行乞記

(三)

種田山頭火




   鶏肋抄
□霰、鉢の子にも(改作)
□山へ空へ摩訶般若波羅密多心経(再録)
□旅の法衣は吹きまくる風にまかす(〃)
   雪中行乞
□雪の法衣の重うなる(〃)
□このいたゞきのしぐれにたゝずむ(〃)
□ふりかへる山はぐマヽれて(〃)
    ――――
□水は澄みわたるいもりいもりをいだき
□住みなれて筧あふれる

   鶏肋集(追加)
□青草に寝ころべば青空がある
□人の子竹の子ぐいぐい伸びろ(酒壺洞君第二世出生)


 六月一日 川棚、中村屋(三五・中)

曇、だん/\晴れて一きれの雲もない青空となつた、照りすぎる、あんまり明るいとさへ感じた、七時出立、黒井行乞、三里歩いて川棚温泉へ戻り着いたのは二時頃だつたらうか、木下旅館へいつたら、息子さんの婚礼で混雑してゐるので、此宿に泊る、屋号は中村屋(先日、行乞の時に覚えた)安宿であることに間違はないが、私には良すぎるとさへ思ふ。
すべてが夏だ、山の青葉の吐息を見よ、巡査さんも白服になつた、昨日は不如帰を聴き今日は早松茸を見た、百合の花が強い香を放ちながら売られてゐる。
笠の蜘蛛! あゝお前も旅をつゞけてゐるのか!
新らしい日、新らしい心、新らしい生活、――更始一新して堅固な行持、清浄な信念を欣求する。
樹明君からの通信は私をして涙ぐましめた、何といふ温情だらう、合掌。
・ほうたるこいほうたるこいふるさとにきた
宿宿宿

  












 
 




  




調
()()

・鉄鉢かゞやく
・着飾らせて見せてまはつてゐる
・水音、なやましい女がをります
・暗さ匂へば螢
宿穿辿宿



   ()


  





宿


・梅雨雲の霽れまいとする山なみふるさと
 仲よく連れて学校へいそぐ梅雨ぐもり
・どこまでも咲いてゐる花の名は知らない
・晴れきつた空はふるさと
 旅から旅へ河鹿も連れて
 更けて流れる水音を見出した



  


※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)


宿
()

・おしめ影する白い花赤い花
 おとなりが鳴ればこちらも鳴る真昼十二時
・お寺のたけのこ竹になつた
    □
・こゝに落ちつき山ほとゝぎす(再作)


  




宿
宿







  

宿

()()
調



()()


宿

 

 
 


  











宿

・墓まで蔓草の伸んできた
    □
 水にはさまれて青草
・山畑かんらんやたらひろがる
・松かげ松かぜ寝ころんだ
・茅花穂に出てひかる
・山ゆけば水の水すまし
    □
・地べた歩きたがる子を歩かせる
    □
 さみしうて夜のハガキかく





  












  


宿

宿
宿





 
 ふたゝびこゝで白髪を剃る
 どうでもこゝにおちつきたい夕月
・朝風の青蘆を切る
    □
・これだけ残つてゐるお位牌ををがむ
    □
・あるだけの酒のんで寝る月夜
・吠えてきて尾をふる犬とあるく
・まとも一つの灯はお寺




  





宿姿宿
・からつゆから/\尾のないとかげで
 いつしよにびつしより汗かいて牛が人が
・ゆふぐれは子供だらけの青葉
 仔猫みんな貰はれていつた梅雨空
宿


  










 
 





  





   妙青禅寺
 もう山門は開けてある
 梅雨曇り子を叱つては薬飲ませる
 子猫よ腹たてゝ鳴くかよ
 子をさがす親猫のいつまで鳴く
 仔牛かはいや赤い鉢巻してもろた
   三恵寺
 樹かげすゞしく石にてふてふ
 迷うた山路で真赤なつゝじ
 牛小屋のとなりで猫の子うまれた
・家をめぐつてどくだみの花
 働きつめて牛にひかれて戻る



  





()()



竿

姿






()






    

    



   
 


    






  










()



・竿がとゞかないさくらんぼで熟れる
・花いちりん、風がてふてふをとまらせない
・梅雨の縞萱が二三本
    □
・水は澄みわたるいもりいもりをいだき


鹿



  







