其中日記

(三)

種田山頭火




かうして          山頭火
ここにわたしのかげ





  











 廿 











 廿








 廿







 廿









   





 廿













 


 廿
















西

 



 

 




 廿


便





椿
 
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 廿 

















 
 
 
 
 

   
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 廿











街をあるけば街のせつなさ
山へのぼれば山のさみしさ
ひとりかなしみ
ひとりなぐさむ
こんな小唄が出来るとは、私はどこまでも孤独な痴人だ!



椿

 

 
椿



※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)椿



 













宿



 







 





穿






 

  
 
 



 四月一日

起きたのは五時前、何と身も心ものびやかな弥生のあけぼの!
霜がふつてゐる、なか/\つめたい。
三八九の仕事、倦けると畑いぢり、ほうれんさうはおしまひになつた。
花菜を水仙に活けかへる、水仙のつめたマヽもよいが花菜のあたゝかさもよい。
蛙がなき蟻がはひ蝶々がまふ、雑草の花ざかり(まだ早いが)。
白木蓮が咲いてゐた、その花のうつくしさよりも、その花にまつはるおもひでがさびしかつた。
学校からの帰途、樹明君が立ち寄る、待つても待つても敬治君は来ない、二人とも少し憤慨して、二三杯やつて別れる。
敬治君はとう/\来なかつた、何か事故が突発したのだらう、とにかく無事であつてくれ。
人間は人形ぢやない、――これは大切な事だ、人間は人形ぢやないから、人間は人形には解らない。
・こぼれ菜の花や霜どけ
 春霜の菜葉を摘んでおつけの実
 お花をきれば春霜のしたたり
 仕事屑が捨ててあるそこら雪の下
 やうやくたづねあてた家で牡丹の芽
・子供がねつしんに見てゐる機械がよう廻る
・あたたかさ野山にみち笹鳴うつる
・まつたく春風のまんなか
・身のまはりは草もそのまま咲いてゐる
・鳥かげのいりまじり草の青さも
・ちぎられた草の芽の霜
・干しものすぐ干せた木の芽草の芽
・音は朝から木の実をたべにきた鳥か
   澄太さんに
 わかれてからの韮の新芽のこんなに伸びた
   敬治君に二句
 けふはあんたがくるといふ菜の花を活けて
 花菜活けてあんたを待つなんとうららかな
   追加二句
・明けはなれて木の実うまからうつぐみの声
・いちにちだまつて小鳥の声のもろもろ




 






   

   
 
 

 椿


 



 

宿







 











 









椿
椿


 








 




 椿








 
 
 

 


 









椿






 








   



 



宿
 









 






 



 便



 


 
 


 









・芽ぶかうとする柿の老木のいかめしく
・芽ぐむ梨の、やつとこやしをあたへられた
・おばあさんは草とるだけの地べたをはうて
・蕗の葉のひろがるやかたすみの春は
 花が咲いたといふ腹が空つてゐる
・機械がうなる雲のない空(アスフアルトプラント)
 亀がどんぶりと春の水
・月へならんで尿するあたたか
・花見のうたもきこえなくなり蛙のうた
・春の夜を夜もすがら音させて虫





 






椿




 







 





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 四月十七日

残つてゐた酒をあほつたら、ほろ/\になつた、ふら/\と出かけて樹明君から米代を借りた(といふよりも奪つた)。
△飯をたべたら身心が落ちついてきた、――私は今更のやうに、食べることについて考へさせられた、米の飯と日本人
しつかりしろ、と私は私によびかける、いや私をどなりつけた。
 鴉が啼いて椿が赤くて
 あるきまはれば木の芽のひかり
・街はまだ陽がさしてゐる山の広告文字
・暮れのこる色は木の芽の白さ


 


便




 



 









 







 






 








・梨の花の明けてくる
・咲いてゐる白げんげも摘んだこともあつたが
・竹藪のしづもりを咲いてゐるもの
・蕗をつみ蕗を煮てけさは
 麦笛ふく子もほがらかな里
 雑草ゆたかな春が来て逝く
・播いてあたゝかな土にだかせる
・おもひではあまずつぱいなつめの実
・いらだたしい小鳥のうたの暮れてゆく
・ぬいてもぬいても草の執着をぬく

 

