行乞記

(二)

種田山頭火













廿

 


穿
鹿




廿

 鹿

鹿調
宿


廿

 


鹿宿宿
宿()


廿

 



宿


廿

 


宿宿



 



廿

 


宿
宿


廿

 




使



廿

 





 

穿







 宿

昨日は寒かつたが今日は温かい、一寒一温、それが取りも直さず人生そのものだ。
行乞相も行乞果もあまりよくなかつた、恥づべし/\。
昨夜は優遇されたので、つい飲み過ごしたから、今夜は慎しんで、落ちついて読書した。
此宿は本当にいゝ、かういふ宿で新年を迎へることが出来るのは有難い。
『年暮れぬ笠きて草鞋はきながら』まつたくその通りだ、おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した、私の一生は終つたのだ、さうだ来年からは新らしい人間として新らしい生活を初めるのである。
 ここに落ちついて夕顔や
・雨の二階の女の一人は口笛をふく
    □
・ふるさとを去るけさの鬚を剃る
・ずんぶり浸るふる郷の温泉
・星へおわかれの息を吐く
・どこやらで鴉なく道は遠い
・旅人は鴉に啼かれ
・旅は寒い生徒がお辞儀してくれる
・旅から旅へ山山の雪
・身にちかく山の鴉の来ては啼く
   熊本県界
・こゝからは筑紫路の枯草山
   自嘲
・うしろ姿のしぐれてゆくか
   大宰府三句
 しぐれて反橋二つ渡る
・右近の橘の実のしぐるゝや
・大樟も私も犬もしぐれつゝ
    □
・ふるさと恋しいぬかるみをあるく
・街は師走の売りたい鯉を泳がせて
   酒壺洞房
・幼い靨で話しかけるよ
    □
・師走のゆきゝの知らない顔ばかり
・しぐれて犬はからだ舐めてゐる
    □
・越えてゆく山また山は冬の山
・枯草に寝ころぶやからだ一つ
       ×  ×  ×
まづ何よりも酒をつゝしむべし、二合をよしとすれども、三合までは許さるべし、シヨウチユウ、ジンなどはのむべからず、ほろ/\としてねるがよろし。
いつも懺悔文をとなふべし、四弘誓願を忘るべからず。――

我昔所造諸マヽ業  皆由無始貪慎痴
従身口意之所生  一切我今皆懺悔

衆生無辺誓願度  煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学  仏道無上誓願成


一切我今皆懺悔――煩悩無尽誓願断――



一月一日

 時雨、宿はおなじく豆田の後藤といふ家で。


・水音の、新年が来た


宿






 



風にめさめて水をさがす(昨夜の句)
自戒三則――
一、腹を立てないこと
二、嘘をいはないこと
三、物を無駄にしないこと(酒を粗末にするなかれ!)



 


 ボタ山の間から昇る日だ
・ラヂオでつながつて故郷の唄
香春岳は見飽かぬ山だ、特殊なものを持つてゐる、山容にも山色にも、また伝説にも。


 



宿


 




 


寿



 




 








  ()  

ぢつとしてゐられなくて、俊和尚帰山まで行乞するつもりで出かける、さすがにこのあたりの松原はうつくしい、最も日本的な風景だ。
今日はだいぶ寒かつた、一昨六日が小寒の入、寒くなければ嘘だが、雪と波しぶきとをまともにうけて歩くのは、行脚らしすぎる。
・木の葉に笠に音たてゝ霰
・鉄鉢の中へも霰

宿
宿
宿



 


 
宿宿
・暮れて松風の宿に草鞋ぬぐ
宿宿





 


 


 






 寿



 

東油山観世音寺(九州西国第三十番)拝登。
・けふは霰にたたかれて



宿宿


 宿


宿


宿





 

西
・山寺の山柿のうれたまゝ
宿宿宿
宿



 宿


稿







 

宿
宿宿


宿
調
()()()



沿
   
 



 

宿




()()
宿宿
宿()()()宿

・波音の県界を跨ぐ



 





()
・初誕生のよいうんこしたとあたゝめてゐる
・松に腰かけて松を観る
・松風のよい家ではじかれた
宿




廿

 宿




・けふのおひるは水ばかり
・山へ空へ摩訶般若波羅密多心経
晩食後、同宿の鍋屋さんに誘はれて、唐津座へ行く、最初の市議選挙演説会である、私が政談演説といふものを聴いたのは、これが最初だといつてもよからう、何しろ物好きには違ひない、五銭の下足料を払つて十一時過ぎまで謹聴したのだから。


廿

 






宿



廿

 

宿
()

便


宿
宿()




廿

 

宿

宿

姿

宿
便



廿

 宿

()()


姿
()




 城あと、茨の実が赤い
・ゆつくり尿して城あと枯草


宿宿





・朝凪の島を二つおく(呼子港)
    □
・ほろりとぬけた歯ではある(再録)
    □
・黒髪の長さを潮風にまかし
宿×
宿



廿

 




()()


宿



・港は朝月のある風景
・しんじつ玄海の舟が浮いてゐる
同宿のおへんろさんは大した鼾掻きだつた、これまで度々そのために宿で問題を惹き起したと自白してゐたが、それは素破らしいものだつた、高く低く、長く短く、うはゞみのやうでもあり、怒濤の如くでもあつた!
呼子とはいゝ地名だ、そこには船へまで出かける娘子軍がゐるさうな。
ゆつくり飲んだ、おかみさんが昨日捕れた鯨肉を一皿喜捨してくれた(昨夜は鰯の刺身を一皿貰つたが)、酒はよくなかつたが、気分がよかつた。
予期した雨となつた、明日はまた雨中行乞か、それはそれとして、かすかな波の音を聞くともなく聞きながら寝た。
(×印から)宿の娘――おばあさんの孫娘がお客の鮮人、人蔘売といつしよになつて家出したといふ、彼女は顔はうつくしいけれど跛足であつた、年頃になつても嫁にゆけない、家にゐるのも心苦しい、そこへその鮮人が泊り合せて、誘ふ水に誘はれたのだ、おばあさんがしみ/″\と話す、あなたは方々をおまはりになるから、きつとどこかでおあひになりませう、おあひになつたら、よく辛棒するやうに、そしてあまり心配しないがよい、着物などは送つてやる、と伝へてくれといふ、私はこゝろよく受け合つた、そして心から彼女に幸あれと祈つた。
この宿のおかみさんもよく働く、家内九人、牛までゐる、そして毎晩四五人のお客だ、それを一人でやつてゐる、昨夜の宿のおかみさんもやり手だつた、四人の小さい子、それだけでも大した苦労なのに、お客さんへもなか/\よくしてくれた。