便

・働らき働らき牛を叱つて




  











 

 

 





  





・朝戸あけるより親燕
・こゝもそこもどくだみの花ざかり
・水田たゝへようとするかきつばたのかげ
・梅雨晴れの山がちゞまり青田がかさなり
・つゝましくこゝにも咲いてげんのしようこ
    □
・お寺まで一すぢのみち踏みしめた
・うまい水の流れるところ花うつぎ
・山薊いちりんの風がでた
・水のほとり石をつみかさねては(賽の河原)
 霽れて暑い石仏ならんでおはす
 夏草おしわけてくるバスで



  






姿
宿()

・梅雨の満月が本堂のうしろから
・傾いた月のふくろうとして
    □
 けふから田植をはじめる朝月
・朝の虫が走つてきた
・朝月にもう一枚は植ゑてしまつた
・炎天の影ひいてさすらふ
 さみしい道を蛇によこぎられる
寿

 廿 










    

  
 
    

    




 廿 







 






 廿 








 




 廿 






 廿 











 廿 



※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)






調調




 廿 





()






    緑平老に
・ひさしぶり逢へたあんたのにほひで(彼氏はドクトルなり)
    □
・梅雨晴の梅雨の葉のおちる
    □
  蠅取紙
・いつしよにぺつたりと死んでゐる
・山ふかくきてみだらな話がはづむ
・山ふところのはだかとなる
・のぼりつくして石ほとけ
・みちのまんなかのてふてふで
・あの山こえて女づれ筍うりにきた
()()



 廿 







宿
    

  

  

  
 


 廿 




 


 廿





  


西
・かつと日が照り逢ひたうなつた
私は、善良な悪人に過ぎない。……
    △ △ △ △
自戒三条
 一、自分に媚びるな
 一、足らざるに足りてあれ
 一、現実を活かせ


  




 



 さみしい夜のあまいもの食べるなど
・何でこんなにさみしい風ふく
・手折るよりぐつたりしほれる一枝
・とりきれない虱の旅をかさねてゐる
・雨にあけて燕の子もどつてゐる
 縞萱伸びあがり塀のそと
 いちめんの蔦にして墓がそここゝ



()  
  
  
  


  





・朝の烏賊のうつくしくならべられ(魚売)
・どうやら晴れさうな青柿しづか
・旅もをはりの、歯がみなうごく
 胡瓜こり/\かみしめてゐる
・松へざくろの咲きのこる曇り
 梅雨寒い蚤は音たてゝ死んだ
・くもり憂欝の髯を剃る
    □
  改作一句
・そゝくさ別れて山の青葉へ橋を渡る
    □
 見なほすやぬけた歯をしみ/″\と
 ほつくりぬけた歯で年とつた
 投げた歯の音もしない木下闇
 これが私の歯であつた一片
    □
・釣られて目玉まで食べられちやつた











 



()()








    
()()
 
    




 










・山路はや萩を咲かせてゐる
・ゆふべの鶏に餌をまいてやる父子オヤコ
・明日は出かける天の川まうへ



 


※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)姿
 

宿

 











 















 






西尿



    
 
    

    


    






 









・おちつかない朝の時計のとまつてる
・旅路はいろ/\の花さいて萩
宿




 


  vital force 

 

    




 





・ふたゝびこゝに花いばら散つてゐる
・この汽車通過、青田風
・旅の法衣がかわくまで雑草の風






 



・なく蠅なかない蠅で死んでゆく
・長かつた旅もをはりの煙管掃除です



 












 






 




・暑く、たゞ暑くをる
・蜩のなくところからひきかへす
・あすはよいたよりがあらう夕焼ける
    □
・食べるもの食べきつたかなかな


 




・朝の土から拾ふ
・山奥の蜩と田草とる(これは昨夕)
・夜どほし浴泉があるのうせんかつら
・青すゝきどうやら風がかはつた
晴れた、晴れた、お天気、お天気、みんなよろこぶ、私も働かう、うんと働かう、ほんとうに遊びすぎた。
・けふの散歩は蜩ないて萩さいて
・かんがへがまとまらないブトにくはれる
・山のいちにち蟻もあるいてゐる






 



