしむことを得べし。これ文章の力なり、否感情の尊き所以なり。余が此の寫生の如きは極めて拙なるものなりと雖天然描寫に志す諸君の爲めに多少の參考たるべきを信ず。併せていふ、余は本誌過去一年間の製作品に就いて及び文章に就いて余が考ふる處を述べて次號に發表せんとす。甚だ多忙ならざる限り必ず其約を履むべし。



 退西



 西西
 ※(「日+熏」、第3水準1-85-42)
 姿
 





底本:「長塚節全集 第五巻」春陽堂書店
   1978(昭和53)年11月30日発行
底本の親本「長塚節全集 第六巻」春陽堂
   1927(昭和2)年
初出:「茨城縣立下妻中學校雜誌 爲櫻 第三十五號」
   1909(明治42)年1月25日発行
※「高瀬舟」と「高瀬船」、「芋掘」と「芋掘り」、「夕陽」と「夕日」の混在は底本通りです。
入力:岡村和彦
校正:高瀬竜一
2016年6月10日作成
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