廿

 

便
※(マクロン付きO)chi


宿宿宿












廿

 ()()

宿沿
姿




宿
宿






廿

 

今日一日のあたゝかさうらゝかさは間違ない、早く出立するつもりだつたが、何やかや手間取つて八時過ぎになつた、一里歩いて多久、一時間ばかり行乞、さらに一里歩いて北方、また一時間ばかり行乞、そして錦江へいそぐ、今日は解秋和尚に初相見を約束した日である、まだ遇つた事もなし、寺の名も知らない、それでも、そこらの人々に訊ね、檀家を探して、道筋を教へられ、山寺の広間に落ちついたのは、もう五時近かつた、行程五里、九十四間の自然石段に一喝され、古びた仁王像(千数百年前の作ださうな)に二喝された、土間の大柱(楓ともタブともいふ)に三喝された、そして和尚のあたゝかい歓待にすつかり抱きこまれた。
一見旧知の如し、逢うて直ぐヨタのいひあひこが出来るのだから、他は推して知るべしである。
いかにも禅刹らしい(緑平老はきつと喜ぶだらう)、そしていかにも臨済坊主らしい(それだから臭くないこともない)。
遠慮なしに飲んだ、そして鼾をかいて寝た。
・父によう似た声が出てくる旅はかなしい

宿






飯盛山福泉寺(解秋和尚主董、鍋島家旧別邸)





廿

 





故郷に帰る衣の色くちて
  錦のうらやきしまなるらん
五百年忌供養の五輪石塔が庭内にある。
井特の幽霊の絵も見せてもらつた、それは憎い怨めしい幽霊でなくて、おゝ可愛の幽霊――母性愛を表徴したものださうな。
・ひかせてうたつてゐる
こゝの湯――二銭湯――はきたなくて嫌だつたが、西方に峙えてゐる城山――それは今にも倒れさうな低い、繁つた山だ――はわるくない。
うどん、さけ、しやみせん、おしろい、等々、さすがに湯町らしい気分がないでもないが、とにかく不景気。


 宿




()



 


宿


宿



()()


 ()綿()

朝風呂はいゝなあと思ふ、殊に温泉だ、しかし私は去らなければならない。
武雄ではあまり滞留したくなかつたけれど、ずる/\と滞留した、こゝでは滞留したいけれど、滞留することが出来ない、ほんに世の中はまゝにならない。
彼杵ソノギ(むつかしい読方だ)まで三マヽ、行乞三時間、また一里歩いてこゝまできたら、降りだしたので泊る、海を見晴らしの静かな宿だ。
今日の道はよかつた、山も海も(久しぶりに海を見た)、何だか気が滅入つて仕方がない、焼酎一杯ひつかけて胡魔化さうとするのがなか/\胡魔化しきれない、さみしくてかなしくて仕方がなかつた。
・寒空の鶏をたゝかはせてゐる
・水音の梅は満開
 牛は重荷を負はされて鈴はりんりん






 


西


宿
・街はづれは墓地となる波音
何だか物哀しくなる、酒も魅力を失つたのか!
あたゝかいことだ、まるで春のやうだ、そゞろに一句があつた。
・あたたかくて旅のあはれが身にしみすぎる
お互に酒をつゝしみませう。
大村湾はうつくしい、海に沿うていちにち歩いたが、どこもうつくしかつた、海も悪くなマヽと思ふ、しかし、私としては山を好いてゐる(海は倦いてくるが山は倦かない)。
歩いてゐるうちに、ふと、梅の香が鼻をうつた、そしてそれがまた私をさびしい追憶に誘ふた。――
梅が香もおもひでのさびしさに



 


便
()





・旅は道づれの不景気話が尽きない
・けふもあたゝかい長崎の水
飲みすぎたのか、話しすぎたのか、何やら彼やらか、三時がうつても寝られない、あはれむべきかな、白髪のセンチメンタリスト!


 

()


   

  
    
()
    

    

    

    




 








 



()




調
・波止場、狂人もゐる(波止場)






 





西
()()
()





  芒塚 去来
君が手もまじるなるべし花薄
・けさはおわかれの卵をすゝる
・トンネルをぬけるより塚があつた(去来芒塚)
・もう転ぶまい道のたんぽゝ
同宿は遍路坊さん、声よくて程がない、近所の不良老婦人が寄つてきて騒ぎ□□声色身振をする、何しろ八里は十分に歩いたのだマヽ、労れた/\睡い/\。


 





 
 



 宿




 ()()()宿宿



宿





 宿






 








宿



 







玉峰寺で話す、――禅寺に禅なし、心細いではありませんか。
同宿の鮮人二人、彼等の幸福を祈る。
自戒、焼酎は一杯でやめるべし
酒は三杯をかさねるべからず
・解らない言葉の中を通る
歩いてゐるうちに、だん/\言葉が解らなくなつた、ふるさと遠し、――柄にもなく少々センチになる。
今日は五里歩いた、何としても歩くことはメシヤだよ、老へんろさんと妥協して片側づゝ歩いたが、やつぱりよかつた、よい山、よい海、よい人、十分々々。
原城阯を見て歩けなかつたのは残念だつた。




宿


 


宿
宿


 




 廿

 



宿


廿

 


宿宿


廿 廿

 

吹雪に吹きまくられて行乞、辛かつたけれど、それはみんな自業自得だ、罪障は償はなければならない、否、償はずにはゐられない。
また冬が来たやうな寒さ、雪(カンがあんまりあたゝかだつた)。
風ふいて一文もない
五厘銭まで払つてしまつた、それでも一銭のマイナスだつた。