・ぴつたり身につけおべんたうあたゝかい
・朝の水にそうてまがる
・すゞしく蛇が朝のながれをよこぎつた
・禁札の文字にべつたり青蛙
・このみちや合歓の咲きつゞき
・石をまつり水のわくところ
・つきあたつて蔦がからまる石仏
・いそいでもどるかなかなかなかな
・暮れてなほ田草とるかなかな
・山路暮れのこる水を飲み
一銭のありがたさ、それは解りすぎるほど解つてゐる、体験として、――しかも万銭を捨てゝ惜まない私はどうしたのだらう!
なぜだか、けふは亡友I君の事がしきりにおもひだされた、彼は私の最初の心友だつた、彼をおもひだすときは、いつも彼の句と彼の歌とをおもひだす、それは、――
□おしよせてくだけて波のさむさかな
 我れんマヽちさう籠るに耳は眼はいらじ
    土の蚯蚓のやすくもあるかな
宿





 








    



 


宿


 
 




 廿


※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)



・紫陽花もをはりの色の曇つてゐる
・つゆけく犬もついてくる
・ゆふ雲のうつくしさはかなかなないて








 廿





  (草木塔)[#「(草木塔)」は底本では、俳句の上に横書き]
・朝早い手を足を伸ばしきる
・伸ばしきつた手で足で朝風
・いちりん咲いてゐててふてふ
・あつさ、かみそりがようきれるかな
物を粗末にすれば物に不自由する(因果応報だ)、これは事実だ、少くとも私の事実だ!

・夏のゆふべの子供をほしがつてゐる
・墓へも紫陽花咲きつゞける


 七月廿二日

朝曇、日中は暑いけれど朝晩は涼しい、蚊がゐなければ千両だ。
感情がなくなれば人間ぢやない、同時に感情の奴隷とならないのが人間的だらう。
さみしくいらだつからだへ蠅取紙がくつついた、句にもならない微苦笑だつた。

・泣いてはなさない蝉が鳴きさわぐ
・何やら鳴いて今日が暮れる
・水瓜ごろりと垣の中
・虫のゆききのしみじみ生きてゐる
    □
・朝の木にのぼつてゐる


 七月廿三日

土用らしい土用日和である、暑いことは暑いけれど、そこにわだかまりがないので気持がよい。
隣室のお客さん三人は私の同郷人だ、純粋なお国言葉をつかうてゐる、彼等と話しあつてゐると、何だか血縁のものに接してゐるやうな気がする(私としては今のところ、身上をあかしたくないから、同郷人であることが暴露しないやうに警戒しなければならない)。
当地には温泉情調といつたやうなものはあまりたゞようてゐない、むろん、私には入湯気分といつたやうなものはないが。
今日も私はいやしい私を見た、自分で自分をあはれむやうな境地は走過しなければならない。
子供はうるさいものだとしば/\思はせられる、此宿の子はちよろ/\児でちつとも油断がならない、お隣の子は兄弟妹姉そろうて泣虫だ、競争的に泣きわめいてゐる、子供といふものはうるさいよりも可愛いのだらうが、私には可愛いよりもうるさいのである。
   (山水経)[#「(山水経)」は底本では、俳句の上に横書き]
・のびのびてくさのつゆ
・つゆけくもせみのぬけがらや
・事がまとまらない夕蝉になかれ(此一句は事実感想そのまゝである)






 廿



()()()






・朝曇朝蜘蛛ぶらさがらせてをく
・この木で二円といふ青柿のしづかなるかな
・蒸暑い木の葉いちまい落ちた
・私の食卓、夏草と梅干と










   
 


 廿

 


竿覿竿




 廿







    




 廿

()



・暑さ、泣く子供泣くだけ泣かせて


 廿




西
宿

便
・炎天のポストへ無心状である
・貧しさは水を飲んだり花を眺めたり
    □
・炎天、夫婦となつて井戸も掘る
・掘ればよい水が湧く新所帯で
    □
 すゞしくなでしこをつんであるく



 廿












 



・ラヂオがさわがしい炎天の花さいてゐて
・日ざかり、われとわがあたまを剃り
・星が光りすぎる雨が近いさうな
・どうしてもねむれない夜の爪をきる
・更けてさまよへばなくよきりぎりす
 殺された蚤が音たてた
・旅のこゝろもおちついてくる天の川まうへ
今日は特種が一つあつた、私は生来初めて自分で自分の頭を剃つた、安全剃刀で案外うまくやれた、これも自浄行持の一つだらう。

