行乞記

室積行乞

種田山頭火





  
          






          


  





































 




 
 
 



 












 






宿








××
おぢいさんは、三里近い
おばあさんは、一里半あまり
と教へてくれたが、おぢいさんは全然落第、おばあさんはまさに及第だつた、まあ二里位といふところであつたが。
道程を訊ねると、その教へ方によつてその人の智能性情がよく解る、それはメンタルテストといつてもよいほどに。

  
  
  


 









 





 





 
 

 
 


 



宿

宿宿




 
 
 
  宿
  
  
   
   
   
  
  
  


 


宿




調


 


 


 



 





宿宿宿宿

宿
水はいやお茶はにがいし
   酢醤油の外に飲みたいものがある


 宿




 
 
  
    
    
  
    
    


 





()


  行乞所得
   米 一升四合
昨日
   銭 二十九銭
   米 二升
今日
   銭 五十五銭
[#改ページ]

 五月十九日

帰庵したのが六時半、夕あかりに雑草がはびこつてゐるのに驚かされた、あやめが咲いてゐた、棗が若葉を出してゐた。
樹明君のニホヒは残つてゐたが、姿は見えなかつた(日暦が今日になつてゐたから来庵はタシカだ)。
塵がういてゐた、蜘蛛の囲が張りまはされてゐた、その他に別状なし、変化がないといふことはさみしくないことはない。
自分には自分の寝床がいちばんよろしい、ヤレ/\ヤレ/\といふ気持だ。
飯を炊いたら半熟! これはさみしい事実である。

()()()




 








 

  
 
 
  
  
  
  


 









 








 廿





調
()

 窓へのぞいて柿の若葉よ
 播いてゐるときほとゝぎす
・ほとゝぎすがなけば鴉も若葉のくもり
 身のまはりかたづけてさみしいやうな
 仲よく空から梅をもいでは食べ
・伸びぬいて筍の青空
・あてなくあるくや蛇のぬけがら
どうしても寝つかれないで、とう/\徹夜してしまつた。
井生君から貰つてきた改造と中央公論とを読んで、いろ/\の事を考へないではゐられなかつた、殊にその一つのもの転換時代とはその熱力と意気とで私をうつた、私は今更のやうに私の生活について、存在の意義について考へた、今更どうなるものでもないけれど。――
私の句作には私だけの価値、私の生存には私だけの意味があることを私は信じてゐる、信じてはゐるが、同時に私は私といふ人間があまりにみすぼらしいことを恥ぢてゐる、――かういふ私をほんとうに理解してくれる友は誰か!

   

   





 廿





穿


 
 

 
 




 廿





綿


・あけたてもぎくしやくとふさいでゐる
・雀がころげる草から草へ
・によこりと筍こまかい雨ふる
・雨ふるあやめで手がとゞかない
・葉かげ黒い蝶
・ほきりとたんぽゝの折れてゐる花
・青葉の雨のしんかんと鐘鳴る
・壁に夜蜘蛛がぴつたりとうごかない
△酒についての覚書の一つ、――
うまい酒、酔ふ酒であらねばならない、にがい酒、酔はない酒であつてはならない。

 五月廿六日

曇、后晴れて風が出た、時々雨がふつた。
御飯を炊いてゐると、聞き覚えマヽのある、そして誰とも思ひだせない声がする、出て見たら、意外にも義庵老師であつた、上京の帰途、立ち寄られたのである、いろ/\話してゐるうちに熊本がなつかしうなつた。
お茶もないし、何も差上げるものがないので、S店へ走つてビールと鑵詰と巻鮨とを借りて来て、朝御飯を食べて貰つた。
八時の汽車に間にあふやう、駅近くまで見送つていつた。
樹明君がやつてきて、冬村新婚宴はいよ/\今晩だといふ、うんと飲んで面白く騷がう。
もう米がなくなつたから、気はすゝまないけれど陶行乞、五時間ばかり歩きまはつた。
米 二升四合
銭 十七銭(外に樹明君が色紙代として二十銭喜捨)
今日の買物はよかつた。――
一金七銭  色紙二枚
一金六銭  焼酎五勺
一金十一銭 バツトとなでしこ
一金九銭  ハガキ六枚
一金三銭 草鞋一足
六時のサイレンをきいてから樹明居へ出かける、風呂に入れて貰つて、同道して冬村居へ、めでたし冬村君、冬村君御馳走でした、酔うてふらふらして戻つて、そのまゝごろりと寝てしまつた。
  祝句
空はさつきの、一人ではない
青葉に青葉がふたつのかげ
()


 廿











 廿












 廿


穿




  
 
        
 
  
       

      
 
  
  
  
  
  




   




 




  
 新国道はまつすぐにして兵列がくる
・草へ脚を投げだせばてふてふ
・春ふかい草をふみわけ蛇いちご
・たゞ暑くゆきつもどりつローラーのいちにち
・うしろは藪でやぶうぐひす
・うらから風もひとりですゞしい
昨日も今日も行乞相はわるくなかつたが、それでも時々こだはつた、捨てゝも、捨てゝも、ちぎつても、ちぎつても、執着はのこるものかな。
夜はぐつすりと寝た、近来にない熟睡だつた。

      
       
       


 










 



 











 
 

 
           
              
               
      
              


 


()


()

 




()


 六月三日

徹夜だつたから早い、五時にはもう支度が出来た、あまり早うて気の毒だつたけれど、ルンチヤンを起す、六時のサイレンが鳴る前に二人は出立した、彼は故郷鳥取へ、私は北九州へ。

 六月三日  から
          行乞記
 六月十一日 まで





底本:「山頭火全集 第五巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年11月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。







 W3C  XHTML1.1 





調