二月廿六日

 晴曇定めなくして雪ふる、湯江、桜屋(三〇・上)


だいぶ歩いたが竹崎までは歩けなかつた、一杯飲んだら空、空、空!
九州西国第二十三番の札所和銅寺に拝登、小さい、平凡な寺だけれど何となし親しいものがあつた、たゞ若い奥さんがだらしなくて赤子を泣かせてゐたのは嫌だつた。
 きのふは風けふは雪あすも歩かう
・ふるさとの山なみ見える雪ふる
・さみしい風が歩かせる
・このさみしさや遠山の雪
・山ふかくなり大きい雪がふつてきた
酢牡蠣で一杯、しんじつうまい酒だつた!
夢の中でさへ私はコセ/\してゐる、ほんたうにコセ/\したくないものだ。


廿

 




宿





廿

 鹿

毎日シケる、けふも雪中行乞、つらいことはつらいけれど張合があつて、かへつてよろしい。
浜町行乞、悪路日本一といつてはいひすぎるだらうが、めづらしいぬかるみである、店鋪の戸は泥だらけ、通行人も泥だらけになる、地下足袋のゴムがだんぶり泥の中へはまりこむのだからやりきれない。
同時に、此地方は造酒屋の多いことも多い、したがつて酒は安い、我党の土地だ。
いつぞや福岡地方で同宿したことのある妙な男とまた同宿した、私を尊敬してくれるのは有難いけれど、何だ彼だと附き纒はれるのは迷惑だ、彼ぐらい増上慢になれば天下太平、現世極楽だらう。
 四ッ手網さむ/″\と引きあげてある
 焼跡のしづかにも雪のふりつもる
・雪の法衣の重うなる(雪中行乞)
 雪に祝出征旗押したてた
生きるとは味ふことだ、酒は酒を味ふことによつて酒も生き人も生きる、しみ/″\飯を味ふことが飯をたべることだ、彼女を抱きしめて女が解るといふものだ。


廿

 

鹿鹿()()

宿





三月更生、新らしい第一歩を踏みだした。
午前は冬、午後は春、シケもどうやらおさまつたらしい、行程二里、高町、秀津、山口、等、等とよく行乞した、おかげで理髪して三杯いただいた。
同宿六人、同室は猿まはし、おもしろいね。
・寒い寒い千人むすびをむすぶ(改作)
宿



 




 頭上に啼きさわぐ鳥は勝烏かちがらす
・枯草につゝましくけふのおべんたう(追加)
今日は妙な事があつた、――或る家の前に立つと、奥から老妻君が出て来て、鉄鉢の中へ五十銭銀貨を二つ入れて、そしてまた奥へ去つてしまつた、極めて無造作に、――私は、行乞坊主としての私はハツとした、何か特殊な事情があると察したので懇ろに回向したが、後で考へて見ると、或は一銭銅貨と間違へたのではないかとも思ふ、若しさうであつたならば実に済まない事だつた、といつて今更引き返して事実を確めるのも変だ――行乞中、五十銭玉一つを頂戴することは時々ある、しかしそれが一つである場合には、間違ではないかと訊ねてからでなければ頂戴しない、実際さういふ間違も時々ある、だが、今日の場合は二つである、そして忙しい時でもなく暗い時でもない、すべてがハツキリしてゐる、私が疑はないで、特殊な事情のためだと直覚したことは、あながち無理ではあるまい、が、念のため 一応訊ねておいた方がよかつたとも考へられる、――とにかく、今となつては、稀有な喜捨として有難く受納する外はない、その一円を最も有効に利用するのが私の責務であらう。

□焼き棄てて日記の灰のこれだけか
菩薩清涼月 畢竟遊於空
□うららかにして風












 

姿






宿宿
宿


 宿




宿便



 


宿





 
    
 

    
 
 



 


宿()宿

宿

   
  
   



 

宿

宿
調
宿
宿



 



 


()

宿
宿




 





 

降りだしたので合羽をきてあるく、宿銭もないので雨中行乞だ、少し憂欝になる、やつぱりアルコールのせいだらう、当分酒をやめようと思ふ。
早くどこかに落ちつきたい、嬉野か、立願寺か、しづかに余生を送りたい。
酒やめておだやかな雨
こんな句はつまらないけれど、ウソはない、ウソはないけれど真実味が足りない、感激がない。
夜は文芸春秋を読む、私にはやつぱり読書が第一だ。
ほろりと前歯がぬけた、さみしかつた。
追記――川上といふところは川を挾んだ部落だが、水が清らかで、土も美しい、山もよい、神社仏閣が多い、中国の三次町に似てゐる、いはゞ遊覧地で、夏の楽園らしい、佐賀市からは、そのために、電車が通うてゐる、もう一度来てゆつくり遊びたいと思うた。
宿は高い割合に良くなかつた。
春日墓所(閑叟公の墓所)は水のよいところ、水の音も水の味もうれしかつた。


 宿



宿
宿宿()


 






 宿

宿





 宿

此宿の主人は顔役だ、話せる人物である。
友に近状を述べて、――
嬉野はうれしいところです、湯どころ茶どころ、孤独の旅人が草鞋をぬぐによいところです、私も出来ることなら、こんなところに落ちつきたいと思ひます、云々。
楽湯――遊於湯――何物にも囚へられないで悠々と手足を伸ばした気分。
とにかく、入湯は趣味だ、身心の保養だ。

三月十五日 十六日 十七日 十八日

 滞在、よい湯よい宿。


朝湯朝酒勿体ないなあ。
 駐在所の花も真ッ盛り(追加)
    □
・さみしい湯があふれる
・鐘が鳴る温泉橋を渡る
余寒のきびしいのには閉口した、湯に入つては床に潜りこんで暮らした。
雪が降つた、忘れ雪といふのださうな。
お彼岸が来た、何となく誰もがのんびりしてきた。
 ざれうた
うれしのうれしやあつい湯のなかで
  またの逢瀬をまつわいな
わたしやうれしの湯の町そだち
  あついなさけぢやまけはせぬ
たぎる湯の中わたしの胸で
  主も菜ツ葉もとけてゆく