 七月卅一日

いよ/\出かけた、五時一浴して麦飯を二三杯詰めこんで勢よく歩きだしたのである、もう蝉がないてゐる、法衣にとびついた蝉も一匹や二匹ではなかつた。
暑かつた、労れた、行程八里、厚狭町小松屋といふ安宿に泊る(三〇・中)、掃除が行き届いて、老婦も深切だが、キチヨウメンすぎて少々うるさい。
行乞相はよかつた、所得もわるくなかつた、埴生一時間、厚狭二時間、それだけの行乞で食べて飲んで寝て、ノンキに一日一夜生かさせていたゞいたのだから、ありがたいよりも、もつたいなかつた。
明日は是非小郡まで行かう、そして宮市へ、そこで金策しなければならない。……
歩くのはうれしい、水はうまい、強烈な日光、濃緑の山々、人さま/″\の姿。
・涼しい風人形がころげる
・泳ぎつかれてみんな水瓜をかゝえ
・夾竹桃、そのかげで氷うりだした
 かぼちやごろ/\汐風に
・何と涼しい南無大師遍照金剛


 




槿









 



 

 
 

 

 


 

宿






寿



 
 
 

 
   
 

 
 


 








使

 


 




()











    


     

 

 
     
 


 



()()






 


 
宿()
()



()


 八月七日

まだ雨模様である、我儘な人間はぼつ/\不平をこぼしはじめた。
此宿の老主人が一句を示す。――
蠅たゝきに蠅がとまる
山頭火、先輩ぶつて曰く。――
蠅たゝき、蠅がきてとまる



・秋草や、ふるさとちかうきて住めば
・子に食べさせてやる久しぶりの雨
・秋めいた雲の、ちぎれ雲の


  







 






・炎天の電柱をたてようとする二三人
独身者は、誰でもさうだが、旅から戻つてきた時、最も孤独を体験する、出かけた時のまゝの物みなすべてが、そのまゝである、壺の花は枯れても机は動いてゐない、たゞ、さうだ、たゞ、そのまゝのものに雪がふつてゐる、だ。
当分、酒は飲まないつもりだつたが、何となく憂欝になるし、新シヨウガのよいのが見つかつたので、宿のおばさんに頼んで、一升とつてもらつた、ちようど隣室のお客さんもやつてこられたので、だいぶ飲んで話した、……ふと眼がさめたら、いつのまにやら、自分の寝床に寝てゐる自分だつた。

 八月十日

晴れて、さら/\風がふく、夏から秋へ、それは敏感なルンペンの最も早く最も強く感じるところだ。
昨日今日、明日も徴兵検査で、近接の村落から壮丁が多数やつて来てゐる、朝湯などは満員で、とてもはいれなかつた。
妙青寺の山門には『小倉聯隊徴兵署』といふ大きな木札がかけてある、そこは老松の涼しいところ、不許葷酒入山門といふ石標の立つところ、石段を昇降する若人に対して感謝と尊敬とを捧げる。
昨夜、酒を飲んだが(肴も食べて)何となく今朝は工合が悪い、私にはやつぱり禁慾生活がふさはしい。
酒を飲まなくなつたことは事実だ、正確にいへば、飲めなくなつたのだ、経済的でなく、肉体的乃至精神的なもののために、――よし、よし、これからは酒を飲む代りに本を読まう、アルコールよりカルモチンといふほどの意味で。
こゝでもそこでも子供が泣く、何とまあよく泣く子供だらう、私はまだ/\修行が足らない、とても人間の泣声を蝉や蛙や鳥や虫の鳴声とおなじには聞いてゐられないから、そして子供の泣声を聞くとぢつとしてはゐられない。
Sからの手紙は私を不快にした、それが不純なものでないことは、少くとも彼女の心に悪意のない事はよく解つてゐるけれど、読んで愉快ではなかつた、男の心は女には、殊に彼女のやうな女には酌み取れないらしい、是非もないといへばそれまでだけれど、何となく寂しく悲しくなる。
それやこれやで、野を歩きまはつた、歩きまはつてゐるうちに気持が軽くなつた、桔梗一株を見つけてその一株を折つて戻つた、花こそいゝ迷惑だつた!
・やつぱりうまい水があつたよ(再録)
・蘭竹の葉の秋めいてそよぎはじめた
・別れてからもう九日の月が出てゐる
・去る音の夜がふかい