 廿











姿



   濫作一聯如件
・みほとけに供へる花のしつとりと露
・朝風のうららかな木の葉が落ちる
 仏間いつぱいに朝日を入れてかしこまりました
・山へのぼれば山すみれ藪をあるけば藪柑子
・山ふところはほの白い花が咲いて
・によきによきぜんまいのひあたりよろし
・山かげ、しめやかなるかな蘭の花
 うつろなこゝろへ晴れて風ふく
・雲のうごきのいつ消えた
 燃えぬ火をふくいよ/\むなし
 まひるのかまどがくづれた
 いちにち風ふいて何事もなし
 椿ぽとりとゆれてゐる
・鳥かけが見つめてゐる地べた
・墓場あたたかい花の咲いてゐる
 ほそいみちがみちびいてきて水たまり
・春ふかい石に字がある南無阿弥陀仏
 春たけなはの草をとりつつ待つてゐる
・ようさえづる鳥が梢のてつぺん
 親子むつまじく筍を掘つてをり
・筍も安いといひつつ掘つてゐる
 木の芽へポスターの夕日


宿


 廿





・こころ澄めば蛙なく


 廿

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 廿





 



 四月廿六日

ふと水音に眼がさめた、もう明けるらしいので起きる。
身も心もすべてが澄みわたる朝だつた。
正法眼蔵拝誦、道元禅師はほんたうにありがたい。
・春雨の夜あけの水音が鳴りだした
・唱へをはれば明けてゐる
・朝の雨にぬれながらたがやす
・白さは朝のひかりの御飯
・ぬれてしつとり朝の水くむ
・水にそうて水をふんで春の水
・春はゆく水音に風がさわいで
・春の水のあふれるままの草と魚
・晴れて旗日や機械も休んでゐる(追加)
・蕗の皮がようむげる少年の夢






 廿















 廿


便



 







 廿









 
 






 



・春もどろどろの蓮を掘るとや
・春がゆくヱンジンが空腹へひびく
・くもりおもたい蛇の死骸をまたぐ
・食べるもの食べつくし雑草花ざかり
・春はうつろな胃袋を持ちあるく
・蕗をつみ蕗をたべ今日がすんだ
・菜の花よかくれんぼしたこともあつたよ
・闇が空腹
・死ぬよりほかない山がかすんでゐる
・これだけ残してをくお粥の泡
・米櫃をさかさまにして油虫
・それでも腹いつぱいの麦飯が畑うつ
・みんな嘘にして春は逃げてしまつた
 どしやぶり、遠い遠い春の出来事
・晴れてのどかな、肥料壺くみほして(追加)
・楢の葉の若葉の雨となつてゐる
 雨に茶の木のたゝかれてにぶい芽
・ゆふべのサイレンが誰も来なかつた
 





 どしやぶりのいなびかり、酒持つて戻るに
・蛙とんできて、なんにもないよ
 雨の水音のきこえだしてわかれる
 わかれていつた夜なかの畳へ大きな百足





 












 




・柿若葉、あれはきつつきのめをと
・草をとりつつ何か考へつつ
・くもり、けふはわたしの草とりデー
・まこと雨ふる筍の伸びやう
・いつまでも話しつゞける地べたの春
・見るとなく見てをれば明るい雨








   



 






 






宿


 




 






  







 




  
   
   
  
  
   
 
 
   
   
   
  
  
        
 


 




姿


 







姿


 






調





 
 
  
 
 


 














 五月十日

晴、行乞しなくちやならない、どれ出かけやう。
出かけることは出かけたが、風が吹くし留守が多いし、気分もよくないので、中途から引き返した、行乞所得は――
白米 七合
銭  六銭
間引菜のお汁はおいしかつた。

・人がきたよな枇杷の葉のおちるだけ
・生きられるだけは生きやう草萠ゆる
                 (追加二句)
・萠ゆる草枯るる草に風が強い
・晴れて風ふき仕事を持たない
・やつぱりひとりがよマヽしいマヽ雑草(再録)


 五月十一日

起きてまづ空を仰ぐ、そして日暦をめくり捨てる、――けふもすばらしいお天気だ、あれこれしてゐるうちにおそくなつて、とう/\行乞に出そこなつてしまつた。
・どうにもならない矛盾が炎天
・けふは蕗をつみ蕗をたべ(訂正再録)
・ゆふべはよみがへる葉の大きく青く
・のぼりつめたる蟻の青空
・やつと芽がでたこれこそ大根
・なんとかしたい草の葉のそよげども
   行乞
・つかれてもどるそらまめのはな(再録)
・草にうづもれうれしい石かな
 わかれてのぼる月をみて
・ふるつくふうふう月がぼマヽ



 姿


 







  本日の行乞所得
米  一升二合
銭  四十七銭
黎々火さんの手紙はあたゝかだつた、樹明さんはどんな様子か、血族と絶縁してしまつた私には友がなつかしくてならない。
・雀したしや若葉のひかりも
・若葉はれ/″\と雀の親子
・いちにち石をきざむや葉ざくらのかげ
・ツルバシぶちこんで熱い息はいて
 五月十三日 朝から
           『行乞記』
 五月十九日 夕まで





底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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調