便





春が来た旅の法衣を洗ふ
小入無間、大絶方所、自由自在なところが雲水の徳だ。
今日は一室一人で一燈を独占して読書した(一鉢までは与へられないけれど)。
先日来同宿の坊主二人、一は常識々々と口癖のやうにいふ非常識な男、他は文盲の好々爺。
こゝの主人公は苦労人といふよりも磨かれた人間だ、角力取、遊人、世話役、親方、等々の境地をくゞつてきて本来の自己を造りあげた人だ、強くて親切だ、大胆であつて、しかも細心を失はない、木賃宿は妻君の内職で、彼は興行に関係してゐる、話す事も行ふ事も平々凡々の要領を得てゐる。
彼からいろ/\の事を聞いた、相撲協会内部の事、茶の事、女の事。……
嬉野茶の声価は日本的(宇治に次ぐ)、玉露は百年以上の茶園からでないと出来ないさうである、茶は水による、水は小川の流れがよいとか、茶の甘味は茶そのものから出るのでなくて、茶の樹を蔽ふ藁のしづくがしみこんでゐるからだといふ、上等の茶は、ぱつと開いた葉、それも上から二番目位のがよいさうである。
マヲトコツクル(勇作)の情話も愉快だつた。


 







廿

 

老遍路さんと別離の酒を酌む、彼も孤独で酒好き、私も御同様だ、下物は嬉野温泉独特の湯豆腐(温泉の湯で煮るのである、汁が牛乳のやうになる、あつさりしてゐてうまい)、これがホントウのユドウフだ!
夜は瑞光寺(臨済宗南禅寺派の巨刹)拝登、彼岸会説教を聴聞する、悔ゐなかつた。――
応無所住而生其心(金剛経)
たゝずむなゆくなもどるなゐずはるな
  ねるなおきるなしるもしらぬも(沢庵)
先日来の句を思ひだして書いておかう。――


 
    
 



廿

 宿








廿

 




便




廿

 宿

小降りになつたので、頭に利マヽ帽、足に地下足袋、尻端折懐手の珍妙なマヽ装で、市内見物に出かける、どこも水兵さんの姿でいつぱいだ、港の風景はおもしろい。
プロレタリヤ・ホールと大書した食堂もあれば、簡易ホテルの看板を出した木賃宿もある、一杯五銭の濁酒があるから、チヨンの間五十銭の人肉もあるだらう!
安煙草はいつも売切れだ、口付は朝日かみのり、刻はさつき以上、バツトは無論ない、チヱリーかホープだ。
コツとなつてかへつたかサクラさく(佐世保駅凱旋日)


宿


廿

 


宿

・水が濁つて旅人をさびしうする
近来、気が滅入つてしようがないので、夜はレヴユーを観た。
花はうつくしい、踊り子はうつくしい、あゝいふものを観てゐると煩悩即菩提を感じる。
をとことをんなとその影も踊る
サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る
蛙の踊、鷲の舞、さくら踊などが印象として残つた。


廿

 


宿
()
西()()
鹿





廿

 宿

便
西






宿 
使




穿


廿

 

とう/\寝ついてしまつたのだ、実は一昨夜つい飲んだ焼酎が悪かつたらしい、そして昨日食べた豆腐があたつたらしい、夜中腹痛で苦しみつゞけた、今日は断食で水ばかり飲んで寝た、夕方から少しづゝよくなつてきた。
あまり健康だつたから、健康といふことを忘れてしまつてゐた、疾病は反省と精進とを齎らす。
旅で一人で病むのは罰と思ふ外ない。
・よろこびの旗をふる背なの児もふる(旗行列)

 




廿

 宿






宿



廿

 

物乞ふとシクラメンのうつくしいこと
恋塚といふ姓、夫婦株式会社といふ看板、町内規約に依り押売・物貰・寄附一切御断りといふ赤札。
今晩は飲みすぎた、地球が急速度で回転した、私自身も急速度で回転した、一切が笑つた、踊つた、歌つた、そして消滅してしまつた!(此貨幣換算価値五十五銭)
酔ひざめの夢を見た、息づまるほど悲しい夢だつた、あゝ生れたものは死ぬる、形あるものはくづれる、逢へば別れなれけばならない、――しかし、あゝ、しかしそれは悲しいことである。


 宿


宿



宿宿




    




 



調







宿宿
・春寒い島から島へ渡される



 宿






巡査が威張る春風が吹く





・弔旗へんぽんとしてうらゝか
島! さすがに椿が多い、花はもうすがれたが、けふはじめて鶯の笹鳴をきいた。
鰯船がついてゐた、鰯だらけだ、一尾三厘位、こんなにうまくて、こんなにやすい、もつたいないね。
平戸にはかなり名勝旧蹟が多い、――オランダ井、オランダ塀、イギリス館の阯、鄭成功の……


 


April fool!   



 

寝てばかりもゐられないので三時間ばかり町を行乞する、行乞相は満点に近かつた、それはしぼり腹のおかげだ、不健康の賜物だ、春秋の筆法でいへば、シヨウチユウ、サントウカヲタヾシウスだ。
湯に入つて、髯を剃つて、そして公園へ登つた(亀岡城阯)、サクラはまだ蕾だが人間は満開だ、そこでもこゝでも酒盛だ、三味が鳴つて盃が飛ぶ、お辨当のないのは私だけだ。
昨日も今日もノン アルコール デー、さびしいではありませんか、お察し申します。
春風シユウ/\といふ感じがした、歩いてをれば。
平戸よいとこ旅路ぢやけれど
   旅にあるよな気がしない
宿know thyself!