宿

 




宿








 





 ()

 







 




 





 









 



宿
・あてもない空からころげてきた木の実


 





 





 廿





 廿


宿


 廿






 廿



・咲いてしやくなぎのはな(改作)


 廿








 廿





 一人となればつくつくぼうし
    □
・若葉に若葉がかさなつた(酒壺洞第二世出生)
残暑といふものを知つた、いや味つた。
アキアツクケツアンノカネヲマツ
 (秋暑く結庵の金を待つ)緑平老へ電報

便


 廿 



使


使
・いつも一人で赤とんぼ


 廿 

退

けふはおわかれのへちまがぶらり(留別)
これは無論、私の作、次の句は玉泉老人から、
道芝もうなだれてゐる今朝の露
正さん(宿の次男坊)がいろ/\と心配してくれる(彼も酒好きの酒飲みだから)、私の立場なり心持なりが多少解るのだ、荷造りして駅まで持つて来てくれた、五十銭玉一つを煙草代として無理に握らせる、私としても川棚で好意を持つたのは彼と真道さんだけ。
午後二時四十七分、川棚温泉よ、左様なら!
川棚温泉のよいところも、わるいところも味はつた、川棚の人間が『狡猾な田舎者』であることも知つた。
山もよい、温泉もわるくないけれど、人間がいけない!
立つ鳥は跡を濁さないといふ、来た時よりも去る時がむつかしい(生れるよりも死ぬる方がむつかしいやうに)、幸にして、私は跡を濁さなかつたつもりだ、むしろ、来た時の濁りを澄ませて去つたやうだ。
T惣代を通して、地代として、金壱円だけ妙青寺へ寄附した(賃貸借地料としてはお互に困るから)。
・ふるさとちかい空から煤ふる(再録)
    □
 このツチのすゞしい風にうつりきて(小郡)
宿()()

 廿 


宿








 廿

()





・いちぢくの実ややつとおちついた(再録、改作すべし)
夜おそく、樹明兄来訪、友達と二人で。
いろ/\の友からいろ/\の品を頂戴した、樹明兄からは、米、醤油、魚、そして酒!
友におくつたハガキの一つ。――
何事も因縁時節と観ずる外ありませんよ、私は急に川棚を去つて当地へ来ました。
庵居するには川棚と限りませんからね。
こゝで水のよいところに、文字通りの草庵を結びませう、さうでもするより外はないから。
山が青く風が涼しい、落ちつけ、落ちつけ、落ちつきませう。





 
    
 


 





……私もいよ/\新らしい最初の一歩(それは思想的には古臭い最後の一歩)を踏みだしますよ、酒から茶へ――草庵一風の茶味といつたやうな物へ――山を水を月を生きてゐるかぎりは観じ味はつて――とにもかくにも過去一切を清算します。……


()()()

調






・稲妻する過去を清算しやうとする


 







・ひとりゐて蜂にさされた
 雨の蛙のみんなとんでゐる


()

 




・後悔の朝の水を泳ぎまはる
 ちんぽこにも陽があたる夏草(或はまらか)
    □
・いやなおもひでのこぼれやすいはなだ(改作)
・朝月にこほろぎの声もととなうた
()

 


調



宿


 



 

調








 











 easy-going 


 尿
 



 九月五日

曇、どうやらかうやら晴れさうである。
つゝましい、あまりにつゝましい一日であつた、釣竿かついで川へ行つたけれど。――
けふは鮠二つ釣つて焼いて食べて
彼から返事が来ないのが、やつぱり気にかゝる、こんなに執着を持つ私ではなかつたのに!
ふと見れば三日月があつた、それはあまりにはかないものではなかつたか。――
・三日月よ逢ひたい人がある(彼女ぢやない、彼だ)
 待つともなく三日月の窓あけてをく(彼のために)
この窓は心の窓だ私自身の窓だ。
・三日月、遠いところをおもふ
・いつまで生きる三日月かよ
・三日月落ちた、寝るとしよう
どうしても寝つかれない、いろ/\の事が考へられる、すこし熱が出てからだが痛い、また五位鷺が通る。
とぶ虫からなく虫のシーズンとなつた、虫の声は何ともいへない、それはひとりでぢつと聴き入るべきものだ。
味覚の秋――春は視覚、夏は触覚、冬は聴覚のシーズンといへるやうに――早く松茸で一杯やりたいな。
先日は周二さんが果実一籠をお土産として下さつた、そしてみんなで頂戴した、私の食卓にデザートがあるとは珍らしかつた、といふ訳で。
・木の実草の実みんなで食べる
トマトからイチヂクへ、といへないこともなからう、どこの畠にもトマトがすがれてをり、そこにもこゝにもイチヂクが色づきつゝある。

 九月六日

三時になるのを待つて起きた、暫時読書、それから飯を炊き汁を温める。……
気分がすぐれない、すぐれない筈だ、眠れないのだから。
昨日は誰も訪ねて来ず、誰をも訪ねて行かなかつた、今朝は樹明さんが出勤途上ひよつこり立ち寄られた、其中庵造作の打合せのためである、いつもかはらぬ温顔温情ありがたし、ありがたし。
夕立、入浴、そして鮠釣、今日は十五尾の獲物があつた、さつそく焼いて焼酎を傾けた、考へてみれば、人間ほど無慈悲で得手勝手なものはない、更にまた考へてみれば、朝の水で泳ぎ遊んでゐた魚が、昼にはもう殺されて私の腹中におさまつてゐる、無常とも何ともいひやうがない。
小郡には蓮田が多い、経済的に利益があるためであらうか、その広い青葉をうつ雨の音は快いものだ。
肌寒くなつた、掛蒲団なくては眠れなくなつた、これ私マヽのやうな貧乏な孤独人はキタヱられるのである。
 晴れてよい日の種をまく土をまく
・子のないさみしさは今日も播いてゐる
・夕月に夕刊がきた
    □
・まがつた風景そのなかをゆく(再録)



 


便




姿





・汲みあげる水のぬくさも故郷こひしく
・枯れようとして朝顔の白さ二つ
 石地蔵尊その下で釣る
・暮れてとんぼが米俵編んでゐるところ
・灯かげ月かげ芋の葉豆の葉(改作)


 




()







・日照雨ぬれてあんたのところまで
 ふつたりはれたり傘がさせてよろこぶ子
・鳴いてきてもう死んでゐる虫だ
    □
・さみしうてみがく



 







()
Comfortable life 


 





    

 ()()


 







()()()()
・朝の水で洗ふ
・樹影雲影に馬影もいれて
 こゝでしばらくとゞまるほかない山茶花の実
・草を刈り草を刈りうちは夕餉のけむり
・夕焼、めをとふたりでどこへゆく
・いつさいがつさい芽生えてゐる
樹明さんと夕飯をいつしよに食べるつもりで、待つても待つてもやつてきてくれない(草刈にいそがしかつたのだ)、待ちくたびれて一人の箸をとつた、今晩の私の食卓は、――例のかしわ、おろし大根、ひともじと茗荷、福神漬、らつきよう、――なか/\豊富である、書き添へるまでもなく、そこには儼として焼酎一本!
食事中にひよつこりと清丸さん来訪、さつそく御飯をあげる(炊いてはおそくなるから母家で借りる)、お行儀のよいのに感心した、さすがに禅寺の坊ちやんである。
今夜は此部屋で十日会――小郡同人の集まり――の最初の句会を開催する予定だつたのに、集まつたのは樹明さん、冬村さんだけで(永平さんはどうしたのだらう)、そして清丸さんの来訪などで、とう/\句会の方は流会となつてしまつた、それもよからうではないか。
みんなで、上郷駅まで見送る、それ/″\年齢や境遇や思想や傾向が違ふので、とかく話題がとぎれがちになる、むろん一脉の温情は相互の間を通うてはゐるけれど(私としては葡萄二房三房あげたのがせい/″\だつた)。
     送別一句
また逢ふまでのくつわ虫なく(駅にて)


 







()





()()()




()()
 雑草めい/\の花を持ち百姓
 お祭ちかい秋の道を掃いてゆく
 かつちり時間あつてゐる曇の日のドン
 萩の一枝に日がある
 曇り、時計赤い逢ふ
・とかくして秋雨となつた