宿



酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨
ふるさと遠い雨の音がする
綿





――(これから改正)――
時として感じる、日本の風景は余り美しすぎる
花ちらし――村総出のピクニツク――味取の総墓供養。


 



便
宿

  


 


椿
 





 

  自省一句か、自嘲一句か
もう飲むまいカタミの酒杯を撫でてゐる(改作)
自戒三章もなか/\実行出来ないものであるが、ちつとも実行出来ないといふことはない、或る時は菩薩、或る時は鬼畜、それが畢竟人間だ。
今日歩いて、日本の風景――春はやつぱり美しすぎると感じた、木の芽も花も、空も海も。……
風呂が沸いたといふので一番湯を貰ふ、小川の傍に杭を五六本打込んでその間へ長州釜を狭んである、蓋なんかありやしない、藁筵が被せてある、――まつたく野風呂である、空の下で湯の中にをる感じ、なか/\よかつた、はいらうと思つたつてめつたにはいれない一浴だつた。
同宿二人、男は鮮人の飴屋さん(彼はなか/\深切だつた、私に飴の一塊をくれたほど)、女は珍重に値する中年の醜女、しかも二人は真昼間隣室の寝床の中でふざけちらしてゐる、彼等にも春は来たのだ、恋があるのだ、彼等に祝福あれ。
今夜もたび/\厠へいつた、しぼり腹を持ち歩いてゐるやうなものだ、二三日断食絶酒して、水を飲んで寝てゐると快くなるのだが、それがなか/\出来ない!
層雲四月号所載、井師が扉の言葉『落ちる』を読んで思ひついたが――落ちるがまゝに落ちるのにも三種ある、一はナゲヤリ(捨鉢気分)二はアキラメ(消極的安心)三はサトリ(自性徹見)である。
世間師には、たゞ食べて寝るだけの人生しかない!

 岩を掘り下げる音の春日影
・植ゑられてもう芽ぐんでゐる
・明日はひらかう桜もある宿です(木賃宿)
 酒がやめられない木の芽草の芽
・旅の法衣に蟻が一匹
 まッぱだかを太陽にのぞかれる(野風呂)
 旅やけの手のさきまで酒がめぐつた
・梅干、病めば長い長い旅
・こゝに住みたい水をのんで去る(添作)
・あすもあたゝかう歩かせる星が出てゐる
・ふんどしは洗へるぬくいせゝらぎがあり(木賃宿)
 春夜のふとんから大きな足だ
    □
・枯草の風景に身を投げ入れる(改作)


四月六日

 晴れたり曇つたり、風が吹いて肌寒かつた、どうも腹工合がよくない、したがつて痔がよくない、気分が欝いで、歩行も行乞もやれないのを、むりにこゝまで来た、行程わづかに二里、行乞一時間あまり、今福町、山代屋(二五・上)


死! 死を考へると、どきりとせずにはゐられない、生をあきらめ死をあきらめてゐないからだ、ほんたうの安心が出来てゐないからだ、何のための出離ぞ、何のための行脚ぞ、あゝ!
・こゝまでは道路が出来た桃の花
・崖にかぢりつき崖をくづすこと
・旅もをはりの、酒もにがくなつた
 病んで寝てゐる家鴨さわがしい宿
・忘れようとするその顔の泣いてゐる(夢)
・どうでもよい木の芽を分けのぼる
・さみしさ、あつい湯にはいる
・水のうまさは芽ぐむものにもあたへて
・食べるだけ食べてひとりの箸をおく
 花ざかり豆腐屋で豆腐がおいしい
・どこかで頭のなかで鴉がなく(夢幻)
此宿はよい、昨夜の宿とはまた違つた意味で、――飲食店だけでは、此不景気にはやつてゆけないので安宿を始めたものらしい、うどん一杯五銭で腹をあたゝめた、久しぶりのうどんだつた、おいしかつた。
世間師には明日はない(昨日はあつても)、今日があるばかりである、今日一日の飯と今夜一夜の寝床とがあるばかりだ、腹いつぱい飲んで食つて、そして寝たとこ我が家、これが彼等の道徳であり哲学であり、宗教でもある。
人間の生甲斐は味ふことにある、生きるとは味ふのだともいへよう、そして人間の幸は『なりきる』ことにある、乞食は乞食になりきれ、乞食になりきらなければ乞食の幸は味はへない、人間はその人間になりきるより外に彼の生き方はないのである。
金がある間は行乞など出来るものでない、また行乞すべきものでもあるまい、私もとう/\無一物、いや無一文になつてしまつた、SさんGさんに約束した肌身の金もちびりちびり出してゐたら、いつのまにやら空つぽになつてしまつてゐる、これでよい、これでよいのだ、明日からは本気で行乞しよう、まだ/\袈裟を質入しても二三日は食べてゐられるが。
酒飲みは悪い酒を飲み、茶好きはよい茶を好む、前者では量、後者では質が第一の関心事らしい。
かう腹工合が悪くては困つたものだ、これでは行乞相まで悪くなる、姿勢がくづれる、声が出なくなる、眼が光りだす、腹が立ちやすくなる。……
今夜も寝つかれなくて、下らない事ばかり考へてゐた、数回目の厠に立つた時はもう五時に近かつた(昨夜は二時)。

四月七日

 曇、憂欝、倦怠、それでも途中行乞しつゝ歩いた、三里あまり来たら、案外早く降りだした、大降りである、痔もいたむので、見つかつた此宿へ飛び込む、楠久、天草屋(二五・中)


ずゐぶんうるさい宿だ、子供が多くて貧乏らしい、客間は二階だが、天井もなければ障子もない、せんべいふとんが二三枚あるだけだ(畳だけは畳らしい)、屋根裏のがらんどうにぼつねんとしてゐると、旅愁といふよりも人生の悲哀に近いものを感じる、私はかういふ旅に慣れてゐるから、かういふ宿にかへつて気安さを感じるが(そこをねらつてわざと泊つたのでもあるが)普通の人々――我々の仲間はとても一夜どころか一時間の辛抱も出来まい。
今日は県界を越えた、長崎から佐賀へ。
どこも花ざかりである、杏、梨、桜もちらほら咲いてゐる、草花は道べりに咲きつゞいてゐる。
食べるだけの米と泊るだけの銭しかない、酒も飲めない、ハガキも買へない、雨の音を聴いてゐる外ない。
 お地蔵さんもあたたかい涎かけ
 汽車が通れば蓬つむ手をいつせいにあげ
・何やら咲いてゐる春のかたすみに
・明日の米はないヨルの子を叱つてゐる(ボクチン風景)
此宿はほんたうにわびしい、家も夜具も食物も、何もかも、――しかしそれがために私はしづかなおちついた一日一夜を送ることが出来た、相客はなし(そして電燈だけは明るい)家の人に遠慮はなし、二階一室を独占して、寝ても起きても自由だつた、かういふ宿にはめつたに泊れるものでない(よい意味に於てもわるい意味に於ても)。
よく雨の音を聴いた、いや雨を観じた、春雨よりも秋雨にちかい感じだつた、しよう/\として降る、しかしさすがにどこかしめやかなところがある、もうさくら(平仮名でかう書くのがふさはしい)が咲きつゝあるのに、この冷たさは困る。
雪中行乞で一皮だけ脱落したやうに、腹いたみで句境が一歩深入りしたやうに思ふ、自惚ではあるまいと信じる、先月来の句を推敲しながらかく感じないではゐられなかつた。
友の事がしきりに考へられる、S君、I君、R君、G君、H君、等、等、友としては得難い友ばかりである、肉縁は切つても切れないが、友情は水のやうに融けあふ、私は血よりも水を好いてゐる!
天井がないといふことは、予想以外に旅人をさびしがらせるものであつた。
今日は一つの発見をした、それは、私の腹いたみは冷酒が、いひかへれば酒屋の店頭でグツと呷るのが直接原因であることだつた。
今夜も寝つかれない、読んだり考へたりしてゐるうちに、とうとう一番鶏が鳴いた、あれを思ひ、これを考へる、行乞といふことについて一つの考察をまとめた。


 


宿宿

宿()宿 at home 宿
()()()()()

宿


 
 



 

今日はよく行乞した、こんなに辛抱強く家から家へと歩きまはつたことは近来めづらしい、お天気がよいと、身心もよいし、行乞相もよい、もつとも、あまりよすぎてもいけないが。
行乞中、毎日、いやな事が二三ある、同時にうれしい事も二三ある、さしひきゼロになる、けふもさうだつた。
花が咲いて留守が多い、牛が牛市へ曳かれてゆく、老人が若者に手をひかれて出歩く、子供は無論飛びまはつてゐる。
花、花、花だ、満目の花だ、歩々みな花だ、『見るところ花にあらざるはなし』『触目皆花』である、南国の春では、千紫万紅といふ漢語が、形容詞ではなくて実感だ。
風呂へいつたついでに駅へ立ち寄つたら、凱旋兵歓迎で人がいつぱいだ、わづか一兵卒(といつては失礼だけれど)を迎へるのに一村総出で来てゐる(佐賀市で出征兵士見送の時もさうだつた)、これだけの銃後の力があつて日本兵が強くなければ嘘だと思つた。
・蕨がもう売られてゐる
 鳩も雀も燕までをりていたゞいてゐる
 夫婦仲よく鉄うつやとんかん(鍛冶屋)
・春風のボールにうたれた(行乞途上)
 乞食となつて花ざかり


宿





 










宿

 学校も役場もお寺もさいたさいた
 朝ざくらまぶしく石をきざむや
 うたつてもおどつてもさくらひらかない
・石がころんでくる道は遠い
 馬に春田を耕すことを教へてゐる
・しづかな道となりどくだみの芽
 どつさり腰をすえたら芽
 けふのおせつたいはたにしあへで
便
()

宿便宿



 

()


・朝からの騷音へ長い橋かゝる(松浦橋)
 春へ窓をひらく
・松風に鉄鉢をさゝげてゐる
・松はおだやかな汐鳴り
・へんろの眼におしよせてくだけて白波
・旅のつかれの腹が鳴ります
・しらなみの県界を越える
    □
・わびしさに法衣の袖をあはせる
酒は嗜好品である、それが必需品となつては助からない、酒が生活内容の主となつては呪はれてあれ。
木の芽はほんたうに美しい、花よりも美しい、此宿の周囲は桑畑、美しい芽が出てゐる、無果花の芽も美しい。


 


宿

稿
宿



  ()

からりと晴れ、みんなそれ/″\の道へゆく、私は一路東へ、加布里、前原を五時間あまり行乞、純然たる肉体労働だ、泊銭、米代、煙草銭、キス代は頂戴した。
今朝はおかしかつた、といふのは朝魔羅が立つてゐるのである、山頭火老いてます/\壮なり、か!
浜窪海岸、箱島あたりはすぐれた風景である、今日は高貴の方がお成になるといふので、消防夫と巡査とで固めてゐる、私は巡査に追はれ消防夫に追はれて、或る農家に身を潜めた、さてもみじめな身の上、きゆうくつな世の中である、でも行乞を全然とめられなかつたのはよかつた。
初めて土筆を見た、若い母と可愛い女の子とが摘んでゐた。
店のゴム人形がクル/\まはる、私は読経しつゞける。
犬ころが三つ、コロ/\ころげてきた、キツスしたいほどだつた。
孕める女をよく見うける、やつぱり春らしい。
日々好日に違ひないが、今日はたしかに好日だつた。
・春あを/\とあつい風呂
宿姿
便






 宿綿  



宿




宿
 すこし濁つて春の水ながれてくる
・旅人のふところでほんにおとなしい児
・春の街並はぢかれどほしでぬけた
・あたゝかい小犬の心がようわかる
 春のくばりものとし五色まんぢゆう
   再録
・朝からの騷音へ長い橋かゝる
・松はおだやかな汐鳴り
・遍路たゞずむ白浪おしよせる
・わびしさは法衣の袖をあはせる
    □
・旅の或る日の松露とる
 花ぐもりのいちにち石をきざむばかり
宿宿


宿
宿


  





西
西









    
 
                      
 ()


宿宿宿




 宿





()
・昼月に紙鳶をたたかはせてゐる
・水たまりがほがらかに子供の影うつす
・あたゝかに坊やは箱の中に寝てゐる


 



 宿


宿

・星がまたたく旅をつづけてきてゐる
・おわかれのせなかをたたいてくれた(農平居)
宿宿












    
 
 
 
 
 

 



 

()穿


宿宿



廿

 