       



竿()()()()
姿







()()()




        

   
 

 
 
   

 

 



 








使
調


 










姿




・夜あけの星がこまかい雨をこぼしてゐる
・鳴くかよこほろぎ私も眠れない
 星空の土へ尿する
・並木はるかに厄日ちかい風を見せてゐる
 秋晴れの音たてゝローラーがくる
    □
・二百二十日の山草を刈る
    □
・秋の水ひとすぢの道をくだる
 すわればまだ咲いてゐるなでしこ
・かるかやへかるかやのゆれてゐる
 ながれ掻くより澄むよりそこにしゞみ貝
・水草いちめん感じやすい浮標ウキ
    □
 月がある、あるけばあるく影の濃く
  追加三句
 おもたく昼の鐘なる
 子を持たないオヤヂは朝から鳩ぽつぽ
・こほろぎよ、食べるものがなくなつた







 

宿









・九月十四日の水を泳ぐ
・秋の雑草は壺いつぱいに



便

輿




 

 

 
 

    
 




 









   月蝕四句
 旅の或る日の朝月が虧げる
・虧げつゝ月は落ちてゆく
 虧げはじめた月に向つてゐる
・朝月となり虧げる月となり
    □
・おまつりのきものきてゆふべのこらは
・こどもほしや月へうたうてゐる女
 待てば鐘なる月夜となつて
    □
・お祭の提灯だけはともし
 月夜のあんたの影が見えなくなるまで(樹明兄に)
夜、樹明兄来庵、章魚を持つて、――私がお祭客として行かないものだから待ちくたびれて――今夜こそ酒なかるべからずである、あまり飲みたくはないけれど、そしてあまり酒はよくないけれど少し買うてくる(といつてもゲルトは私のぢやない)、しんみり飲んで話しつゞけた、十二時近くまで。
・月夜おまつりのタコもつてきてくれた
その鮹はうまかつた、まつたくうまかつた。
ねむれない、三時まへに起きて米を炊いだり座敷を掃いたりする、もちろん、澄みわたる月を観ることは忘れない。
・月のひかりの水を捨てる(自分をうたふ)
月並、常套、陳腐、平凡、こんな句はいくら出来たところで仕方がない、月の句はむつかしい、とりわけ、名月の句はむつかしい、蛇足として書き添へたに過ぎない。

 九月十六日

今朝も三時には床を離れてゐた。
月を眺め、土を眺め、そして人間――自分を眺める、人間の一生はむつかしいものだ、とつく/″\思ふ。
・月からヨルの鳥ないて白みくる
 明けてまんまるい月
    □
・秋の空から落ちてきた音は何
・まづしいくらしのふろしきづゝみ
    □
 斬られても斬られても曼珠沙華
・ほつとさいたかひよろ/\コスモス
夕方から其中庵へ出かける、樹明兄が冬村、二三雄その他村の青年と働いてゐられる、すまないと思ふ、ありがたいと思ふ、屋根も葺けたし、便所も出来たし、板敷、畳などの手入も出来てゐる、明日からは私もやつて出来るだけ手伝はう、手伝はなければ罰があたる、今日まで、私自身はあまり立寄らない方が却つて好都合とのことで、遠慮してゐたが、まのあたり諸君の労作を見ては、もう私だとてぢつとしてはゐられない、私にも何か出来ないことはない。
・まづたのむ柿の実のたわわなる
 暮れて戻つて秋風に火をおこす


 









 
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椿




私はそれからまた冬村君に酒と飯とをよばれた、実は樹明兄に昼食として私の夕飯を食べられてしまつたのである。
四日ぶりに入浴、あゝくたびれた。
 月にほえる犬の声いつまでも
・朝の雲朝の水にうつり
・水に朝月のかげもあつて
・水音のやゝ寒い朝のながれくる
・朝寒の小魚は岸ちかくあつまり
 仕事のをはりほつかり灯つた
・秋風の水で洗ふ
其中庵には次のやうな立札を建つべきか、――
歓迎葷酒入庵室
或は又、――
酒なき者は入るべからず

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姿





 
 



 廿 ()() 







廿





底本:「山頭火全集 第四巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年8月5日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「騷」と「騒」の混在は底本通りにしました。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
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