調


 旅のこどもが犬ころを持つてゐる(ルンペン)
・けふもいちにち風をあるいてきた
 山ふところの水涸れて白い花
・風のトンネルぬけてすぐ乞ひはじめる
 もう葉桜となつて濁れる水に
同宿は土方君、失職してワタリをつけて放浪してゐる、何のかのと話しかける、名札を書いてあげる、彼も親不孝者、打つて飲んで買うて、自業自得の愚をくりかへしつゝある劣敗者の一人。


廿

 




※(「鬥<亀」、第3水準1-94-30)()()



 煙突みんな煙を吐く空に雲がない(八幡製鉄所)
 ルンペンが見てゐる船が見えなくなつた(若松風景)
 ぎつしりと帆柱に帆柱がうらゝか( 〃 )
   入雲洞房二句
 窓にちかく無花果の芽ぶいたところ
 ひさしぶり話してをります無花果の芽
    □
・もう死ぬる金魚でうつくしう浮く明り
稿稿()()


廿

 


宿
廿
昨日はまるで酔ひどれの下らなさ図々しさを見せるためにお訪ねたマヽやうなものでしたね、寄せ書きした頃から何が何だか解らなくなりましたよ、でも梅若葉のあざやかさ、おひたしのおいしさは、はつきり覚えてゐるから不思議です。……





 
 
 

 

 
 



廿

 




 びつしよりぬれてゆくところがない
・風の建物の入口が見つからない
 どうやら霽れてくれさうな草の花
 春雨の放送塔が高い
・移りきて無花果も芽ぶいてきた(惣三居)



雨なれば雨をあゆむ
此一句(俳句のつもりではありません)を四有三さんの奥さんに呈す。
・JOGK、ふるさとからちりはじめた
此一句(俳句のつもり)を白船老に呈す。
雨がふつてもほがらか
此一句を俊和尚に呈す。


廿





退
宿宿便
宿



 



廿

 



宿

 




廿

 宿





宿宿宿宿


()






廿

 




 ()

   


 


 

沿
    




廿

 宿


宿




 
 
 



廿

 

すつかり晴れた、誰もが喜んでゐる、世間師は勿論、道端の樹までがうれしさうにそよいでゐる。
やつぱり行乞したくない、したくないけれどしなければならない、やつと食べるだけ泊るだけいただく(ずゐぶんハヂカれた、いや/\でやるんだから、それがあたりまへだらう)。
歯が痛む、春愁とでもいふのか、近くまた二本ぬけるだらう。
後藤寺町の丸山公園はよろしい、葉桜がよろしい、それにしても次良さんをおもひださずにはゐられない、一昨年はあんなに楽しく語りあつたのに、今は東西山河をへだてゝ、音信不通に近い。
白髪を剃り落してさつぱりした(床屋の職人、多分鮮人だらうが、乱暴に取扱つた)。
逢ふまへの坊主頭としておく
香春岳にはいつも心をひかれる、一の岳、二の岳、三の岳、それがくつきりと特殊な色彩と形態とを持つて峙えてゐる、よい山である、忘れられない山である。
此宿も悪くない、五銭奮発して上客なんだから、部屋もよく夜具もよかつたが、夜おそく、夫婦者が泊つたので大きい部屋へ移されたのは残念だつた、折角、一室一燈一人で、読書してゐたのに。


 

沿



 
 
 

 
    
 



 


綿
※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)
()()

宿


 
 

 

 
 
    
 






宿
宿宿


 雀よ雀よ御主人のおかへりだ(緑平老に)
 香春をまともに別れていそぐ
 別れてきた荷物の重いこと
 別れてきて橋を渡るのである
 靄がふかい別れであつた
 ひとりとなつてトンネルをぬける
 なつかしい頭が禿げてゐた(緑平老に)
・塵いつぱいの塵をこぼしつゝゆく
 石をきざみ草萠ゆる
 若葉清水に柄杓そへてある
・住みなれて筧あふれる
・あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
    □
・衣がへ、虱もいつしよに捨てる
    □
 山寺ふけてゆつくり尿する(改作・福泉寺)
宿
宿


  



 

宿
宿
宿便

()


 焼跡あを/\と芽ぶいたゞけ
 乞食は裸で寝てゐる五月晴
・だまつて捨炭を拾ひ歩く
 声をそろへ力をそろへ鶴嘴をそろへ(線路工事)
 晴れておもひでの関門をまた渡る
刑務所の傍を、水に沿うて酒買ひにいつた、塀外の畑を耕してゐる囚人の視線は鋭かつた。
更けて隣室の夫婦喧嘩で眼が覚めた、だから夫婦者はうるさい、仲がよくてもうるさい、仲がわるければよりうるさい。


 

調
()宿宿宿宿









 






・鉄鉢へ霰(改作)
余談として一、二。――
関門風景はよい、そこに鮮人ルンペンを配さなければなるまい。
道程を訊ねて、適切マヽ答を与へる人はめつたにない、爺さんはたいがい正確である、彼は昔、歩いてゐるから。
 雨の朝から夫婦喧嘩だ(安宿)
・あざみあざやかにあさのあめあがり
・誰にも逢はない水音のおちてくる
・うつむいて石ころばかり
 いそいで踏みつぶすまいぞ蛙の子
 ぬかるみで、先生お早うございます
・右は上方道とある藤の花
 ふつたりやんだり歩く外ない
 降り吹く国界の石
 ほどよう苔むした石の国界
 どしやぶりのお地蔵さん
・穂麦、おもひでのうごきやう




 





 石があつて松があつて、そしてマヽ柑があつて(白船居)
 どうやら霽れさうな松のみどり
 沖から白帆の霽れてくる
 埋立地のそここゝ咲いてゐる
 頬かむりして夏めく風に
 そよいでる棕櫚竹の一本を伐る
 西瓜とパヽイヤとさて何を添へようか
                  (白船居)
 春蘭そうして新聞
 むつまじく白髪となつてゐられる
    □
 星も見えない旅をつゞけてゐる
    □
・岩へふんどし干してをいて
・若葉のしづくで笠のしづくで
よく話した、よく飲んだ、よく飲んだ、よく話した、そしてぐつすり寝た。


 






宿





 宿

終日読書静観、ゲルトがないと坊主らしくなる。
同宿四人、みんなマヽ師だ、間師はそれ/″\間師らしい哲学を持つてゐる、話してもなか/\おもしろい、間師同志の話は一層おもしろい(昨日今日当地方の春祭だから、それをあてこんで来たものらしい)。
痔がいたむ、酒をつゝしみませう。
・ふるさとの夢から覚めてふるさとの雨
 入川汐みちて出てゆく船
 窓が夕映の山を持つた
この宿のおかみさんはとても醜婦だ、それだけ好意が持てた、愛嬌はないが綺麗好きだから嬉しい。
世間する、といふ言葉は意味ふかい、哲学するといふ言葉のやうに。

五月九日

 曇、歩いて三里、汽車で五里、樹明居(小郡)


文字通りの一文なし、といふ訳で、富田、戸田、富海行乞、駅前の土産物店で米を買うていたゞいて小郡までの汽車賃をこしらへて樹明居へ、因縁があつて逢へた、逢ふてうれしかつた、逢ふだけの人間だから。
街の家で飲んで話した、呂竹、冬坊、俊の三君にも逢つた、呂竹居に泊る、樹明君もいつしよに。
街は祭の、世間師泣かせの雨がふる(福川)
霽れるより船いつぱいの帆を張つた
やつとお天気になり金魚、金魚
   □
晴れて鋭い故郷の山を見直す(防府)
育ててくれた野は山は若葉
車窓マドから、妹の家は若葉してゐる

椿




 
 椿
 
 
 

 

    
 

 
 



 



()


    






 バスを待ちわびてゐる藤の花(小郡から大田へ)
 曲つて曲る青葉若葉(  〃  )
 ぎつしり乗り合つて草青々(  〃  )
    □
 苺ほつ/\花つけてゐた(伊東君に)
 つゝましく金盞花二三りん( 〃 )
 襁褓干しかけてある茱萸も花持つ( 〃 )
 逢うてうれしい音の中( 〃 )
    □
 鳴いてくれたか青蛙(或る旗亭にて)
 葉桜となつて水に影ある( 〃 )
 たそがれる石燈籠の( 〃 )
    □
 きんぽうげ、むかしの友とあるく
 蔦をははせて存らへてをる
    □
・山ふところで桐の花
・青草に寝ころんで青空がある
 咲いてかさなつて花草二株
    □
・別れて橋を渡る
・青葉の心なぐさまない
しつかりしろ、と私は私自身に叫ぶ外なかつた、あゝ。




 

すつかり初夏風景となつた、歩くには暑い、行乞するには懶い、一日も早く嬉野温泉に草庵を結ばう。
けふの道はよい道だつた、こんやの宿はよい宿だ。
花だらけ、水だらけ、花がうつくしい、水がうまい(酒はもう苦くなつた)。
 初夏の水たたへてゐる
 雲がない花の散らうとしてゐる
 柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
 けふのみちも花だらけ
・わらや一つ石楠花を持つ
途上で、蛇が蛙を呑まうとしてゐるのを見た、犬養首相暗殺のニユースを聞かされた。


  

 宿

覿宿
宿







廿

 


宿
宿


 こんやの宿も燕を泊めてゐる
・ふるさとの夜となれば蛙の合唱
初めて逢うた樹明君、久しぶりに逢うた敬治君、友はよいかな、うれしいかな、ありがたいかな、もつたいないかな、昨日今日、こんなにノンキで生きてゐるのはみんな友情の賜物である、合掌。

五月廿一日

 曇后雨、行程六里、粟野、村尾屋(三〇・中)


今にも降りだしさうだけれど休めないやうになつてゐるから出かける、脱肛の出血をおさへつけてあるく。
古市、人丸といふやうな村の街を行乞する、ホイトウはつらいね、といつたところで、さみしいねえひとり旅は。
行乞相はまさに落第だつた、昨日のそれは十分及第だつたのに(それだけ今日はいら/\してゐた)。
今日の道はよかつた、丘また丘、むせるやうな若葉のかをり、ことに農家をめぐる密柑のかをり。
 おどつてころんで仔犬の若草
・ふるさとの言葉のなかにすわる
 密柑の花がこぼれる/\井戸のふた

宿
宿




宿



廿

 ()()

宿


※(「てへん+主」、第3水準1-84-73)






廿

   

()()宿




 波音のお念仏がきこえる
・玄海の白波へ幟へんぽん
・向きあつておしやべりの豆をむぐ
    □
・旅のつかれの夕月が出てゐる
                (改作追加)
・焼芋をつゝんでくれた号外も読む
蚤と蚊と煩悩に責められて、ちつとも睡れなかつた、千鳥が鳴くのを聞いたが句にはならなかつた。……
先日からいつも同宿するお遍路さん(同行といふべきだらうか)、逢ふたびに、口をひらけば、いくら貰つた、どこで御馳走になつた、何を食べた、いくら残つた、等々ばかりだ、あゝあゝお修行はしたくないものだ、いつとなくみんな乞食根性になつてしまふ!


廿

 










 
 
    




廿 廿

 宿








廿

 

宿

宿


廿

 

調 





   

    

 
    




廿

 宿

朝から四有三居を襲うて饗応を強要した。
緑平老はあまりに温かい、そつけないだけそれだけしんせつだ、友の中の友である。
水を渡つて女買ひに行く(添加)
夕方、連れ立つて散歩する、ボタ山のこゝそこから煙が出てゐる、湯が流れてくる、まるで火山の感じである、荒涼落漠の気にうたれる。





 

宿宿

調





 




 宿

昨夜の宿は予想したほどよくなかつた(水だけは、筧から流れてくる水だけはよかつた)、しかし、期待したやうに山ほとゝぎすを聴くことが出来たのはうれしかつた。
 ほつかり眼ざめて山ほとゝぎす
・ほとゝぎすしきりに啼くやほとゝぎす
・あかつきの火の燃えさかる
    □
・ふたゝび渡る関門は雨
・ぬれてうつくしいバナナをねぎるな
    □
・シケの石風呂へはいりこむ









底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「騷」と「騒」の混在は底本通りにしました。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
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●表記について


●図書カード